115 普段の顔で問題無い
眼が覚めるともう明るくなっていた。天井に見える透明な隙間からは厚い雲に覆われた白っぽい灰色の空が見える。ネロはもう起きているらしく隣にはいない。体を起こして頭を抱えてしまう。
昨日の夜を思い出した。俺は酔っぱらってたのか、レオさんにめっちゃ絡んでたような記憶がある。何という事をしていたんだ。めっちゃ痛いコトしてたじゃん。
ネロが帰ってきて安心したのか、ネロを出迎えたところまでは覚えている、ような気がする。少し怪しい部分もあるけど、そこまでは覚えてるんだよ。でも、ネロが帰ってきて嬉しいって思った後の事は全く記憶にない。という事は、直ぐに寝たんだと思う。
そして、物理的にも頭が痛い。物凄く痛い。この世界に来て体験する初めての継続する痛みという感覚が、痛覚ってモノを再認識させてくれる。ってか、痛くても死なないんだね、それが不思議な痛さなんですけど。
(はい。肉体の損傷ではない為、死亡には至りません。)
成る程。これが、二日酔いなのか。あー、もう閉じ籠っていたい。精神的にも物理的にも痛過ぎる。頭を抱えて少し悩んだけど、諦めて起きる事にした。のろのろと着替えてリビングに移動する。
ソファの前のローテーブルは既に片付けられていて本が積み上がっていた。ネロはソファに深く座って足を組み、優雅にお茶を飲みながら本を読んでいた。
俺が起きてきたのに気が付いたのか、本から顔を上げたネロが俺を見つめてくる。心做しか笑顔のような感じもするけど、いつも通りの無表情な気もする。不思議な感じだ。微かに微笑んでるように見えるから、機嫌がいいのかもしれない。
「良く寝られたか?」
「おはよ、頭が凄く痛い。ネロはちゃんと寝たの?」
「ああ、良く寝た。」
手招きされてネロの傍に移動すると、ネロに背中を向けるように座らされた。おでこを片手で支えられて、もう片手で後頭部を掴んだネロが軽く揉むように指を滑らせてくれる。それが終わったら肩と首も揉んでくれた。
マッサージを終えたネロが手を離したら、頭痛が少しだけ治まってくれた気がした。後ろでネロが動く振動が伝わって、座り直して背もたれに寄り掛かる。力を抜いてぐでっとなってる間にネロがお茶の用意をしてくれた。
すっと手渡されたお茶を飲んでみると、いつもより少しだけ熱いお茶だった。少しずつ飲んでいる間に目に当たる蒸気が気持ちいい。でも、今はちょっとぐでーっとなりたいんだよ、カップを置いて背もたれに寄り掛かってしまう。
ネロが俺から少し距離を取って座り直し、太腿を指差してきた。寝転がってネロの太腿に頭を置かせて貰う。ネロの太腿に頭を乗せたら、ネロが手のひらを目の上に置いてくれた。温かい大きな手のひらが目を覆って、蒸気の時より頭痛が和らいでくれる気がする。
「俺は昨日レオさんに超絡んじゃったかもしれない。」
「ああ。聞いた。」
「恥ずかしい。もう、レオさんは来てくれないよね。」
ネロに目を覆って貰った状態で目を閉じて話をする。ネロは静かに相槌を打ってくれるけど、マジでヤバかった気がするんだよ。そんな冷静じゃいられないんですよ。
「問題無い。」
「そして、俺もレオさんに会い辛い。」
「そうか。」
ネロの問題無いはホントにそうなのか、ただの相槌なのか。そして、レオさんに悪い事をしてしまった俺自身もレオさんに会わせる顔がないんだよ。お酒が身を亡ぼすんだね。気を付けないといけないんだなっと切実に思っちゃう。
「ネロが帰ってきたトコまでは覚えてる気がする。その後は記憶にない。俺はそのまま寝たのかな。なんかね、究極に眠気を耐える挑戦をしてた記憶があるの。で、レオさんを困らせた記憶もある。」
俺はネロが帰ってきて直ぐに寝たのかな。そこを聞いとかないとだよね。それにしても、何で昨日はあんな頑なに寝るのを拒否してしまったんだろう。自分の事ながら全く理解できない。
「直ぐ寝た。」
「レオさんは帰れた?帰らないでって引き留めちゃった気がする。」
