11 ご自由にどうぞ
朝、清々しく眼が覚めると神殿の内部だった。余程深い眠りについていたのか、寝起きで少し混乱してしまう。少し考えて、あぁ、なんか召喚されたんだっけと思いだした。
欠伸をしながら扉の外に滑り出て、古木とは神殿を挟んだ反対側の池で顔を洗う。正面に回って胡坐をかいた後、いつものように手を合わせてお礼の言葉を呟いてから、当たり前のように用意されていた果実を口に入れる。
果実を口に含んだ直後に、突き刺さるような視線を感じた。視線の方向、古木の方へと振り返ってしまう。そこには小柄な、猫耳と長い尻尾を持った猫目の美少女が俺を見ていた。
古木に水を与えに来たのか、その小さな手には水色に透き通る如雨露を持っていて、古木に向かって少し傾けている。真っ直ぐな直毛の前髪を眉の上で切り揃えて、長い髪をおさげにした可愛らしい少女だ。
燃え立つような紅の髪に、同じく紅色のぴんと張った長い尻尾、白い肌に艶のある薄桃色の唇が愛らしい。緑と黄金の混じり合う不思議な色合いの大きな目が驚きで見開かれてる。印象的な綺麗な瞳だ。
人のように二足歩行している、人要素の強い猫なのか。というか人が猫耳カチューシャと尻尾つけてるだけに見えない事もない。でも、それにしては瞳が猫みたいに縦に細長い瞳孔だ、明らかに猫だよね。
濃い赤色のワンピースを着て、黒い膝下までのレースっぽいレギンスを穿き、黒の編み上げっぽいサンダルで水色の如雨露を持った、ただのコスプレ少女なの、かな。この世界で初めて、人型の生物に出会った混乱から、言葉も出ずにその場から動く事もできない。
でも、頭の中だけは正常に少女を観察、分析していた。少女に視線を向けたまま時間が止まってしまったかのように動けず、少女も俺を見つめたまま固まったように動かない。長く感じられた見つめ合っていた時間は、実際はどれくらい経過していたのかは分からない。
止まっていた時間を切り裂くように、初めに動いたのは少女だった。不意に、俺から目を逸らした少女は、言葉もなく猫のような素早い動きで、俺を避けるように水辺ギリギリを橋の方へと走り出した。そのまま滑るように橋を渡り、森の中へと消えて行ってしまう。
呆然とする俺から、怯えたように去る少女の姿が、静かに時の止まった青空の下で唯一の動きあるモノに感じられる錯覚すらしてくる。少女が走り去る間も、ずっと目で追ってはいたけど俺が動かせたのは首から上のみだった。それ以外は指一つ動かす事ができなかった。
少女の姿が見えなくなって少しして、息苦しくなった俺は両手を地面につけて荒く息を吐きだしていた。意識せずに息を止めてしまっていたらしい。荒く息を吐き出して、落ち着くために深呼吸をする。
「人いるじゃん。」
(存在しています。厳密には先程の少女はガト族の一個体です。)
久しぶりに感じるスツィの冷静な声を不思議な感覚で聞いていた。会話のできる相手は姿の見えないスツィただ一人だと思ってた俺は、もう他の存在を半ば諦め掛けていたらしい。何回死んでも、目の前に存在するのはこの閉ざされた空間だけだと、扉から出てもやっぱり閉ざされた空間の中にいると思い込んでいたらしい。
今は分かる。多分この世界はちゃんと広いのだろうと、ちゃんと存在しているのだろうと、この目の前に広がる森の先にもちゃんと世界が広がっているのだろうと。改めて、この世界を認識したのと同時に、スツィの言葉の中の一単語が気になった。
「ガト族?」
(ガト族:イシュケ王国の森林などに居住する猫系亜人の部族の総称です。主に森林を守護し、神殿なども守護することもあるようです。好戦的ではないが戦闘能力は高い。俊敏さを生かして森林の中を群れで戦闘する事が多いが、単身で遠隔武器を用いて戦闘することもある。警戒心が強く人族との関わりを嫌うが、他の亜人とは比較的良好な関係を築いている事も多い。又、イシュケ王国以外の国でも少数、点在している。主に森林で集落を形成し、基本的には国の主権力とは距離を置いて生活している。)
「イシュケ王国?」
(イシュケ王国:中の大陸の中央部に領土を持つ中規模国家。王政。凡そ500年前に建国し、イシュケ王が治める王国。国の中央部に王都を配置し、北部に広大な湖、南部から西部にかけて点在する森林と小さな湖群、西部に海洋、そして東部に山岳地帯を持つ。)
ガト族が住んでるイシュケ王国とやらに俺は今いるらしいね。新情報をゲットできて、また展開が進んだって事かな。それにしてもちゃんと人って存在してるんだ。良かった。突然過ぎて声も掛らけれなかった。あの子、怯えてる感じがして俺を避けて逃げてったよな。少しショックだね、悲しい。
「成る程、俺は今イシュケ王国の南部から西部にかけてのどっかの神殿にいるって訳か。」
(はい。)
「俺はどこに行っても何をしてもいいんだよな?」
(はい。琥珀様に行動制限はありません。ご自由に行動して頂けます。)
はぁー、やっとチュートリアルが終わって冒険の始まりだ!!もう、ゲームじゃないって分かったけど、こう言いたくなる気分になるよね。神殿から脱出できて、人が存在してる事も分かった。
(『ちゅーとりある』では御座いませんが、ご自由にどうぞ。)
ここにいれば寝床もあるし食べ物もある。ここを拠点に森の中を見に行くかぁ。今後のあれこれを考えながら新たな冒険の構想を練る。取り敢えず、さっきの子も気になるけど近場の森の中でも見て回ろうかな。そうと決まれば行くか!目の前の橋に足を踏み出し、中程に差し掛かった時にミシっという嫌な音と共に足元が崩れ去った。
「え、まじで?」
そんな短い言葉すらも言い終えることなく。
(死んでしまうとは情けない。)
そんな声と共に眼を開けると、其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。




