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101 強ち間違いでもない、かな

 レオさんの家から外に出ると、真っ暗な中でも分かる程に濃い霧で少し先も見えない。振り返ると、レオさんは至近距離にいてくれた。ネロと同様に気配や息遣いも感じられないレオさんが近くにいてくれた事に少しほっとする。


「霧が濃いね。少し離れただけでも分からなくなっちゃいそう。」


「そうだな、これは凄い。視界が悪過ぎる。」


 ゆっくり歩き出しながら話しかけると、隣を同じ速さで進み始めたレオさんが同意してくれる。前を見ても何も見えない状況から、自然と隣のレオさんに目を向けてしまう。レオさんは昨日の終わりくらいに観察した時と同じように、滑らかに歩いてるような気がする。


「前はこれより視界は良かったけど、直ぐにはぐれちゃったね。」


「アレは俺が悪かった。琥珀の速度を理解してなかった。」


「俺も自分がそんな遅いって知らなかったから、ごめんなさい。ネロがいつも自然に隣を歩いてくれてたから普通だと思ってた。ネロが走ると速いのは知ってたけど、まさか、自分がヤバいとは気付いてなかった。」


 世間話風に前の出来事を話してみたら、レオさんが謝ってくれた。レオさんが悪い訳じゃないって俺も謝り返してしまう。


 ネロは普通に隣を歩いてくれてたから、自分のヤバさに気付かないままだった。周りを見てたつもりだったけど、みんなの歩くスピードは気にしてなかった。猫耳と尻尾に気を取られちゃってたからね。自分の遅さに気が付いてなかった。


「そうだな。ネロは凄いよな。」


「なんかね、この散歩も反復して筋トレって思わないようになれたら理想なんだって。」


「そうか。中々難しい試練だな。」


「そうなんだ。」


 ネロの凄さが浮き彫りになったと思ってるのは、レオさんも同じらしい。ネロの考えも伝えてみたら、レオさんは溜息交じりに答えてくれる。声が固い事から、暗くて表情は見えないけど、表情も難しい感じになってるんだろうな。


「まぁ、琥珀と会話しながら歩いてると、少しは意識が紛れるトコロはある。でも、筋肉に集中してないと、スグ動きがおかしくなる気がする。」


「それって、俺が全力疾走したら息が上がるみたいなものなのかな。」


「ん~、説明するのが難しい。俺も全力疾走したら息が上がるけど、今のこれとは全然違う。これは本当にきつい。」


 レオさんの話してる内容は理解できるけど、本質がよく分からない。俺で分かる例で考えたらどうかなって聞いてみたら、どうやら違うらしい。


 筋肉が沢山の人にしか到達できない何かなのかもしれない。俺も筋肉がモリモリになったら、いつか到達できるのかもしれない。


 民家の密集している辺りでレオさんの表情が見えるようになった。レオさんの表情は全く普通で爽やかな笑顔すら浮かべている。


「全然きつそうに見えないよ?」


「だって、顔に出してねぇから。」


 全然平気そうじゃんって突っ込んでみたら、レオさんがサラッと当たり前でしょって感じで答えてくれた。


「じゃあ、顔に出してみて。」


 それならっと、にっこり笑顔で、さぁ見せてみろと強要してみる。困った顔をしてしまったレオさんにフフっとなってしまった。


「さっきね、レオさんが超怖かった。ホントに邪魔してごめんね。」


「怖いって何で?俺は琥珀に何かしちゃってた?」


 何度も謝るのはダメかなとは思ったけど、改めてもう一度、落ち着いた状況で謝る事にした。レオさんは謝った事に対してではなく違う事に反応して聞き返してくる。


「睨まれてるみたいで怖かった。ホントに駄目なら、言ってくれれば帰ったのに。俺は別にネロに言いつけたりしないよ?」


「怖いってなんで。」


 俺が言いたいのはそっちじゃないよって修正してみたけど、やっぱり食いついてきたのは怖いって方だ。俺が勝手にそう感じただけで、レオさんは特に怒ってたとかじゃなくて偶然だったらしい。


