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113 少しいい気分になってるだけ

 俺のお皿に残る最後の一切れを食べようと手を伸ばすと、レオさんがお皿をソファ側に移動してしまった。なんでそんな意地悪したのって、レオさんを見つめて首を傾げてしまう。


「床だと寒いだろ、ソファに来い。こっちで食え。」


 優しい瞳で気遣ってくれる今回のレオさんの言葉には揶揄いとか冗談は含まれていない。素直に頷いて移動する事にした。立ち上がって移動する段階で、ふらっとよろけてしまったのをレオさんが支えてくれた。


 レオさんはソファに座ってたのに、瞬間移動みたいな速度だった。レオさんは凄いな。立ち止まってレオさんを見上げると、レオさんは楽しそうに目を細めている。深い緑の瞳がキラキラしてて超綺麗。


「本当に酔ってるみたいだな。」


 俺を抱きかかえてソファに誘導してくれたレオさんが、俺を覗き込みながら呟いてきた。でもね、それは間違ってますよ。俺は酔っぱらいってモノを知ってますからね。テレビで時々見た事があるんです。仕事帰りのサラリーマン風のオジサン達が酔ってる姿を曝してたんですよ。


「酔ってないよ。酔ってる人はね、目が虚ろになって体がふらふらして変な事を言うんだよ。」


「もろ、お前だろ。」


「ん?俺は普通だよ。少しいい気分になってるだけ。」


 俺の知識に残る、酔っぱらってる人がどうなってるかを丁寧に教えてあげた。少し黙って俺を眺めていたレオさんが、静かに呟いた言葉には断固、反論させて貰いますよ。俺のどこが酔っぱらってるっていうんだ。


 クッションに座ってたとはいえ、固い床からふわふわのソファに移ったからか、体がほわほわする。手を伸ばしてパウンドケーキを掴もうとすると、レオさんが持って俺の口元に運んでくれた。パクッと咥えて、もぐもぐと口を動かす。心配そうな顔をしたレオさんが覗き込んできた。


「これくらいでやめといた方が良くないか。俺が残りを食ってやるぞ?」


「大丈夫だよ、お腹にスペースはまだある気がする。今日はね、運動をしたから沢山食べてもいい日なんだよ。ネロもそう言ってたから全然平気なの。」


「運動って何をしたの。」


 そんな心配そうな顔しなくてもまだ食べられるよ。俺は今日は沢山食べてもいいんだから、それに、凄く気分がいいし、全然平気だよ。ニコっとしてみると、レオさんが少し眉を寄せて困惑した顔になってしまった。


 運動か、そこ聞いちゃうんだ。俺の筋肉伝説の始まりの第一歩だからね。そりゃ知りたいよね。教えてあげましょう。ニマっと笑ってみたら、レオさんが更に眉を寄せてしまった。なんでそんな顔になっちゃったの。


「ネロとストレッチをしたんだよ。そして、ネロについていけなくて途中でリタイアしちゃった。」


「それは、運動なのか?」


「うん。柔軟運動。めっちゃ汗をかいちゃった。」


 どうだ、聞いて驚け。ニコニコで今日の運動内容を答えてあげる。レオさんは眉を寄せてたのを解除して、ちょっと安心したって表情になって聞き返してきた。そこを否定しちゃ駄目でしょ、運動に決まってるじゃん、柔軟運動っていう立派な運動だよ。


 そして、自分の口から出た汗をかいた、という言葉で思い出してしまった。隣り合って座っていたけど、レオさんからばっと距離を取って、レオさんを見つめてしまう。不審な顔になったレオさんから、更にじりじりと離れて、できるだけ距離を取ってみた。


「その運動の時の汗はネロが〈浄化〉してくれたんだけどね。ご飯の時に凄く辛いのを食べて汗をかいたんだった。食べ終わってから〈浄化〉をして貰うのを忘れてた。」


「はぁ。」


 なんで距離をとったのかを早口で説明してみたのに、レオさんの反応は、だから何、って感じだ。レオさんは疑問の表情を浮かべている。俺の説明で分かってくれないとか、ハッキリ言わないとダメだった。ってか、ホントに忘れてたよ。本を読んでる時は平気だったかな、ネロは汗臭く感じなかったかな。


