17 ただの飾り模様?
外に出る前に、入り口に立っているこげ茶の猫にぺこっとお辞儀をしてみた。でも、一切表情を変える事なく俺を見下ろす門番みたいで、意思の疎通は諦めてネロさんの後を追って外に出る。族長のテントを出たネロさんはテントから横に向かって歩き出していた。
「ネロさん、案内をありがとうございました。おかげでお詫びとお礼を伝える事ができました。」
「敬称はいらない。」
「ん?」
「普通に名を呼べ。」
「ネロ、でいいって事?」
無言で頷いて黙々と歩き続けるネロの斜め後ろをついていく。凄く言葉数は少ないけどいい人っぽいかな。それより、食事が楽しみ過ぎる。
「族長を信じてくれて感謝する。」
食堂がそっちにあるのかとワクワクと歩を進める俺に、ちらりと視線を向けたネロが低い声で小さく呟いた。一言呟いてから黙々と歩き続けるネロの後姿を見つめてしまう。今のって俺に話し掛けた、で合ってるのかな。まぁ、この状況なら俺しかいないよな。
判断がつかないままでネロの後を追いかける。いい加減、歩き疲れた頃に白地と赤の布を重ねた頑丈そうな作りの、少し規模の大きいテントの中にネロが入っていった。ネロに続いて中に入らせて貰うと、内部は白い壁の明るい室内だった。
職人らしきエプロンをした、線の細いガト族の青年、というか少年がその細い指を器用に操って、銀色のリングに細工を施している最中みたいだ。多分男性だと思う。でも、女性に見えない事もない程に綺麗な顔と華奢な体格だ。
村に入って、村の人達はみんな美形だと思ったけど、目の前の人は一線を画す綺麗さがある。まぁ、案内してくれてるネロも他の人達とは一線を画す綺麗さがある気はする。でも、目の前の人とはタイプが全く違う。ネロはデカイ体格で明らかに男性的、細工をしている綺麗な人は華奢で女性的な感じだ。
綺麗な職人さんはとんがり耳で茶虎のようだけど、濃い茶色と薄い茶色が不思議な色合いで、独特な虎模様だ。赤みが強い黄色、というより赤みが強い橙色の瞳は、真剣で細工に夢中な感じかな。俺達が入ってきた事にも気付いていないようにも見える。
その職人らしき男性の奥には、ガト族の女性が同じくエプロンをつけて細工品を確認しているようだった。モノクルのようなルーペを右目につけて、細工品の細部を確認しているらしい。鯖虎のような綺麗な色合いで、目を伏せているので色までは分からないけどすらり長い綺麗な尻尾をしている。
「えっと、ここで食事?」
「先程耳飾りが気になると言っていたので連れてきた。気が済んだのなら食事処に向かう。」
どう考えてもここは違うだろうな、と思いながらも、一応確認を取ってみた。愛想なく答えてくれたネロの説明で、やっと合点がいき改めて室内を観察してみる。ここは恐らく細工士とやらの工房なのだろう。
そして、手前の茶虎ちゃんは職人なのだと思う。淀みなくすいすいと銀色のリングに細工を施していく、茶虎ちゃんの指の動きが凄く興味深い。近くに寄って細工していく様子を眺めると本当に細かい作業だ。手に握る彫刻刀のようなもので何かの紋様を刻んでいる。茶虎ちゃんの持つ彫刻刀の先端が淡く桜色に光っている気もする。
「この模様って何か意味があるのかな。ただの飾り模様?」
近くに寄って細工しているのを覗き込みながら、つい質問してしまった。俺の質問を聞いた茶虎ちゃんはバッとこちらを見上げ、その橙色にも見える瞳で俺を凝視してくる。やっぱり女の人にも見える、凄く整った異常に綺麗な顔をこちらに向けて、爛々と輝く橙の瞳からの視線が俺を射貫いてきた。
睨みつけられる程の強い目力に、失言をしてしまったかもしれない、と謝ろうとする俺を手で制した茶虎ちゃんは急に立ち上がった。部屋の隅に設置してある黒板に向かった茶虎ちゃんは、チョークで何やら紋様を書き始める。
茶虎ちゃんの後姿で揺れる長い尻尾は興奮の為かぶんぶんと揺れている。へぇ。黒板ってこの世界にあるんだな、と感心しながら眺めてしまった。俺と茶虎ちゃんの遣り取りを見ていたらしい、ネロと鯖虎姉さんが溜息を吐いている。
俺、何かやらかしたんですかね。二人の溜息の意味が分からなくて困惑してしまった。とはいえ、何やら真剣に書き記している茶虎ちゃんの行動も気になる。後ろ姿を眺めていたら、徐に振り返った茶虎ちゃんにびくっとなってしまった。
「まず、紋様とは草樹、闇、光、水、空気、火、大地、陽の光、そして月、如何なる自然現象をも、形として封じ込める事から始まる。封じ込めることは即ち、自然現象を的確に判断し分析する事に繋がる。言葉を返せば自然現象を理解しなければ、紋様を刻める事はできないのだ。僕の彫る紋様は未だ完成はしていない。火、そして水は完成しているのかもしれないが、いや、完成しているのだろうか?僕には解明できていない事象が火や水の中にもまだ沢山あるかもしれない。っと言うことは・・・」
