26 ヨロシイデショウカ
用意されていた籠の中に収まって、ネロの長くて細い腕の中にすっぽり抱えられている籠の隙間から、後ろに流れていく空中の景色を楽しむ。
空中を移動している、要するにネロが木々の間をジャンプしながら移動してるのに全くと言っていい程、揺れがない。一番最初にヤミさんが運んでくれた時は、耐えられない程ではないけど普通に揺れてたんだけどな。
「ガトの村ってこうやって森の上空からしか辿り着けないのかな。道があれば俺一人で行けるよ?」
「あの村は特殊な村。道は無い。従ってこのように移動するしかない。」
ふと気になって質問をしてみた。ちらりと俺に視線を移したネロが簡潔に答えてくれる。
「でも、それだと、ちびちゃん達は村から出れなくない?」
「あの村の子供達は両親が適正以上の能力を所持している子供達。子供の時点では、村から出る跳躍力や運動能力が低く、村から出る事が不可能なのは事実。村内の遊び場や修行場、訓練場で能力を高めたり、学び舎で外の事を学ぶ。成長と共に外に出る能力が身についていく。」
ほぅ、あの村ってエリート集団の養成所みたいなもんだったのか。めっちゃちっさいちびちゃんですら、俺より数倍は強い可能性すらあるって事だよね。元から持って生まれた能力が高いって羨ましすぎる。
「ニルなどのように身体能力が低い、完全な技術職の者達もいるが、その者達は元より村から出る事を好まない。子供達や技術職の一部、運動能力の低い者が外部に出る場合には、今の琥珀のように運ぶ事もある。従って何も問題は無い。」
俺みたいに自分では外に出られない人の為に、この籠があるのか。成る程。
「でも、神殿の裏の方から延びる細い道っぽいのはあったよ。森の中の道。俺はソコを通ってネロと会った果樹の広場に辿りついたもん。森に道はあるって事でしょ?」
「あれは人族が神殿に贄を運ぶ道、ガトが作ったモノではない。人族の訪れる頻度はあまり多くないが、概ね十数年に一度くらい。昔の時代に贄を運んだ際に果樹に気付いたのか、贄を運んだ帰りに果樹を奪っていく事もある。争うのも面倒だし、頻度は高くないから見逃している。」
「贄?だって、あそこの神殿ってガト族の月の神殿じゃないの?アルさんがそんな事を言ってた気がする。なんで人族がそんな事をするの?」
「あの神殿は人族にとっても何かしらの意味がある、という事だ。イシュケ王家の者には伝承されている、と聞くが市井には伏せられている。従って情報がない。時々、贄を池に沈める事を続けているのを確認している。」
話しながら運ばれているともう村に到着した。地球でいうエルサレムみたいなものかな?宗教的に入り乱れてる感じか。理解した。ふむふむと頷きながら、ネロの手を借りて籠から出て立ち上がり、ん~っと伸びをする。そういえば話の中で子供達の学び舎とか言ってたな。
「ネロ、さっき言ってた学び舎って俺が行ってもいい感じ?」
「問題無い、多分。」
「俺はこの世界の事を何も知らないから、できれば混ざりたいんだけど平気かな。」
「分かった。確認を取る。その前に朝飯にしよう。腹は減っているか?」
お腹、まぁ減ってるとも減ってないとも言えない、かな。復活後は空腹感を感じない、気がしないでもないからな。でも、昨日朝御飯を食べた後の食事の記憶がない。
ってか、昼に寝ちゃって起きたらネロの家だったし。それで考えると、昼夜抜きって事になる。ネロはちゃんと食べたのかな。また俺を探し回ってくれたとかじゃないよね。まさかと思うけど、一晩中外で待機してました、とかしてないよね。
「あ、もしかして、昨日俺がいなくなってからずっと神殿の外に居たの?」
「いや、神殿の前に到着したのは朝方。琥珀の気配が消え去った後、森を巡り朝方に移動した。」
