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114 そうか、叶うといいな

 カクンと頭が落ちそうな衝撃でびくっとなる。顔を上げてレオさんから距離を取った。至近距離にあるレオさんの瞳が優しくて、綺麗な深い緑に引き込まれる。レオさんは俺が距離を取っても全然気にしてないっぽい。


 背中をゆっくりと優しく撫でてくれるレオさんの手のひらが落ち着く。跨っているレオさんの太腿も、背中を撫でてくれる手も温かい体温が伝わってきて安心できる。


 一度は目が覚めたと思ったのに、温かくて安心する大きな手の感覚で眠気が増してきた。レオさんが少しずつ力を込めていたのか、眠気からか、自然と頭と体がレオさんに引き寄せられていった。いつの間にかレオさんに寄り掛かった体勢になっていて、密着した状態のレオさんからは微かにだけど、優しくて甘いフルーティないい香りがする。


「今日のレオさんは微かにいい匂い。合格。」


「俺の匂いじゃないよ。」


 凄くいい匂いなのを伝えなきゃ。眠気と戦いながらもレオさんに合格をあげてみた。レオさんが優しく呟く声が耳に柔らかく響いてくる。そっか、レオさんの匂いじゃないのか。あ、そうだったね。イイコトをしたから、その子の匂いなのか。成る程ね、と納得してしまう。


「あ~、そっか。イイコトだっけ、忘れてた。で、俺の背中の筋肉は脚よりはある?」


「何も無い。」


 眠りに落ちかけながらも、これだけは聞きたい。何とか質問ができた。ふっと笑ったレオさんが答えてくれた声は優しく響いてきたけど、内容が頭に届いて、むっとして眠気が遠ざかっていく。腕を突っ張ってレオさんから距離を取って睨んでしまった。


「無い事はないでしょ。」


「限りなく無い。」


「む。もういい。」


 不満を訴えてみたけど、レオさんは優しく見つめてくる。そして、言い直してくれた言葉は同じだった。やっぱ無いって言われた、悲しい。完璧目が覚めてしまった。なんで俺はレオさんの膝の上で寝かけてたんだ。もうレオさんの膝はいい、熱い。


 フラフラっと揺れる体をずらして、何とかレオさんの太腿から下りる。レオさんは移動する間も心配そうに手を添えててくれたから転がり落ちる事はなかった。ありがとってニッコリ伝えると、レオさんも笑顔を返してくれた。


 ちょっとの移動だったのに、力を使い果たした感がある。背もたれに寄り掛かってぼんやりしてしまった。少しして、筋肉が無いって言われた事を思い出して、ちょっと悲しくなってきちゃった。


 足を抱えて俯いた俺の頭をレオさんがポフっと撫でてくれる。顔を上げると、お茶を渡してくれた。一口飲んで返すとレオさんも飲んでからローテーブルに戻してくれる。


 お茶を飲んだら、パウンドケーキを食べたくなってきた。食べ途中のパウンドケーキに手を伸ばすと、レオさんが覗き込んできた。レオさんと目を合わせてニコっとしてみる。背もたれに寄り掛かったままで、笑顔で取ってって意思表示はちゃんと伝わったらしい。レオさんは苦笑してパウンドケーキを運んでくれた。


 レオさんが手渡してくれたパウンドケーキを摘まみながら、ぼんやりとレオさんの腕を眺める。半袖から覗くレオさんの腕は細く締まってみえる。でも、実際は細くはなくて、筋肉に包まれてるって感じだ。


「筋肉付くかな。レオさんみたいにバキバキになりたい。」


「まぁ、琥珀は今のままがいいんじゃないかな、とは思う。」


 レオさんの腕を見つめていたら、その腕が動いて頭を撫でてくれた。視線を動かしてレオさんを見る。ぽつりと呟いた俺の言葉をちゃんと拾ってくれたレオさんが優しく言葉を返してくれた。


