109 どちらも良さがある
食器を収めたバスケットを入り口近くに置いて、ソファに移動したネロが手招きをしてくる。呼ばれたのに応じてネロの隣に腰を下ろす。
「時間まで本を読むか?」
「一緒に読んでくれるの?」
ネロから読書の誘いをしてくれた。ちょっと嬉しくなって聞き返してみる。ネロは優しく目を細めて頷いてくれた。一緒に本を読むのは、一人で黙々と読むのとは違う楽しさがあるんですよ。だから、嬉しい。
「じゃぁ、どの本がいいかな。ネロが読みたいのはある?」
「服の本。」
「おぉ、意外。ネロなら武器の本を選ぶと思ってた。」
「東の大陸の服は余り気にして見た事がなかった。」
「そっか、でも。ぱらっと見ただけなんだけど、めっちゃ可愛かったよ。」
「そうか。」
ネロが積んである本を持ち上げてくれたから、『魅惑のファッション‐東の大陸編』を抜き出す。深く座って背もたれに寄りかかり、太腿に本を乗せてネロにも見えるように開く。
頭の後ろに腕を回したネロが俺の髪を撫でながら、本を覗き込んでくる。ソファで隣り合う時は、俺の髪を触るのが癖になってしまったらしい。ネロの温かい手の感触が何故か落ち着くからそのままにして、本を開いてゆっくりページを捲る。
最初の方に載っていたのは体にピッタリとした民族衣装っぽい服だ。チャイナ服やアオザイみたいな形の服でかなり可愛い。生地はレースを重ねた透け感があるのから、厚い生地まで色々だ。丈も太腿がもろ見える位の超ミニからロング丈と幅広い。
上半身は体の線が出る程にピッタリしているのが共通だけど、下半身はタイトなのからふわっと広がるのまで多種多様だ。フォーマルでシックなのから、カジュアルで可愛いのまで色々あってみてて楽しい。
ただし、見た感じは全部女の子の服だ。ネロが着られる服とかは載ってない。ネロは楽しめているのだろうか。ちらっとネロを盗み見てみると、ネロは楽しそうに本を眺めていた。そして、ネロも流し目で俺をちらっと見てくる。
女の子は避けてても、女の子の服は楽しめてるようで安心です。まぁ、見てて可愛いものは楽しめますよね。俺も自分は着れないけど楽しめてるから、納得です。髪に滑らせてくるネロの指が気持ちいい。ネロに撫でられると安心感とまったり感が増す感じがある。
改めて本に集中する事にした。服のデザインを見比べてみると結構楽しめる。スカート部分の両脇にスリットが入ってるのとか、片側だけスリットとか、服の形状毎にデザインが異なっている。勿論、スリットの長さも多種多様。
ワンピースに見える服にズボンを合わせているのもあるし、もう一枚スカートを合わせているのもある。セクシーなのから可愛いのまで色々なデザインがあるみたいだ。絵師さんの質がいいのか、服に使われている布の質感が伝わってきてリアルに見える。
「これも可愛いね。」
数ページにわたり、ゆっくりと鑑賞してから感想を漏らすと、ネロの髪を触る指が止まった。少しして、髪を弄ぶように指に絡め始めたネロに視線を向けてみる。ネロはどう思うのって首を傾げてみたら、目を細めたネロが頷いてくれた。
「ネロはどれが好き?」
ネロはどんなのが好みなのか気になって聞いてみた。手を伸ばしたネロがページを捲っていく。どんなのを選ぶんだろ、ってワクワクしながら見ていると、ページを捲るネロの手が止まった。
ネロが選んだのは艶のある紺色のシックなドレスっぽい服だった。所々ちらちらと光を散らす表現をしているから、ビジューを生地に埋め込んでいるのかもしれない。
上半身は体のシルエットがそのまま出るピタッとしたセクシーなデザインで、首元は立襟でノースリーブ。上品でフォーマルで、しかもセクシーというスゴイ洗練されたデザインだ。
スカート部分はちょっとだけフワっと可愛らしさもあるんだけど、体のラインがしっかり出るデザインのロングスカート。そして、片側に太腿の上の方まであるスリットが入っている。可愛いんだけど、めっちゃセクシー。
全体像で見ても、大人な雰囲気満載の上品で少しだけ色っぽい服だ。着ている女の子は何の亜人さんなんだろ。シャープな顔付きの綺麗なお姉さんだ。正面を向いてるから尻尾は描かれてないんだけど、耳を見る限りはガトっぽいかな。