いなくなった後、ずっと森の中を探し回ってくれてたって事、だよな。朝に神殿の前に来るまでずっとって結構な長時間だよ。俺、結局のところ、どれくらいの時間にいなくなったんだっけ。スツィ曰く、死んだ翌日の特定時間、多分朝に復活って事は、夜の間もずっと探してくれてたって事だよね。マジかよ。
「あー、めっちゃ悪い事しちゃった。ホントごめんなさい。夜間はアルさんの護衛って言ってなかった?」
「族長に報告後、即刻探せと言う事でマヌに交代した。昨日の朝は護衛をしなかった、という事だから丁度いいだろう。」
「もしかしてまた徹夜?アルさんも徹夜かな?」
「族長は確実だろうな。俺も寝ていない。」
ですよね、マジでごめんなさい。
「・・・先に一度アルさんに会いたいのですが。ヨロシイデショウカ。」
「分かった。」
「その前に俺の靴知らない?」
「俺の家にある。」
ネロの家で靴を取り戻した俺は、ネロに連れられて族長のテントに移動する。テントの前に到達すると、幼く見えるアルさんが尻尾をぶんぶん振りながら外に飛び出してきた。
そのまま勢いよく俺に抱き着いてくる、アルさんの柔らかい体を受け止める。けど、勢いがついている分、俺の力じゃ受け止めきれる訳もなく後ろに倒れ込んでしまった。
スローモーションのように、ネロが驚いて駆け寄ってくるのを横目で見ながら後ろに倒れ込んでしまう。確実にアウト。そのまま、あの神殿で目を覚ます事になると思うでしょ?でも、やってて良かった、ド根性。
(〈根性〉です。)
保険て大切だよね。地面の衝撃が体に伝わった瞬間、俺の中から薄い光の膜が湧き出て霧散した。俺の上で涙目で俺を見つめるアルさん。いや、どう見てもお婆ちゃんじゃないよね?若いよね?めっちゃ可愛いじゃん。
アルさんと見つめ合っていたのは一瞬で、ネロが無言でアルさんを抱え上げ脇に置いて、俺を慎重に立たせてくれる。流れるような動作で、ネロが俺のマントの埃を払って、体に傷がないのを確認しているの眺めてしまった。
俺の無事を確認したネロが、尻尾を垂らして耳を後ろに反らし、下を向いてしゅんとしているアルさんの腕を無言で掴んだ。テントの中に、無言でアルさんを引きずるように連れて行ってしまうネロの後ろを慌てて追いかける。
ネロが入り口で待機しているヤミさんに、無言で顎をクイッと上げて合図した。ヤミさんは無言で頷いて外に出て行った。無言のままでアルさんの居室の方に引きずっていくネロのされるがままで、アルさんは大人しくついて行く。
アルさんは族長でめっちゃ強いって言ってたよね?ネロは部下だよね?何なの、この状況。アルさんの居室に入ると、ネロがアルさんを乱暴にベッドの上に放り投げた。
「ちょ、ネロ。」
ネロの行動に驚いて思わず声を出してしまった俺だったけど、放り投げられたアルさんは空中でふわりと回転してベッドの上に静かに降り立って、正座をした。ネロはこの間も無言である。顔は見えないけど、背中からめっちゃ怒ってる感じが伝わってくる。
アルさんはベッドの上で正座して、まだしゅんとしてる。倒された猫耳がめっちゃ可愛い。後ろ姿だから分からないけど、ネロは腕を組んで黙ってアルさんを多分睨んでる。二人の間を流れるぴりぴりとした緊張感だけが伝わってきた。
「アルさん、心配かけてごめんね。この通り無事だから。時々はダメージ受けても死なないから。大丈夫だからね。あと、心配ばっかかけて、寝不足にさせてごめんなさい。」
よく分からないながらも、アルさんに心配をかけたお詫びと慰めの声を掛けてみた。アルさんの耳がピクリと動いて、そろそろと立ち上がってくれた。ネロの後ろ姿に変化はないけど、微動だにしてなかった尻尾が今はゆらりと揺れている。なんとか、怒りが収まったのか?