「俺の夢が叶わなくなっちゃう。」


「夢ってどんな夢なの。筋肉が無いとダメなの?」


 でもね、今のままじゃダメなんだよ、夢が叶わないんだよ。泣きそうになって呟いちゃう。レオさんがどんな夢かを聞いてくれた。レオさんはちゃんと話を聞いてくれるから、俺もちゃんと話してみよう。レオさんなら俺の夢を分かってくれそうな気がする。


「無いとダメなの。強くなって、東の大陸に行って、浴衣を買い占めるには筋肉が必要なの。」


「そうか、叶うといいな。」


 凄い壮大な夢なんだよ。だから筋肉が必要なんだよ。心情を込めて説明をしてみる。レオさんは少し考えて、目を優しく細めてくれた。優しい口調で俺の夢を応援してくれたレオさんだけど。いいな、じゃダメなんだよ。ネロに叱られたからね、俺の志はそんなモノじゃないんだ。


「いいな、じゃなくてね、叶うの。」


「そうかそうか。」


 決意を胸に、情熱を込めて想いを伝えると、レオさんが適当な相槌になってしまった。悲しい、俺の決意は流されてしまった。まぁ、落ち着きなさいって感じで、レオさんがお茶を渡してくれる。一口飲んで、カップをレオさんに返すと、レオさんも一口飲んでから戻した。


「レオさん用のカップがあるんだから。それで飲めばいいじゃん。」


「こっちの方が労力が少なく済むだろ?」


「そっか、それもそうだね。あ、最後の一口。レオさんいる?」


 さっきからずっと同じカップで飲むレオさんに、流石に文句を言ってみる。レオさんが返してくれた言葉の響きは何か凄い説得力がある感じがして頷いてしまった。ちまちまと食べ進めていたパウンドケーキの最後の一口をレオさんに差し出す。レオさんが口を開けてくれたから、そっと押し込んでみた。口を動かすレオさんを見つめると、優しい緑の瞳が見返してくれる。


「美味しい?」


「美味い。」


 コクっと飲み込んだレオさんに味の感想を聞いてみる。レオさんは笑顔で美味しいって答えてくれた。まったりと空気が流れてる感じがして、凄く落ち着く。ネロとの食後のまったりに近い気がする。それにしても、今日の夜のおやつは美味しかった。食べ終わっちゃったのが寂しく感じてしまう程に美味しいスイーツでした。


「ユリアさんは天才だね。お菓子が美味し過ぎる。更に言えるのは、可愛過ぎる。」


「そうか?」


「うん。レオさんはね、もうちょっと自覚した方がいい。幼馴染ってね、近過ぎるから分らないかもだけど。あんな可愛い子は他にはいないよ?」


 美味しいお菓子を用意してくれるユリアさんは全ての意味で文句なくパーフェクトだと思う。でも、レオさんは興味が全くないらしい。困ったように苦笑しているレオさんはホント分かってない。幼馴染だと距離が近過ぎて分からなくなっちゃうんだろうね。


「琥珀はユリアが好きなのか?」


「うん。可愛いお姉さんって感じで大好き。俺の姉ちゃんより全然可愛い。」


「琥珀に姉貴がいるのか?」


 そう、俺の姉ちゃんより全然女の子って感じで、ユリアさんは凄く可愛い子なんだよ。あの子を好きにならない人なんて存在しないんじゃないかってくらい、性格も見た目も、お菓子作りも可愛いでしょ。


 ユリアさんの話をしてたのに、レオさんが食いついてきたのは俺の姉ちゃんの方だった。姉ちゃんか、もう会えないんだな。ちょっと、懐かしさと悲しさで俯いてしまった。レオさんが慰めてくれるみたいに俺の頭を撫でてくれる。


