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23 いや、そこじゃなくて

 和気藹々とアルさんと世間話をしていたら、失礼します、と部屋の外から声が掛かった。アルさんが許可の返事を返すと、灰猫がバスケットを持って入ってきた。そのまま黙々とアルさんのベッドの上の机に乗っていた書類の束を部屋の隅の棚に片付けてから、アルさんの前の机にバスケットの中身を並べていく。


 それが終わると、俺の前に小さなワゴンの台を置いてバスケットの中身を並べてくれた。ふわふわに見える白いパン、滑らかそうなスクランブルエッグとベーコンのような燻製肉、グリーンサラダと小皿に綺麗に盛り付けられたカットされた果実達。最後にお茶をポットから注いでくれて食事の支度は完成らしい。お礼の言葉とお辞儀をしたけど、灰猫はアルさんに視線を向けたまま一切反応してくれない。


「マヌ、ありがとう。少し琥珀さんと話をしますから護衛は不要です。この建物から離れていなさい。」


「しかし、族長。護衛を外す事はネロから禁じられています。」


 マヌと呼ばれた灰猫は薄い青色の目を細めて少しだけ不満そうな表情になる。綺麗な唇から飛び出す声は外見そのままの中性的な声質、少しハスキーで高くもなく低くもない綺麗な声。


「ネロの命令と私の命令どちらが優先すべき項目ですか?」


「・・・了解しました。」


 渋々としか表現できない口調と態度でお辞儀をしたマヌさんが部屋から出ていった。アルさんはマヌさんの態度を全く気にする事もなく、笑顔でマヌさんの退出する姿を見送っている。


「では、頂きましょう。適当に用意させてしまったけれど何か苦手な物あったかしら。ごめんなさいね、失念していたわ。食べられない物は残してね。年を取ると駄目ね。ホント、いろいろ忘れてしまうわね。」


「大丈夫です。凄く美味しそう。いただきます。」


 手を合わせる俺と、両手を目の前に掲げ静かに祈りを捧げるアルさん。暫しの間、無言で食事に集中する。勿論、味はめちゃくちゃ美味しい。滑らかな薄味の卵は少しチーズの風味がして、炙った燻製肉の塩気はいい塩梅である。パンも見た目通りにふわふわ柔らかで、少し甘みがあって美味しい。美味しい朝御飯に食欲が刺激されて、味わいながらも一息に食べ切ってしまった。


 食後に、程よく冷えたお茶を飲みながらアルさんに視線を向けると、優しく微笑みながら俺を見ていた。アルさんの前の食事にはほぼ手がつけられていなくて、果実だけがちょっと減っている。全然食べてないようにしか見えないよ、俺だけ完食してる。


「お腹空いてなかったですか?俺に合わせて貰っちゃったみたいで、ごめんなさい。」


「そうじゃないのよ。私は朝は果実だけでいいって言っているのにいつもこんなに沢山用意するのよ。ホント困った子達。あの子達の食欲基準で用意するモノだから、前はもっと大盛で大変だったのよ。琥珀さんは満足したかしら?まだ食べられそうなら、私は何も手を付けてないからこれ頂く?」


 そう言ってアルさんが、料理が乗っているお皿をこちらに差し出してくれた。慌てて、もうお腹いっぱいと首を振っておく。


「じゃぁ、片付けてしまいましょう。」


 そう言ったアルさんは、膝にかけていたブランケットとベッドの上の机を、ベッドの端の方に押しやってしまった。ベッドから降りようと、ベッドの縁に足を下ろしたアルさんの姿をぼんやりと眺める。歳を取っているという割には、すっと伸びた美しい姿勢と美しい所作だ。


 と言うか、最初に見た高齢な感じが全くしない。年齢的にも20代くらいにしか見えなくなった、気がしないでもない。目の錯覚なのかな。でも、顔のしわとかも無くなってる気がする。ソレも錯覚なのかな。でも、どう見ても俺の姉ちゃんくらいの歳にしか見えなくなってきた。


 着ている白と赤の重ねが綺麗なワンピースのような衣服の裾から、アルさんの白くて美しい足が見えてドキっとしてしまった。そのままスッと立ち上がったアルさんが両手を上に伸ばして、んーっと伸びをする。