「目力っていうか気迫っていうか。なんか知らないけど、超怖かった。だから、レオさんが怒ってるのかと思っちゃった。」


「俺は睨んでたかな。」


 凄く気になってる様子のレオさんに感じた事を話してみる。そうしたら、レオさんは睨んでた自覚もなかったみたいだ。


「レオさんの目がギラギラ輝いて食い殺されるかと思った。」


 レオさんが睨んでないとしたら、普通に見上げてきた時に光の反射で睨んだ感じに見えただけかもしれない。レオさんは目付きが鋭いから、睨んだっぽく見えただけだったみたいだ。全く意図しないところで怯えてしまって申し訳なかった。


「喰う、か。強ち間違いでもない、かな。」


「ん?」


 俺の言葉を引用して返してくれたレオさんの言ってる意味が分からない。独り言にも聞こえたけど、首を傾げて疑問を伝えてみる。でも、レオさんは答えてくれない。


「なんでもない。お前は普段ネロとどうやって接してるの?」


「ん~、普段の接し方って、どういう意味なんだろ。」


 レオさんは話題を変えるみたいだ。唐突に普段のネロとの接し方を聞かれて、更に首を傾げてしまう。ネロとの接し方って何だ。


「いや、ネロって私生活を知る人は皆無だから気になっただけ。」


「あ~。一人の時はお茶も淹れないって言ってたよ。」


「いや、そういう事じゃねぇよ。」


 お~、成る程。上司の私生活を覗いちゃおうっていう好奇心っぽい。そっか、じゃあ、とっておきの情報を教えてあげよう。答えてみたら、レオさんが即行、突っ込んできた。なんでよ、ネロは私生活でお茶を淹れる事もない面倒臭がりの人だよ。とっておき情報でしょ。


「あとね、他人との関わりが面倒臭いって言ってた。」


「それは分かる。」


 あと知ってるのはっと情報を提供してみた。これは普通過ぎる情報でレオさんも納得らしい。まぁ、ネロの外での行動を見てると、全くといっていい程、他人に興味がなさそうだからね。面倒臭そうにしてるネロはよく見るから、納得だろうね。それ以外だと、提供できるのはもうないかな。


「後は、普通。」


「普通じゃねぇだろ。どう見ても。」


 もう提供できる情報はない。後は普通って言ってみると、やっぱりレオさんに突っ込まれてしまった。イヤ、だって、ネロは普通の人だし。取り立てて何か変な行動する人じゃないし。


「普通だよ。俺がびっくりしたのは、朝起きて武器の手入れしてるのを見た時くらいかな。」


「普通だな。」


 一応だけど、武器の手入れは生まれて初めて見た変な行動だった。でも、レオさんも武器の手入れはするらしく、普通と答えてくれた。まぁ、考えると武器を使う職業だし、そりゃ普通に手入れくらいするか。


 以上から、ネロは普通に普通の生活をしてる普通の人だよ。ちょっとだけ、感情の起伏がなさ気だけど普通で間違いないかな。あ、武器の手入れで思い出してしまった。レオさんに謝らなきゃだ。


「ネロは普通の生活してるよ。あ、レオさん、ごめんなさい。」


「ん?」


 まずは謝るところからスタートだ。謝った事に対してレオさんが疑問を示してきた。レオさんに会ったら第一声で謝ろうと思ったんだけどね、違う事で謝らなきゃになったから忘れちゃってたんだよ。


「レオさんの家で短剣を持たせて貰ったって話したら、ネロが少し怒ってたかも。表情は変わらなかったけど、雰囲気的に。あと、床に落ちてたのを拾っただけって説明したら、超怒ったかも、雰囲気的に。頑張って誤魔化そうとしたけど、ダメだった。少し注意しなきゃなって言ってた。無表情だけど、ネロはちょっと怒った感じだったような気がする。」


「マジか。それは怖い。」


 こんな事で怒ると思わなかったんだよって、頑張って誤魔化したんだよって、武器の手入れの最中のネロの様子を伝えてみた。レオさんはへぇ、って感じでさらっと答えてくれる。言葉の意味合いと違って全然怖がってる感じには見えない。結構大丈夫そうなのかな。