「うん。いた。もう会えないけどね。」


「そうか。でも、琥珀の姉貴なら可愛いだろ?」


 顔を上げて、慰めはいらないよってニコっとしてみる。レオさんが頭から手を離してくれたから、そうなんだよ、いたんだよって頷く。レオさんは俺の姉ちゃんなら可愛いって言ってくれるけどね、違うから、姉ちゃんは可愛いとは正反対だったから。


「えっとね、男前だった。あと、俺を女装させるのが趣味だった。」


 姉ちゃんの趣味を暴露してあげたら、レオさんが面白そうに目を細めてくすっとしてくれた。姉ちゃんは父さん似の男前で、可愛いというより、弟の俺から見ても綺麗な人だったんだよ。


「姉ちゃんはバリバリ働いてて、エリートで、綺麗だったんだよ。家ではちょっとだらしない所もあったけど。自慢の姉だったんだよ。」


「そうか。」


 話してる最中にウルっとしたのを気付かれてしまったらしい。レオさんが俺の頭を撫でてくれた。髪に通されるレオさんの温かい指が優しくて、更にウルっときてしまう。レオさんの優しい相槌を聞きながら、下を向いて気分を変える努力をしたけど、涙が余計に出てきてしまった。


 ふーっと息を吐き出して少し落ち着いてみる。レオさんの優しく髪に滑らす指でちょっとだけ落ち着いてきた。袖で涙を拭いて、お茶に手を伸ばしてみる。レオさんがすかさず取って渡してくれた。お茶を飲んでほっと息を吐く。


「レオさんは兄弟はいないの?」


「いない。ガトは基本的に一人しか子供を作らない事が多いから、うちも俺一人だよ。」


 ちょっとだけ気分を変えたくて、レオさんは兄弟とかいないのかなって疑問を口に出してみた。もしいるなら、レオさんの兄弟話を聞いてみたいなって。でも、いない上に、ガトは一人っ子が多いって教えてくれた。


「え、そうなの?ヤミさんとかユリアさんとか。兄弟の人もいるじゃん。」


「まぁ、例外はいるよ。基本はってやつ。」


「へぇ。知らなかった。」


 でも、ヤミさんやユリアさんは妹とお姉さんいるじゃん。一人っ子じゃないじゃん。俺の疑問に、レオさんが苦笑しつつもそれは例外だって教えてくれた。俺は姉ちゃんがいたから、一人っ子の感じは良く分からない。でも、レオさんは奔放だし、一人っ子っぽいといえばそうかもしれない。


「でも、ユリアが妹みたいな感じではある気がする。」


 レオさんの奔放さを思い描きつつ、成る程なって顔をしていたら、レオさんに覗き込まれてしまった。変な事は考えてないからね、ってニコっとすると、レオさんが目を逸らして話を続けてくれた。


「妹ってか、お姉さんって感じだよね。いつも怒られてそう。」


 ユリアさんが兄妹な感じなんだね。そっか、分かる気がする。オイタが過ぎるお兄ちゃんを諫めるしっかり者の妹って感じだよね。うんうん、って頷きつつ、一応お姉ちゃんっぽいかなって訂正しておいてあげた。


「間違いではない。てか、ネロはお前にいつもあんな態度なの?」


 レオさんは何となく納得はしてくれたらしい。俺に視線を戻したレオさんはネロの話題に切り替えてしまった。ネロの態度ってなんだろ。あんなって言われる程の変な事はしてないと思うんだけど。思い出してみても、レオさんと一緒にいた時にネロが変な行動をした記憶はない。


 ついでに言わせて貰うと、二人きりの時もネロは基本的に冷静に行動してる。時々ちょっと、アレって思う行動もあった気もするけど、概ね冷静で淡々としてる。ってか、俺の人生の中でネロ程落ち着いた人と出会った事はない。と思うくらい、いつも落ち着いてる。


