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117 大人しく寝ていた

 テーブルに食事を並べてくれるユリアさんの後ろ姿が可愛い。ピンクのスカートから覗く、可愛く揺れる尻尾を、ぼーっと眺めていたら直ぐに配膳が終わったっぽい。ユリアさんは家から出る直前で、俺に向かって可愛く手を振ってくれる。俺も手を振り返すと、ユリアさんはネロに定型文を残してササッと出て行ってしまった。


 ユリアさんを見送った後でカップを持って移動する。ネロのカップを渡して、自分のカップをテーブルに置いた。視線は自然とテーブルの上に固定される。テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。


 今日の料理はベーグルサンドとサンドイッチ、それに黄色のポタージュスープだ。ベーグルサンドにはこの前食べられなかった、厚切りのお肉が挟んである。ネロに顔を向けると、ネロは頷いてくれた。って事は、この前の俺の心残りを覚えてて注文してくれたって事だよね。ありがとって意味でニコっとしたら、ネロは嬉しそうに目を細めて返してくれた。


 いただきます、と手を合わせるのに呼応して、ネロも静かに祈りを始めた。ネロの顔が上げられたのと同時に、待望のベーグルサンドに手を伸ばす。小皿の上に置いて、形を少し整えてから両手で持って大きく齧り付いた。


 お肉は鶏肉っぽくて柔らかい。スパイスが全体に塗されていて味が濃い。めっちゃ美味い。がっつり系な味だ。唇の端についた汁を指で掬って舐め取って、もう一口。もぐもぐと口を動かしながら顔を上げると、ネロは俺の食べるのを見守っていた。美味しいよって笑顔を浮かべたら、ネロは嬉しそうに目を細めてくれた。


 俺が美味しく食べる姿に触発されたのか、ネロもベーグルサンドに手を伸ばして大きく齧り付いた。口を動かしながら、ネロは美味しいって感じで頷いてくれる。ですよね、美味しいですよね。ニコニコになって頷き返しちゃう。


 ベーグルサンドは一旦小皿に置いて、スープの器に手を伸ばす。口に含んだポタージュスープは甘くて濃厚な感じだ。がっつり系の味からまったり系の味に変わった事で、またがっつり系が欲しくなる。ベーグルサンドに切り替えて頬張るとヤバい。美味し過ぎて止まらない。ベーグルの重くてもっちりとした食感が堪らなく美味しい。


 口を動かしながら顔を上げると、サンドイッチを食べながら俺を眺めているネロと目が合った。視線が交錯した瞬間に金色の瞳が輝くように光を放った。まぁ、〈照明〉の光が反射してるだけなんだけどね。食べてたベーグルをお皿に置いて、口の端に付いた肉汁をナプキンで拭き取る。


「そういえば、カップを返しに行った時にね。」


 ネロを見つめて話し始めるとネロの表情が少し引き締まった。柔らかい雰囲気だったのに、一気に温度が下がった感覚すら覚えてしまう。いつものネロの真顔って、こんなに冷たい雰囲気だっけって思っちゃうほどの温度差だ。静かに見据えてくるネロは言葉を返してくれない。


「アルさんのトコで一瞬だけ、めっちゃ怖い顔してなかった?」


「そうか?」


 一応聞く姿勢なのかな、と判断して話を続けさせて貰った。俺の質問に対して、ネロは目を細めて一言だけ何の感情も込めずに返してくる。疑問系って事は、そうでもなかったって事なのかな。


「あと、ゾクっとなった。鳥肌が立つくらい怖かった。俺の気のせいだったのかな。」


「気のせいだ。」


 一応付け加えてみた感想は、即、ネロによって気のせいで片付けられてしまった。いや、絶対気のせいじゃないから。寒気を感じる程の気迫だった気がするんだよ。あれは何だったのってじっとネロを見つめてみる。ネロはふいっと目を逸らしてしまった。あ~、成る程。あんまり触れないでって事みたいだね。