「ホントは全然平気とか思ってる?」


「うん。だって、その調子だと、ネロが稽古つけてくれるパターンだろ。」


「それは嬉しい事なの?」


「うん、すげぇ嬉しい。楽しみだ。琥珀ありがとな。」


 ウキウキと楽しそうなレオさんの返答に、よく分からないながらも良かったのかな、と思う。脳筋の人の考え的思考では凄く嬉しい事だったらしい。


 怒られる=稽古をつけてくれるっていう展開みたいだね。成る程、俺の知らない世界って奴だよね。まぁ、思い返すと、前にネロと鍛錬をしていたレオさんは確かに真剣で楽しそうだった。喜んでくれて良かった、のかな。


 レオさんとだと話が弾む感じがする。見通しが悪い霧で真っ暗でも、話しながらのお散歩で怖く思う事もなく無事にネロの家に到着した。


 入り口を開けてレオさんに先に入って貰う。続いて俺も入ると、自分の〈シール〉を解除したレオさんが俺のも解除してくれた。


 ありがと、と笑顔でお礼を伝えて、マントを脱いで畳んでソファの横に置く。レオさんは真っ直ぐソファに向かって、ローテーブルにバスケットを置いてくれた。


 俺はテーブルに移動してお茶の用意だ。テーブルの上のカップを持って流しに向い、水を入れてレオさんにお湯をお願いする。俺の行動を目で追っていたのか、直ぐに意図が分かったらしいレオさんがお湯を沸かしてくれた。


 慎重にカップを運んでテーブルに戻る。瓶の中の茶葉を木の匙で掬い、蓋を開けたティーストレーナーの中に慎重に詰め込む。けど、少し零してしまった。俺の不器用さというより、器用の値が1だからだと思うんだ。


「琥珀、お前は不器用だな。」


 真上で声がしてびくっとなって見上げる。レオさんが俺の背後にピッタリと体を寄せて立っていた。俺の行動を覗き込んでいるレオさんの存在にびっくりしてしまう。


 こんなに近いのに気付かなかった。ネロといいレオさんといい、音も気配も何もない。分かるのは匂いくらいだけど、集中してたから気が付かなかったらしい。


「少しだけ、不器用なんです。」


 零したのを見られたのが少し恥ずかしくて、レオさんを見上げながらエヘっと照れ笑いをしてみた。レオさんは俺を見下ろして少し考えた後で、無言で去っていった。


 フォローの言葉も出てこなかったらしいレオさんはもういいよ。今はお茶に集中なんです。お茶の支度に戻りますよ。自分でも分かってますよ、ええ、不器用なんです。


 諦めの境地でティーストレーナーの蓋を閉めてカップに沈めた。お茶の綺麗な澄んだ茶色が出てくるのを暫し待って、良さそうな感じになったらティーストレーナーを小皿に取り出す。


 美味しそうなお茶のカップを持ってレオさんの待つソファに向い、レオさんにニッコリと手渡してみる。その後でクッションを拾ってセットして、ローテーブルを挟んでレオさんの向かいの床に座った。


 お茶を飲んだレオさんが顔を顰めているのが目に映った。熱かったのかな。首を傾げてみると、レオさんは何でもない、と首を振って返してくれた。そして、レオさんはカップをローテーブルに置いて、ミニバスケットに手を伸ばした。


 レオさんがバスケットから今日のデザート、美味しそうな赤い果実のフィリングが詰まったパイの乗ったお皿を取り出して俺の前と自分の前に置いてくれた。


 見た目はチェリーパイっぽい、超美味しそう。真っ赤に煮たチェリーのような丸い果実がパイの中に沢山詰まってる。


 レオさんの取り出してくれた美味しそうなパイに釘付けになってしまった後で、このスイーツは期待大ですよねっ、とレオさんに視線を移す。レオさんは俺を見守っていたらしく、目が合ってニコっとしてくれた。


「じゃあ、食べよ。今日のも美味しそうだね。」


「今日は1つじゃないんだな。」


「だって、二人で食べてって渡されたんだもん。1つな訳ないでしょ。ネロがそんな意地悪する訳ないじゃん。」


「いや、そういう意味じゃ。」


「それじゃ、いただきます。」


 レオさんはパイを手で掴んで食べ始めた。豪快に食べるレオさんみたいに食べてみたいけど、俺がやったら絶対零しちゃう。


 フォークで先端を切って、サクサクのパイと果物を一緒に口に運んでみる。目を見開く程に美味しい。バターのいい香りがするサクサクの生地と果実の酸味が合わさってヤバい。お砂糖を加えて煮たのか、果実本来の甘さなのか分からないけど、程よい甘みも美味しい。