「いや、さんざんレオさんに汗臭いって言っておいて、俺も汗臭くなってるかな、と。だから、離れとかないとダメだと思うんだ。」


 言い訳と恥ずかしさをまぜこぜにして、早口で言い切ってみた。レオさんから距離を取ったままで、昨日みたいに肘掛けに寄りかかって足を伸ばす。レオさんは成る程って顔で頷いてくれたから、納得してくれたっぽい。匂い問題は解決。安心したトコロで、頂戴、って手を伸ばしてみた。


「どした?」


「パウンドケーキが食べたいです。」


 俺の手に視線を移して、顔を上げたレオさんが短く聞いてくれる。パウンドケーキを頂戴って可愛く言ってみた。レオさんがじっと見つめてくる。ニコっとしてみたら、少し考えた様子のレオさんだけど、パウンドケーキを手渡してくれた。


 動かずにケーキを入手できた。笑顔になって、レオさんに可愛くありがとって伝えてみる。レオさんは頬を緩めて優しい笑顔になってくれた。その優しい笑顔だと、鋭い目付きが優しい感じに変わるのがいいね。まったりとお茶を飲みながら俺を眺めてくるレオさんを見ながら俺もまったりとしてしまう。


「ネロと運動したって言ってたけど、今日は鍛錬場にネロは来なかったぞ?」


「あ~。俺の筋肉がなくて体が硬いから、当分の間は家でやる事になった。ネロがついてくれて柔軟運動なんだって。前屈で足首掴めるようになるまでは柔軟運動なんだよ。」


 まったりもそもそと食べていたら、お茶を飲む合間にレオさんが聞いてきた。そうですよね。普通、運動って言ったらですね。鍛錬場だと思うでしょ。でも、俺の場合は特別メニューなんですよ。ニコっとして家でやるんだよ、って俺の状況を説明してみる。


 レオさんは俺の話を聞いてメッチャ驚いたらしい。驚き過ぎで言葉を返す事もできなくなってしまった様子のレオさんの反応で分かった。ちょっとだけ恥ずかしい事だったのかもしれない、と。


 えへへって可愛い笑顔を作って照れ笑いをして恥ずかしさを誤魔化してみる。それにしても、絶句する程に驚く事なのか。ガトの人たちは凄いから、俺の貧弱さで絶句しちゃうのかもね。そっか、何とも言えない感情になっちゃう。


 パウンドケーキをちまちまと口に運びながら、レオさんを眺める。暫くしてレオさんの絶句顔が解除されたのが見えた。どうやら立ち直れたみたいだ。レオさんはネロと違って表情が良く変わるから、見てて楽しいかもしれない。


「なんでネロは琥珀の体が硬いって知ってるんだ?」


「マッサージをしてくれた時に背中の筋肉を触ったって言ってたよ。あとは、抱っこの時に腕と脚を触ったとも言ってた。」


 レオさんの疑問は尤もですよ。俺も最初に聞いた時は何で知ってるのって思っちゃったからね。ネロが何で知ったかをゆっくりと説明すると、レオさんが成る程な~って顔で頷いてくれた。


 その把握しましたって表情は、レオさんもマッサージで筋肉が分かっちゃう系の能力持ちなのかな。ってか、ガトの人達の特殊能力的なヤツなのかな。この世界の筋肉発達組の人達はみんなが持ってる能力かもしれない。この世界の能力は奥深いですね。


「琥珀、脚を触っていいか?」


「え、何。唐突なエロ発言は慎みましょう。」


「違ぇよ。まぁ、違わなくない事もないかもしれないけど。」


 能力の奥深さにふむふむっとなっていたら、少し考えた様子のレオさんが唐突に切り出してきた。脚フェチな感じなんですかね。女の子の脚とかレオさんは普通に触ってそうだからね。レオさんの乱れて爛れた生活態度から、色々と連想できるな、と思いつつも優しく諫めてみる。そしたら、違ったらしい。そして、違う事もないらしい。どっちだよ。


