19 俺はそんなのじゃないからね
食事を終えて満腹になったお腹を抑えてまったりしてると、目の前の広場で遊んでいた子供達が近づいてきた。おぉー、なんだ、あの愛らしい生き物達は、ぴくぴく動く猫耳、くねくね動く尻尾、きらきら輝く猫目。最高ではないか。よいよい、ちこう寄れ可愛がってやるわ。
(琥珀様、よだれが垂れそうです。お止め下さい。)
スツィの冷静に諫めてくる声で正気に戻った。子供達は俺の近くに近づいておずおずと、花で作った冠と、それぞれの手に持っていた果実を、机の上に置いて素早く走り去っていく。
子供でも猫は逃げ足が速いですね。そのお耳を触らせてくれないかな~尻尾でもいいよ、と頭の片隅でニマニマしつつも、言葉もなく逃げられてしまって少し呆気に取られてしまった。
「子供達からの歓迎の意、かな。」
呆気に取られていた俺を見ていたらしいネロが補足するように説明をしてくれた。逃げられちゃったと思ったけど、歓迎されてるのか、ありがたい。でも、全く見知らない『人族』の俺を歓迎なんてしてくれるんだね。
「ガト族って人族が嫌いなんじゃないの?俺は人族だけど、この村の人達に嫌われてたり、避けられてる感じはしないよね。」
「この村はほぼ外界から隔絶されてる。子供達は人族を知らない。大人は外に出る事もある。外の世界で人族を知り、忌避していく。」
「それって、この世界では人族って嫌な奴が多いって事なの?」
「全ての人族が悪いとは言わない。だが、全般的に亜人種を迫害する者が多いのも事実。特に王都の人族は少しばかり傲慢、かな。」
中々根深い種族の因縁というか差別的なのが根底にあって、人族は嫌われてるんだね。難しい問題だ。
「成る程。人族である俺がここで受け入れられている事に感謝しなきゃなんだね。」
「琥珀は族長の予言の人。ガト族の民は皆、受け入れる。」
「え゛、予言の人って何の話?」
「族長の奇跡の力の1つ、予言の力で示された人族。月の神の化身。」
月の神の化身って、何か大層な肩書がついてるじゃん。俺そんな凄いのじゃないよね。かなり困る。
「いやいやいや。俺はそんなのじゃないからね。」
「分かっている。だが、族長の予言も真実の1つ。」
「もし仮に、本当に俺が月の神の化身だとしたら、貧弱な神の化身もあったもんだねぇ。困るわ。それ以前にアルさんってこの村の長なんでしょ?ガト族全体に影響力なんてあるの?」
「族長はガト族全体の族長。遠く東に居住しているガト族も、世界に散らばるガト族も皆族長を敬っている。族長の持つ夢見と予言の力はガト族の宝。」
アルさんは凄く偉い人だったみたいだ。ガトの王って事だよね。世界中のガト族のトップとか凄いね。でも、アルさんは凄く優しそうで包容力に満ち溢れてて族長って感じがしたから、そう言われたら成る程って思う。
そして、そのアルさんと近しい感じで接してた、目の前のこのイケメンはアルさん専属って所なのかな。アルさんのネロに対する接し方も、信頼を置いてるって感じに見えたから多分そうだよね。
「おー、成る程。じゃ、ネロはアルさん直属の護衛さんって事かな。」
「なぜ分かる?」
「だって、目付きが鋭いし、強そうだし、アルさんと親しそうだったから!」
「目付き。親しそう?」
「俺、勘はいいのだよ。」
「成る程。しかし、族長はもっと強い。部族の誰よりも。護衛などいらぬくらいにな。」
さっぱり分からないという顔をしながらも一応納得してくれるネロが、強さの面ではアルさんの方が上だと補足している。部族のボス、要するにガト族の王様の直属の護衛って強そうだな、ぉぃ。カマかけたら当たりだった件について。
俺なんて、HP1じゃなくても、敵対したら直ぐにやられてしまうトコロだった。敵じゃなくて良かった。しかも、あの優しそうなお婆ちゃん猫が目の前のネロより強いとか想像ができない。内心ドキドキしてくるのを外に出さないように抑えておく。
気持ちを落ち着けようと、ネロから視線を外して子供達がくれた花冠を眺める。綺麗に花で輪っかを作って、所々に花を埋め込んでる。見た目にも癒される可愛い花冠だ。果物に手を伸ばして1つ齧ると甘い果汁が口の中に広がった。横を見遣って子供達を視界に捉える。
「ありがとう。果実、凄く美味しい。」
お礼の言葉を投げ掛けると、子供達が満面の笑みで答えてくれた。めっちゃ可愛い。一人貰ってってもいいですかね?あの灰色のタレ耳ちゃんがいいですなぁ。いや、あっちのクリーム色のとんがり耳ちゃんも捨てがたい。ってか全員可愛いなぁ。全員連れて帰りたいな。
(駄目です。誘拐にあたります。)
