116 武器以外にもある
ソファに戻って読書の続きを始めたネロと一緒に読書の再開だ。ネロの膝の上で開かれた本を横から覗き込みながらお茶を一口。ちゃんと謝れて、レオさんも笑顔だった安堵から、お茶がめっちゃ美味しく感じる。同時に、お茶を美味しく淹れる事ができなかった事実まで思い出してしまった。
「昨日ね、レオさんにお茶の淹れ方を教わった。」
ネロの手元を見ながらぽつりと呟いて、ちらっとネロを見てみる。ネロは俺に顔を向けてくれていた。先を促すように首を傾げてくれたネロから視線を本に戻す。
「レオさんに教えて貰った通りに淹れたんだけど、やっぱ不味かった。なんでだろ。」
ネロの指先を見ながら話しを続けてみる。ホントになんでなんだろ。レオさんが教えてくれた通りに淹れたのに。ネロの淹れてくれた美味しいお茶に及ばないどころか、めっちゃ不味かった。
「淹れてみるか?」
「いいの?」
俺が気落ちしてるって分かったのか、ネロが提案してくれる。ネロの言葉が嬉しくてニコっと笑顔で顔を上げてみた。でも、不味いお茶になりそうな予感しかしない。自問をするみたいに、疑問なのか許可なのか曖昧な表現で言葉を返してしまった。ネロが優しく目を細めて頷いてくれる。
ネロは読書を中断してくれるらしい。本をぱたんと閉じてローテーブルに戻してしまった。2つのカップを持って流しに向かい、中身を捨てて詠唱を始める。ネロの低くて柔らかい声が朗々と響いている。
淡々と〈浄化〉と〈乾燥〉をした後で、ネロはカップに水を注ぎ、戸棚からお茶セットを取り出してトレイに置いて、こっちに戻ってきた。カップと一緒に運んできてくれたお茶セットを見て気合が入る。今日は美味しいお茶を淹れられるかもしれない。
ネロが茶葉の瓶とティーストレーナーと小皿を俺の前に置いてくれる。お湯を沸かし始めたネロをぼんやりと眺める。お茶を淹れたいって希望を出したら、完璧なお膳立てをしてくれたでゴザル。ネロの行動はスマートで流れるような動きで、流石ネロって感じだ。
カップも俺の前に置かれたトコロで全ての準備は整った。床に座り込んで、瓶の蓋を開ける。少量の茶葉を木の匙で掬ってティーストレーナーの中に慎重に詰め込んでみた。そして、やっぱり茶葉が零れちゃった。零しちゃったの、ってネロに振り返ってみる。ネロは優しく目を細めて頭を撫でてくれた。気にするなって事ですね。了解。
湯気の立つネロのカップの上で少し揺らして、お湯の中に沈めて取り出す。もう1つのカップにも沈めて直ぐ取り出す。同じ動作をもう一度繰り返して、完璧なお茶になった筈。
ティーストレーナーを小皿に置いて、ソファに座り直し、ネロのカップを手渡してみた。ネロが香りを嗅いで、お茶を口に含んだ。ネロが飲む様子をドキドキしながら眺める。ネロの表情に変化は何もない。
「どう?」
「美味い。」
美味しいか不味いかをネロの表情で確認するのは難し過ぎる。大人しく言葉で聞いてみる事にした。ネロはゆっくりと視線を俺に向けて、嬉しそうに目を細めて一言で答えてくれた。表情でも分かる程、美味しそうだ。今まで真顔に近かったのに、ふんわり優しい微笑みになってくれた。
美味しいお茶を淹れられたって一瞬喜んでしまった。でも、ネロが美味しいって言ってくれたけど、実際は不味かった記憶が蘇ってしまう。じっとネロを見つめてみたけど、まったりとした雰囲気で美味しそうにお茶を飲むネロの姿が見えるだけだ。
「ホント?」
「ああ。だが、少しだけ個性のある味かもしれない。」
「ん?」
疑いの眼差しに乗せて疑問の言葉を伝えると、ネロが目を細めて楽しそうに肯定はしてくれた。でも、その後で含みのある言葉を続けたネロは満足そうな微笑みを浮かべている。美味しそうに飲んでる感じはする。ネロの言葉に首を傾げながら、自分のお茶を口に含んで顔を顰めてしまった。