「ん?どういう事なの。」


「脚の筋肉を触ってもいいか?」


「ああ。いいよ、ふにふにだからレオさんと一緒にしないでね。あと、俺が悲しくなる発言もやめてくれると嬉しい。泣いちゃうから。」


 俺の脚の筋肉なんて確認してどうするんだ。とはいえ、別に拒否する理由もない。悲しい発言だけはやめて、と断りを入れて許可してみた。レオさんはコクっと頷いてくれたから、まぁ、いいでしょう。


 パウンドケーキを摘みながら、レオさんの行動を観察させて貰う事にする。レオさんは俺の右足首を掴んで自分の太腿の上に乗せてきた。太腿に置いた俺の脹脛を、レオさんが確かめるみたいにそっと握ってくる。


 レオさんの手のひら、めっちゃでかい。男っぽいごつごつした筋張った手が俺の脚を掴んでる。なんか凄く、俺の脹脛自体が女の子の脚に見えてくる錯覚に陥ってきた。そんな華奢な脚はしてないと思うんだけどな。そして、レオさんの手のひらは熱く感じる程に温かい。


 俺の脹脛を暫くの間、やわやわと優しく揉んだ後は、太腿の外側を触ってきた。軽く掴んで感触を確認したら、次は太腿の内側を掴んでくる。軽く何回か掴んだ後で、今度は左足首を掴んで太腿に乗せて同じ行動を繰り返してきた。


 レオさんの真剣な表情を眺めながら、パウンドケーキをちまちまと食べ進める。お茶に手を伸ばすと、脚を確認中のレオさんが視線も向けずにローテーブルから取って渡してくれた。一口飲んで返すと、レオさんも一口飲んでローテーブルに戻してくれる。


 自分のがあるからそれを飲めばいいのに、と思ったけど、レオさんは真剣に俺の脚を確認してるから流しておく。脚の確認が終わったらしいレオさんが顔を上げて、俺に視線を向けてきた。レオさんと目を合わせて、どうでしたって首を傾げてみる。


 レオさんは達観したような、諦観したような不思議な表情で呆然と俺を見つめてくる。なんとも、理解しがたいレオさんの表情に少し戸惑ってしまった。レオさんの太腿に乗せられたままの脚を畳んで身を乗り出し、レオさんの目を覗き込んでみた。


「どうでした?」


「無かった。」


 何も言ってくれないレオさんに焦れて、言葉で確認を取ってみた。レオさんは呆然としながら、ボソッと呟いて答えてくれる。無いってどういう事なの。筋肉がない訳ないでしょ。むっとなって眉を寄せたら、レオさんの頬が緩んだ気がする。見つめてくる眼差しも凄く優しい気がするんですけど。


「無いって事はないでしょ。」


「えっと、限りなく無い?」


 レオさんの表情の変化に戸惑いながらも、むっとして言い返してみる。レオさんは本当に凄くヤバい程優しい微笑みを浮かべて、慎重に言葉を選んで言い換えてくれた。でもね、優しい口調で言ってるけど、同じ事を言ってるから。結局は無いのかよ。


「傷つくわ。」


「そりゃ、歩くのも遅くなるよな。ごめんな。」


 本気の同情をされてしまった事実が悲しい。そんなに俺の筋肉は無いのか。しょぼんと俯いた俺の隙をつくように、レオさんがすっと体を寄せて俺の首元に顔を寄せてきた。下を向いてたから、レオさんの接近に気が付かなかった。


 息を吸い込んだレオさんに気が付いて、慌てて顔を上げてレオさんを睨んでしまう。至近距離でレオさんはニヤッとしながら頷いてくれた。汗臭いかどうかの確認をされたらしい。