 視線を逸らされて、これ以上話す気がないなら仕方ないかっとベーグルサンドに戻る事にした。齧り付いて、もぐもぐと口を動かしながらネロを見ていると、少しして視線が俺に戻ってきてくれた。


 ニコっとしてみたら、ネロは食事に視線を向けてしまう。ホントにこれ以上は何も言う気はなさそうだ。今日は秘密が多過ぎる気がする。俺が酔っぱらった事に対するちょっとした罰的な意地悪で確定か。まぁ、しょうがない。話す気になったら話してくれると信じたい。


 スープとベーグルサンドを交互に食べていたら、一個を食べ終わる頃にはお腹がいっぱいになってしまった。味見はしたいからっと、小さくカットされたサンドイッチを一切れだけ貰って、もういっぱいとネロに伝える。


 俺に合わせてなのか、ゆっくりと食べていたネロが頷いてくれた。ネロが食べる風景を眺めながらお茶を口に含む。冷え切ったお茶だけど香りが凄くいい。お茶を飲んでまったりしながらネロを眺める。ちょっとだけお腹が落ち着いたから、少しだけ空いているスペースにサンドイッチを詰め込んでご馳走様。


 ネロはゆっくり、まったりと食べ進めている。さっきの会話以降、また、ほんわか穏やかな雰囲気のネロになってくれた。今日のネロは機嫌が究極に良さそう。ずっと口元が緩んでる。というか、ネロにしては珍しく、笑顔を浮かべてる感じ。いい事があったって言ってたし、機嫌が良くなる事があったんだろうな。


 ゆっくりと食事をするネロを眺めながらお茶を飲むっていう状況が、いつもと立場が違って新鮮だ。いつもは早く食べ終わったネロが俺のゆっくりな食事の時間を見守ってくれてるからな。ぼーっと眺めていると、ネロが俺と目を合わせて嬉しそうに目を細めてくれた。口元も緩んでいて楽しそう。


 笑顔というより微笑みって感じの表情だけど、いつもと違って表情があるからネロの顔の綺麗さが引き立つ気がする。和やかで穏やかなネロの微笑んだ表情のおかげか、ネロ自身が輝いてる錯覚に陥ってくる。ただでさえ綺麗な容姿なのに、更にキラッキラに見えるんだけど。ヤバい綺麗さですな。


 食事を終えたネロが立ち上がって手を差し出してきた。いつも通りに俺のカップを受け取って、新しいお茶を淹れてくれるらしい。ネロを目で追いかけていたら、お茶を淹れ終わったネロはソファに行ってしまった。片付けは後回しにするっぽい。


 手招きされたのに応えて、ローテーブルを挟んで床に腰を下ろす。カップを俺の前に置いてくれたネロが優しく目を細めた。背もたれに寄り掛かって俺を眺めながらお茶を飲み始めたネロはリラックスした様子だ。


 俺を見つめる金色の瞳が優しく輝いてる。さっきから、少しだけどずっと笑顔が浮かんでる。真顔が見慣れてるからか、違和感しかない。いい事があって上機嫌なのは分かるけど、こんなにずっと笑顔のネロは始めてみる。


「お皿は片付けないの?」


「後にする。今は食後の一服。」


「成る程。」


 いつもは直ぐ片付けるのに、って疑問を口に出してみた。ネロは嬉しそうに目を細めて答えてくれる。超幸せそうな笑顔だよ。キラキラが増した感じがするんですけど。まぁ、でも、食後の一服でまったりは重要だよね。納得して頷く。


 お茶を飲みながらネロを観察する事にした。俺を眺めながらお茶をゆっくりと楽しんでるネロはかなりヤバい。凄く優雅で美麗で、絵画の中にいる人みたいな綺麗さだ。しかも、ヤバい程の眩しくてキラキラした感じのエフェクトが出てる感じがする。