全然美味しくないじゃん。香りがなくてめっちゃ渋い、そして苦い。甘さも風味も皆無で凄く不味い。どこが美味しいの。嘘は良くない。ネロを睨んでしまったら、ネロがふわっと嬉しそうな笑顔になった。ここでいい笑顔を出すな、と突っ込みたくなってしまう。どこにそのいい笑顔を出す要素があったんだ。
「ネロさん。」
「なんだ?」
「これは不味いっていうの。個性じゃない。」
「そうか?」
ツッコミどころが満載だったけど、それを押さえて、冷静にこれは不味いんだよ、個性じゃないよって淡々と伝えてみる。ネロは嬉しそうに目を細めて、可愛く首を傾げて疑問を返してきた。
猫耳があるって、それだけで可愛く見えちゃってるだけだと思うんだ。でもね、ネロの雰囲気が柔らかくて、笑顔が穏やかで優しくて。可愛く見えてしまう俺の目はもう駄目かもしれない。
こんな年上で落ち着いたお兄さんを可愛いって思う感覚が、もう猫に魅了されてる反応なんだよ。凄く不細工な猫ちゃんですらも可愛く感じるあの感覚ですよ。あ、ネロは普通に綺麗だから不細工な猫ちゃんと比べるのはアレかもだけどね。
でもな、不細工な猫も美猫も全部可愛いんだよ。猫ちゃんは行動全てが可愛いんだよね。猫ちゃんってだけで、ふてぶてしい態度すらも可愛いし、怒った顔も可愛いんですよ。俺はもう駄目なのか。
ネロを見てると、ホントに不味いモノを飲んでる感じは全くしない。ってか、笑顔が綺麗で美味しいモノを飲んでるようにすら見えてくる。でも、実際には無理してるんじゃないのか。じっとネロを見つめて見極めようとしてみた。俺の表情が気になったのか、ネロが片眉を上げて首を傾げた。
「悲しくなるからお世辞はいいの。俺はお茶も淹れられないって事が明確になってしまった。」
「世辞ではない。琥珀の茶は今まで通り俺が淹れる、何も問題は無い。」
しょんぼりとしながら、拗ねた口調で愚痴を言ってしまう。ネロは静かな口調で言い返してきた。その口調からは、ネロの本心って感じが受け取れる。でもね、不味いお茶を飲ませちゃってる事実は変わらない。
「レオさんは当分の間、来てくれるでしょ。夜に練習すれば上手くなるかな。それがいいね、そうしよう。」
「そうだな。」
お世辞じゃないって言ってくれるけど、ネロにはホントに美味しいお茶を飲んで貰いたい。練習すれば美味しいお茶が淹れられる日もくる、筈だと思うんだ。優しい相槌の後で、ネロが優しく俺の髪を撫でてくれる。
ネロはやっぱり髪を触るのが好きだよね。ネロ自身が俺の髪を触る事で落ち着くのかもしれない。猫は毛繕いをし合うから、そんな習性が残ってるのかもしれないね。レオさんも良く頭を撫でてくれるイメージがある。多分だけど、ガトの習性っぽいのかな。こんなトコロに種族の特徴が出るんだろうね。
毛繕いの考察を終えたところで改めて思う。俺の不味いお茶を片手に、そんな柔らかい笑顔でほんわかできるネロはやっぱ凄い。そして、時々お茶を口に含んでるのに、嬉しそうな表情を全然崩さない。
「ネロはお腹空かない?」
「琥珀はどうだ?」
「少し空いた。」
「では、行くか。」
ご飯を切っ掛けにして、ネロがまだ飲み続けているカップを奪ってみる。ちょっと驚いた顔のネロにニコっとして、俺のカップと一緒に流しに移動する。お茶を全部流しに捨てて、よし、処分は完了したっと。カップをテーブルに置いてソファに戻ると、ネロがマントを羽織らせてくれた。
風に包まれていく感覚を感じながら入り口に移動して、サンダルを履き、外に出る。今日は小雨だ。雨粒は小さいけど、大量に降り注いでいる細かい線が見える。空を見上げると少し明るいけど、厚い雲に覆われている。小さなバスケットを手にしたネロが、行くよって感じで背中に手を添えてくれたから歩き始める。