「あんなって何の事だ。」


「ほら、昼間。族長んトコでお前の髪を整えてたでしょ。」


  何の事かと思ったらそれか。確かにレオさんの目の前でネロは俺の髪を整えてくれたね。ただ、あの時はいつもより〈乾燥〉の風の威力が高かったんだよ。だから、髪がぼさぼさになって大変だったの。


 自分で直そうとしたら、反省したらしいネロが直してくれたから任せただけなんですよ。でも、ネロがいつも普通に俺の髪の乱れとか直してくれるのは間違いない事実だ。


「あ~、時々やってくれるね。俺の髪がはねてる時とか整えてくれるよ。で、俺も時々やってあげる。」


「マジで。ネロにするの?」


「うん。だって、びしょ濡れで帰ってきて、高威力の〈乾燥〉をするから髪がぼさぼさになるんだもん。カッコいいのが台無しでしょ。そのまま放置しそうだから、俺が整えてあげるんだよ。で、尻尾もぼさぼさなのに自分で直しちゃうんだもん。俺も自分の尻尾が欲しい。それをネロみたいにしゅって直してみたい。」


「成る程。まぁ、尻尾はな、アレだよ。しょうがない。で、ネロもお返しで整えてくれたって事なのか。」


「ネロはソファで俺の髪を触るのが好きみたい。良く俺の髪を触ってる。」


「マジか。どんな感じなの。俺もしていい?」


 興味津々なレオさんの言葉に頷くと、レオさんの目が輝いた。嬉しいらしい。そんな大層な事じゃないから、喜ぶ程の事じゃないと思うんだけど、まぁいいか。


 レオさんの腕を両手で持ち上げて、というか誘導して動かして貰う。俺の背中の後ろ、ソファの背もたれの上にレオさんの腕を設置した。その後で、レオさんの腕のある背もたれに寄りかかって、レオさんを見つめる。


 レオさんはふむふむって感じで、俺の行動を見守っていた。ちょっとだけレオさんにくっついて、俺の頭の後ろにあるレオさんの腕からはみ出た手のひらを握ってみる。握り返してくれたレオさんの手を俺の頭に誘導して、ニコってしてみた。


「こんな感じ。髪を撫でてくれたり、指に髪を絡ませてきたりするから、時々くすぐったい。でも、頭をマッサージされてるみたいで気持ちいいんだよ。」


「これはマジで言ってるの?冗談とかなのか?」


「冗談って何の事?」


「いや、いい。何でもない。」


 こんな感じですよって行動の完了をお知らせしてみた。ついでにネロが良くする行動も合わせて教えてあげる。レオさんは呆気にとられるというか、呆然というか。驚いた顔をしていて、ちょっと可愛い。


 レオさんの驚きは少しして回復したっぽい。俺が誘導したままに、ネロと同じ感じでレオさんが俺の髪を撫で始めた。レオさんはネロの行動が凄く気になってるみたいだ。自分の上司にあたるネロの行動をこんなに気にするなんて、ネロをリスペクト的な感じなのかな。


 頭の後ろに回した腕で俺の頭を抱えてる感じなのはネロと一緒だけど、なんかちょっと違う気もする。ネロより少し強い指圧感のレオさんの指はネロとは違うけど気持ちいい。手のひらも首の後ろで回された腕も体温が高いからか凄く温かい。というより、熱いくらい。


「ゆっくり撫でてくれると落ち着くし、気持ち良くてうとうとしてくる時もあるんだよね。安心する感じっていうのかな?なんかそんな感じ。」


「成る程ね~。」


 ネロの撫でてくれる感じを思い出して、ニコッと笑顔で教えてあげる。レオさんが目を細めて優しく相槌を打ってくれた。俺がネロの撫で方を言ったからか、レオさんもゆっくり髪を梳くように撫で始めた。ネロとは全然違うけど、レオさんの温かい指の刺激で眠気が増してくる。


 目が閉じそうになる度に頑張って見開く。でも、また直ぐにウトウトと目蓋が落ちてきてしまう。レオさんが頭を撫でながら少し力を込めて引き寄せてきた。眠気が凄くて力に逆らわずに、レオさんの肩に寄りかかる。


