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253 聞かなければ言わないよ

 レオさんがお茶を持って戻ってきた。ミニバスケットを引き寄せて、ゆっくりと開けるレオさんを邪魔しないように背もたれに寄り掛かる。


 レオさんが取り出してくれた2つのお皿には、可愛らしいフィナンシェが4つずつ乗せられていた。四角くて上部がちょっと膨れている美味しそうな見た目だ。甘いバターの香りに誘われて身を乗り出しそうになるのを頑張って抑える。


 お澄ましスタイルで、レオさんがお皿を渡してくれるのを待っていたら、レオさんがフィナンシェを手掴みで口に運んでくれた。素直に口を開けて齧ると、残った部分はレオさんが一口でパクっと食べちゃった。


 シェアして食べると美味しさを共有できる気がする。甘い美味しさと嬉しさで頬が自然と緩んでしまった。モグモグと口を動かすと、バターの香りとナッツの香りが口いっぱいに広がって、程よい甘さが美味しい。


 コクンと飲み込んだトコロでレオさんがカップを手渡してくれる。一口飲むと、お茶の香りとフィナンシェの風味が絶妙に混ざりあってで口の中が幸せ。


「お茶と凄く合うね。ユリアさんのスイーツはホント、美味し過ぎてヤバい。」


「そうだな、茶に合う。」


「そういえば、ネロの淹れてくれた『イング』はちゃんと美味しかったね。少し薄いけど間違いなく美味しかった。」


「そうだな、あれは俺が淹れたモノとは別物だった。ブレンドしたのかって俺も一瞬思ったくらい味が違った。」


 お茶との最高のマリアージュに感動して感想を呟いたら、レオさんも共感してくれた。お茶と言えばって感じで、ネロが淹れてくれた『イング』の話をしてみると、レオさんも同意見だったらしい。更にフィナンシェが運ばれてきて齧り取ると、レオさんが残りを美味しそうに食べてくれる。


「じゃあ、レオさんの次の課題は、次の一杯をブレンドで淹れてみる事。」


「俺の腕が試されるって事か。」


「そこまでの試練じゃないよ。ちょっとした抜き打ちテスト感覚。」


 楽しい会話をしながら、まったりとお茶の時間を楽しむ。レオさんはお茶もフィナンシェも運んだり食べたりする係で、俺は食べて飲む係。合計で8つのフィナンシェが残り2つになった時に、こんなに怠惰ではいけないと気が付いてしまった。というか、かなりお腹がいっぱいで、俺の食べる係は終了。


 体を起こして、レオさんが摘まんだフィナンシェを強奪してみた。レオさんが楽しそうに目を細めたから、今度は俺の番って目で語り掛けながら食べさせてあげる。小さく齧って口を動かすレオさんを眺めて、口が止まったらまた食べさせてあげる。


「そう言えば、紺色の宝石は希少なんでしょ?」


 レオさんに食べさせる合間に聞いてみると、レオさんがコクっと頷いてくれた。レオさんの左耳で宝石がどやぁって感じで揺れている。この子はレオさんと同じで、感情表現が豊かな気がしちゃうのは気のせいだろうか。


「ネロは作るって言ってたけど、作って貰うなら直ぐゲットできるの?」


「装備の製作期間に関してはそんなに時間はかからない筈。まぁ、ネロはある程度の性能を求めるだろうから、紋を厳選するし、ニルに依頼をする筈。そう考えると直ぐは難しいかもしれん。ってか、確実に直ぐは無理だ。」


 また一口食べさせて、質問を続けてみる。レオさんはお茶を一口飲んで、ふーっと息を吐き出した。そして、まったりとした口調で説明を始めてくれた。ふむふむ、って頷きながら聞いてみる。


「更に付け加えると、宝石が問題。ネロの場合、確実に色を厳選する。この宝石以上に琥珀の色に近くなければ納得しないと思う。宝石が見付かるかどうかは、正直分からん。俺も探すから、ある意味取り合いみたいな感じになる。」


 一旦言葉を止めた後で、レオさんは自分の左耳に手を添えて話を続けていく。お腹はいっぱいだけど、口が淋しくて、フィナンシェをほんの少しだけ齧っちゃう。


 口を動かしながらふむふむって聞いていたら、レオさんの目尻が下がった。そして、自分の耳から手を離して、俺の頬を撫でてくれる。どうやら、我が子を可愛がるパパさんモード一歩手前ってトコロらしい。