 猫耳が後ろにギュッと倒されて、背中では長い2本の尻尾がユラリと揺れている。柔らかそうなふさふさとしたとした白毛が綺麗にメッシュのように入っている、薄桃色の尻尾が2本が動きを同期させる事なく揺れている。


「アルさん尻尾。」


「本当に時の流れって嫌なモノね。昔は綺麗な赤い毛だったのよ?今となっては白髪ばっかり増えて。尻尾もね、昔はちゃんと赤い毛だったの。尻尾も白髪になるのよ。知ってたかしら。」


 アルさんの神々しく見える姿と、その美しい2本の尻尾に圧倒されて言葉にならない。なんとか単語を絞り出すと、いつものほんわか口調でアルさん答えてくれた。


「いや、そこじゃなくて。尻尾が2本。」


「あらあら、そう言えば小さい頃は隠してたから。琥珀さんと初めて会った時は1本は服の中に隠していたのよ?恥ずかしいわ。」


 話し始めたらふんわりと優しい雰囲気になったアルさんに、圧倒されていた気持ちが落ち着くのと同時に思わず突っ込んでしまった。耳を倒して頬を染めたアルさんが恥ずかしそうに答えてくれる。いや、何このお婆ちゃん猫めっちゃ可愛い。お持ち帰り


(できません。)


 いやいや、分かってます。分かっていますとも。


「ソウナンデスカ。」


「琥珀さんはこの尻尾は怖いかしら?もしそうなら1本は隠しておくわね。」


 驚きの余り片言になってしまった俺の反応で、アルさんが器用に尻尾の1本を服の中に収納してくれた。見た目は普通に1本の尻尾に見えるアルさんが笑顔で頷いてくれる。


 スカートだと尻尾も隠せるんだ、器用だなと感心しながら、でも隠すことはないのに、と思ってしまう。2本の尻尾には驚いたけど、普通にアルさんに似合ってるし、可愛く見えるふわふわの尻尾が2本なんて最高じゃん。


「いや、めっちゃ綺麗だと思います。尻尾2本のアルさんはめっちゃ綺麗です。」


「ありがとう。」


 俺の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべたアルさんがお礼を言ってくれた。この人は本当に笑うとめちゃくちゃ可愛い。可愛くて綺麗。歳も姉くらいに見えるって思ったけど、下手したら俺と同年代に見える時もある。


 笑うとできる目尻の小さな皺すらも年を感じさせなくなり、頬は張りを持って溌剌として見える。ベッドに半身を起こした状態だと落ち着いた綺麗な女性に見えていた。でも、立ち上がって俺とそう大差ない身長で、笑顔で会話をしている姿を見ると、とても可愛らしい少し年上のお姉さんにしか見えない。


「あ、俺も手伝いますね。食器は重ねちゃっていいですか?」


「片付けは私がやるわ。琥珀さんはゆっくりお茶でも楽しんでて。」


 片付けを手伝おうと立ち上がって手を伸ばした俺を制して、アルさんが行動を開始した。アルさんが手を俺の前の食器にかざすと水の塊が俺の前の皿に集まってきた。


 多分、〈浄化〉の魔法を使ったのだと思う。直ぐに水の塊は霧散して、綺麗になったお皿を手際よく重ねたアルさんが、脇に置かれたバスケットの中に丁寧に詰め込んでいく。


 次にアルさんの残した食事が乗っているお皿に手をかざしたアルさんは、何やら詠唱を始めた。アルさんの指の先が淡く光り始める。アルさんの指から延びた光が、アルさんのベッドの上の机全体を包み込んだ後で、光が消えると同時に食事の乗ったお皿は消え去っていた。


 同じ詠唱を今度は洗い終わったお皿が詰まったバスケットに手をかざして唱えている。同じように光がバスケットを包み込んでいき、光の消失と同時にバスケットも消え去った。


 アルさんの不思議な魔法と、アルさん自身の魔法を使う所作の圧倒的な姿を、息を止めて眺めてしまった。超神秘的で超綺麗な魔法を使うアルさんの姿、魔法を使うための所作と魔法の謡うような詠唱の旋律が途方もなく綺麗で見入ってしまう。