饒舌に途切れることなく話し始めた茶虎ちゃんの勢いは止まらない。え、何これ。ぎぎぃっとぎこちなくネロに顔を向けてしまった。片手で顔を覆ったネロと、腕を組んで呆れている青い目の鯖虎の女性の態度から、この茶虎ちゃんはこんな感じの子って事がよく分かった。
「えーっと、要するに紋様には意味があるって事っすよね?分かります。ありがとうございます。」
「君、人族にしては理解力がある。いいよ。実にいい!この紋様は火が燃え立つ事を示していて、装飾品にこれを刻む事で少しだが攻撃力を底上げする力があるんだよ。で、こっちの紋様は水が穏やかに流れる様子を表している。装飾品に刻むと、なんと少量だが継続的に体力回復が見込めるのだよ。素晴らしいだろ?でな、こちらの紋様は・・・」
黒板にコツコツと何かを描き足しながら、喜々として説明を始めた茶虎ちゃんを、唯々眺める時間が続く。え、俺どうすればいいの?ネロも鯖虎姉さんも何も言葉を挟んでこないんだけど、どうすればいいんだろう。
(大変に興味深い解釈ですね。)
え、スツィさんはこういう人が好きなの?意外~。
(興味深い解釈と言っただけです。他に意味はありません。)
はいはい。そうでしたか、まぁあれですよね。好みは人それぞれですものね。成る程~。
「琥珀、用が済んだのなら食事に行くか?」
まだ説明を続けている茶虎ちゃんを無視する事にしたらしいネロが声を掛けてきた。どうやら、脱出のチャンスが訪れたらしい。でもな、スツィが結構茶虎ちゃんに食いついてるんだよな。
「ネロ、今いい所なんだから邪魔しないでくれ!」
「ニル、あなたこそ邪魔しちゃ駄目だよ。」
「僕は邪魔をしていないぞ、シリア。ネロが僕の邪魔をしているのだ。」
ネロに抗議の声を上げる茶虎ちゃんがニル。それを宥める鯖虎姉さんがシリア。成る程成る程、名前も把握しましたよっと。大人しくその光景を見守る俺の腕をネロの大きな手が掴んだ。
「行くぞ。いつもの事だ。」
「待てネロ。その人族は貴重な理解者なのだ。置いていけ。」
「人族ではない。琥珀だ。連れていく。」
「琥珀、行かないでくれ!もっと僕の話を聞いていけ。」
ネロがさっきのアルさんみたいになってる。クスッとしてたら腕を強引に引っぱったネロにテントの外に引き摺り出されてしまった。ちょ、腕痛い。死、
(死んでしまうとは情けない。)
そんな声と共に眼を開けると、其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。・・・ですよね~。ご飯食いっぱぐれた。くそぉ。まぁ、復活後はお腹も空いてないからいいけどさ、お肉食いたかったな。お魚でもいい。動物性のタンパク質が食いたい。
(デスボーナスの獲得:スキル〈かばう〉獲得しますか?)
俺の食欲に対する消失感を慰めてくれないスツィはクールですね。それにしても、〈かばう〉ねぇ、ん~。俺が持ってても仕方ない気しかしないスキル名だよね、確実に。これは説明を聞くまでもなくいらない。とは思うけど、一応説明は聞いておこう。もしかすると、があるかもしれないし。
(スキル〈かばう〉:発動する事で一定時間、任意のターゲットへの攻撃を肩代わりするスキル。マイナス補正なし。スキルのランクアップに伴い、発動時に受けるダメージが割合で減少する。ランクアップにはデスボーナスが必要である。尚、デスボーナスでのランクアップはランダムであるため再度獲得できるかは死亡後にしか判明しない。)
やっぱり使えないスキルで正解だったか。しょうがない。
「獲得しません。」
(了解しました。デスポイントはお貯めになりますか?次回使用しますか?)
「これって今回使用を選んで、次回もいらないのだったらどうなるの?」
(次回のデスボーナスでも使用をお選び頂くと2回分のデスポイントをご使用したことになり1回分のご使用時よりも更により良質なデスボーナスが獲得できる可能性が上がります。ご使用になる回数が重なる程デスボーナスがより良質になる確率が上昇していきます。)
ちゃんと聞いといて良かった。確認ってホントに重要ですね。
「じゃぁ、使用でお願い。」
(了解しました。)
久しぶりに死んだ感じがして、久しぶりのやり取りを終えて扉の外に滑り出る。眼の前を大きな体に遮られて見上げると、驚愕の表情のネロが俺の目の前、要するに扉の前に立ち塞がるように立っていた。