 チェリーっぽい見た目だけど風味は全然違う。美味しい果実だけど、食べた事のない味だ。美味し過ぎて顔を上げたら、レオさんはもう食べ終わっていた。


 俺はまだ一口しか食べてないよ。レオさんの余りの早食いにびっくりして目を丸くしてしまった。レオさんは口の端についた、とろっとした果実色の赤いフィリングの汁を舌で舐めとっている。


 レオさんを呆然と見つめてしまってから、はっとなる。お茶を飲んで落ち着こう。一旦フォークを置いて、カップに手を伸ばす。


 お茶が舌に到達した瞬間に眉を顰めてしまった。あぁ、成る程。苦い、渋いそして香りが何もない。レオさんを見上げると、ニヤリとイヤらしい笑顔を浮かべている。


 どうやら、この不味さを俺にも体感して欲しかったらしい。不味いなら不味いって言ってよ。俺はお茶も淹れられないのかよ。


 マズ過ぎて驚いている俺の手から、カップを抜き取ったレオさんが流しにお茶を捨てにいくのを目で追いかけてしまった。レオさんは軽く漱いだカップに水を入れてお湯を沸かしている。


 テーブルに移動したレオさんが、さっき使ったティーストレーナーをお湯に沈めて直ぐに取り出して戻ってきた。手渡されたカップを受け取り、息を吹きかけて少し冷まして口に含んでみる。


 普通に美味しいお茶だ。香りも凄く良くて、渋みと苦みが程よく甘さもちゃんとある。さっきのお茶と同じお茶とは思えない美味しいお茶だ。


 俺がお茶を淹れられないという事実より、大雑把だと思っていたレオさんがこんなに美味しいお茶を淹れられる、という事実の方が驚きがでかい。


「レオさんはお茶を淹れられるんだね。美味しい。」


「褒めてんのか?」


「うん。全力で褒めてる。」


 呆然と呟いてしまった言葉に反応したのか、レオさんが覗き込んで聞いてきた。それは勿論、俺の想いを伝えなきゃって笑顔で答えたら、レオさんが何とも言えない表情になってしまった。


「お前は俺をどういう目で見てるんだよ。それより、琥珀が茶も淹れられない事に驚いた。昔、ユリアが入れてくれた茶の味がした。」


「ユリアさんと一緒か、嬉しい。」


 目を逸らしていた事実を持ち出してこないで。俺だって自分がお茶も淹れられない事には驚いてるんだから。追い打ちをかけてくるレオさんにシュンとなったけど、続いてのレオさんの発言で顔を上げて笑顔になってしまう。


「褒めてねえからな。」


 そして、即行レオさんに突っ込まれてしまった。分かってるよ、そうじゃないかとは思ってたんだよ。


「ですよね。いつもはネロが淹れてくれるんだもん。俺はお茶を始めて入れたから仕方なかったの。」


「そうか。まぁ、いいから食え。」


 拗ねた俺の気を逸らしてくれるかのように、レオさんがケーキを勧めてくれた。気遣いのできるレオさんの一言に頷いて、お茶の件は忘れて果実のパイを楽しもう。


 時間が経っているのに上のパイはサクサクで果実の下の生地は水分を吸ってしっとりしてる。美味しいお茶と美味しいスイーツ。まさに至福のひと時。


 お茶を飲もうと手を伸ばしたらレオさんが飲んでいた。俺も飲みたいっと念を込めて、じっと見つめると目が合ったレオさんが手渡してくれる。お茶に息を吹きかけて一口飲んで、レオさんに返す。そしてまた、パイを食す。