 食事の後片付けが一通り終わったらしく、アルさんが俺に振り返った。微笑んでいるアルさんは上から指す光を浴びてめっちゃ神々しい、後光が差して見える。どう見ても凄い人オーラが出まくってます。


「ふぅ、久しぶりに魔法を使っちゃったわ。歳を取ると動き回るのも疲れるから、ちょっとだけズルしちゃった。」


 魔法を終えたアルさんは普通にほんわか穏やかな笑顔のアルさんだ。さっきまでの神々しい姿は薄れて、優しさが前面に押し出されている可愛いアルさんだ。話し方も可愛いし、ズルしちゃったって表現も可愛い。


「凄い魔法ですね。お皿とバスケットが消えた?」


「〈転移〉の魔法よ。余り使う事のない古い魔法。こういう時くらい使っちゃってもいいでしょ。折角の琥珀さんとの時間だもの。片付けに時間を使いたくないわ。」


 魔法に圧倒されてしまったけど、アルさんの優しい雰囲気に釣られて疑問が口から出てしまった。アルさんはニッコリと教えてくれる。〈転移〉の魔法、言葉の響きを捉えるなら物を転送する魔法って事かな。


(魔法〈転移〉:幻属性の魔法。サポート魔法の一種。攻撃力なし。空間に働きかけ物質間の距離を無くし、発動した者が指定するポイントへ対象を移動させる魔法。指定するポイントは、発動者自身が訪れた事のある場所のみで設定できる。消費MPは400。単純なMP消費型魔法のため魔法使用によるマイナス補正はなし。ランクアップで移動可能な距離が延び、移動させる対象の質量が増加する。尚、デスボーナスでのランクアップはランダムであるため再度獲得できるかは死亡後にしか判明しない。)


 頭に浮かんだ疑問は直ぐにスツィによって答えが導き出されていた。ありがとう、スツィ。やっぱり転送するって事だね。凄そうな魔法だし、消費MPがエグイ事になってる。


 俺がスツィの説明を聞いている間に、アルさんは軽やかな足取りで尻尾を嬉し気に揺らしながら、隅に置いてあった椅子を抱えて戻ってきた。ワゴンを挟んで、俺の向かいに座ったアルさんが足を組んだ。


 蠱惑的に微笑みながら頬杖をついて、俺と目を合わせるアルさんはどう見てもお婆ちゃんじゃない。お年寄りには全然見えないし、凄く可愛いお姉さんにしか見えない。


「では、お話ししましょう。」


 嬉しそうに笑顔で話すアルさんの声も若々しく聞こえるし楽しそう。やっぱ、アルさんはベッドから降りたらメッチャ若返ってる感じがする。猫耳効果で若く見えるだけなのかな。よく分からない。


「アルさん。ネロから聞いたんだけど、俺って予言の人でも月の神の化身でもない普通の人だよ?」


「琥珀さんは普通の人かもしれないけど、月の神の化身なのよ。私にとってはね。」


「いや、ホントに普通の人だから。」


 そう言って、ネロにも話したこれまでの事を時々言葉に詰まりながらもポツリポツリと話す。頭の中の声であるスツィの事や死んだときに得られるDBデスボーナスについては説明する事自体が難しいし、俺自身も良く分かってないから話すのは止めておいた。


 でも、貧弱体質で直ぐ死ぬ身体だけど直ぐに復活する事と、何者かに召喚されてこの世界に来た、ただの平凡な日本人な事を一生懸命説明していく。ネロに説明して忠告をされた事も話してみる。ネロに回避の訓練をして貰ったけど、全く動けなかった事も話した。


 断片的な情報になったり、説明が拙かったりしたと思う。でも、アルさんは、うんうん、と優しく頷きながら聞いてくれた。アルさんの優しい対応に少し泣きそうになって、言葉に詰まる事も多かった気がする。聞き取り難かったかもしれないけど、アルさんは俺の話を中断する事なく最後まで聞いてくれた。


「琥珀さんの境遇は良く分かりました。そして、普通の人だという主張も分かります。でもね、神樹様に受け入れられて、守られている琥珀さんは、やっぱり何かがあると思うのよ。これは私の思い込みと思ってくれても構わない。ガトのお婆さんが勝手に思い込んでいるだけだから、琥珀さんは何も気にしなくていいの。」