 無言でローテーブルのお皿に食べ途中のパウンドケーキを戻す。そして、そんな酷い事しなくてもいいのにって、顔を覆って泣き真似をしてみた。レオさんは分かってるんだよって感じで軽く頭をポンポンしてくれる。


「全く汗臭くなかった、甘い感じのいい匂いがした。琥珀はいい匂いだな。」


「甘い匂いっていうと、パウンドケーキのお酒の匂いかな。」


「それもあるけど、それ以外のいい匂い。」


 俺の汗臭さが嗅がれてしまった、悲しい。顔を上げる事ができずにいたら、レオさんはフォローするようにいい匂いって言ってくれた。でも、甘い匂いってお酒の匂いじゃん。その匂いの方が汗臭さに勝つのか。納得しかけたけど、違う匂いも混じってるらしい。


 甘い匂いっていうと、ネロの匂いも甘くて爽やかで落ち着くいい匂いだよね。でも、ネロの匂いなら、職場が同じレオさんは知ってる筈。それを言わないって事はネロの匂いでもないって事なんだろうな。


「何の匂いだろ、分んないや。汗臭くないなら良かった。でも、夕ご飯はめっちゃ辛くて、汗がヤバかったの。」


 まぁ、臭くないらしくてちょっと安心した。ちょっとドキドキし過ぎて心臓がヤバい。肘置きに寄りかかって、ぐでっと足を伸ばしてしまう。レオさんが俺の両足首を持って自分の太腿の上に乗せてきた。


 さっきの筋肉確認で、レオさんの中では俺の足を掴む事に抵抗はなくなったらしい。断りすら入れてこなかった。でも、まぁいいか。足の裏をふにふにと揉んでくれる温かい手の感触が気持ちいい。疲れた足に効くマッサージですな。ほんわか気分になってくる。


「ほぉ。辛いってどれくらいよ。」


「ネロが二口分だけ取り分けてくれて、一口目で汗がだらだらになった。で、口の中は辛くて舌が痛くなった。でも、ネロは汗一つかいてないんだよ、どうなってるんだろ。」


「そうなんだ。」


 俺の足の裏を揉みながらも、会話を続けてくれるレオさんにどれだけ辛かったかを切々と語ってみる。レオさんはちらっと俺に視線を向けて、頷いてくれた。でも、辛さに対する反応が凄く薄い。レオさんも辛いのは好きって言ってたから、あんまり感情移入はできないらしい。でもね、すっごく辛かったんだよ。


「レオさんも辛いの平気って言ったけど、あれは駄目だと思うよ。辛過ぎてヤバかったもん。」


「何の料理だったの。ガトの料理かな。」


「初めて食べた料理。えっとね、なんだっけ。唐がらしとラングストって言ってたかな、香辛料のスープ。」


「おお、マジか。ラングスト。俺の好物なんだよね、ユリアに聞いてみるわ。」


 初めて聞く名前だし、微妙に間違ってるかもって思ったけどラングストって名前で合ってた。そして、レオさんがこんなに目を輝かせるくらいだから美味しいんだろうな。具もちょっとだけ食べておけば良かった。


 スープの風味的には海鮮系のいいお出汁だったから、海鮮系なのは間違いないと思うんだよ。海洋系のモンスターって言ってたからな。どんな身だったんだろ。レオさんがここまでテンションを上げて、好物って言う食材か。超気になってきた。


「モンスターって聞いたけど、そんなに美味しいんだね。俺はスープでギブだったから具まで辿りついてないんだよ。」


「ああ、美味い。あの身は一度食べたらやみつきになる。あんまり捕れないみたいだけどね。所謂、希少品ってヤツ。」


「へぇ。そうなんだね、希少品って凄いな。」


 モンスターって事は知ってたけど、そんなに希少品なんだ。凄い具を使った料理だったんだね。それに、レオさんがこんなに言うなら相当美味しそう。今度違う料理で食べてみたくなってきた。