「ここで仮眠を取った。問題無い。」
直ぐに寝たって事は、ネロに迷惑は掛けなかったって事だよね、良かった。レオさんは仮眠か。仮眠になっちゃったレオさん、ごめんなさい。でも、少しは寝られたみたいで安心した。マジで、ちゃんと謝らないとだ。でも、会い辛い。レオさんは怒ってないかな。
「あ~。俺は何やってたんだろ。超迷惑だったよね。なんであんな事をしちゃったのかな。」
「昨晩の菓子に酒が含まれていた。ユリアが間違えて渡したらしい。朝方、詫びの品を置いていった。食べるか?」
ユリアさんが間違えたって聞こえて、目を覆っているネロの手を外してネロを見上げてみた。俺を覗き込んでいる金色の瞳は優しく細められている。ユリアさんが間違えたってどういう事だ。
「ユリアさんが間違えたの?」
「注文が立て込んでいたと。その中の1つを間違えて渡した、と謝っていた。気が付いて直ぐに家に来たが、留守だった、と。」
あ~、そういう事情だったのか。レオさんの家に行ってたからすれ違いになっちゃったんだね。でも、俺が酒乱になった以外は、問題なく美味しいお菓子だったからな。ユリアさんのせいではない。俺がお酒に弱かったせいだよね。慌てたユリアさんの困った顔を想像してフフッとなってしまった。
「ユリアさんは可愛いね。あんなしっかりしてるのに、忙しかったのかな?あと、俺が食べちゃったお菓子はなくなっても平気だったのかな。」
「バスケットが複数用意されていた。間違ってもおかしくはない。菓子に関しては問題無い。余っていたモノを用立てた、と言っていた。」
「良かった、ユリアさんにも悪い事しちゃったのに、お詫びまで用意してくれたのか。じゃあ、お詫びのを食べる。頭が痛いのは良くなってきた。ありがと。」
体を起こすと、頭がずきずきと痛む。横になっていたから良くなった感じがしただけだった。お茶を一口飲んでいる間に、ネロがテーブルから小さなバスケットを運んできてくれた。
ネロの膝の上のバスケットを覗き込んでみる。ネロが慎重に開けてくれたバスケットの中には、小さな瓶に入ったトロッとした白い液体と小さな丸いベイクドチーズケーキが可愛らしく鎮座していた。
ネロがおちょこのような小さなガラスの器に、瓶の中の飲み物を注いで差し出してくれた。ネロにお礼を言って、くいっと煽ってみる。優しい甘みと優しい酸味がするヨーグルトのような美味しい飲み物だ。二日酔いに効きそうな感じがするお味ですな。美味しくてニコっとなった俺の持つ器にネロが飲み物を注ぎ足してくれた。
それをちびちびと飲んでると、チーズケーキのお皿が俺の前に置かれた。ネロはミニバスケットを脇に置いて、背もたれに寄り掛かり足を組んでいる。肘掛けに片腕を凭せ掛けたネロはリラックスムードで俺の食べるのを眺める作業らしい。
「ネロの分は?」
「琥珀への詫び。琥珀の分だけ。」
「ああ、成る程。ネロはお腹空いてない?」
「空いてない。」
「じゃあ、いただきます。」
フォークで三角に切り取って口に入れる。広がるチーズの香りと、焼き固められたネットリした歯ごたえが堪らない一品ですね。タルト生地のサクサクも美味しい。
ユリアさんのケーキはいつ食べても笑顔になる味だ。最初の一口で満足感が半端ない。美味しいよってネロに視線を向けると、ネロはお茶を飲みながら微笑んでいた。目が合って、更に頬を緩めたネロは凄く嬉しそうに見える。
「俺はネロにも変な事をした、とかはないよね。」
「問題無い。」
「良かった。」
直ぐに寝たって事は聞いた。でも、変な事をしてないかの確認は取ってなかったからね。一応ちゃんと聞いておこうかなっと口に出した言葉は、直ぐにネロが否定してくれた。否定というか、いつもの問題無いなんだけどね。ネロは嬉しそうに目を細めてるから、迷惑はかけてないと思う。マジで良かった。迷惑をかけたのはレオさんだけみたいで一安心だ。
安堵しながらケーキをもう一口食べて、お茶を飲む。ちょっと休憩、と背もたれにぐでーっと寄り掛かってしまう。動く気が全く起きなくて、顔だけを動かしてみる。