「今日のパイも美味しいね。ユリアさんは天才だね。」


 美味しいスイーツで笑顔になりながら、同じ味を味わったレオさんと感想を共有してみた。カップを片手に俺を見下ろしていたレオさんが動きを止めてしまった。


 パイを食べながらレオさんを観察してみる。動き出したレオさんにニコっとしてみる。今度はお茶を飲もうとした体勢のままで、レオさんが固まってしまった。


「レオさん、少し疲れたちゃった?。」


 余りにも動かなくて、息すらしてないみたいなレオさんが心配になって声を掛けてみた。俺の声ではっとなった様子のレオさんが動き出す。


 カップをローテーブルに置いて、背もたれに寄りかかったレオさんが、上を見上げてふーっと息を吐き出した。夜も遅いし、レオさんはお疲れモードなのかな。


 動き出したレオさんにほっとして、レオさんを眺めながらパイを少しずつ食べ進める。パイの耳まで辿りついてフィリングのついた部分を食べ切ったら、フォークを置いて手で持って食べる事にした。


 パイ生地は溶けた砂糖がコーティングしてあって、バターの風味と相まってめっちゃ美味しい。この、耳単品だけで美味しいスイーツっぽい。


 行儀が悪いけど、フォークだと切り取りにくいんだもん。この場にマナーなんていらないよね。手掴みでパイの耳を食べ始めたらレオさんの視線が漸く俺に戻ってきた。


「お疲れですか?」


「そうだな、疲れと言えば疲れかも。」


 パイの耳を食べるのを中断して声を掛けてみる。低めの声で呟いて返してくれたレオさんはお疲れっぽい。そっか、疲れてるのか。


 まぁ、さっきはレオさんのお愉しみを邪魔しちゃったし、散歩の時も結構きついって言ってた。それに、上司の家で不味いお茶を出されたら、そりゃ疲れるかもしれない。肉体的な疲れにプラスして、気疲れってやつですよね。分かります。


「じゃあ、甘いモノでもどうですか?食べ途中の端っこだけど。」


 手に持っていたパイの耳を差し出してみる。俺と目を合わせたままで、レオさんがまた固まってしまった。レオさんを見上げて失敗したと思った。


 だから、上司の家の子に無理強いされたら要求通りに動くしかないんだよ。一種のパワハラ的な何かだった。これはマズい。


「冗談です。ごめんなさい。」


 即時撤回してこれでOKでしょ。ふーっと息を吐き出して問題から回避できたと安心したら、困惑の表情のレオさんが瞬きをした。そりゃ困惑する事態だった。俺は空気が読めないのかもしれない。


「いや、食う。甘いのが食いたくなってきた。」


「食べ途中のだけどいいの?」


「うん。」


 レオさんは優しかった。俺への気遣いなのかもしれないけど、食べるって言ってくれた。食べ途中だよって一応断ってみたけど、レオさんは気にならないらしい。


 身を乗り出したレオさんの口元にパイを近付けてみる。レオさんは大きく口を開けて、ばくっと半分以上食べてしまった。あぁ、大切に食べてたのに。もう、あと少ししかないよ。


「あぁぁ。半分以上食べちゃった。一口だけだと思ったのに。」


「それが俺の一口なんだよ。次にデザートを食う時には俺のを分けるから許せ。」


 驚き過ぎて素が出てしまった。レオさんは謝る気のない謝罪をくれた。しょぼんと手元のパイの耳の残りを見て、お茶で気分を落ち着けてみる。ちまちまと食べ進めながら、ちらっとレオさんを見てみる。レオさんは背もたれに寄りかかって、俺が食べてるのを眺めていた。


「少しは疲れが取れた?」


「そうだな。取れたような気もする。」


「甘いのを食べると疲れってなくなる感じがするよね。」


「甘いのもそうだな。」


「甘いの以外だと?」


「まあ、なんだ。秘密だ。」


「え、教えてよ。」


「今度な。」


 最後の一口を名残惜しく食べて、お茶を一口飲む。レオさんも飲むかな、とカップを渡してみると受け取ってくれた。


 また来てくれるかは分からないけど、レオさんが来てくれるならカップをもう1つ用意してもよさそうだよね。まぁ、レオさん用ってか、お客さん用で。


「琥珀、ずっと床だと寒いだろ。ソファに座れよ。」


「うん。」


 食べ終わってカップの事を考えてたら、レオさんが声を掛けてくれた。ソファに移動して、レオさんの隣に腰を下ろす。


 お茶を飲もうとカップに手を伸ばしたら、お茶がもうなかった。カップに伸ばした手を引っ込めると、レオさんの視線が追いかけてくるのが分かった。


「茶はまだ飲むか?」


「レオさんはまだいる?」


「帰って欲しいなら帰るけど。まだいていいなら、もう少しまったりしたいかもな。」


「じゃあ、お茶飲みたい。」


 レオさんはもうちょっといてくれるらしいって分かって、ニコニコでお茶を飲むって言ってみた。レオさんは苦笑して、お茶を用意してくれるらしい。


 レオさんがお茶を淹れてくれてる間に、肘掛けを背もたれにして足を投げ出して座面を占拠してみる。ほぼ寝転がる勢いでレオさんに視線を向けると、ティーストレーナーをお湯の中に少しだけ沈めてすぐ取り出しているレオさんが見えた。