「こんなにずっと雨だと、ちびちゃん達や子供達は外で遊べないね。」
「そうだな。だが、雨でも鍛錬をしている子供は少数だがいる。」
「そうなんだ。雨の中で動き回っても平気なの?風邪とかひかない?」
「問題無い、多分。」
「そなんだ。」
どんよりと広がる厚い雲の下、雨の降り注ぐ前方をぼんやり見ながら話しかけてみる。ネロは淡々とした口調で答えてくれた。そうなんだね、雨でも元気いっぱい動き回ってる子もいるのか。しかも、風邪をひくこともなさそうらしい。でもね、〈シール〉がないと結構ヒンヤリした気温なのにホントに大丈夫なのかな。ちょっと心配になっちゃう。
「雨の中を動き回る事も訓練の一つ。専属の護衛になるのであれば、だが。」
「あ、そっか。そうだよね。天候に左右されるようじゃダメって事か。」
俺に顔を向けたネロは、俺の心配顔に気が付いたのか目を細めた。そして、補足する感じで話しを続けてくれる。訓練の一つ、か。そう言われちゃうと納得できる気もしてきた。
「この辺りでは雨の日がほぼない。今回の悪天候は絶好の鍛錬日和。」
成る程ね~、雨の中での戦闘とかを想定すると、雨を敬遠するようじゃダメって事になるんだね。中々大変だ。そして、この辺りでの雨は珍しいって確かに言ってた。って事は、ネロの言う通り絶好の鍛錬日和になりえるんだ。
「成る程。ネロも雨の中で走り回って戦闘をした事はあるの?」
「そう、だな。」
じゃあ、ネロはどうだろって聞いてみる。少しの間を置いて返ってきたネロの返事は少し歯切れが悪い気がする。何か含みを持たせてるのかな。ネロを見上げると、ネロはぼんやりした顔で前方に目を向けていた。
目を合わせてくれないネロはこれ以上を積極的に話してくれない感じだ。ネロは雨天の戦闘は経験が少ないのかもしれない。あ、だから、この前は大怪我しちゃったのかな。雨の中の戦闘になれてなくて、超強いのと戦ったから苦戦しちゃった感じだったのかも。
「あんまりない?」
「いや、何度もある。雨の日に活性化するモンスターや魔物は多い。」
「えぇぇ。そうなの?」
何となく納得しながら、一応確認を取ってみた。返ってきたネロの返答にびっくりしてしまう。何度もあるってのは、まあいい。でもね、雨の日に活性化するのが多いって困るじゃん。驚きながら聞き返してみると、ネロは俺に顔を向けて頷いてくれた。マジか、そうなんだね。でも、『雨の日』って限定してるのが気になる。特定の条件下でって意味合いなのかな。
「そうなんだ、特定の天候でしか出現しないモンスターや魔物もいるって事なの?」
「ああ。いる。」
「そうなのか。その子達は強いの?」
「強いのもいれば弱いのもいる。特定の天候で、更に特定の条件下の状況でしか現れない魔物は強い事が多い。」
あぁ、やっぱ特定条件的なヤツがいるんだね。しかも、更に限定条件下でしか出ない奴もいて、そいつは強いと。まぁ、そうだね。強い子が出る条件が分かってれば、回避する事も可能になる。情報はやっぱり重要って事が判明しましたね。こういう話をできるって事は、ネロはそんなのを倒すくらい強いんだろうな。
「ネロはそんな魔物を沢山倒したの?」
「少し。」
「ネロは凄いね。」
「そうか?」
まぁ、そうだろうなっと思いながらも口に出た疑問はあっさりと肯定された。そりゃそうだよね。ネロはホントに凄いな。感嘆の想いを伝えたのに、ネロは別に普通でしょって感じのクールな態度だ。この反応は超カッコいい。強い人オーラが出捲ってる感じがする。
「あ、だからネロは雨に濡れても全く気にしてないんだ。レオさんも雨に濡れるのは慣れてるって事だったんだね。二人がびしょ濡れでも全然気にしてなかったのは、そういう事だったのか。」