 俺もお茶を一口、コクっと飲んでみる。口に広がるのは凄くいい香りと渋み、苦み、甘みなどがパーフェクトな安定の美味しさ。ほっと息を吐き出す俺に注がれるのは優しいネロの視線。慈愛溢れる優しい金色の瞳はそれだけで安心感の塊である。


 美味しいお茶に頬を緩めていたら、ネロは嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。ネロの表情が微笑みから笑顔に変わった。ネロの不意打ちの凄くいい笑顔に、カップに口をつけたままで止まってしまった。今日はネロにしては珍しい笑顔の日なんだね。


「ネロはこっそり練習してたの?」


「ん?」


「笑顔の練習。」


「してない。」


 分かった、ネロは隠れてこっそり笑顔の練習をしてたんだね。だから、こんなに綺麗な笑顔なんだ。って理解してみたんだけど、違ったらしい。


「そなんだ。今日はずっと自然に笑ってる感じしたから、いつの間にか練習してマスターしたのかと思った。」


「琥珀といると笑顔が自然に出る、多分。」


 ネロなら笑顔をマスターするなんてあっという間にできそうかなって思ったんだけど、違うのか。でも、だとすると自然にこの笑顔なのか。俺といるとって限定してるけど、多分、普通に自然に笑えるようになったんだ。流石ネロだ。これは、ヤバいかもしれないね。


「でも、外でそんないい笑顔をしてたらヤバいかもしれないね。」


「やばい?」


「うん、ヤバい状況になっちゃう。お姉さんに囲まれて連れてかれそう。ネロは綺麗だから誘拐されちゃうんだよ。」


 ネロが女の子を敬遠してるのを承知で軽口を叩いてみた。驚いた顔をしたネロが少しして苦笑してしまった。でもね、軽口じゃなくてホントに起こりそうな事態だと思うんだ。


 ネロのこんな綺麗な笑顔を外で振りまいてたらお姉さんホイホイだよ。でも、いつも無表情でいるより笑顔も少しはあった方がいいと思う。今の笑顔と真顔の間くらいがいいかもしれないね。


「琥珀は床に座るのか?」


「うん。なんとなく。」


「そうか。」


 まったり気分らしいネロが首を傾げて、何で床に座ってるのって感じで聞いてきた。ん~、少し離れてネロを見てたいからですよ。とは言えず、適当に言葉を濁してみる。ネロは目を細めて納得してくれた。そうなんですよ、ってニコっと頷き返す。


「ネロは今日、武器の手入れをしてなかったね。」


「朝のうちに終わらせた。」


 話題を切り替えようと、いつもの日課をしてなかった事に言及してみた。ネロはサラッと答えてくる。朝のうちってなんだ。ネロは朝に帰ってきたんじゃないのか?って事は、寝てないって事じゃん。


「えっ、そうなの?もしかして、ネロはあんま寝てなかったりするの?」


「いや、深夜のうちに帰ってきた。しっかりと寝た。」


 驚いて確認を取ってみると、大丈夫だった。深夜に帰ってきてたのか。知らなかった。じゃぁ、ちゃんと寝れてるか。きっと平気だよね。でも、ネロは優しいから気遣ってくれてる可能性しかない。


 あ、俺がネロにかけた迷惑が分かっちゃった気がする。俺は直ぐ寝たって言ってた。そして、ネロは思い出し笑い的なのをしてた。寝相の悪さとか寝言とかを思い出して思い出し笑いをした可能性もある。


 って事は俺が掛けた迷惑は酒乱に伴う寝相の悪さとかな可能性も出てきた。俺の寝相が悪すぎて、ネロが寝れなかったのかもしれない。だから、俺の隣で寝てられないって、武器の手入れをする状況になったのかも。