「それより。琥珀はこんな筋肉で大丈夫なのか?」


「一応、生きています。」


 話を変えて、レオさんが心配そうに問いかけてきた。レオさんがやわやわと足の裏から脹脛に移りながら、ずっと揉み続けてるなっとは思ってたよ。どうやら、心配で確認しつつ揉んでたらしい。マジで心配されてるっぽい。そんなマジモードで心配しなくても平気ですよ。ニコっと笑顔で軽く返してみた。レオさんが優しい目で俺を見つめてくる。


「そりゃ、筋肉も無いし体も冷たくなるよな。」


「体の温かさって筋肉が重要なの?」


 レオさんの本気の同情が伝わってきて、ちょっと悲しい。でも、それより、レオさんの言葉の内容の方が気になって聞き返してしまった。体温と筋肉が関係してるなんて初耳だ。


「まぁ、筋肉が発熱するからな。」


「そうなんだね、知らなかった。」


 レオさんやネロが温かいのは筋肉のおかげだったかもしれないらしい。俺の体が冷たいのは筋肉がないから、らしい。そんな知識も豆知識として刻む事ができた。これは本に載ってない知識の可能性が高い。レオさんに感謝だ。


「背中も揉んでやろうか?俺も琥珀の背中の筋肉がどんなモノなのか知りたくなった。」


「俺も希少品扱いなの?」


「そうだな、かなりの希少品なのは間違いないだろうな。」


 心配顔のレオさんは興味津々表情になって、背中を揉むとか言い出した。俺の背中の筋肉も確認してみたくなったらしい。レオさんに軽口を叩いてみると、レオさんは大真面目な顔で深く頷いてくる。そんな、冗談を真面目に受け取らなくてもいいじゃん。


 まぁ、断る理由もないから、いいか。悪戯っぽい笑顔を浮かべてみる。レオさんがスッと息を吸い込んだのが分かった。レオさんの綺麗な瞳がキラキラになってる。光を反射してる深い緑が超綺麗。


「触ってみたい?」


 首を傾げながら、悪戯っぽく聞いてみる。一瞬止まったレオさんが顔を逸らしてしまった。あれ、なんで顔を逸らしたんだ。身を乗り出してレオさんを覗き込んでみる。


「その顔でそういう言葉を言うな。」


「ん?どんな顔?」


 困った顔で目を泳がせてしまったレオさんが小さく呟いた。言葉ってのは分かるけど、その顔ってなんだ。聞き返してみても、答えてくれないレオさんをじっと見つめてみる。レオさんはちらっと見てくれたけど、すっと顔を背けてしまった。


 視線を避けるように顔を逸らすレオさんだけどね、超気になるんです。俺の脚を掴んでるレオさんの手を上から握って、逃げ道を塞いでみる。レオさんに体を寄せて、逃げるレオさんの視線を捉えようと身を乗り出してみた。


「どんな顔?」


 手を離そうとするレオさんの手を握ったままで、再度、同じ質問をしてみる。もうね、レオさんの太腿に乗り上がる勢いになってるけど、気になるんだもん。俺が執拗にレオさんの視線を追いかけていたから、観念したらしい。レオさんが俺を見てくれた。目が合ったレオさんの顔が少し赤くなった気がする。なんで赤くなるんだよ。意味が分からん。


「レオさん?なんでそんな顔になったの。」


「いいから、少しうつ伏せになれ。」


「うん。」


 俺の顔も気になるけど、レオさんの表情も気になる。目を合わせた状態で聞いてみた。レオさんは質問には答えてくれずに、俺の手をやんわりと引き剥がしてしまう。レオさんは静かな口調で指示を出しつつ、太腿に乗せた俺の足も下ろしてしまった。レオさんの有無を言わさない態度に、頷いてしまう。


 レオさんはソファから下りて、待っていてくれる。レオさんの指示する通りに、ソファに転がって下に落ちていたクッションを抱えてうつ伏せになってみた。レオさんが俺の上に跨って背中を触ってきた。