目に留まったのは、ネロの脇に投げ出されている本だ。さっきまでネロが読んでいた本らしい。ネロに乗り掛かりながら手を伸ばして本を取ってみる。表紙の絵を見て止まってしまった。
って、これは。レオさんは回収してなかったのか。こんな本を読んでたのか、と目をネロに向けてみる。ネロは含んだような笑みを口元に浮かべていた。朝からこんなのを読むなんてネロは大人だな。無言で本をネロに渡してケーキを食べる作業に戻らせて貰います。俺は何も見なかった。床に移動して、ケーキに向かい合う。
後ろでぺらっとページを捲る音がするけど、無視。黙々と食べ進めて、途中途中で瓶の飲み物を器に継ぎ足して味わう。食べ終わって、ご馳走様でしたっとお茶を頂く。
そして、立ち上がって流しに移動し、顔を洗ってから口を漱ぎ、タオルで拭いてっと。ちらっとネロに目を向けてみた。ネロはページを捲る手を止めて、のんびり読書中という名の際どい挿絵の鑑賞中だ。
「ネロもレオさん化しちゃったのか。」
「琥珀。俺はこの服も好みではある。」
色気のある本を堂々と読み続けるネロに、少し引きつつも言葉を掛けてみた。困った感じで苦笑したネロが話しながらちらっと本の挿絵を見せてきた。その見開きのページには、昨日レオさんが見せてくれたスケスケの浴衣の挿絵が描かれている。
あ~、成る程ね。レオさんが気を使ってネロに教えたって事か。そんなのは気にしてないからいいのに。ってか、この状況が恥ずかしいんだよ。レオさんは何をやってくれてるんだ。俺も迷惑かけちゃったけど、レオさんにもやられてるからプラマイゼロ案件な気がしてきた。
「レオさんに聞いたの?でも、気を使わなくていいよ。気にしてないから。」
「レオに聞いたと言うのは正しい。だが、俺はこの服も好みだった。ただ、琥珀には少し過激と判断して、この前の挿絵を選んだだけ。」
「そうなの?」
「ああ。」
話は終りっと、ぱたんと本を閉じてくれたネロの傍に歩み寄る。ネロの前に立って見下ろすと、ネロは真っ直ぐに俺を見てくれた。色気いっぱいの本を読んでたというより、さっきの服もホントは好きだったんだよって伝えたかっただけらしい。
挿絵が過激過ぎるからこそ、話のきっかけをどうするか迷った挙句の本の流し読みだったみたいだ。ネロはレオさん化してたわけじゃなかった。良かった。
「ネロが言うなら信じる。ってかね、レオさんが言わなかったら俺の色って気付いてなかった。他に派手なのは沢山あるのに、随分と地味な色を選ぶんだなって思ったもん。ネロは落ち着いてるから地味なのが好きなんだって納得しちゃってたんだよ。」
ネロの隣に腰を下ろして、ホントは全く気付いてなかったんだって暴露してみた。レオさんに言われて成る程ってなっちゃったんだよって。
「前の琥珀に似ていると気付いて見入ってしまった。先ほどの過激な方も同様に惹かれた。今の琥珀に似ていると。」
「お姉さんに見入ったの?」
ネロは俺に気を使ってるのか、俺の色だから気に入ったって言ってくれる。ネロは優しいから絶対そう言ってくれると思った。軽口で、ホントはお姉さんに見入っちゃったんでしょって悪戯っぽく笑ってみる。ネロは笑みを零しながら首を横に振ってくれた。
「ご迷惑をお掛けしました。」
「問題無い。」
ネロに向き直り、ソファの上で正座してぺこりと頭を下げて謝る。ネロはいつも通りの言葉を返してくれる。気にするなって感じのネロの言葉が嬉しい。頭を下げたままでいたら、もういいよ、って頭をぽんぽんと撫でられた。
「てか、レオさんはこの本を回収してくれなかったのか。」
「ここから仕事に出た。帰りに寄って持って帰る、多分。」
「えぇぇ。この後レオさんが来るの?」
まだここに本が残ってる事実に不満と愚痴を漏らしてみる。ネロはふっと笑って、後で取りに来るよって教えてくれた。それを聞いて頭を抱えてしまう。俺の醜態を見せつけた挙句、絡みまくって迷惑をかけて、その上で家に帰らせないという暴挙に出た俺はレオさんに合わせる顔がない。