「ホント?俺が寝相悪くてネロの安眠を妨害したとかじゃないよね。」


 ネロは優しいから、俺がショックを受けるような事は言えないよね、俺から聞いた方がいい気がしてきた。俺が絶対何かやらかしているのは分かってるんだよ。


「大人しく寝ていた。」


「そっか、良かった。ネロもいつも綺麗な姿勢で寝てるよね。ピクリとも動かない。」


「そうか。」


 ネロの表情は柔らかい微笑みが浮かんでいるだけで、ホントかは分からない。でもね、ネロの言葉を信じたい。きっとホントの事だった。寝相が悪過ぎる子のせいで、安眠できなかった可哀想なネロはいなかったんだ。きっとそう。気分を切り替えようかな、もう過去の過ちには蓋をしておこう。


「じゃあ、ちょっと休憩したらストレッチする?」


「そうだな。琥珀、そこで前屈をしてみろ。」


 ネロの指示に従って、両足を揃えて前に出し、上半身を倒す。昨日より倒れてる気がする。ネロが傍に寄ってきてしゃがみ込み、俺の手首を持って軽く引っ張ってきた。もうすぐで足首に届きそうな、届かなさそうなってトコロだ。確認が終了したのか、手を離したネロがソファに戻り、足を組んでお茶を一口優雅に飲んだ。


「どうだった?」


「もう少し、というトコロ。」


「でも、少し柔らかくなった気がする?」


「そうだな。」


 無言のネロが気になってドキドキしながら聞いてみる。ネロは目を細めて見つめてくる。少しの間を置いて静かに答えてくれたネロに頷いて、やっぱ柔軟性が増してますよねって次なる質問もしてみた。ネロは優しく相槌を打ってくれた。


 否定をしないのはネロの優しさって分かるよ。でも、やった、少しだけ筋トレに近付いたって気になっちゃう。嬉しくなってソファに移動して、ネロの隣に腰を下ろす。ニコニコの俺の髪を掻き上げてくれたネロが目を細めた。お茶に手を伸ばすと、ネロが取って渡してくれた。一口飲んで、両手でカップを抱えたままお茶を覗き込む。


「ネロのお茶はこんな美味しいのに。なんで俺は上手く淹れられないんだろ。」


「琥珀の淹れた茶は美味い。」


 ネロの淹れてくれた美味しいお茶を飲む度に、俺の淹れた不味いお茶を思い出してしまう。溜息交じりに呟いてしまったら、ネロが静かだけど断定の口調で美味しいって言い切ってくれた。顔を上げて、ネロをじっと見てしまう。


 ネロは視線を逸らす事もなく俺を見返してきた。本心を言ってるって分かるネロの真剣な瞳に、フっと笑みが零れちゃう。なんであんなに不味いお茶を美味しいって言えるんだろう。あ、俺に気を使い過ぎで、ネロは味覚的に錯覚を起こしてるのかもしれない。


「ネロはそこだけ味覚障害になってる可能性しかない。レオさんも不味いって言ってたし俺も不味いって思うもん。」


「そうか?」


 困った顔でネロを心配してみると、ネロが可愛く首を傾げた。そこで疑問を出してくるとか、ホントに美味しいって思ってくれてるのかな。でもね、俺は美味しいお茶をネロに淹れてあげたいんだよ。ホントに美味しいって言って欲しいの。


「お茶を淹れるのって難しいのかな。」


「どうだろう。難しいのかもしれない。」


 日本だと茶道とかってあるじゃん。お茶の道はそれくらい難しいのかなって気付いちゃった。素直にぽつりと呟いてみたら、ネロは困った感じでその可能性も示唆してくれる。そうだよね、難しい可能性しかないよね。そうだと思った。


「そっか。難しいのか。じゃあ、不器用だからしょうがないのかな?」


「練習すれば上手くなる。」


「うん。ありがと。」


 もし、ホントに難しいのであれば、ステータスの問題がのしかかってくる。例え練習を重ねても俺のお茶は美味しくなるのだろうか。少し落ち込んでしまう。ネロが俺の髪を撫でながら、優しく応援してくれた。ネロの笑顔でちょっと救われた気がする。それにしても、今日のネロは笑顔を多用してくる。今日はホントに笑顔の日なんだね。