 マッサージというか触ってるって表現が正しい。筋肉を確かめる為なのか、背中を撫でてくるレオさんの手は服越しなのに熱いくらいだ。温かくて心地良くて、このまま寝ちゃいそう。


 でも、ここで寝落ちをする訳にはいかない。ソファなんかで寝落ちをしたら、ネロにまた怒られちゃう。レオさんが跨ってる下で身動ぎをしてみる。レオさんは直ぐに体を少し浮かしてくれた。体をくるっと回転させて仰向けになる。


「重かったか?」


「寝そうだった。起きていい?」


 レオさんが心配そうに聞いてきたけど、首を振って否定する。全く重くなかったけど、気持ち良過ぎて眠くなっちゃったんです。全部は言わずに短く説明して、起きたいなって首を傾げてみる。


 レオさんはスッと息を吸い込んで、上を見上げてしまった。少しして、レオさんの視線は俺に戻ってきてくれた。優しく見下ろしてくるレオさんの瞳は、やっぱりキラキラしてる。レオさんの目は特別キラキラするタイプなのかな。綺麗な澄んだ緑が落ち着くんだよ。


「眠いのか。じゃぁ、俺は帰るよ。」


「もう帰っちゃうの?」


 静かな落ち着いた声が、帰るって言ってきた。眠気を覚ましたいだけなのに、レオさんはもう帰っちゃうらしい。帰るって言葉を突き付けられて、急に淋しくなってしまう。レオさんをじっと見つめて、甘えた感じで呟いてしまった。レオさんの目がスッと細められた。


 直ぐに顔を逸らしてしまったレオさんは、俺の上から退いてくれた。ソファの前に移動したレオさんが手を差し出してくれた。その手を掴んで起き上がる。レオさんは優しく俺が起き上がってソファに座り直すのを補助してくれた。


 優しく手を添えてくれるレオさんにはワイルドで雑な感じが一切ない。多分だけど、レオさんは女の子に対してこんなに献身的な態度で接するんだろうな。そりゃモテますよね。


 レオさんは俺の隣に腰を下ろして、優しい顔で見つめてくる。どうやら、まだ帰らずに一緒にいてくれるっぽい。ちょっとだけ嬉しくてニコっとなってしまう。レオさんは目を細めて頭を撫でてくれた。完全に子ども扱いな気がしないでもない。


「琥珀、まだ酔ってるのか?」


「ん~、酔ってはない。」


「酔ってるだろ。目がトロンとしてるぞ?」


 心配そうに優しく話しかけてくれるレオさんに、笑顔で首を振る。レオさんの言う通り、ちょっとだけ眠い。でも、それだけだから。全然酔ってないし、一人は嫌だ。レオさんが帰っちゃったら一人になっちゃうもん。


「酔ってはないけど、少し眠いだけ。でもまだ寝ない。」


「いいから寝ろよ。」


「寝ない。決めたの。」


 酔ってはないから平気って言ってるのに、レオさんは俺を寝かしたいらしい。そう言われると、絶対寝たくなくなってきた。寝る訳にはいかない気がするんだよ。決意を力強く表明してみたら、レオさんが考え込んでしまった。


 何を考えてるのか知りたくて、レオさんをじーっと見ているとお茶を渡された。別にいらなかったけど、渡されたから一口飲んでカップを返す。レオさんは目を細めて受け取り、一口飲んでからローテーブルに戻してくれた。どうやら、流れで俺のカップから一口貰ってるらしい。


「で、どうだった?」


「ん?」


 静かに俺を眺めているレオさんはお喋りをやめちゃったみたいだ。レオさんに体を寄せて見つめてみる。レオさんは優しい瞳で見返してくれたから、聞いてみる事にした。レオさんは虚を突かれたって感じで聞き返してくる。