 硬くて寝心地の悪いレオさんの肩の感触はダメだった。寝心地の悪さから意識が浮上して眠気が薄れて目がぱちっと開いてしまう。頭に置かれたレオさんの手を掴んで、レオさんの腕から抜け出る事にした。


 体を離してレオさんを見つめると、レオさんは疑問の表情を浮かべている。急に俺が腕から抜け出たのが疑問らしい。レオさんは口で疑問を提示するのではなく、首を傾げる事で疑問を伝えてくる。


「頭を撫でるのは気持ち良かったです。合格。そして、枕としては最悪です。不合格。総合した結果は、なんと不合格。残念です。」


 そうでしょう、結果が知りたいよね。にこにこ笑顔で結果発表をしてあげる。不合格の結果を受け取ったレオさんは驚いた顔になってしまった。抜き打ち試験だったんですよ、っとどや顔をしてみる。


「えっ、マジで。これは試験中だったのかよ。ってか、いい加減寝よう。眠いんだろ?」


 レオさんは苦笑して納得してくれた。でも、またしても寝かそうとするレオさんは不合格。今、俺は寝たら負けな戦い中なんだからね。


「少し眠い。でもね、寝たら負けなの。」


「お前は一体何と戦ってんだよ。」


「ん~、眠気。」


 レオさんを睨んで俺はいま頑張ってるのって伝えておく。レオさんは呆れた感じで聞き返してくるけどね、決まってるじゃん。俺にとっての敵は一つしかないです。何度も俺を襲ってきた恐るべき存在なんですよ。


「諦めてさっさと負けような。お前にはもう無理だ。」


「レオさんは分かってないな。諦めたらそこで終わっちゃうってのが刷り込まれてるんだよ。有名な台詞が俺を動かしてるの。だから寝ちゃ駄目なんだよ。」


 レオさんにも恐るべき存在は理解できてるみたいだ。俺にはもう無理とまで言い切られてしまった。諦めろって言われても、できない相談なんですよ。日本人たる俺には心の奥底に染み込んだ、真理ともいえる教えがあるんですよ。諦める訳にはいかないんです。力説する俺を見つめるレオさんの目は、心做しか冷めてる気もする。


「有名な台詞?まぁいいや。そうかそうか、そうだな。俺が悪かったよ。」


 冷めた目をしてたのは気のせいだった。レオさんがやっと分かってくれたって、嬉しさからか体がふわふわと揺れちゃう。ニコニコの俺の髪をレオさんが掻き上げてくれて、優しい笑顔を浮かべてくれた。


 自分の体を支える為にレオさんの太腿に手を置いてたんだよ。なのに、レオさんが急に体を離して距離を取ってしまった。倒れちゃうじゃん。不満の顔をしてしまうと、にこっと笑顔のレオさんが自分の太腿を軽く叩いて呼んでくれた。


 膝枕してくれるらしい。ちょっと嬉しいかな。なんか凄くフラフラするんだよ。丁度横になりたいって思ってたんだよね。レオさんの優しさに甘えて、レオさんの太腿に頭を乗せて寝転がってみた。


 膝枕をさせて貰ったら、レオさんが優しく髪を撫でてくれる。髪に滑らしてくるレオさんの手が温かくて、優しい刺激でうとうとしてきた。落ちてくる目蓋と戦いながら、寝ちゃ駄目なんだよって自分に言い聞かせる。


「レオさん、なんか話をしようよ。このままじゃ寝ちゃう。」


「俺はそろそろ帰らないとヤバいんだよ。琥珀が寝たら帰るから、大人しく寝ような。」


「帰っちゃうの?」


 寝たくなくてレオさんに話しかけたら、レオさんはもう帰っちゃうらしい。がばっと体を起こしてレオさんを見つめる。ふらっと揺れて、ソファから落ちそうになっちゃったけど、レオさんが抱き留めてくれた。そして、慎重にソファに座らせてくれる。