「開始するか?」


「うん。やろう。」


「その前に片付ける。少し待て。」


「分かった、ありがと。」


 片付けると言いながら寝室に入っていくネロを目で追ってしまう。戻ってきたネロが黒い服を手渡してきた。受け取って広げてみると、ぴったりした薄い生地の上衣に薄い生地のひざ下ズボン。おお、運動着だ。仕事が早いな。


「ありがと、着替えてくる。」


 寝室に入って、今着ている服を脱いでベッドの上に放り投げる。渡された服を着てみて驚いてしまった。上衣が凄い。もろ、ストレッチ素材の長袖のアンダーシャツって感じだ。こんなのこの世界にあるのかよ。


 ズボンは伸縮性が少しある細身でひざが隠れるくらいの長さだ。どっちにしても運動用って感じでテンションが上がってしまう。リビングに出ようとしたら、ネロが入れ替わりで寝室に入ってきた。見ているとベッドの下からラグを取り出している。そこに入れてたのか。知らなかった。


「そのラグって運動用の敷物なの?」


 ネロの行動を見守っていて、思わず質問をしてしまった。振り返ったネロが頷いている。運動用の敷物が常備されてるって事は、ネロは家で運動するって事なのだろうか。


「ネロも家で運動をするの?」


「する。」


「鍛錬場だけじゃなくて家でもするの?」


 俺の質問に短く答えながらも、ネロは俺を誘導してリビングに移動していく。家でもするのかって質問には頷いて答えてくれた。でもね、俺が家に来てから、ネロが家で運動をしてるのなんて一回も見た事ないよ。


「ネロが運動をしてるのは見た事ないよ?」


「琥珀が来てからはしてなかった、かな。」


「成る程。」


 驚きで質問を重ねてしまうと、ネロは目を細めて頭を撫でてくれた。ネロが思い出を辿ってるのか少し考えた様子を見せている。そして、再び俺と目を合わせて、そういえばって感じで答えてくれた。寝る程、と納得している間にもネロはラグを床に敷いて運動の準備を着々と進めていく。


 準備が終わったのか、ネロが手を差し出してきた。ネロの手を掴んでラグに座ると、ネロも隣に腰を下ろして俺の髪を整えてくれた。着替えで少し乱れちゃってたらしい。


 ネロ程スゴイ人でも、家で運動をする事もあるんだね。ネロ程の人は運動と言えば鍛錬場だと思ってた。そうと分かったら、ネロはネロの運動をしてくれたらいいじゃん。ネロの体を鍛える様子を見てみたい気もしてきちゃったし、いいアイデアだと思うんだよ。


 俺に合わせた柔軟じゃ、ネロの糧にはならないからね。俺は教えてもらった柔軟を、ネロはネロの運動を。今日はその方向でいいと思います。勝手に結論付けたから、後はネロにそれを伝えるだけだ。


「昨日の柔軟運動は覚えたから、ネロは自分の運動をして。ネロのやってるのを見てみたい。見ながらの方が、運動中も気が紛れると思うんだ。」


「分かった。」


 俺の提案を二つ返事で聞き入れてくれたネロにニコっとなっちゃう。っという事で、運動開始。昨日ネロが教えてくれた柔軟運動ストレッチを順番にこなしていく。柔軟を開始しながら横を見ると、ネロは俺と同じようにストレッチを始めている。


 ネロの柔軟運動を見て、動きが止まってしまった。ネロは苦笑したけど、動きを止める事なく柔軟を続けている。自分の運動じゃないの?疑問がいっぱいの俺を置いたまま、念入りにストレッチを続けるネロを眺めてしまう。眺めていて気が付いた、俺の柔軟とは全然違う。もっと本格的な柔軟だ。ネロの体は柔らかいですね。ヤバいですね。