「触るだけ触って放置とか酷い、弄ばれた。」


「琥珀、言い方が。」


 そんな恍けるなんて酷い。軽口に涙目をプラスして脚色してみると、レオさんが困った感じで口を挟んできた。穏やかで優しい感じだったレオさんだったけど、慌てちゃった感じが面白い。レオさんがちょっと可愛く感じちゃう不思議。多分猫目と猫耳効果でしょうね。視覚効果って怖いですね、錯覚ってホント怖い。でも、可愛いものは仕方ない。


「うん。ワザと。」


 涙目を解除してニコっとしてワザとですよってばらしてあげる。間近で見えるレオさんの瞳孔がぶわって広がって丸くなった。一瞬の間を置いて、レオさんが片手で顔を覆って下を向いてしまう。そのレオさんの反応を見て閃いた考えに沿って行動する事にした。


 ふらふらする体を起こしてレオさんの太腿に手を置いてみる。頑張って体を持ち上げて、向かい合わせでの形でレオさんの太腿に跨ってみた。そして、膝立ちになって、レオさんが顔を覆っている手の手首を掴んでみる。


 突然膝の上に乗ってきた俺に驚いたのか、レオさんが顔を上げてくれた。でも、持ち上げようとしてるレオさんの手はメチャクチャ重い。一生懸命引っ張ってみたけど全く動かない。


 頑張って手を上方向にひっぱる俺の行動で理解してくれたのか、レオさんが自主的に片手を上に上げてくれた。レオさんの手首を掴んで壁に押し当てながら見下ろしてみる。顔を少し寄せて、レオさんと目を合わせてニコっとしてみた。


 レオさんは困った顔で頬を少し染めながら目を逸らしてしまった。目を逸らしちゃ駄目なんだよ。レオさんの頬に手を添えて顔を固定してみる。今回も俺の意図が解ってくれたのか、レオさんは拒否する事もなく自主的に前を向いてくれた。レオさんと至近距離で目を合わせ続ける。


 膝立ちの不安定な姿勢だったからか、ふらっと体が揺れてしまった。レオさんが抱き留めるように俺の背中を支えてくれた。レオさんの手首から手を離すと、その手も俺の背中に回して両手でしっかりと俺の背中を支えてくれた。


 レオさんが支えてくれる手に寄り掛かる形で力を抜いてしまう。ふらふら度合いがマックスでもう動きたくない。俺は頑張った。レオさんが抱き起す感じで太腿の上に座らせてくれた。背中に添えてくれる手のひらが熱い。


「お前は酒癖が悪いのな。エロ過ぎだろ。」


 レオさんが目を合わせながらぼそっと呟いた言葉が頭の中を素通りしていく。ぼんやりと聞いていたけど、少しして理解できた。


「違うよ、レオさんの真似をしただけだもん。レオさんも赤くなるじゃん。自分がされて恥ずかしい事はしちゃ駄目なんだよ。」


 レオさんを見つめながら違いますよ、これがレオさんのやった事ですよって優しく諭してあげた。レオさんは少し考えた様子だったけど頷いてくれた。


 おふざけが終わって元の位置に戻ろうとすると、レオさんが抱き留める形で支えて手伝ってくれる。何とかレオさんの隣に移動して、背もたれにぐでっと寄りかかってしまった。もう動きたくない。


 少しの間ぼんやりしてたけど、レオさんが静かだ。レオさんに顔を向けてみた。俺の視線を受けてなのか、レオさんも俺を見てくれた。見てくれたけど、疲れ果ててる感じがするのはなんでなんだろう。


 ちょっとぐでっとしたら復活してきた。にっと笑顔を贈ってみたけど、レオさんは疲弊した表情は崩さず首を傾げてくる。確認作業で疲れちゃった可能性があるのかな。能力の酷使って大変だよね。俺には分からない世界だけど、いつかは俺もそんな能力をゲットできる可能性もあるんだよ。


「で、どうだったの。」


 思考を色々と飛ばしながら、まったりと再度問いかけてみた。消耗感満載のレオさんがぼんやりと見つめ返してくる。


「ん?」


 少しして、レオさんが聞き返してきた。レオさんは気怠さをキープした状態で、質問自体が分かりませんって感じで小首を傾げている。恍けている風にも見えない事もない。


 ぼんやりと見つめてくるレオさんに顔を近付けて、涙目風の悲しい表情を作ってみた。そんな恍けてはぐらかそうなんて許しませんよ、触った以上は教えてね。疲れてても、触った以上は教える義務があるんだから。