目を伏せてるから、瞳は色しか分からない。でも、きっとガトの子だと思う。濃い灰色の毛並みが紺色の服に良く似合ってる。この綺麗なお姉さんがネロの隣に並んだらヤバい。そして、ネロもフォーマルな服を着てたら、かなりヤバそう。
「ネロは大人っぽいのが好きなんだね。ネロにお似合いの背の高い美人さんに似合いそう。隣に並んだネロもお洒落をしてたら、ヤバいね。見栄えがばっちり。」
「そうか。」
大人なネロが選んだのは、大人なスゴイ美人さんしか着こなせないような服だった。ネロの隣を歩くような美人さんなら絶対に似合いそう。そっか~、ネロは大人な感じが好きなんだね。素直な感想を伝えると、ネロが静かに相槌を打ってくれた。めっちゃクールな反応だ。
「うん、そうなんですよ。俺はね、これがいいな。」
ネロが選んでくれたなら。俺も選んでみようかな。何かいいのないかなってパラパラと捲って指で止める。パッと見で惹かれた服だ。
透け感のある黒いフォーマルっぽい服だ。立襟で長袖の上半身に、同じく透け感のあるロングのタイトなスカート。両脇は腰までのスリットが入っていて、白いロングのスカートを下に合わせている。タイトな黒い服のスリットからふんわりはみ出る白いスカートが可愛い。
「琥珀のも随分、色気があるな。」
「でしょ。可愛いよね。」
「そうだな。」
ネロが俺の指差すページを興味深そうに眺めている。そして、一言感想を漏らしてくれた。どや顔で俺のお気に入りも押しておく。ネロは俺に目を向けて、笑顔で頷いてくれた。
超キラキラな笑顔になってるんですけど。眩しい笑顔だよ。笑顔、普通にできるじゃん。練習とかいらないんじゃないか、って思っちゃうんだけど。どうなんだろう。
お互いのお気に入りが出揃ったトコロで、それくらいにしてページを進める。ペラペラと捲っていると、本の残りページが三分の一くらいに差し掛かった所で漸く浴衣に辿りついた。ペースを落としてゆっくりとページを捲っていく。
レオさんに渡されたセクシーな本に描かれてる浴衣は派手な色が多かった。あれはそういう本だからかなって思ってたんだよ。女の子を可愛く見せる為に派手目の色で服を描いてるのかなって。
でも、この普通の本に描かれてる挿絵でも、浴衣の色の種類は多そう。結構ビビッドというか、鮮やかというか、かなり華やかな色の浴衣が多い。模様も花などの植物や、可愛い小動物、蝶っぽい虫など様々だ。女の子の服だからなのかな。
浴衣の生地も、少し薄めで所謂浴衣って感じのから、着物っぽいしっかりした生地のまで色々とありそう。ペラペラの化繊系で安そうな浴衣は無さそうだけどね。全部上質な素材で高価そう。
極端にページを捲るスピードが落ちたからか、一度止まっていたネロの髪を撫でる手が復活した。俺もページを捲る手を止めてネロの手に頭を摺り寄せてしまう。
浴衣を眺めていてちょっとだけ、しんみりしちゃったんだもん。人肌が恋しくなってしまったんです。ネロの手が優しくてつい、顔を寄せちゃったんだよ。
「ごめん、読むの遅かった?」
「問題無い。」
一応、遅すぎたのを謝ってはみたけど、ネロは優しく気にするなって感じで答えてくれた。ネロの言葉に甘えてゆっくりとページを捲りながら描かれてる挿絵を眺める。
「この服、懐かしい。」
「そうか。」
「ホント、懐かしいな。」
合間合間に、ホントに浴衣じゃん。って、視覚から伝わってくる日本っぽい要素につい、言葉が漏れてしまう。ネロは優しく相槌を打ってくれる。じっくりと一枚ずつページを捲っていく俺の隣で、ネロも俺の手元に視線を落として一緒に鑑賞してくれているみたいだ。
こうやって、挿絵とはいえ、沢山の浴衣の描かれてる本を眺めていると、浴衣のカタログを見ているみたいな気分になる。ゆっくりとページを捲る俺に合わせるようにネロの指が俺の髪に絡んできた。
「琥珀はその服が欲しいのか?」
「うん、いつか買って着るのが目標。この服は昔を思い出せる。俺の故郷の服を見てる気になっちゃう。」
「そうか。」
穏やかに聞いてくれるネロの言葉が耳に心地いい。素直に気持ちを言葉に出して伝える。帰る事ができなくても忘れたくない故郷を思い出せる要素。ネロが優しく相槌を打ってくれた。いつかは行きたい。いつかは着たい。今は無理だけど、時間を掛ければできる筈。