「宝石が見付からなかったら、結晶を作るかもしれない。確か、ニルは結晶に関しても第一人者だった筈。紋と結晶は親戚みたいな物だから、紋に関しては天才的なニルは結晶も相当凄い。」


「ニル君は凄い職人さんなんだね。マジモノのエキスパートだ。」


 更に言葉を続けたレオさんの発言を聞いて、フムって頷いちゃう。紋様と結晶は親戚、初耳で重要っぽい情報な気がする。一応、心のメモに刻んでおく事にする。そして、率直な感想を口に出してみた。


「まぁ、普通に凄い。従って、費用もエグい事になる。」


「エグいってどれくらい?」


 即行でレオさんが答えてくれたんだけど、表情が怯えに近い。フリって分かる程度に大袈裟に耳を伏せて眉を寄せちゃっているレオさんはちょっと可愛い。レオさんの口にフィナンシェを押し込んで、軽く聞き返してみる。


「琥珀が聞いたでしょ、この村で一番高いモノ。天然の宝石を持ち込みで、希望の紋を依頼するとそれくらい。結晶からニルに依頼して、尚且つ、紋も依頼すると、その十倍か下手したら百倍以上も確実にあり得る。ネロが求める程の性能の紋と、結晶の純度や性能を考えると、まぁ、普通に考えて、天井知らずってトコロ。」


 軽く聞き返しただけなのに、もぐもぐゴクンと飲み込んだレオさんがスラスラと詳細な説明を始めてしまった。余りにスケールのデカい話になっていて、ポカンと口を開けて聞いてしまう。


 確か、この村で一番高いモノはニル君が手掛けた紋様と一級品の宝石が付いたアクセサリー。価格は十億を軽く超えるとか言っていた気がする。それの十倍や百倍とか、まさかね、そんな訳無いよね。お金の価値がコワイ。インフレしまくっている感がコワイ。俺はラストダンジョン手前の村にお邪魔しているのだろうか。


「えっと。レオさんのピアスの値段も怖くなっちゃったんだけど、絶対言わないでね。」


「聞かなければ言わないよ。琥珀次第だから安心して。」


 最早涙目でレオさんのピアスの値段は絶対に知りたくないでゴザルを発動しちゃった。レオさんがニッコリ爽やかな笑顔で即答してくれたけど、俺次第って委ねてくるのがコワイ。そう言われると、怖いもの見たさでちょっとだけ知りたくなっちゃう心理になってしまう。


「因みにですね。ちょっとだけお聞きしたいんですけど。レオさんのお耳にいるそのキラキラ可愛い子はまさか、一級品の宝石って事はないですよね。」


「まさに一級品を超える一級品。目に掛ける事すら奇跡に近い程の素晴らしい宝石。天然物で数百年に一個出るかどうかの最高級品。市場に出回るのは奇跡の一段階を行く程のありえない事態だそうですよ。店員の子が教えてくれた。付け加えて言うと、俺の『勘』もこの宝石はヤバいって告げてるから、多分本当の話だと思う。」


 若干腰が引けつつ、当たり障りのない感じで上辺の情報をゲットしようと試みてみる。レオさんは俺の目尻にキスをした後で、またしてもスラスラと詳細を語り始めた。


 ラスト1つのフィナンシェを持って、レオさんの口が止まるタイミングを見極める。レオさんが面白そうに目を細めたのが見えた。レオさんの口が止まったタイミングでフィナンシェを食べさせる。


「あの子の話では、宝石名はトリウィア・アンスーライト。アンスーライトの中でも極々希少な色のモノにトリウィアって名前を冠するみたいで、月の光を凝縮したような美しい輝きが特徴らしい。まぁ、トリウィアって名前をつける為の条件は色だけじゃなくて複数要項あるらしいけど、途中で飽きてしっかり聞いてなかった。」


 お茶を飲んでふーっと息を吐きだしたら、レオさんが続きを話し始めてしまった。フィナンシェじゃ止まらなかったでゴザル。でも、要するに、一級品以上の宝石って事は理解できた。


「レオさんは店員さんにもなれそうだよね。完璧に覚えてるし、売り文句の説得力が凄い。いつの間にあのお姉さんからそんな事を聞いてたの。」


「支払いする時に教えてくれた。箱を取り行った時にも説明してくれそうだったんだけど、琥珀と一緒に見たかったから断ったんだよね。一応、しっかりとした宝石だから購入前にちゃんと説明しなきゃいけないらしくて、支払い時にきっちり説明された。正直面倒で、途中からぼんやりしながら琥珀の事を考えてた。」