 お茶の抽出って、あんな直ぐでいいんだ。勉強になる。今度ネロが淹れてくれるのもしっかり見とこうかな。俺だって、美味しいお茶くらい淹れられる筈だからね。ちょっと知らなかっただけなんだよ。


 湯気の立つカップを持って戻ったレオさんが俺の寝転がるソファを見下ろしてくる。俺の伸ばした足が邪魔で座れないレオさんが困ってる。悪戯っぽい笑顔を作ってみた。


 レオさんの困った顔を眺めたけど、レオさんはあんまり相手にしてくれないっぽい。しょうがないから、座り直して足を畳む。


 じゃれつく俺を気にした様子もなく、空いたスペースにレオさんが腰を下ろした。お茶を手渡されて、お礼を言って受け取ると熱々のお茶だ。


 カップに向かってふーっと息を吐くと湯気が流れてまったり気分になる。何回か息を吹きかけて、お茶を口に入れる。美味しい。美味しいお茶はいいね。


 さっきの自分で入れたのはマズ過ぎて驚いた。カップをレオさんに返すと受け取ったレオさんが冷ましもせずにゴクリと飲んだ。


「熱くない?」


「別に熱くはないな。」


 猫舌じゃない人はいいよな、と思いながら聞いてみると、レオさんは全然平気っぽい。熱々をごくって飲んでみたいな。いいな~、っと考えてる間に、レオさんはカップをローテーブルに戻していた。カップを目で追いかけていたら、レオさんが何を思ったか近くにある俺の足を掴んだ。


「びっくりした。何。」


「琥珀はやっぱり冷たいな。」


 俺の足首を掴んだまま、もう片手で指先を触ってくるレオさんに困惑してしまう。俺の足先を片手で包み込んだレオさんが視線を俺に向けて呟いた。


 あ~、成る程。俺が冷え切ってるって思った訳か。レオさんは突飛な行動をするから、時々びっくりしてしまう。俺視点だと、足首を掴んでる方も、足先を包んでくれてる方も、レオさんの手が熱いくらいなんだけどね。


「レオさんは熱いね。」


「こんな冷たくて大丈夫なのか?」


「うん。一応は生きてる。」


 凄く心配そうなレオさんの言葉を聞いてフフッとなってしまった。俺が熱過ぎるって感じるように、レオさんは冷た過ぎるって感じるんだろうね。


「冷たいから、熱い飲み物が苦手なのか?」


 どうやらレオさんは、俺の事を凄く気にかけてくれてるらしい。猫舌なのも珍しいのかもしれない。ガトの子達は猫舌の子はいないのかな。


「どうだろ、昔から熱いのは苦手だったかも。あと、辛いのも苦手。」


「辛いのか。ガトの料理は辛い料理が多い気がする。大丈夫なのか?」


「えっとね、マスターさんが美味しい料理を作ってくれるから。いつも辛くないよ。」


「マスターの料理だから心配する事なかったな。良かった。」


 レオさんに昔からだから平気って伝えたら、辛いのが苦手なのにも食いつかれてしまった。しかも、ガトの料理は辛いのが多いらしい。知らなかった。マスターさんの料理は辛いのは少ないから全然平気って笑顔で伝えてみる。


 相当心配らしく、いつまでも足首を握って撫でくれるレオさんから足を引き抜く。自分で足を触ってみたけど、まぁ、少し冷えてるくらいでそんな冷たい感じはしない。


 レオさんの手は熱かったから引き抜いたら寒くなった感じはするけど、別にいつもの体温って感じで全く問題なさそう。


「前に、ネロが魚の香草蒸しを頼んでくれて、それはめっちゃ酸っぱくて辛くて、動きが止まっちゃった。ネロの好物っぽいけど、俺は駄目だった。」


「あぁ、あれか。俺も好物だ。」


 辛いモノ~って思い浮かんだ料理を話してみる。レオさんは目を輝かせて頷いてくれた。ネロの好物だったけどレオさんの好物でもあったらしい。ガトの伝統料理なのかな、みんな大好き料理か。でも、酸っぱくて辛かったな。


