1 ヒントも無いとかどんなクソゲーだよ
眼を開けると其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。混乱する俺の目前には石壁と同じく朽ちかけた躯が一つ。何やら走り書きをその指先の床に記して朽ち果てたらしい。
「・・・読めねぇよ。」
全く不可解な文字列、たしかに教養のある方ではないが今まで生きてきた16年の人生で一度も見た事のない印象文字のような模様のような呪文のような不思議な文字列だった。文字であるかも不明だったけど、走り書きしている感じがあるし多分文字だろう。見も知らぬ土地で朽ち果てている全く知らない他人だけど、手を合わせて冥福をお祈りした後でここがどこなのかを思い出そうとする。
俺は高校生だった筈、ってか記憶では確実に高校の一年生だった。まぁ、そこそこ進学校だけど自由な校風の学校だったから中々に楽しい学生生活だった記憶しかない。中学まではかなり苦労したけど、母から受け継いだ少し明るめの栗色の髪でもそこそこ真面目に学生やってれば注意をされない学校だった。
帰宅部だった俺は放課後に無駄に友達と学校で時間潰したり、時々みんなといくゲームセンターやカラオケも楽しかった。後、買い食いしたりファミレスで時間潰したり、充実した生活を楽しんでいた記憶もある。眼を開けたら、ここ。学校の制服であるブレザーを着ているということは学校にいたのか、放課後に街で遊んでいたのか、そこからいつの間にかここに移動していたっぽいって事か?
何か記憶が飛びまくっているような気がしないでもない。思わずポケットの中のスマホに手を伸ばす。しかし、ポケットの中にはスマホはおろか、財布すらない。ブレザーのポケットも、ズボンのポケットも何度も探したけど、やっぱりない。そもそも、カバンが無い、手持ちの何もかもが何も無い。ってか、こんな幻覚を見る程ストレスのある生活なんかしてなかったよな。一体どうなってるんだよ。
「ま、いいか。取り敢えず外に出よう。」
ある程度混乱したら、落ち着いてきた。考えてもしょうがないって事もあるって事だよね。独り言を呟きながら神殿の外に向かう大きな扉を開けようと手をかける。
「ん、重い。錆びてるのか。全く動かねぇ。」
全くびくともしない扉にまた独り言を呟いてしまった。まあこの朽ち具合から見て相当古い建物で、誰かが手入れをしてる感じも一切感じられない程埃が積もりまくってるし、しょうがないか。そう心の中で呟いて他に出口がないか探す事にする。
上部に目をやると、二階ほどの吹き抜けになっている空間の上部に、要するに高さにして2階~3階程の位置に明かり取りらしき小さな窓が複数設置されているだけで、他には朽ちている割に頑丈な壁しか見当たらない。あの窓から外に出る事は可能かもしれないけど、足場になるようなものも見つからない。高さのあるモノと言えば奥の壁あたりにある祭壇と台座くらいだけど、固定されてるから動かなそうだし、そもそも重くて動かなそう。
扉から少し離れた床の上には掠れ掛けた丸い図案の中に何か文字がびっしりと彫られている。まるでゲームの中に出てくる魔法陣のようだ。魔法陣(仮)の正面、扉から向かって奥の壁から少し広めの空間を挟んで石造りの祭壇のようなものが鎮座していて、その奥の壁際には恐らく彫像か何かがあったような台座と、その彫像の足元らしき残骸、そしてその周りには大量の瓦礫の山が散らばっている。
「どうしたもんかなぁ。マジで困るよな。」
一旦落ち着くために神殿の床に胡坐をかいて座り、少し考えてみたが何も思いつかなかった。そもそも、何も情報が無い上に動ける範囲はある程度の広さがあるとはいえ限定されてる空間の中に閉じ込められている状況だ、外に出る為の手段が何も思い浮かばない。
一応、外に通じていると思われる唯一の手段の扉を何度か押したり引いたり、まさかと思いながらも上に押し上げてみたりしたけど、やっぱりびくともしない。固定されているかのような頑丈な扉を諦めて、吹き抜けの広間を注意深くぐるりと回ってみたけど何もない。
「ヒントも無いとかどんなクソゲーだよ。」
ぼやいてみても何かが起こる訳も無く、数日が経過して餓死しました。
(死んでしまうとは情けない。)
穏やかに響く耳に心地よい声と共に眼を開けると、其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。混乱する俺の目前には石壁と同じく朽ちかけた躯が一つ。何やら走り書きをその指先の床に記して朽ち果てたらしい。
「デジャブ?ってかさっき死んだよね?俺。」
呆然とする俺。だって、喉が渇いてきつかったのとか、空腹できつかったのとか死ぬ直前はもうぼーっとして何も考えられなくなってたとか。死ぬ直前までのきつい記憶、全部覚えてるんだよ。何これ、何が起こってるんだよ。
(デスボーナスの獲得:オートスキル〈翻訳〉 獲得しますか?)