 レオさんのプレゼン能力の高さを評価しつつ、いつの間にそんな情報を仕入れたのかを聞いてみる。そして、返ってきたレオさんの話を聞いて思ってしまった。レオさんは駄目な大人なのかもしれない、と。


 店員さんはナンパもしたみたいだけど、仕事を全うしていたのに。レオさんときたら、説明を断ったり、話の途中から上の空だったり。大きな買い物なんだから、しっかりしなさいって言いたくなっちゃう。こんな風にちょっとダメなトコロがあるから、守ってあげなきゃって思っちゃうんだろうな。主にネロが。


「コレは幾ら金を積んでも買ってた。そう考えると、払える金額で良かった。まぁ、足りなかったら素材と武器を売り払って借金してでも買ってただろうけど。」


「レオさんはチャラ男な上にダメダメな大人だったのか。借金とか良くない。たかがアクセでしょ?」


「たかが装飾でも、これだけはってのがあるんですよ。それがコレだった。それだけの話。」


 耳の宝石を撫でながら嬉しそうに語るレオさんの口から借金の言葉が聞こえて、思わず意見をしてしまう。そうしたら、レオさんは嬉しそうに目を細めて、尤もらしい返しをしてきた。なんとなくそうかなって思わせるような妙な説得力がある。


 装備品はただのアクセとは違って、付与されている性能次第ではお金に代えがたい品って事らしい。胡蝶と白雪が残してくれた指輪がそうだから、多分、そういう事なんだと思う。自身を強化する為って考えると、いい装備だから借金してでも買いたいって思いは分からなくもない、気がしてくる。


 お茶を飲みながらまったり考えていたら、カップが空になっちゃった。1つのカップを回し飲みしているから減りが早かったらしい。レオさんが手を差し出してきたからカップを渡す。ついでにフィナンシェを一旦お皿に置いて背もたれに寄り掛かる。


「そんなにいい性能だったの?」


「店員の子によると、魅了耐性の紋付き。魅了耐性って言うのは効果が低くても超絶レアなんだけど、この耳飾りの効果はかなり高いらしい。まぁ、普通に考えてヤバい装備。紋の職人の名前は聞きたい?」


「う~、止めとく。止めた方がいいよね。」


 お茶を淹れ直す為に移動をしていくレオさんに、問い掛けると、サクッと答えが返ってきた。魅了耐性とか、響きが凄い。ただ、職人さんを知るなんてとんでもない。拒否の言葉を口に出したら、レオさんが悪戯っぽく笑ったのが見えた。その表情で大体分かる気がするのが怖い。


 レオさんは茶葉をブレンドしているらしく、真剣な顔でティーストレーナーに向き合っている。真剣さがピンと真っ直ぐ伸びて微動だにしない尻尾からも伝わってくる。茶葉を詰め終わったら、レオさんが言葉を紡ぎ始めた。


「後は、宝石自体に補助効果が付いている。これもかなり珍しい。天然の宝石の中には極稀に効果付きのもあるらしいんだけど、トリウィア・アンスーライトは確定で効果が付いている珍しい宝石で、効果は『知力』と『精神力』と『魅力』の底上げ。」


 詠唱は直ぐに終わって、レオさんは説明の続きを話し始めた。紋の説明から、宝石の説明まできっちりしてくれたあの店員さんは凄い。あんなに熱い視線をレオさんに向けながら、きっちり冷静に仕事を全うするとかプロ意識がヤバい。


 それなのに、このチャラ男は話半分で聞いていたんだよな。あのお姉さんが可哀想になってきちゃった。でも、お姉さんの熱い視線を受けても上の空になれる、レオさんもある意味スゴイのかもしれない。


「この宝石は恐らく最高ランクの効果な可能性が高いらしい。数値を詳しく知りたければ、優秀な鑑定士に依頼して〈鑑定〉でしっかり見て貰えって。ただ、相当な腕の鑑定士じゃなきゃ厳しいって話だった。」


「お店の人が効果を把握してる訳じゃないの?あのお店は超高級店っぽかったから、〈鑑定〉できる人がいるのかと思ってた。」


 一瞬俺も上の空になっちゃったけど、レオさんの話に疑問が浮かんで集中して聞いてみる。そして、レオさんが口を閉じた時点で、思わず聞き返しちゃった。お店で扱う商品はお店側が効果を把握していて当然って感覚があったから、不思議に思ってしまった。