「酸っぱくて辛くない?」


「それがいい。」


「そうなんだ。ってかね、この家で辛いのって、その魚料理しか出てきた事ないよ。もっとあるの?」


「そうだな、ガトの料理はもれなく辛い、気がする。子供用のは辛味を抑えた料理もあるけどな。」


 他にも辛い料理ってあるのかなって聞いてみると、ガトの料理は全部辛いらしい。それを聞いてまだ食べたことないガトの料理が凄く気になった。でも、俺は食べきれる自信がない。何故なら辛いって断言されてしまっているから。


「そうなんだ。レオさんはお肉ばっかりだったから、ガトの料理はお肉だと思ってた。」


「俺は魚より肉派なんだよ。」


 そして、レオさんの家での食事を思い出して、お肉のソテーがガトの料理の定番だと思ってましたって話してみた。


 それに対して返ってきたレオさんの言葉を聞いてふふっと笑ってしまった。凄くレオさんらしい答えだった。


 ローテーブルの上に置かれたお茶に手を伸ばすと、レオさんが取って渡してくれた。程よく冷え始めたお茶に、少しだけ息を吹きかけて一口飲む。レオさんに渡すとレオさんも飲んでからローテーブルに戻してくれた。


「俺の熱さだとレオさんには冷め過ぎじゃないかな。平気?」


「別に気にならない。熱くても温くても。」


 まったり、ゆっくり話をしていると、時間が経つのが早い気がする。話しながらうとうとしていたらしい。レオさんが立ち上がった途端に、体がずりっと沈みこんで目が覚めた。


 体がずり落ちていたのか、いつの間にかレオさんの太腿の下に足先を潜り込ませていたっぽい。レオさんがいなくなって、足先が冷たく感じる。


「琥珀は眠そうだし、そろそろ帰るわ。」


「え、もう帰っちゃうの?」


 体がずれたのと、足先の温かいのがなくなった事で不満げな顔になってる自分が分かる。レオさんが帰っちゃうって分かって、寝てないよ、眠くないよってアピールをしてみる。そして、一人になるのが嫌で聞き返してしまった。


「ん?一緒にうちに帰るか?今ならいい匂いだから大丈夫だぞ。」


「いいです。一人寂しくネロを待ってます。」


 俺の反応で揶揄う気持ちになったのか、レオさんはニヤッと笑って冗談を言ってきた。揶揄われたのが分かって、レオさんを睨んでばいばい、と手を振る。


「そんな事を言うなよ。な、本当に一人で大丈夫か?」


 心配そうな顔になったレオさんが俺を覗き込んで、一人で平気か聞いてくれた。レオさんは本当に心配してくれてるっぽい。俺はそんな子供じゃないっての。


「一人でお留守番くらいできますよ。おやすみなさい。」


「そうか?」


 一人で平気って断言してみたけど、まだ心配そうなレオさんを見上げて大きく頷く。


「ホントに今日はごめんなさいでした。あと、デザート付き合ってくれてありがと。」


 謝罪とお礼をちゃんと改めて伝えてみた。レオさんは屈んで心配そうに覗き込んでくる。俺も立ち上がってレオさんをお見送りする事にした。


 屈んで動かないレオさんのお腹を押してみる。びくとも動かない。見上げると、レオさんが困った顔をした後で動いてくれた。


 入り口の前で一旦止まったレオさんが屈んで目線を合わせてくれた。あ、これ、小さな子供に対してやる仕草だよね。そんなに心配なのか。安心して貰おうと、にっこり笑顔で頷いてみる。


 出る前にもう一回振り返ったレオさんは俺と視線を合わせてから走り出した。レオさんを見送ってソファに戻る。


 一人だとベッドが広く感じるからな。どうしようかな。ソファでごろごろとしていた筈が眠気から気が付いたら眠りに落ちていた。

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