「俺はどんな顔で会えばいいの。」
「普段の顔で問題無い。」
問題無くないから。ネロはそんな冷静でいられるのは俺の痴態や醜態を見てないからだから。マジで困った。顔を上げて眉を寄せてしまうと、ネロも困った表情になってしまった。
「ネロは昨日の事を知らないからそんな事が言えるんだ。」
「成る程。では、寝室で待つか?」
愚痴のように呟いた俺の髪を掻き上げて、ネロが魅力的な提案をしてくれた。でもね、レオさんが来るならちゃんと謝らないとなんだよ。逃げ回るのは駄目だと思うんだ。レオさんは何気に人がいいから、それに乗っかって甘えちゃったんだよ。甘え過ぎた事への反省はちゃんと伝えなきゃだと思うんだ。
「でも、ちゃんと謝った方がいいよね?」
「そうだな。謝罪する事があるのであれば、その方がいい。」
「分かった。そうする。ちゃんと謝る。」
やっぱ、早めに顔を合わせて謝るべきだと思う。今日の仕事帰りにレオさんがこの家に寄ってくれるなら、丁度良かったのかもしれない。でも、やっぱり億劫な気持ちはなくならず、はーっと溜息を吐きながら背もたれに寄り掛かってしまった。
ネロが髪を優しく撫でてくれる。落ち着かせるように、癒すように、ネロが優しく撫でてくれる。ネロに顔を向けて頷いたら手を離してくれた。ネロが凄く心配してくれるのが分かって、自分の蒔いた種はちゃんと刈り取ろうと決心がついた気がする。
ネロがレオさんの本をテーブルの上に置いて戻ってきた。ローテーブルに詰まれた本の中から一冊を選んだネロが、ちらっと俺に視線を向けた後で読み始める。その分厚い金属補強の本は武器の本だね。本を読み始めたネロの横顔をぼんやりと眺める。目が緩やかに動いていて、ページを捲る音は速い。
背もたれから体を離してネロの本を覗き込んでみた。俺が見始めたからか、ページを捲る速度が遅くなった。ネロが読んでる『珠玉の業物1』は片手武器や軽量級武器の本みたいだ。丁度、短刀が沢山記載されているページだった。
「この本の武器はめっちゃ高いの?それとも、この前読んでたのに載ってるのが安過ぎるの?」
「そうだな。この本に記載されている武器は少し高価かもしれない。」
「少し?」
「少し。」
ネロが言う少しって事は、大分高価なのかな。まあ、そうだよね。驚くほどに0が並んでる武器が安い訳ない。ネロは正解。聞くまでもない事だった。
「なんでこんなに高いの?」
「魔法で作成した武器や、有名な職人の手による物、超絶な技巧による複雑な紋様が刻まれている物もある。全く新しい機構を持つ物もあったりで、一概に理由を答えるのは難しい。」
なんでこの本の中の武器がそんなに高価なのかは理解できた。新技術や、魔法や、高名な職人さんとか、いろんな理由が重なった結果のこの値段らしい。お値段以上なのか、お値段以下なのかは武器を使う人たちが判断できるように敢えて、この高価そうな本で紹介しておくって事なんだね。
「成る程。ネロのあのきらきら爆発の短刀はこの中だと、どれくらいの武器と一緒の価値なの?」
「あれは使って初めて理解した。この中の武器とは比べ物にならない程に価値が高い。値を付ける事も難しい品。単純に価値を価格に置き換えて概算したとして、売却の捨て値でも、この中の一番高い武器に零が更に10は連なる程の品。」
ついでに気になっていた、ネロのあの綺麗な武器の事も聞いてみて驚いた。ネロの推測にはなるけど、とんでもない価値の武器だったらしい。ネロはその武器の入手経路は覚えてないって言ってた気がする。そんなトンデモ武器を覚えてないってどういう事だ。
「マジで。そんな凄い武器なのにどこでゲットしたか覚えてないの?」
「ああ。覚えてない。」
「ネロは色々な意味で凄いね。」
「そうか?」
「しかも、持ってたのに、あの武器の凄さに気が付いてなかったの?。」
「琥珀の目に留まらなければ、いつまでも保管庫に眠ったままの可能性が高かった。」