「ネロ、女性を乱暴に扱うのはどうかと思うよ。俺に対してだけじゃなくて、優しくしないと。でも、心配してくれてありがとう。」
黙ったままのネロに少し小さな声でネロに抗議してみた。俺の事で怒っているらしい事は分ったけど、アルさんを放り投げるのは全く頂けないと思う。凄く丁寧だと思ってたネロが、乱暴な行動をした事に少なからず驚きもある。でも、俺の心配をしてくれた事は伝わってきたからお礼の言葉も伝えてみた。
「さっき、アルさんにも言ったけど、稀に死なない事もあるから。心配し過ぎないでね。直ぐ復活するし。自己責任みたいなところもあるし。現に前回は自分で死んだし。今回はアルさんに心配させた俺が悪いと思う。アルさんは悪くないからね。」
復活する事は話したけど、復活回数が∞なのも復活する度にDBが追加される事も話していない以上、全部は話せない。でも、なんとか説明をする。一切言葉を発せず無言の後姿を見せるネロに不安になって早口で言葉を繋いでいた。
「琥珀さん、ご免なさい。琥珀さんの気配がしたら、体が動いちゃって。痛いところない?」
顔を上げ、綺麗な緑と金の混じる瞳で俺と目を合わせながら、おずおずと少し幼い口調で話すアルさんの反応にゆらりと揺れていたネロの尻尾が再びぴたりと止まってしまった。
「族長には琥珀の事は伝えた筈だ。丁重に扱うように、と。」
地の底から響くような低い声がネロから発せられた。アルさんの耳がまた後ろに倒されて、目を合わせてくれていたアルさんが俯いてしまう。
俺もアルさんも、ネロの余りの迫力に言葉も出せず、時間が過ぎていく。静寂を破壊するようにぐ~っ、と俺の腹が鳴った。ピクリとネロの耳がこちらを向き、尻尾もゆっくりと動き出す。ナイス、俺の腹の虫。
「ごめん、ネロ。お腹空いちゃった。」
「分かった。少し待ってろ。」
直ぐに行動を開始したネロが、アルさんには一瞥もくれず言葉も掛けず、部屋を出て行った。ネロが出て行ったのを確認してから、深い息を吐き出してしまう。この部屋に充満していた緊張感がなくなった気がしてほっとする。
「アルさん、ホントに気にしないでね。全然大丈夫だから。」
俯いたまま顔をあげてくれないアルさんに、気休めにもならない言葉を伝える。実際に、アルさんの行動は心配させちゃった俺の責任だし。アルさんを支えきれなかった俺の身体能力にも原因がある、感じがするし。
「ネロもあんな乱暴に放り投げるなんて酷い。大丈夫だった?」
「大丈夫。ガトでは普通のこと。閨だったらもっと激しい。」
「ねや?」
「・・・何でもないわ。本当にごめんなさいね。琥珀さん。」
落ち着くように話し掛けていたら、子供のような口調からいつものアルさんの落ち着いた口調に戻っていた。良かった、と胸を撫で下ろしてマジで心配させちゃってたと反省する。
「琥珀、食事に行くぞ。」
声が聞こえて振り返ると、音もなく戻って来ていたらしいネロと目が合った。アルさんの存在を完全に無視したように出て行ったネロを目で追って、アルさんに振り返る。
アルさんが笑顔で頷いてくれたから、またね。バイバイと手を振ってみた。微かに手を振り返してくれたアルさんに、ニコっとしてネロを追いかけて部屋の外に出る。廊下の先の入り口前には、もうネロの姿はなくて、ヤミさんが興味なさそうにぼんやりと立ってるだけだった。
入り口で待機しているヤミさんにぺこりと会釈をして、入り口のカーテンをめくってみる。外で待っていたネロが、俺の姿を確認したからかゆっくり歩き始めた。
見た目はゆったりのんびりと歩みを進めるネロを、足早で追いかける。俺が小走りなのに気付いたのか、ネロが更に歩調を緩めてくれた。コンパスの長さが違うと同じ歩調でも進む距離が違うよね。ホント羨ましい体格だな。そして歩く速さを合わせてくれる気遣いができる優しさ。完璧な人っているんだね~。