「俺は明日、朝から護衛の仕事なの。ってか、もう今日だよ。琥珀も寝なさい。ふらふらで眠いんでしょ。」


「レオさん。お仕事と俺とどっちが大切なの?」


 そっか、お仕事か。じゃあ、しょうがないね。でもね、これだけは答えて。じっとレオさんを見つめて問いかけてみる。レオさんは少しの間、視線を合わせてくれていたけどフイッと目を逸らしてしまった。


「どっかで聞いた事のある台詞を言ってみた。どうだった?」


「そんな事を言われたら、帰るに帰れないだろ。」


 目を逸らされてしまっては仕方ない、悪戯っぽく冗談でしたってネタばらしをしてあげる。感想をお聞かせ下さいって追撃をしてみたら、レオさんが苦笑しながら答えてくれた。


 帰れないなら、それでいいじゃん。目を輝かせてレオさんの手を両手で握ってしまう。レオさんは戸惑った顔をしているけど、帰れないなら帰るの止めようよ。


「じゃぁ、帰るのを止めたらいいと思うの。レオさんなら朝帰りでも平気でしょ。一緒にいて欲しいな、お願い。ね。一人はヤなの。」


 レオさんの手を握り締めて、精一杯お願いをしてみた。至近距離で目を合わせていたレオさんが頷いた、ように見せかけて、首を横に振ってしまう。マジか、駄目なのか。一人にされてしまうのが確定なのか。じゃあ、いいよ、もういい。握り締めていたレオさんの手をパッと離して、背もたれに寄り掛かった。


「そっか、分かった。じゃあ、俺はアルさんのテントに行ってネロと寝る。」


「いや、仕事中はマズいだろ。それに族長のテントは非常にマズい。」


「でも、ネロは仕事中に困った事があったらアルさんのトコに来いって言ってたよ。そうだ。それがいい。今決めた。そうする。レオさんは帰ってもいいよ、おやすみなさい。」


 名案を思い付いてしまった。俺もレオさんも困らない一番いい案だ。レオさんが何故か止めてくるけど、ネロとも一緒にいれるし、一番いい考えなの。レオさんを睨みながら決心を語って、バイバイと手を振ってみる。


 そうと決まれば早速行動あるのみ。立ち上がって入り口に向かったら、レオさんが抱き留めてきた。イヤ、離してって腕を突っ張ってみたけど、軽くいなしたレオさんによってソファに連れ戻されちゃった。隣に腰を下ろしたレオさんが俺の体を支えながら覗き込んでくる。


「分かった。じゃあ、俺はここで仮眠を取る事にする。だから、琥珀も一緒に寝よう。これで琥珀は一人じゃないでしょ。一緒にいられるし、寝られるよ。」


「え゛。レオさんとはヤダ。」


 レオさんが優しくゆっくりと言い聞かせてくれる。緑の瞳が優しくて癒される。俺の体を支えているレオさんの手も温かくて落ち着く。でも、レオさんと一緒に寝るのはなんとなくヤダ。眉を寄せて拒否をしてしまった。


「なんでよ。」


「なんとなく?」


 レオさんは驚いた顔で聞き返してくる。でもね、理由はないの。えへへって愛想笑いをしながら答える事ができなかった。レオさんは溜息を吐いて、凄く困った顔になっちゃった。その表情が可愛くて頭を撫でてあげる。


 フワッと風が動いた気がする。冷たい風が吹き込んできて気持ちいい。レオさんの体温は高いから、くっついてると熱かったのかもしれない。風が気持ちよくて目を閉じてしまった。