「護衛、特に族長の専属の護衛は討伐の要請も多い。天候はその時次第、よって、雨天でも動き回る事は慣れてくる。」
「そっか、でもね。戦闘中にピッタリした〈シール〉はしないの?濡れないし、動きも妨げられないじゃん。」
「弱い敵であればそれでも問題は無い。だが、強い敵が相手の場合、風や振動、空気の流れを感じながら動く。〈シール〉は少し邪魔になる。空気の膜がある事によって動きも僅かに妨げられる。」
「成る程ね。」
モンスターや魔物、戦闘の感じのレクチャーを受けながら進んでいたら、もう食事場に到着していた。風の大きなテントを眺める作業に入りたいトコロだけど、今回はネロにくっついて調理場に向かう事にする。
「ユリアさん、こんにちは。朝のデザートはめっちゃ美味しかったです。ご馳走様でした。」
「ああ、琥珀さん。ごめんなさい。昨日は違うのを渡しちゃって申し訳なかったです。体調に問題はなかったですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと酔っただけだから平気です。」
ユリアさんの姿が見えて第一声で朝の美味しいデザートのお礼を伝える。ユリアさんは俺と目が合って、ホントに申し訳なさそうに小さな猫耳をぱたんと畳んでしまった。謝りながらも気遣ってくれるユリアさんは凄く可愛い。大丈夫だよって笑顔で伝えて、ちらっとネロを見ると頷いてくれた。
「良かった。甘くて余り強くないお酒だけど、一応はお酒だから心配してたんです。もし、美味しかったならまた作りますね。」
「あ、えっと、」
「琥珀に酒を含んだものは出すな。必要な時はこちらから言う。」
平気だよってのが伝わったのか、ユリアさんの耳が立ち上がっていつも通りの可愛い笑顔になってくれた。笑顔に乗せて、また作ってくれるって言ってくれるのは嬉しい。でもね、俺は酒乱だったんだよ、もうお酒は止めた方がいいと思うんだ。とはいえず、言葉を濁してしまったところで、俺を遮ってネロが返答を返してきた。
抑揚もなく強い口調でもないけど、急に割って入ってきた声にびっくりしてしまう。ネロに顔を向けると、ネロはちらっと俺を見た後で、何事もなかったように注文を始めてしまった。ユリアさんも驚いたらしく目を丸くしていたけど、直ぐに注文の確認を始めている。注文を終えたネロはさっさと外に出て行ってしまった。
「ユリアさん、ごめんなさい。ちょっと酔ったってのは間違いで、実はかなり酔っちゃったみたいなんです。で、ネロが心配しちゃったんだと思う。俺はお酒が弱いみたいです。」
「成る程~。了解です。ごめんなさい。次からはもっと美味しいお菓子を用意しておきますね。」
「うん。ありがと。ごめんね。」
驚きのままでネロを見送ってしまったけど、はっとしてユリアさんに謝る。ユリアさんは可愛く頷いて納得してくれたから、もう一度謝って、ユリアさんに手を振って外に出る。外に出たトコロでネロが待っていてくれた。隣に並ぶとネロは歩き始めた。
「今の反応を見るとですね、俺は相当酔ってたって事で正しいのでしょうか。」
「そうだな、少し酔っていた。」
暫くネロの揺れる尻尾を眺めて歩いていたけど、さっきのネロの対応が気になったんです。意を決して聞いてみると、ネロは静かに肯定してきた。優しい口調だけど、凄く酔ってたってのは伝わってくる。
ネロは普通に優しくて、レオさんも全然普通だったから大丈夫かなって思っちゃってた。でも、やっぱダメだったみたいだ。酔っぱらいだったのは確定だ。
「ごめんなさい。ネロもレオさんも普通に接してくれたから、あんまり酔っぱらったって自覚が無かったかもです。」
「そうだな。少し、今と雰囲気が違った。」
