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20 そんな事があるのか?

 目を開けるとかなり殺風景な広いリビングだった。寝るのに邪魔だから脱がせてくれたのか、ベッドに畳んで置かれていたブレザーとマントを羽織り直しながらリビングを見渡す。


 目に見える家具は大きな箪笥と背の高い小さな棚、流しの傍に戸棚があって、ソファとサイドテーブルとローテーブル、テーブルと椅子が一脚。数だけで言うと結構多く感じるんだけど、なぜこんなに殺風景に見えるのか。不思議だ。


「起きたのか。」


 低く落ち着いた声に問い掛けられて声の主に視線を向けてみる。短刀の手入れをしているらしいネロが、俺をちらっと見た後でテーブルに視線を戻してしまった。テーブルの上には武器が並べられている。柄はシンプルな黒い木製で刀身には何かの紋様が彫られている短刀と、矢じり、羽根、そして見事な装飾の短弓。


「ごめん、俺寝ちゃってた?」


「いきなりカクンとなった後、椅子からずり落ちそうになった。少し驚いた。子供達でもあそこまで急には寝ない。シリアも心配していた。」


 謝りながら、どういう状況だったのか確認を取ってみる。非難するというよりは、少し揶揄いを含ませた声色で静かに答えてくれたネロだけど、表情は全く変わらず真顔のままだ。ネロは感情を余り出さずに無表情が基本な人なんだろうな。


 マントと制服のブレザーは綺麗に畳まれてベッドの枕元に置かれていたし、寝落ちした俺を家に運んでくれたから凄く優しい人なのは確実な気がするんだよ。でも、にこりとも笑わないネロの表情から感情を読み取るのは難しい。


 揶揄いを含ませた感じで話してくれたから怒ってはないとは思う、多分。相当迷惑を掛けてしまった事実は変わらないけどね。怒ってなくても、申し訳なかったです。


「面目無いです。申し訳御座いません。」


「問題無い。体調に問題が無ければ鍛錬場で少し訓練をするか?」


「えっ、俺は体力もないですよ?HPも1です。言いましたよね?」


「戦う訓練ではなく、避ける訓練。」


「成る程、それは名案ですね。直ぐに行きましょう!」


 もともと体を動かすのが得意な俺は二つ返事で、ネロの名案を受け入れた。そうだよね、死なずに済む方法を会得するのは重要だよね!貧弱でも当たらなければ問題はないのだよ!流石ネロさん!他力本願だけどしょうがない。だって俺、知力も1だし、自分では考え付かなかったし。


 そうと決まればレッツゴー。その前にトイレは何処にあるの。あそこのカーテンの奥だ。どやって流すの。この光っている紋章を触れ、という遣り取りを経て、言葉そのままに直ぐに鍛錬場に移動してからもうどれくらいの時間が経過しただろうか。


「ここまでとは。」


 静かに呟いたネロの言葉に答える気力も何もなく無言で座り込んでしまった。当たらなければ問題ない。そう考えていた時期もありました。遠い昔の記憶を思い起こすように、遠い目をしてしまう俺を労わるようなネロの気遣う思いが伝わってくる。そのネロの無表情の中にある優しさに心が苦しくなる。


 そういえば俺、素早さも1だった。運動神経はいい方だったのに、悲しい。ってかネロが速過ぎるだけかもしれない。きっとそうだ。仮に、俺の素早さが10だったとしても、ついていく事ができなかったのは確実だと思う。


 ネロの寸止めしてくれる木製の武器での攻撃に俺は為す術もなく、1回も躱す事ができなかった。少しずつ、というか後半は大分速度を落としての攻撃をしてくれていたようだったけど、全くついていけなかった。激しく動き回ったからか、座り込んでしまった俺の顔や腕から汗が滴り落ちていく。


「俺、素早さも1だったです。忘れてました。ごめんなさい。」


「っ!」


 もう何度も見たネロの驚愕の表情、逆立つ尻尾、ぴんと立つ耳、少し瞳孔が開いた綺麗な金色の猫目。いつも無表情なのに驚く顔だけはめっちゃ見てる気がする。驚いても綺麗なネロの顔を見上げる。


「そんな事があるのか?」


「はい。本当です。HP1、力1、体力1、素早さ1のないない尽くしです。」


 知力1を言わなかったのは、ちっちゃなプライドだったのかもしれない。だってこいつ頭悪ぷぷって思われたら悲しいじゃん。俺の為に時間を割いて、回避の鍛錬に付き合ってくれるような優しいネロはそんな事しないと信じてる。でもね、俺にだって守りたい物がある!キリッ。