「俺の背中。」


「あ、悪い忘れた。」


 息を飲んだレオさんの目に力が戻ってきたトコロで、ポツリと呟いてみた。俺の言葉が届くまで時間がかかったのか、理解するまで時間がかかったのか、少しの間、レオさんは黙り込んでじっと見つめてきた。そして、あっさり答えてくれた。


 忘れるってなんだ、俺の背中をあんなに撫でまわしたのに、忘れないでしょ。レオさんの返しが半周回って楽しくなってきてしまった。何故かツボにはまってしまったっぽくて、クスクスと笑ってしまう。


「え~。あんなに撫でまわしてたのに。撫でられ損だったのか、悲しい。」


「琥珀。寝た方がいい、寝ような。寝室まで運ぶか?俺の家で寝るか?」


 笑いながらレオさんにダメ出しをしてみる。レオさんは楽しくなってしまった俺が心配らしい。覗き込んでくるレオさんの心配そうな目は優しい。その深い緑の瞳は凄く安心できる目だ。でもね、俺を寝かせたいらしいレオさんはダメだ。まだ寝ないんです、って思いを込めてレオさんを睨んじゃう。


「イヤです。寝ないって決めたから寝ないの。」


 ぷいっと顔を逸らして、俺は絶対に寝ないって決意を再度表明しておく。頭を撫でられて、視線を戻すとレオさんがじっと俺を見てきた。何か言いたいのかなって、俺もじっとレオさんの瞳を見つめる。


「そうか、分かった。もう一度、俺の膝の上に乗れ。背中をじっくりと確認してやる。」


 少しの沈黙の後で、レオさんが呟いた声は低くて少し迫力がある気がした。視線も少しだけ鋭くてちょっと怖い。でも、猫耳がピンと立ってて超可愛い。結論、何気に可愛い。ニコニコになってしまったら、レオさんが眉を寄せてしまった。


「ん~。面倒臭い。」


 そんな怖い顔をしたって嫌なモノは嫌なんです。膝に移動なんて面倒臭い事はしませんよ。ってか、ふわふわしてるし動きたくないんです。気怠い感じで背もたれにポフっと寄り掛かって、拒否を示す為に力を抜いてみた。


 俺は動く気はないからねってのが伝わったらしい。小さく溜息を吐いたレオさんが立ち上がった。もう帰っちゃうのかなって心配になって、体を起こしてレオさんを見上げてしまう。レオさんがスッと目を細めたのが見える。


「じゃあ、俺が連れてってやるよ。」


 俺の前に立ちはだかったレオさんが、小さく呟いて屈み込んできた。言葉を理解する前に、レオさんは俺の背中に手を回してくる。反射的にのけ反って逃げようとしたけど、レオさんは俺の抵抗なんて全く気にした様子もない。


 そっと優しく俺を抱き上げたレオさんは体を反転させて、位置を入れ替えてきた。ソファに腰を下ろしたレオさんをじっと見つめてしまう。気が付いたら、レオさんの膝の上に跨る形で座らさせられていた件について。ってか、手慣れ過ぎてて怖い。


「強引過ぎるでしょ。レオさんはやっぱり無理遣りが好きなの?」


「ん?こういうのも偶にはいいな。」


 レオさんを見つめて不服と疑問をごちゃ混ぜに呟いてしまう。レオさんは優しく見つめ返してくれる。背中をゆっくりと撫でてくれる温かい手の感覚が気持ちいい。緑の瞳も優しくて落ち着く。眠気がスゴイ勢いで押し寄せてくる。


「ん?こういうのも偶にはいいな。」


 眠気に襲われてる中で、レオさんの優しくて落ち着いた声が響いてきた。

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