俯いて謝る俺の頭を、ネロが気にするなって感じでポンと撫でてくれた。少しの間を置いて、優しい声が聞こえて顔を上げる。ネロを見上げて、何の事って疑問を表情で伝えてみた。視線を前方に向けていたネロがちらっと俺を見て、また前を向いてしまう。ネロから視線を外して俺も前を見る。
「雰囲気が違った?」
「そうだな、違った。」
「どんな風に?」
「秘密。」
表情の疑問じゃネロは答えてくれないらしい。って事で、言葉で疑問を投げ掛けてみる。ネロは楽しそうに言葉を繰り返してきたけど、詳細は秘密らしい。ネロを見上げると、斜め下からでも分かる程に綻んだ口元が見える。
嬉しそうにも上機嫌にも見えるし、何か意味を含ませてるようにも見える。超気になる、何がどう違ったの。ネロの腕を掴んで俺の方を見てって引っ張ってみたけど、ネロは俺を見てくれない。でも、口元も目元も楽しそうに緩んでる。
「教えてよ。」
こっちを見てくれないネロに焦れて、教えてって言葉に出してみた。ネロは楽しそうな眼差しを一瞬、俺に向けてくれたけど直ぐに前を向いてしまった。
答える気はないらしい。一瞬だけ見てくれた金色の瞳は凄く楽しそうというか、嬉しそうな感じがした。なんなんだ、超気になる。もしかしてだけど、俺はネロに対して、レオさん以上に変な絡みをしちゃったとかなのかな。
ネロは優しいから言わないだけ。でも、俺が変な事をしたのを思い出して、思い出し笑いとかかもしれない。レオさんに絡んだのでショックを受けていた俺の心を気遣って、言わずにいてくれるだけな気がしてきた。
「俺はネロに変な事をしたり言ったりしたの?」
「変な事、ではないな。」
「って事は、何かを言ったり、したりしたんだ。」
気になり過ぎてやっぱり聞いてしまう。変な事じゃない、って限定した。って事は、何かをやらかしてる可能性しかないじゃん。ネロをじっと見上げながら歩いていると、ネロが俺を見てくれた。スゴク嬉しそうに目を輝かせて、スッと前を見てしまった。
「ねぇ、ネロ。教えてってば、超気になる。俺は一体何をしたの。」
「秘密。」
「うぅ。意地悪。俺は直ぐ寝たって言ってたじゃん。」
「ああ、直ぐ寝た。隣でぐっすり寝てた。」
「じゃあ、何もしてないじゃん。」
「そうだな。」
ネロの腕に纏わりつきながら、教えてって言ってるのにネロは適当に答えてくれるだけで核心を教えてくれない。見上げた先のネロの横顔は口元が楽し気に緩んでる。
ネロが凄い楽しそうで嬉しそうで上機嫌なんだけど、なんでだ。あぁぁぁぁ、俺は何をしたんだ?めっちゃ気になる。今日、レオさんに聞こう。ネロは絶対に教えてくれない気がする。
下を向いて歩いていたらフワッと抱き上げられた。あれ、調理場を出てからまだそんなに経ってないと思ってたけど、結構時間が経過してたのかな。俺の歩みではもう時間切れな感じだったか。まぁ、宅配のユリアさんに追い抜かれるよりは運んで貰った方がいい。でもね、抱っこで移動は結構恥ずかしいんだよ。
「歩くのが遅過ぎた?」
「家でゆっくりしたい、かな。」
「成る程?」
俺を抱き上げて直ぐに走り出したネロに、そんな時間が経ってたのかを聞いてみる。ネロの返してくれた言葉に首を傾げながら相槌を打ってしまうと、ネロは俺と目を合わせて大きく頷いてくれた。頷かれても意味が全く分からないよ。何を言いたかったの。
ネロの走る速度は速いから、直ぐに家に到着した。家の中に入ったトコロでネロがそっと下ろしてくれる。ネロは〈シール〉を解除してくれて、当たり前のようにマントも外してくれる。外した俺のマントを片手に、テーブルに向かったネロが置かれていたカップに手を伸ばした。
ネロは楽しそうに尻尾を揺らしながらお茶を淹れてローテーブルに置いてくれた。そして、マントを畳んでサイドテーブルの上に置いてソファに座り、手招きしてきた。