「鑑定士は勿論雇っているんだけど、〈鑑定〉のランクと基礎能力で解析できる範囲が決まってくる。だから、高品質、高性能なのはそれなりの鑑定士じゃないと無理なんだと。」


 レオさんはカップを持って戻ってきて手渡してくれる。そして、淀みなくスラスラと答えてくれた。あんなに高級店なのに、一定以上の品質なのは保証するけど、詳しい事は分からないよ、的な感じなのか。


「という事で、〈鑑定〉しきれなかった装備の購入に関しては、商品の説明をきっちりした上で、性能や価格、その他諸々を客の判断に委ねる。という方針らしい。」


 鑑定士さんが微妙なのか、装備自体が凄すぎるのか。高級店って事を考えると、後者な可能性が高い気もする。でも、店員さんがやる気のないレオさんにきっちり説明をしてくれた理由が分かった。詳細が不明な装備だから、ちゃんと説明をしなきゃいけなかったんだ。


 ちょっと落ち着こうと、お茶を口に含んでみる。レオさんが淹れてくれたブレンド茶は不味くはないけど、微妙な味だった。そこそこいい香りだけど少しだけ干からびている感が否めない。味もそこそこだけど全体的に薄い。結論だけで言うと、劣化した高級茶葉という印象。ただ、温度はばっちり。


 レオさんの手を握って引き寄せて、手のひらにそっとカップを乗せてみる。レオさんは一口飲んで、無言で目を合わせてきた。そして、カップをローテーブルにそっと置いてしまった。どうやら、ほぼ、同じ感想を持ったらしい。


「俺が淹れた『貴賓の誉れ』よりは美味しい。ただ、ネロが淹れてくれた『イング』よりは味が劣る気がする。高級茶葉が何とか仕事をしたんだけど、力及ばずってトコロだった。」


「そうだな、琥珀の不味い茶よりは美味い。それは確かだ。」


 不味いという言葉は使っちゃ駄目って事を心掛けて、なんとがグルメレポートを完遂してみる。そうしたら、レオさんが頬を緩めて爽やか風な笑顔になってしまった。この顔はマズいと口を塞ぐ為に手を伸ばしたら、その手を掴まれて優しく言い聞かせてくる声が聞こえた。


「うぅ、酷い。」


「そうだよな、琥珀は可哀想だった。慰めてやるから膝の上に来るか?」


「もういい。暑い。」


 形式美の泣き真似をすると、レオさんが腕を広げて慰めの体勢に入ったのが見えた。その腕の中にふらふらっと引き寄せられそうになったけど、優しい声で囁いてきたレオさんにむっとなっちゃう。即行で拒否を突き付けて、レオさんから距離を取ってみた。


「要するに、謎の細工士さんによる超絶レアな魅了耐性の紋様と、『知力』と『精神力』と『魅力』の底上げ効果の付いたピアスって事で正しいのかな?」


「そういう事。更に補足で、トリウィア・アンスーライトには人間関係、主にコミュニケーションを円滑にするって効果も微力ながらあるらしいよ。」


 お茶で一息入れたから、話を戻して、理解できた範囲でピアスの性能を纏めてみる。レオさんは同意した上で、更に補足を付け加えてくれた。えっと、それはヤバくないでしょうか。ただですら口の回るレオさんが、更にコミュ力を身に付けるって事ですよね。


「レオさんは更に口が回るようになるの?社交性にも磨きが掛かっちゃうの?」


「響きを聞く限りでは、多分そうかも?」


 困った顔を作って、困った口調で聞き返してみると、レオさんの片眉が上っちゃった。表情は探りを入れているようなちょっと真剣な顔だ。そして、慎重に言葉を出してきたレオさんから、じりじりと後退って遠ざかってみる。


「詐欺師にでもなるの?結婚詐欺師的なアレだよね。色仕掛けと、口の上手さと、顔の良さを活かして、とか。イヤらしい。」


「なんでそうなった?」


「レオさんはただでさえ、女の子の扱いが上手くて、モテて、チャラくて、エッチくて、口が上手くて、丸め込むのが得意。しかも、紳士的にも立ち回れるし、気遣いも凄い。そこにプラスして、更にコミュニケーション能力が上昇したら、詐欺師になれると思うんだ。女の子限定だけどね。」


 不審そうなレオさんをじーっと見つめて、レオさんがなるかもしれない職業を冗談交じりに口に出しちゃう。でも、強ち間違いでもなさそうなのがコワイ。ボソッと文句を呟いてきたレオさんに、よく聞いてくれましたとばかりに丁寧に説明をしてあげる。