 俺の詰まりながらの話を聞き終ったアルさんは、ゆっくりと話し始めた。穏やかに話すアルさんに、今度は俺がうんうん、と相槌を打って聞く番だ。


「ごめんなさいね、私の想いを押し付けてしまって。私の過ごしてきた日々の中で、あなたと出会える事だけが楽しみだったの。お婆さんの戯言として、言葉だけを受け入れてくれればいいのよ。あなたに何かを求めている訳でも、何かをして欲しい訳でもない。ただそこに琥珀さんという存在がいるというだけでいいの。」


 アルさんはそう言って立ち上がって俺の傍に近寄ってきた。困って見上げる俺の背中を優しく撫でてくれるアルさんの手は温かくてどうしていいか分からなくなる。


「俺、何もできないよ?さっきも言ったけど、俺は凄く弱くて何もできない。」


「何かを求めている訳じゃないわ。」


「でも神の化身って。」


「ただの比喩よ。それに、琥珀さんは幼い私を助けてくれて、今ここで逢いに来てくれた。」


「お詫びとお礼をいいたかったから。それに助けてなんか。俺はただ、見てただけで何もしてない。」


「うん。その事がとても嬉しかった。逢いに来てくれた事が嬉しかったの。琥珀さんのおかげで今の私がいる。琥珀さんの存在があるから私がいるの。ごめんなさいね、琥珀さんを困らせてしまって。」


 そう言って俺を抱き締めてくれるアルさんからバニラのいい香りがした。アルさんの2本の尻尾が俺に優しく巻き付く。ありがとう、ともう一度小さく呟いたアルさんが、少しの間抱き締めていてくれた。バニラの甘い香りが心地良く感じる。ピンと張りつめた気持ちを緩める香りに感情が緩んでしまった。


 月の神の化身ではないと言い切った俺なのに、アルさんは気分を害した様子もなく普通の人でも構わないと受け入れてくれた。アルさんの求めに応じられないのに、それすらも受け入れてくれたアルさんに安心してしまったらしい。


 ぽろぽろと涙が落ちてそれを耐えようと体が震えてしまう。自分でも気が付いてなかったけど、凄く不安だったみたいだ。アルさんの望んでる人じゃないって分かった時に、突き放されるかもしれないって事が凄く怖かったみたい。


 アルさんの二本の尻尾が器用に俺の背中をトントンと叩いてくれる。アルさんの尻尾の動きと、温かなアルさんの体温、それとバニラのいい香りで少しずつ気分が落ちついてきた。


 少しして落ち着いた俺に気が付いたのかアルさんが離れてくれる。棚の方からタオルを取り出したアルさんの詠唱の声が聞こえた。はい、と差し出されたタオルは少し熱く感じる温タオルだ。ありがとう、と受け取って目に当てる。甘くいい香りのタオルにほっと息を吐いてしまった。


「琥珀さん、あなたはあなたでいいのよ。何者でも、どんな人でも私の中では目の前にいる琥珀さんが大切な事には変わりないわ。ただ、ネロが言っていた通り、余りあなたの境遇を周りに漏らさない方がいいのは事実。この世界はこの村ほど優しくない。危険の方が多いと思った方がいい。」


 アルさんもネロと同意見らしい。危険の方が多い、この世界はどんな世界なんだろうか。今の俺が知っている世界は、あの神殿とその地下、そしてこの村だけだ。人のいるこの村はとても優しい。何が危険かも分からない俺はどうすればいいんだろう。


「もし良ければこの村で少しの間色々と学んでくれたらいいかもしれないわね。この世界の事、この村の外の事。色々な知識を得る事も楽しいわよ。勿論、直ぐに出て行きたいと言うなら、止めないけれど。ネロはもうちょっと若い頃に外の世界を色々経験しているから、学べる事も多いと思うわ。私も外の世界を経験したけど、大昔だから。もう古い情報かもしれないわね。本当に年を取るって嫌ね。」


 温タオルで目を抑えている間に、アルさんがゆっくりと話しをしてくれた。アルさんの言葉は慈愛に満ちていて凄くほっとする。本当に俺の事を気に掛けてくれているのが伝わってくる。

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