 冷たい風が吹き込んだのは一瞬で、目を開けるとレオさんが正面を見て固まっている。俺じゃない何かを見ている事が疑問で、レオさんの視線を辿って顔を動かしてみた。


 レオさんの視線の先にはネロがいた。入り口には帰ってきたばかりのネロがいる。ネロだ。支えてくれてるレオさんの腕の中からぴょんと飛び出して、ネロの元に走る。ふらっと傾いて転びそうになったけど、ネロは素早く近付いて抱き留めてくれた。


「ネロ~。お帰り。すっごく淋しかったんだよ。」


「そうか、すまない。ところでレオ、この事態はなんだ。」


 嬉しさ全開でネロに甘えてみる。ネロは優しく目を細めて謝ってくれた。でも、直ぐにネロの視線はレオさんに向いてしまった。しかも、レオさんに話し掛けてる。


「あ、ネロ。早い帰りだな。」


「胸騒ぎがした。心配になって早く切り上げてきた。」


「心配?ネロが?え?マジで?嘘だろ?」


「ネロはなんでこんなにびっしょりなの。冷たい。寒い。」


「すまない。」


 俺を抱き留めた姿勢のままで、レオさんと会話を続けるネロを睨んで体を離す。抱き着こうと思ったのに、びしょ濡れで冷たかったじゃん。抱き着けなかったって不満顔になってる自覚はある。金色の瞳が漸く俺に向いてくれた。ネロは謝りながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「レオさん見た?ネロの笑顔、ヤバくない?あ、トイレ。」


 レオさんに振り返って、ネロの笑顔はヤバいでしょってどや顔で伝えた後は、返事も聞かずにトイレに向かう。メッチャトイレに行きたくなっちゃったんだもん。ネロがびしょ濡れで冷たかったから、冷えたのかもしれない。ふらふらと歩く俺の後ろでレオさんとネロが話してる声が聞こえるような気がした。



「で、どういう事だ?」

「デザートのケーキの中に酒に浸した果実が入ってた。少量だったけど多分酔ってる。」

「ほう。」

「一応、寝かそうと努力はしたんだけど、失敗した。」

「成る程。」

「ネロはアレをどうやって耐えてるの。」

「気合い。」

「マジか、気合いで何とかなるの?まぁ、俺も気合いで何とかなってた、そうか。気合いか。」

「〈乾燥〉をする間に状況を説明しろ。」

「へぃへぃ。」 



 トイレに入って、ふーっと一息吐く。トイレから出て手を洗ってる間にちらっとソファに目を向けてみた。ネロはローテーブルを挟んでレオさんと対峙している。腕を組んだ状態で立ったままのネロは、ソファに座っているレオさんの話しを聞いているみたいだ。


「ネロ。抱っこ。レオさんとばっかズルい。」


 トイレから出たのに、レオさんの話を聞き続けるネロにちょっとだけむっとなっちゃう。拗ねて甘えた感じで呟いた声でネロの視線が俺に向いた。レオさんの話し声が止まったから、会話は終了らしい。


 ネロは嬉しそうな笑顔になって、俺の傍に近付いて抱き上げてくれる。ネロの首に腕を回して抱き着くと、ネロが腕の角度を少し変えてくれた。片腕に軽く座る体勢で居心地がいい。


 座った体勢でネロの首筋に顔を寄せて気が付いた。〈乾燥〉をしてくれたらしく、ちゃんと乾いてはいる。でも、何か違う。いつもの匂いに何か他の匂いが混じってる気がする。ネロに回した腕を緩めて、少し距離を取るように体を離してみた。俺の行動が気になったのか、ネロが首を傾げている。


「なんか、違う匂いがする。」


「そうか。」


 思った事をそのまま口に出してみると、目を細めたネロが短く答えてくれた。ネロは俺をソファまで運んで、レオさんの隣に座らせてくれた。少し離れて〈浄化〉、その後に〈乾燥〉の魔法をするネロをレオさんの隣で眺める。