入手経路が分らないってのも凄いけど、それだけの価値がある武器を気付いてなかったってのも凄い。俺が気に入らなかったら使わなかったって、凄く可哀想になってくる。武器って使われてなんぼな気がするんだよ。現代日本みたいに飾って満足とか、この世界ではしない事でしょ。あ、ネロなら収集で満足しちゃうのかな。時々使って楽しむ的な感じなのかな。
「ネロ。持ってる子達は大切にしてあげてね。あの中にもまだあんまり使ってない子もいるんでしょ?」
「そうだな。一度、全てを試し切りをしてから、使わない物は整理をする。」
「うん。使ってあげないの可哀想だからね。あ、でも白雪と胡蝶は駄目だから。あの子達は俺のだから。」
「分かっている。」
鼻息荒く、白雪と胡蝶は駄目だよって言い切った後で思い出した。あの子達はネロの武器だった。俺の子じゃなかった。それなのに、ネロは分かってるって言ってくれた。ちょっと嬉しい。でも、ちゃんと訂正しなきゃ。
「あ、俺のっていうかね。厳密には俺のじゃないね。ネロのだった。気分的に俺のって言っちゃった。」
「言っただろ?あの中の武器は全部くれてやる、と。」
ソレは冗談だったでしょ。しかも、俺が武器を使えるようになったらっていう、限定的な条件で解除されるボーナス的なのだから。俺が武器を使えるようになるかどうかはまだ未知数だからね。
でも、あの保管庫に収納されてる武器達はどう見ても高価そうだった。どれくらいの価値なんだろ。聞くだけはいいよね。お安めの武器があるなら一本くらい、ちょっと借りてもいいかなって思っちゃうじゃん。
「あの中の武器の価値は大体どんなモノなの?」
「殆どがこの本の中の物と同じくらい。もう少し高価な物もある。」
お安い武器もあったりするかな、って聞いてみたらとんでもなかった。この本の中の武器と同じ価値の武器を何十本も持ってるとかヤバい。あっさりとそして淡々と答えてきたネロの言葉を聞いて、絶句してしまう。ネロをじっと凝視してしまったら、ネロがどうした?って感じで首を傾げた。
えっと、この本は安めな武器が記載されてる本だったかな。もう一度本に目を落としてみる。どう見ても、0の数が多い武器達が並んでいる。えっと、俺はまだこの世界のお金の価値は分かってないよ。でも、これはどう見ても高価だよね。ってか、さっきネロが『少し』高いって言ってたじゃん。確実に高価な武器達ですよね。ネロに視線を戻して首を振ってしまう。
「ネロさん。あのね、知らない人にそんな価値のあるモノを渡してたら破産しちゃうんだよ。」
「琥珀は知らない人ではない。この家の者。」
もうね、優しく警告してあげる事しか俺にはできない。高価な武器達とか怖い。それなのに、ネロはキリっとして言い返してきた。うん、凄くカッコいい顔になったね。ネロの言葉は凄く嬉しいよ。でもね、論点はそこじゃないの。
「でも、そんな事ばっか言ってたら駄目だよ。俺がこの家の子でも知らない子でも駄目なものはダメ。」
「そうか?」
マジでこの人は大丈夫なのか。ネロは凄く冷静で大人でしっかりした人だと思ってたのに、全然ダメ男感がしてきた。こんな価値の武器を冗談でも全部あげるなんて言っちゃったら、変な人ならホントに貰ってっちゃうかもしれないじゃん。しかも、なんか凄く楽しそうなんだけど、なんでだ。
「ネロが心配になってきた。あんなにデキル男風なのに、全然ダメだった。」
「俺が心配か。であれば、何をしてくれる?」
ネロさんはダメですよって言ってるのに、ネロは凄く嬉しそう。あ、心配されてるってのが嬉しい感じかな。そうだよね、独り暮らしが長いと、家族が恋しくなるもんね。気遣ってくれると嬉しくなるのは分かる気がする。俺がこの家の子になって、家族みたいに感じてくれてるのかもしれないね。
「ん~、何して欲しい?」
「琥珀が傍にいてくれたら安心。琥珀はしっかりしている。」