ネロの行動を目では追いかけていたけど、入り口に立ち尽くしてしまっていた。ネロが教えてくれなかった俺の行動について頭を悩ませている間に帰宅後の色々が終わってた。お茶まで淹れてくれてた。
ネロの呼びかけに応えて、ソファに移動し、ネロの隣に腰を下ろして背もたれに寄り掛かる。待ってたように、ネロが首の後ろに腕を回して俺の髪を触り始めた。ちらっとネロを見ると、少しだけ微笑んでる、ような気がしないでもない。
柔らかい視線と、真顔ではないネロの微かな微笑みから分かる。なんかスゴク上機嫌っぽい。ネロが淹れてくれたお茶に手を伸ばして、一口飲んで美味しさにホッとなる。視線を感じて横を見ると、ネロが俺を眺めていた。優しい眼差しと微笑んだ表情、柔らかくて幸せそうなネロに目を細めてしまった。
「どしたの。何かいい事でもあった?」
「そうだな。あった。」
あら、珍しい。何事にも興味ないネロさんが。あのネロさんが、いい事があったって言った。驚いてネロの目を覗き込んでしまう。いつも通りの冷静な金色の瞳、とはちょっと違う、凄く嬉しそうな瞳が俺を迎えてくれる。うん、いつもと何かが違うのは分かった。上機嫌なのも分かった。でも、いつもと違うネロで少し混乱をしてしまう。
「なんか、いい武器でも見つかった?」
「何故武器の話になる。」
ちょっと冷静になろうと、視線を外してお茶を一口飲んでみる。そして、冷静に聞いてみた。ネロがこんなに喜ぶのは武器だろうなって当たりを付けての質問だったけど、何故か憮然としたネロの声が返ってきた。
「だって、ネロが喜ぶのって武器だけじゃん。」
「そうか?」
「うん。」
あれ、違うのか。だって、ネロにとって楽しいのは武器系の事じゃん。間違ってないよね。断定して言ってみると、ネロが困った感じで聞き返してきた。そんな顔をしてもそうなんですよ。大きく頷いて肯定をしてみる。
「武器も楽しい事は楽しい。」
「成る程?」
「武器以外にもある。」
「ほうほう。」
少し考えた様子のネロが武器の保管庫を見ながら、一応は俺の意見が正しいと認めてくれた。でもって続きそうなネロの返しに、先を促してみる。だって、返ってきたネロの言葉はどう聞いても尻切れとんぼだからね。その先が気になるの。
そこで止まってしまった言葉の先が気になってネロを覗き込む。首を傾げて先を促したのに、ネロは答えてくれない。楽しそうに目を細めるネロの表情は超幸せそうなんですけど。ネロがこんなに幸せになるいい事ってなんなの。
「で、何なの?いい事って。」
「秘密。」
「えー、それも秘密なの?今日は秘密が多過ぎじゃん。あれか、俺が酔っぱらった罰的な感じで、教えてくれない日なの?」
「そうかもしれない。」
「でも、不可抗力だったの。俺的には酔ってる感じは全然しなかったし。」
「成る程。」
「ちょっといい気分だっただけなの。ふわふわしてちょっと楽しかったの。」
「そうか。」
「そして、朝になって酔ってた事に気が付いて、レオさんに迷惑掛けたのにも気が付いて落ち込んだの。」
「そうだな。」
「そのうえ、ネロにもなんかしたんでしょ?」
俺の最後の疑問には相槌すらなくネロが嬉しそうな笑みを浮かべた。なんか、ネロから壮絶な色気が漏れ出して圧倒されてしまう感じがする。ネロの目を見つめたまま固まってしまったら、更に目を細めたネロの瞳が輝いた。息を飲んで、金色の瞳から目が離せなくなってしまう。
外から掛かったユリアさんの可愛い声で、はっとなる。呪縛から解き放たれたように、金色の瞳から目を逸らす事ができた。ネロがユリアさんを出迎える為に、俺の傍から離れていく。ネロが開けた入り口から、ユリアさんが元気に飛び込んできて俺に手を振ってくれた。俺もにこっと笑顔で手を小さく振り返す。