「拷問官から始まって、暗殺者、ナンパ師、詐欺師ってマイナスイメージが強過ぎないか?」


「全部、違和感がない程似合ってるし、何となくカッコいい気がする。倒錯的なレオさんに華を添える魅力的な職業達。良かったね。」


 レオさんが何故か嘆き始めちゃったから、近付いて頭を撫でてあげる。ただ、表情を見る限りでは楽しそうだから、レオさんもノリノリらしい。こんな風にノリがいいレオさんが好きです。レオさんの嘆きをうんうんって受け入れてあげて、思いっきり褒めてあげる。


 そうしたら、レオさんがジト目になっちゃった。すすっと目を逸らして、食べ途中だったフィナンシェを掴む。お腹いっぱいだけど、軽く齧って気を逸らす作戦に出たら、レオさんが近付いて圧し掛かってきた。


 何をするのって睨んだら、レオさんは迷わずに俺が咥えたフィナンシェの反対側をパクッて咥えてきた。こんな微妙な大きさの焼き菓子でポッキーゲームとか。レオさんは何を考えてるんだ。


 慌てて齧るのはやめて、レオさんの口に押し込んじゃう。俺に圧し掛かった体勢で、レオさんは目を合わせたままでモグモグ口を動かしている。喉仏が動いて、コクンって飲み込んだのが分かった。


「もうちょっと楽しませてくれればいいのに。残念。」


 レオさんが俺の首の後ろに手を添えて、頬にキスをした後で低くて艶のある声で囁いてきた。驚く程に、チャラ男感が満載である。ぼんやりとしながら見つめていたら、頭をポンポンってされて、レオさんは元の位置に戻っていった。


「さて、琥珀が寝落ちする前に武器を見るとしましょうか。」 


 レオさんが立ち上がって呟きながらテーブルに向かって行く。今のチャラ男の一幕はなかったかのようなこの切り替え、これもあの紺色宝石ちゃんのコミュ力効果なのだろうか。コワイわ。


「あの黒い短剣はカッコいい。それと、格闘の手袋もレオさんの手に似合いそう。それ以外は大人しい感じ。」


「お前も〈鑑定眼〉があるの?」


「ない。普通に見た目でカッコいいって思っただけ。」


 武器を一纏めにして戻ってきてローテーブルの上に並べていくレオさんの手元を眺めながら、武器の感想を呟いてみる。そうしたら、レオさんは武器を置く手を止める事なく聞き返してきた。何気ない感じで世間話風に聞かれたから、普通に答えてみる。


「成る程。」


 その途端に、レオさんが手を止めてじっと見つめてきた。一応、とってつけたみたいに、納得なのか、相槌なのかは返してくれたけど、探られている感じがひしひしと伝わってくる。


「俺がスクロールを読んでる時に光が見えたってのもホントなの?淡い光って言ってたよね。青と緑だっけ。」


「うん、魔法を覚える時に巻物から広がってレオさんの全身を包み込んでた。綺麗だった。」


「成る程。」


 居心地の悪さを覚えながら目を逸らそうとした瞬間に、全く別の質問が飛んできた。急に話題が移って戸惑いながらも、コクっと頷いて答えてみる。またしても、レオさんは上辺だけの相槌を返してきた。微妙な反応なんだけど、普通は見えないモノなのだろうか。


(はい、見えません。魔法そのものを自身に取り込む際に、精霊との干渉によって一種の障壁が生じます。外界と隔絶して精霊と自身のみを繋げる為に展開される障壁です。琥珀様はその障壁を光として知覚したようです。)


‐そんな凄いモノだったんだ。もしかして、俺がスキルや魔法を覚えた時の光も同じようなモノだったの?‐


(例外は御座いますが、殆どの魔法やスキルは精霊達が司っています。通常の工程を踏んだ獲得の際には、対応した各精霊が対象に対して障壁を展開いたします。ですが、琥珀様の場合はデスボーナスによる獲得な為、通常とは異なり私が展開する障壁となります。従って、同じようなモノ、ですが厳密には少し違います。) 


‐マジか、スツィは凄いね。マスターキーっぽいモノを持ってるんだ。だから、ランダムとはいえ、全てが選択肢に入ってくるのか。納得です。というか、これって、言っちゃ駄目な事だったかな。‐


(獲得の際の原理や現象を理解し、知覚できる存在は非常に稀です。その為、情報を開示しても左程問題は無いと思われます。しかし、言動には少し慎重になった方が良いかもしれません。)