 念入りに柔軟を終わらせたネロがプランクの姿勢を取った。フロントブリッジの体勢だね、うつ伏せになり前腕と両肘を床につけて、つま先立ちになり腰を浮かす姿勢。背中から足まで綺麗な一直線になってるネロをぼんやりと眺める。その姿勢を取りながら、ネロが俺を見つめてきた。


 ネロの視線を受けて、俺もストレッチを再開する事にする。結構長い間、プランクの姿勢をキープしながら俺のストレッチを眺めていたネロだったけど、次は休みを入れずに腕立てを始めた。体が肩から足の先までまっすぐ伸びている。更に言うと、体を落とした時は胸が床すれすれだ。


 真横から見てるから、ネロの体を落とした状態が凄いってよく分かる。最初は普通に腕立てをしていたネロだったけど、途中から、体を落とした状態を長くキープするようになった。数分間とか、それくらい長い間、腕立てなのに体を落とし込んだ状態を続けるネロが凄くて、自分の運動を中断して見入ってしまう。


「それ、きつそう。」


「そうだな。少し。」


 体を床すれすれに保っているキツイ体勢なのに、ネロが返してくれた言葉は全く声色が変化していない。ホントにきついのかって思ってしまう程に平然とした表情と声なんですけど。暫くの間、ネロを観察していたけど、ネロは平然と腕立てというか、腕伏せを続けている。全然きつくなさそうだよ。


 しかも、ネロの顔は俺に向けられて、俺の様子を確認してるみたいだ。ってか、確認される程、運動ができてなかった。取り敢えず、ネロは凄いと分かったトコロで、俺もストレッチを再開する。でも、顔はネロの方に向いてしまう。だって、ネロが凄いんだもん。気になっちゃうじゃん。


 ネロはキツイ体勢にも関わらず、腕が全くプルプルしてない。何回腕立てをしたのか分らないけど、終わったら次は休みを挟まずにまたプランクの姿勢を取った。そして、片足を上げてキープし始めた。肩から上がった足の先までが綺麗に真っ直ぐなのが凄い。


 一分ほどキープしてから、もう片足に入れ替えて同じ体勢を取る。終わったら、また同じ体勢を時間を伸ばして繰り返していく。途中までは俺も柔軟をしながら見てたんだよ。でも、また見入ってしまって、俺の運動は中断されてしまった。


 ネロの筋トレが凄すぎて見入っていたら、ネロがフワッと笑顔を浮かべて仰向けに寝転がった。腰から垂直に両脚を伸ばした状態で真上に上げたネロが、膝を伸ばした脚をゆっくりと下ろしていく。俺もストレッチを再開した。ストレッチをしながらもネロが気になって目はネロを追いかけてしまう。


 今度は腹筋を始めたらしい。ネロは真っ直ぐ伸ばした両脚をゆっくり、床すれすれまで下ろしてから上げるを繰り返している。そして、床すれすれに下ろした状態をキープする時間を伸ばしていく。ストレッチを中断して、両脚をすれすれまで下ろした状態のネロのお腹を触ってみた。すご、硬い。でも、全く震えてない。どんな腹筋してるんだろ。


「琥珀。」


 少し腹筋が揺れて、苦笑交じりの声が聞こえた。ネロを見ると、涼しい顔をしている。苦笑したから揺れただけだった。ネロのお腹から手を離して自分のストレッチをまた再開する。ってか、どこまでやったか忘れちゃった。


 まぁいいや。最初から開始しよう、1巡目は終わったと判断していいでしょう。そして、ちょっとネロを見るのは止めておこう。ネロが凄すぎて見入ってしまうからね、そうしよう。黙々と自分の柔軟運動を続けていると、視界の端でネロの動きが変わった気がする。


 横に目を向けると、横向きの体勢のネロと目が合った。今回は、片腕の肘と上腕、あと片足の足の側面だけを床に付けた状態で、上の脚を開くように上に持ち上げている。


 うぁ、それもきつそうですね。ネロは澄ました顔で平然としてるけどね、どう見てもキツイ体勢ですよね。ってか、体が真っ直ぐで綺麗な体勢だな。またストレッチを中断して見入ってしまった。