「いつか行けるかな?東の大陸は遠いっぽいけど、いつかは行けるよね。」
ネロの指の動きが止まった。本からネロに目を移して覗き込んでみる。目を合わせると、少しだけネロの瞳が揺らいだ気がした。それも一瞬で、圧倒的無が存在する金色の瞳が俺を見つめてくる。
そうだよね、希望的観測は良くない。確固たる信念を持たないといけない。ネロはストイックだから、そんな軟弱な考えじゃダメって言いたいんだよね。分かってますよ。ネロから視線を外して本に戻る。
「行けるかな?じゃなくて『行く』んだよね。」
「そうだな。」
ちゃんと言い直してみた。低く呟いた相槌と共に髪を撫でる指の感触が復活する。やっぱり、ネロもそう思うよね、いつかちゃんと辿り着いてみせるよ。俺には時間だけは沢山あるっぽいからね。いつかは絶対辿り着く。
「レオさんから渡された本より全然いいでしょ。着崩したのはちょっとセクシー過ぎだけど、ちゃんと着てたら可愛いと思わない?」
ちらっとネロを見て軽口半分で、しっかり着こなした浴衣はいいでしょって聞いてみる。ネロが悪戯っぽく唇の端を上げたのが見えた。顔をネロに向けて首を傾げる。なんでそんな顔になったの、何か含んだような笑顔じゃん。
「あ、もしかしてネロはあっちが良かった?」
「どちらも良さがある。」
ネロをじっと見つめて、まさかと思いながらも疑問を口に出してみる。悪戯っぽい微笑みのままのネロが、フッと笑みを零しながら答えてくれた。マジか、どっちもいいってマジなのか。あの本は凄くアレだったよ。セクシーさしかなかったよ。
「マジで?ネロはあんなエロエロなのでもいいの?」
「ああ。」
思わず言葉を作らず聞き返してしまった。少し笑いを含ませながらネロが肯定の言葉を返してくる。ネロの返答にびっくりして、背もたれから体を離してネロを覗き込んでしまう。
ネロは悪戯っぽく微笑んでるけど、目を逸らさない。冗談、ではなさそうだね。驚き過ぎて目を丸くしてしまうと、ネロは楽しそうに目を細めた。
そっか、ネロは大人だね。大人って怖い。あんなセクシーなのもいいとか恥ずかしくもなく言えちゃうんだ。ネロは見た目が落ち着いて大人っぽいけど、中身も超大人だった。恥ずかしいのは子供の俺だけみたいだ。もう、これくらいにしておこう。
本に目を戻して読書を再開する。ゆっくり読んでいても終わりが来ちゃうのが悲しい。ってか、最後までゆっくり読んだけど女の子の服しか載ってなかった。少しは男の人用の服も載ってると思ったのに、残念です。
小さく溜息を吐いて本を閉じる。ローテーブルに積まれた本の山の一番上に置いて、背もたれに寄りかかると、待っていたようにネロが俺の髪に指を絡めた。
「男の人用の服が載ってなかった。」
「そうだな。でも、先程買った本には価格が載っている、筈。」
「挿絵はあるかな?」
「挿絵はない。」
チラ見した時に女の子の服が多いな、とは思ったよ。でも、女の子オンリーとは思わなかった。ちょっと落胆しつつ呟いたら、ネロが優しく髪に指を滑らせて慰めてくれた。そして、価格だけならさっき買った本にあるよ、って言葉でも慰めてくれる。でも、どんな感じか絵で見たいんだもん。悲しい。
「だよね。男の人の服が見たかった。悲しい。でも、まぁ、値段が分かるだけでもちょっと嬉しい。ありがと、ネロ。後で読んでみる。」
「時間だ。出るか。」
「もうそんな時間なの?時間が過ぎるのが早いね。名残惜しいけど、行こ。」
ネロの言葉を受けて渋々立ち上がると、ネロがマントを羽織らせてくれた。流しに向かうネロを目で追いかけてみる。ネロは戸棚から俺のカップとお客様用カップ、お茶セットを取り出してテーブルに用意してくれたみたいだ。
戻ってきたネロに〈シール〉をして貰って外に出る。外は相変わらずの濃い霧で、もう真っ暗になっていた。視界が滅茶苦茶悪い中、ネロと隣り合って歩く。
真っ暗な中で、時折民家の光に照らされた時だけ、ネロの姿がはっきり見える。視線を下に向けて歩いていたら、ネロの尻尾がぼんやりと見える。光に照らされた中でのネロの尻尾は、さっきより静電気状態で膨れていた。
「ネロの尻尾がぽわぽわになってる。毛の間に空気が入って広がったみたい。めっちゃ可愛い事になってるよ。」