‐ですよね。スツィにまでレオさんと同じ注意をされるとは思わなかった。でも、どこまでが話していいか分からない、ってのが問題なんだよ。目で見えた現象だから、普通の感想として口に出しちゃった。‐


(少し言い過ぎました。琥珀様は全てに対して制限が御座いません。言動に対しても制限は御座いません。自身を守る、という意味で慎重さは必要ですが、強制では御座いません。ご自由にお過ごしください。)


‐そんな突き放した言い方は淋しい。そうだね、制限はないかもだけど、身を守る為に慎重にならないとだね。スツィ、ありがと。きつい事を言わせちゃってごめんね。でも、多分、レオさんだから大丈夫。ネロとレオさんだけはきっと平気だと思う。‐


 スツィとの会話を終えた途端に気が付いたのは、至近距離で見つめてくる綺麗な緑の猫目。レオさんの観察するような眼差しが見えて、ぎくっとしちゃった。


 まさか、だけど。スツィの存在を『勘』で気付いちゃったって事はないよね。ネロがいる時に『勘』で大当たりしてたし、ついさっきも『勘』は働いてなかった。だから、今は働いてない可能性が高い。きっと平気。でもな、レオさんは洞察力も凄いから、何か変に感じてそう。どうしよう。


「ど、どしたの。怖い顔。」


「怖い顔はしてないでしょ。何を考えてたの?」


 瞬時に色々考えてしまって、軽くプチパニック状態で言葉を出しちゃった。そうしたら、冷静に切り返されて言葉に詰まってしまう。確かに、様子を窺っていた感じがしたけど、怖い顔ではなかった。寧ろ、柔らかな微笑みを浮かべているし、眼差しも優しい。言葉選びを失敗した感がある。


「レオさんの顔が怖かったの。怖いから抱っこして。」


 なんとか誤魔化さなきゃって考えて、視線を逸らして拗ねるようにオネダリしてみる。レオさんは小さく溜息を吐いて立ち上がり、俺を腕に座らせる形で抱きあげてくれた。


 顔を見られないようにレオさんの首に抱き着いて考える。どうしよう、困った。ギュッと抱き着いて答えが出ないまま時間が経過していく。少しして、レオさんが背中を優しくポンポンって撫でてくれた。


「琥珀、言いたくないならいいよ。」


 レオさんは優しく声を掛けてくれたのが聞こえて、恐る恐る、腕を緩めながらレオさんと顔を合わせる。柔らかで優しく光る深い緑の猫目が見えてほっとしちゃった。


 多分だけど、話したくないって困ったから、レオさんは話題を避けてくれたんだと思う。スツィの事を気付いたとかじゃなくて、単純に俺の態度で追及を止めてくれたっぽい。


「膝の上に座って見学する?それとも、隣で見る?」


 唐突にレオさんが選択肢を投げかけてきた。気を遣って話題を変えてくれた事は分かる。明るい口調からは気遣う心が見える。優しいレオさんの反応が嬉しい。


 レオさんだったら平気って思いから、色々話しちゃいたくなる。でも、もし平気じゃなかったら、レオさんは俺を忌避する筈。それくらい、俺が異様で異質な存在だって分かってる。レオさんを失うのが怖い。だから話せない。


 心の中で思いが錯綜して胸が苦しい。もう一度、レオさんにしがみ付いたらレオさんは優しく抱き返してくれた。レオさんの腕の中で熱い体温に包まれて、段々落ち着いてきた。


「隣で大人しく見る。」


「返事が遅かったから隣は埋まっちゃったみたい。ごめんね。」


 体を離して選択肢を選んでみたら、レオさんがニコって優しく笑ってくれた。そして、レオさんは謝りながらソファに腰を下ろして、腕に抱えた体制のままで、横向きのお膝抱っこに切り替えて自分の太腿に俺を下ろしちゃった。


 その上で、レオさんが足を組んだから、体が傾いてレオさんに凭れ掛かっちゃう。レオさんから体を離そうと、足掻いてみたけど、背中から腰にレオさんの腕が巻き付いていて動けない。


「両隣とも空いてるでしょ、下ろして。」


「今から武器が来るんだよ、静かに大人しくね。いい子にしてなさい。危ないから。」


 物理的な抵抗は諦めて口で文句を言ってみたら、レオさんはしれっと切り返してきた。そして、俺の体を片手で抱き寄せながら、上体を倒してローテーブルに手を伸ばしている。ぼんやりとレオさんの行動を眺めていたら、言葉通りに、武器を両隣の座面に配置し始めた。

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