「レオさん、見て。ネロの耳がパタパタして可愛くない?あんな強い風だから髪がぼさぼさになるんだよ。凄いでしょ。で、尻尾もばさばさになってて可愛いでしょ。」


「そう、だな。」


「やっぱ、そうだよね。レオさんも分かってくれるか。同士だね。うん。」


「イヤ、俺は、」


 目の前で見えるネロの可愛さについて、情熱的に語ってみた。レオさんは戸惑った様子ながらも同意してくれた。レオさんの言葉に嬉しくなって、更に続けようとしたレオさんの言葉を遮って抱き着いてしまう。


 レオさんに回した腕が掴まれた。掴んだ手を辿るとネロがいる。魔法はもう終わったらしい。無言で見下ろしてくるネロに手を伸ばすと抱き上げてくれた。


 片腕に座らせてくれる、ネロにギュってし易い抱っこが嬉しくてネロに抱き着く。顔が密着したネロの首元で息を吸い込んでみた。いつものネロの爽やかで落ち着く甘い香りだ。この香りはネロって感じで安心する。


「ねぇ、ネロ。俺と仕事、どっちが大切?」


「勿論、琥珀。」


 少し匂いを嗅いでいたけど、体を離してネロと目を合わせる。暴風でぼさぼさになったネロの髪に指を滑らせて整えながら聞いてみる。即答してくれたネロはやっぱりネロだ。ニッコリになったらネロも嬉しそうな笑顔を返してくれた。視線を下に向けてみると、レオさんは口を半開きにした驚愕の表情になっている。


「レオさん。これがパーフェクトな回答ですよ。分りましたか?」


「え、あ。そうだな。」


 唖然となっているレオさんに、ふふん、とどや顔で宣言してみた。少しの間を置いて、疲れたような掠れた声で答えてくれたレオさんはもういい。分かってくれたみたいだからね、もうそっとしておいてあげよう。ネロに抱き着いて、肩に頭を乗せると、ネロが背中を支えてくれた。安心するネロの腕の中で、凄く落ち着く香りに包まれて眠気が増してくる。


「ところで、レオ。その首のは琥珀がつけたのか?」


「イヤ、違うって。別件だよ。夕方に発散した時のだから、琥珀は関係ない。」


「そうか。」


「一つ聞きたいんだけど。ネロはもしかして、これを見せつける為に琥珀に酒を盛ったのか?」


「だとしたらどうする。」


「俺の理性が崩壊しなくて良かったな。」


「そうだな。お前の理性を褒めろ。」


「でも、俺の家でだったらヤバかったぞ?かなり、ヤバかった。琥珀に酒は止めとけ。」


「そうだな。」


「ねぇ、ネロ。もう寝ようよ。レオさんはもういいよ。眠いから一緒に寝よ。」


 こんなに眠いのにレオさんと会話を続けるネロに体を離して抗議する。俺に視線を移してくれたネロは凄く嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いてくれた。この笑顔は凄くいい笑顔、きらっきらの綺麗な笑顔。


「レオさん。見た?ネロの笑顔は凄い綺麗で可愛くて、見惚れちゃうでしょ。レオさんの負けだね。」


 にっこり笑顔でネロの笑顔の自慢をしたら、レオさんが驚いた顔のままで動きを止めてしまった。ネロは話は終わり、とばかりに寝室に移動していく。


「そこで仮眠を取るつもりなら、ブランケットは長椅子の横にある。帰るなら勝手に帰れ。」


「お休み、レオさん。」


 ネロの肩越しにレオさんにお休みの挨拶をして、手を振って寝室に入る。ベッドに俺を下ろしてくれたネロが、ポフッと横になった俺にブランケットをかけてくれた。


 横に滑り込んできたネロに抱き着いて肩に頭を乗せると、ネロが背中を包むように腕を回してくれて温かい。究極まで耐えた眠気が纏めて降り掛かってきて、スーッと引っ張ってくる睡魔に身を任せた。

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