「そうだな。体に沿わせた〈シール〉だと毛が逆立つ。逆立つと空気が入って更に逆立つ。」
「成る程、悪循環だね。」
尻尾の根元に手を添えたネロが、先までしゅっと手を滑らせた。ペタンとした毛の尻尾になっちゃった。ボリュームがなくなってしまった。可愛かったのに、残念です。
真空状態のペタンとしたネロの尻尾をじっと見ていたら、ネロが尻尾をぶんぶんと振った。普通のボリュームに戻った尻尾に、おぉ、と目を見開いてしまう。そして、ネロにフッと苦笑されてしまった。
「琥珀、前を見て歩け。転ぶぞ。」
「うん。でも、尻尾が衝撃的過ぎてヤバかった。しゅっとすると、結構細くなるんだね。」
「そうだな。毛量が多い、多分。」
時々注意されながらも尻尾を見てしまう。ネロの言葉通りに、時間が経つとぽわぽわになってく尻尾は見ていて飽きない。
「でも、どっちも可愛いのは変わらないね。」
「可愛い、のか?」
「うん。可愛い。」
「そうか。」
可愛いねって感想を漏らすと、戸惑ったネロの声が聞こえる。尻尾を見ながら強く肯定をしてみたら、ネロが苦笑交じりに納得してくれた。だって、どう見ても可愛いもん。
そういえば、ユリアさんも最近ずっと体にピッタリな〈シール〉で宅配してくれてた。ユリアさんも尻尾が逆立ってたのかな。気付かなかったんだけど、どうだろう。ユリアさんの尻尾を思い出してみたけど、全然記憶から引っ張り出せない。
「ユリアさんも尻尾がぽわぽわになってたのかな?」
「毛が細く普段から空気が入っている感じがする。余り変わらない、多分。」
「そっか、ユリアさんは確かに普段からほわほわだもんね。」
食事場に到着して、ネロが返しに行くのを見送って食事場の風景を眺める。みんな楽しそうに食事をしている。子供の姿はほぼ見えなくて、大人がお酒を飲みながら食事を楽しんでいる感じだな。
ぼーっと前方を眺めていたらネロが戻ってきた。手には小さなバスケットを持っている。俺と目が合って、口の端を上げたネロが俺の横を素通りして歩き出してしまった。ネロの持つミニバスケットに目を向けながらネロを追いかける。
「夜食?」
「琥珀のつまみ。」
黙ったままで手に持ってるバスケットの事を教えてくれないネロに焦れて聞いてみる。ネロが俺に顔を向けて、優しく目を細めたのが光に照らされて見えた。つまみ。俺のつまみ=デザート、だよね。さっきドーナツを食べたけど、もう一回、デザートがあるのか。贅沢過ぎないか。
「さっきデザートを食べたよ?もう一回デザートがあるの?」
「今日は運動をした。少しくらい多めに食べても構わない、だろ。」
「そっか、そうだね。なんか、凄くお腹が空いてた。運動をしたからかな?」
「琥珀は寝ていた時間が多かった。久しぶりに動いたから消耗したのかもしれない。」
おー、そうか。運動したからお腹が凄い空いてたのか。で、頑張ったから、甘いのを2回お食べって事ですね。ネロは優し過ぎる。
夜もスイーツがあるって考えると、嬉し過ぎる。でも、一人で食べるのは寂しい、かな。今日もレオさんは散歩の後で、うちに寄ってくれるのかな。
「今日もレオさんの分もある?」
「ああ。」
「じゃあ、一人で食べなくていいんだね。ありがと。」
「時間が許す限り付き合わせろ。」
やった、レオさんも一緒にお茶を楽しんでくれそう。一人じゃないってのは嬉しい。あ、でも、時間が許す限りって、レオさんは何気にイロイロと忙しそうだからな。どうだろう。
ちょっとレオさんの事をそっちのけで勝手に盛り上がってしまった。レオさんの時間は許さない時もある気がするんだ。特に、昨日はアレだったし、今日は送って貰って終わりな気もしてきた。
「でも、レオさんは迷惑じゃないかな?」
「暇をしている、多分。」
「う、そうだね。多分?」
暇じゃないかもなんだよ。というか、めっちゃ充実した色々な時間を楽しんでるタイプの人だと思うんですよ。って、凄い思ってしまう。でも、レオさんのプライベートはあんまり言えないから、多分って言葉を使って誤魔化そう。
そっか、レオさんが家に寄るかもって分かってたから、お茶セットを用意してくれてたんだ。今日はもうデザートも食べたし、本も沢山あるから、この後は一人で過ごすって思ってた。