ほわほわと眺める俺に突き刺さるスツィの鋭い一言。分かってるよ。冗談通じないな、スツィさんは。心の中のスツィとの攻防を気取られぬように、微笑んで子供達を眺める。
そういえば雪丸は元気かな。あいつもちっちゃい時はこの子達みたいにコロコロもこもこしてたよな。可愛かったなぁ。唐突に思い出してしまった実家の愛猫、白いふわふわした毛並みと綺麗な空色の瞳の猫だ。会いたいな、雪丸。
「この後はどうするつもりなんだ。村に滞在するのか?神殿に戻るなら送る。」
雪丸を思い出して懐かしんでいたら、不意に問い掛けられた低く心地良い声に現実に引き戻されてしまった。ん~っと考えて、滞在するって選択肢を出してくれた事に気が付いた。滞在してもいいってことなのかな。
「村に泊まらせて貰ってもいいですか?」
「了解だ。今日は俺の家に滞在すればいい。俺は族長の護衛で夜はいないが、休む事はできる。」
「おぉー、ありがとう。マジ感謝。」
ご飯を食べたら次はあったかいトコで寝たいよね。硬い床の上はもう嫌だ。心の中で叫びながら問い掛ける俺に、ネロが直ぐに快い返事を返してくれた。とんとん拍子に今日の滞在場所が決まったところで伸びをして席から立ち上がる。子供のくれた花冠と果実を持って、この後はどうしたらいいのかとネロに視線を向けてみた。
「昨日はニルがすまなかったね。あれに懲りずにまた工房に遊びに来てやってくれ。」
視線の外から掛けられた女性の声に顔を上げる。工房で細工のチェックをしていた鯖虎のお姉さんだ。薄い灰色と濃い灰色の毛並みが艶々と輝いている、細くて長くしなやかな尻尾をゆっくりと揺らしている。
薄灰ベースの濃い灰色メッシュが入った綺麗なストレートの髪を肩程で切りそろえていて大人っぽい雰囲気が漂っている。少しだけキツイ目付きのクールな美人さんで、透き通った綺麗な青い瞳が陽の光を反射している。大人っぽい美人さんの登場に見惚れてしまったら、鯖虎姉さん笑顔を浮かべてくれた。
「ごめん、ごめん。私はシリアっていうんだ。工房で紋様語りをしていたのは細工士のニル。悪い奴じゃないんだけどね。紋様の事になるとちょっとイッちゃう所があるんだよ。はいはい、って聞いてれば、その内収まるから大丈夫。ホント、悪い奴じゃないんだよ、それに職人としての腕は格別で特別だから。」
「昨日は忙しいトコをお邪魔してすいませんでした。紋様も奥が深いんですね。」
「ふふっ、ニルに気を使ってくれてありがとね。またいつでもおいで。」
フランクに話し掛けてくれたシリアさんは近場の席に座り、調理のテントに向かって注文をしている。ここって、レストランみたいなものだったみたいだね。普通に考えたらそうか、どう見てもレストランだった。もう一度周りを見渡すと、明らかにオープンテラスなお洒落なレストランな雰囲気だ。
「ネロ、俺はお金を持ってないけど大丈夫かな。」
「この村では金の心配はない。」
良かった。無銭飲食をしてしまうトコロだった。席から立ち上がったものの、シリアさんの出現で行き場をなくしてしまう。また席に座り直して子供達を見ながら程よく冷えてきたお茶を口に含んだ。
久しぶりの食後のまったりした雰囲気で、少し眠くなってきてしまった。欠伸をかみ殺した俺を観察していたらしいネロが、眠いのか?と声を掛けてきたけど大丈夫、と返す。そうか、と答えてくれたネロと二人で茶を楽しんでいた筈なのに、いつの間にか眠ってしまったらしい。
気が付いたら薄暗いテントの中だった。ネロが抱き締めてくれた時の香りとベッドの中の香りは一緒だ。多分ネロが自宅のベッドに運んでくれたのだと思う。ベッドの上で、もそもそと起き上がった。寝起きのぼんやりとした意識の中で思う。
いやぁ、ベッドっていいね。このマントは布団の代わりになるくらいにふかふかに感じてたけど、ベッドは全然違った。マントは寝具じゃなかった、ベッドこそ寝具で正解。この寝心地、お日様のいい匂いがするシーツ、そしてほんのり爽やかな甘さのいい香りのする枕、ふかふかのブランケット。どれをとっても最高ではないか。
しかも、ころころと転がっても落ちない程の広さだ。多分だけど、クィーンサイズとかキングサイズかな。ネロはでかいからこれくらいの広さのベッドが必要なのかもしれないね。ネロのベッドに横になってゴロゴロと久しぶりの柔らかさを楽しませて貰った。
ベッドの感触を楽しんでる間に寝起きのぼんやりも薄れてはっきりしてきた。一頻りふわふわを堪能した後で、仕切りになっているカーテンをめくって居間のような空間に出る。薄暗かった寝室とは違い、明るい部屋に思わず眼を瞑り顔を顰めてしまった。