「っ!」


 再度驚愕したのか、息を飲んでしまったネロを見上げてエヘっと照れ笑いをしておく。ってか驚いた顔も綺麗でかっこいいとかどんだけだよ。半分よこせと言いたくなる。


「能力を開示して確認する事ができる、という事か?」


「あれ、言ってなかったっけ。そうだよ?」


「では俺の能力も確認できる、という事か?」


「いや、自分限定。他人は見られない。今は。」


「成る程、琥珀。先程も言ったが、この事は絶対他人には漏らすな。稀有な能力を求める輩は大勢いる。お前の能力は極めて稀有だ。復活するという事を含めて、自分の胸に秘めておけ。」


「了解。」


 途中から声を落とし、小声で話すネロにつられて俺もひそひそと言葉を返す。軽く頷く俺を見て考え込んだ後、小さく溜息を吐いたネロが、本当に大丈夫か?という感じでしゃがみ込んで俺の頭を軽く撫でてくれた。


「腹が減っただろう。食事に行こう。」


「食事の前にシャワーを浴びたいのですが。」


 食事に誘ってくれたネロは汗一つかいてない。汗だくの俺に懐からハンカチを取り出したネロが手渡してくれた。ハンカチじゃ俺の汗は無理なんです。シャワーがいいんです。ぽつりと呟いてしまった。俺の呟きで、ハンカチを引っ込めたネロが、何やら呪文らしきものを唱え始めた。


 フワッと集まってきた水が俺を包み込んでいく。ヒンヤリと気持ちいい水の感触が俺の周りを取り巻いて、気持ち良さに眼を瞑ってしまった。更に別の呪文の響きが聞こえてきた。謡うような不思議な旋律のネロの低い声と共に温かい温風で俺の体が包み込まれる。目を開けると、汗びっしょりで気持ち悪かった体が綺麗さっぱり清潔になっていた。


「これって、もしかして〈浄化〉の魔法?」


「そうだ。」


 っ!スツィさん!俺今、〈浄化〉をして貰った。俺は使えないのに、この人は使えたよ!凄い!!


(ガト族の成人男性の平均MPは1430程なので魔法〈浄化〉を会得していれば使用可能です。)


 いや、マジ感動。これが〈浄化〉か。いぃ魔法じゃないか。でも、魔法って念じるだけで発動するんじゃないの?スツィはそう説明してくれたよね。


(琥珀様は念じるだけで魔法の構築、発現、発動が完了されます。しかし、例外もありますが、一般的にはそれぞれの魔法に沿った詠唱、動作など所定のルーティンを辿り、魔法を構築する必要があります。同じ魔法でも、それぞれの種族や地域により、ルーティンの差異はあるようです。魔法の構築が完了する事で、発現した魔法が発動に至ります。修練を積むとルーティンの短縮、省略が可能となる場合もあるようです。)


 初めて〈浄化〉という魔法を体感して感動しながら、こっそりスツィに魔法についての説明を聞いておく。俺は普通に念じるだけでいいんだね。でも、普通はそれでは駄目なんだ。これを知らなかったら結構ヤバかったかも。重要な知識な気がする。


「もう1つ魔法を使ってた、よね?」


「〈乾燥〉。魔法では不満というなら水場に案内する。」


「いやいや、大丈夫。ありがとう。初めて〈浄化〉をして貰ったからびっくりしただけ。」


 ネロにお礼を言いながら鍛錬場の隅に畳んで置いておいたブレザーに袖を通し、マントを羽織る。〈乾燥〉の魔法か、〈浄化〉とセットで使うのね、と心のメモに刻み、お腹空いた~と呟く。


「では行こう。」


 俺に合わせてゆっくり動いていたとはいえ、休み休みだったけど数時間動き回りながら汗一つかく事もなかったネロってマジで凄い。鍛錬場の広いテントを大股であるいて、出口から出ていくネロの背中を見つめてそう思ってしまった。


 置いていくぞ、とテントの出口で振り返って声を掛けてきたネロを追いかけて外に出る。空はもう茜色に染まり始めていた。涼しい風が優しく吹き抜けていて、テントの中が思ったより蒸していたのだと気付く。多分、俺が汗びっしょりになった事で湿度が上がっちゃったのかもしれない。

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