ネロのお役に立てるなら。俺にできる事なら何でも聞いてあげるよって逆に聞き返してみる。成る程ね、見張り番的な立ち位置ですか。了解。俺はしっかりしてるって、極稀に言われた事もあるような気が、しない訳でもないかなって思ったりするんですよ。ネロは良く分かってますね。ニコっとしたら、ネロは嬉しそうに目を細めてくれた。
「そだね。ネロはお金に無頓着だもん。俺がしっかり見張っといてあげる。俺がいる間は、だけどね。」
「そうか。」
ん~って考えたフリで視線を逸らしてから、了承の意を伝える。返してくれたネロの言葉が震えた気がしてネロに目を戻してみた。いつも通りの、無表情が張り付いた真顔のネロが見える。金色の瞳からも感情的なモノは全然読み取れない。
声が震えたって感じたのは気のせいだったのかもしれない。お茶に手を伸ばして一口飲んで戻して、また本を覗き込むとネロがゆっくりとページを捲り始めた。
「ネロ、いるか?」
暫く二人でゆったりと読書をしていると外から声が聞こえてた。本を閉じてローテーブルに戻したネロが、俺をちらっと見て立ち上がる。隣の空間が空いてちょっと居心地が悪くなった。違うな、居心地が悪いのは、レオさんと面と向かって話さないといけないからだ。
ソファに座ったままで、近くに落ちてたクッションを拾って抱え込む。入り口を見つめてドキドキしていたら、もう一度ちらっと俺を見たネロが入り口を開けた。レオさんが入ってきて、俺と目が合ってニコっと笑ってくれる。
レオさんの凄く普通な対応にちょっと安心した。ドキドキだった気持ちが落ち着いてきて、立ち上がってレオさんの傍に近付く。屈み込んで俺と目を合わせてくれたレオさんにペコっと頭を下げる。
「レオさん、昨日は絡んでごめんなさい。」
「あ~、なんだ。酔ってたんじゃしょうがない。まぁ、気にするな。」
「良かった。ホントにごめんなさい。」
おずおずと謝ってみると、レオさんは屈託のない笑顔で答えてくれた。ホントに気にしてないよって感じのレオさんにほっとして、気の抜けた笑顔を浮かべてしまう。屈んで、目線を合わせて謝罪を受けてくれていたレオさんの瞳孔がぶわっと広がったのが見えた。
何に驚いたのってレオさんの瞳を覗き込むと、ネロが俺の視界を遮るように本を渡してきた。本を受け取ったレオさんがネロに一旦視線を移して、屈んだ姿勢をやめて立ってしまった。レオさんの瞳が遠くなって、光の関係で瞳孔の変化までは見えない。瞳孔が広がったまん丸な猫目は可愛かったのに、もう見えなくなっちゃった。
「琥珀、今日の夜はどうする?もう散歩はなしか?」
「えっと。」
「レオが問題無いのであれば、琥珀の相手をしてやってくれ。俺は当分の間、夜間は出る。」
「おぉ。問題ない。大体同じくらいの時間に来るんだよな?」
レオさんから聞いてくれたって事はまた来てくれるのかな。来てくれたら嬉しいな。ちょっと嬉しくなって、でも迷惑かけちゃったしって、ちらっとネロを見る。俺の視線を受けたネロが代わりに答えてくれた。また来てくれるってテンションが上がったのは俺だけじゃなくてレオさんもだった。
あんなに迷惑をかけたのにレオさんも喜んでくれた。もしかすると、俺を気遣ってのオーバーアクションかもしれないけど、普通に嬉しい。ホントいい人で良かった。レオさんの問い掛けにはネロが軽く頷いて返している。
「了解、了解。琥珀、あんま気にするな。また夜にな。」
「うん。またね。」
ばいばい、と手を振ると、軽く手を上げてレオさんが帰っていった。ふーっと溜息を吐いてしゃがみ込んでしまう。よくやった、って感じでネロが頭を撫でてくれた。
「レオさんは全然普通だった。良かった。ちゃんと謝れた。」
「そうだな。」
安堵の息を漏らしながら呟いてしまったら、ネロが優しく相槌を打ってくれた。顔を上げると、ネロが手を差し出してくれる。その手に掴まって立ち上がってニコっとしちゃう。よく頑張ったねって感じで、ネロがまた頭を撫でてくれた。ソファに戻っていくネロを追いかけて、俺もソファに移動する。