「一緒に運動をした方が良かったか?」


 苦笑したネロに聞かれてしまった。うん、そう思うよね、俺もちょっとだけそう思ったトコだったんだ。ネロは優しい笑顔だけど、その体勢で良くそんなほんわか笑顔ができるな。ヤバいですね。


「いや、大丈夫。余りにも凄すぎて見入ってた。それもきつそうだね。」


「そこそこ。」


 座ってのストレッチは終わり、かな、多分終わりでいいでしょう。立ち上がってのストレッチを開始する。立った事でネロが視界に入らなくなった。ネロを鑑賞するのはやめて、黙々と柔軟を進めていく。


 ネロも静かに何かをしてるんだろうな。途中ちらっとネロを見てしまった。ネロはぐでーっ両手を伸ばして寝転がっていた。いや、寝転がってる訳じゃない。プランクのきつい奴だ。両手を伸ばしたヤバいヤツだ。


 しゃがんで横から覗き込んでしまった。すご、床すれすれだ。上から見たら、もう寝転がってるようにしか見えなかったけど、お腹が床についてない。足先と手だけで体を支えてる。


 顔を上げたネロが、俺を見つめて目を細めてきた。ネロの表情にきつさは何も感じない。優しい眼差しと優しい微笑みを浮かべてるネロはお茶を飲んでる時と全く一緒の表情なんですけど。ヤバいですね。


「きつくない?」


「少し。」


 俺の質問に対しても、ネロは全然余裕な顔をしているんですけど。声も余裕だし、ヤバい。優しい微笑みのネロだけど、やってる事は超絶キツイプランクだからね。暫し、しゃがんで見入ってしまったけど、自分の運動を再開する事にした。もう見ない、俺は自分に集中する。


 黙々と柔軟運動を進めていたら、ネロが立ち上がった、と思ったら急に跳び上がった。えっ、何事?跳んだ先を見上げると、天井にある梁を掴んだネロが懸垂を始めている。えっと、その梁はそういう用途なのかな。あ~、レオさんもジャンプで飛び乗ってたし、普通なのかな。って、結構な高さだよ。ヤバいな。


 そもそも、懸垂がスゴイ。服を着てるから見えないけど、ネロの筋肉がヤバい。ネロを見上げながら気の抜けたストレッチを再開したけど、全然自分の運動に集中できない。視線の先ではネロが両手で懸垂を続けている。


 ってかね、見てたら途中から片手懸垂になったよ。片手で自分の体を普通に持ち上げてるよ。ヤバい。ネロはどんな筋肉をしてるんだよ。さっきまで超絶プランクやその他諸々で、凄い酷使してた筋肉だよね。


 片手ずつの懸垂を終わらせたネロは、今度は両手を開いて懸垂をし始めた。最初は顔の前に梁が来るように、次に首の後ろに梁が来るように。もうね、唖然としちゃう状況ですよ。


 マジで、どんな筋肉してるの。怖いわ。驚愕が凄すぎてネロを見上げながらストレッチを惰性で続けしまう。懸垂を終わらせたネロが下りてきた。ネロはさっきお茶を飲んでた時と一切変わらない程に穏やかで柔らかな微笑みを浮かべている。激しい筋トレの後には全然見えないのが凄い。


 ネロは屈んで俺と目線を合わせてくれた。気の抜けた柔軟運動ストレッチを終わらせようって感じにも見える。そうだね、こんな柔軟じゃ全然効果がないと思うんだ。今日の柔軟はここまででいいよね。


「琥珀も少しやるか?」


「筋トレ?」


 俺の頭を撫でてくれたネロが目を細めて提案してくれた。筋トレって事だよね。ちょっと嬉しくなって聞き返してみると、目を細めたネロが頷いてくれた。マジか、テンションが上がってにっこにこになってしまう。

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