先程の『声』に唐突に問いかけられて辺りを見渡してしまう。え、誰かいるの?周囲に目を配っても誰もいない埃っぽい神殿の空間が広がっているだけだ。もしかして、この屍さんが喋ってるとかじゃないよね、それだったらマジ恐怖なんですけど。
(違います。)
ですよね~、良かった。死体が喋るより、知らない『声』だけの方がまだ安心ですよね。ってかデスボーナスって何よ。獲得を促すなら、先に説明して欲しいもんだよね。ほっとした後で、さっきの
『声』の内容が漸く理解できて心の中で愚痴ってしまう。即座に反応して答えてくれる『声』。
(デスボーナス:復活時に得られる祝福の総称。)
「だから、それを詳しく知りたいって言ってるんだよ。それじゃ全く分からん。」
案外冷静だな、俺。と自己分析していたら返答するように流れてくる『声』に思わず心で叫んだ筈の声が口から飛び出てしまう。頭の中で考えてる内容に返答してくれるくらいだから口に出さなくても良かった筈だからね。でも、何のひねりもないその返答にもっと詳しく教えろよと、思わず言葉に出して叫んでしまった。
朽ちた死骸以外誰もいない空間で、独り言を呟き突然叫び出す俺は相当いかれて見えただろう。もし誰かが見ていたのなら。だから、声なんか出したくなかったのに。まぁ、誰も見てなさそうだからいいけどさ、屍さん以外はこの場にいないしさ。なんか、虚しくなってきた。
(デスボーナスとは死亡後の復活時に得られる祝福の総称で、基礎能力の上昇、スキルの獲得、特性の獲得、魔法の獲得、オートスキルの獲得、外見変化、種族変化、性別変化、装備品取得、特別報酬クエストの受注枠獲得、固有特性の獲得、その他など多岐に渡っています。例にあげた祝福以外にも、特殊な状況下で獲得できる効果の著しく高い祝福も存在しています。デスボーナスを獲得できる条件はデスカウントが2以上、すなわち、死亡後に復活する事ができる状態を所持している事です。また、獲得する祝福の内容は復活時にランダムで決定する為、予めその祝福の内容を把握する事はできません。ボーナスという名称ですが利点のあるモノだけでなく、効果は高いがステータスにマイナス補正がかかるもの、何かを犠牲にするが特大の効果を発揮するものなど様々です。また、この世界に於ける全ての・・・)
「また、その説明って聞けるんだよね?」
急に饒舌に語り始めた頭の『声』は延々とデスボーナスとやらの説明をし始めた。ある程度の説明を聞いて成る程と納得した俺は、説明途中の『声』を遮って話し掛ける。
(はい、可能です。なるべく理解して頂けるようにかみ砕いて説明する事を心がけます。)
「〈翻訳〉だっけ、マイナス補正とかかかるの?」
『声』が丁寧になり過ぎてさっきまでの淡々とした感じは何だったんだ、という気分を味わいながらも更に質問を続ける事にする。
(オートスキル〈翻訳〉:言葉そのままにこの世界に於ける言語、文字などを自動で変換して理解できるようになる。また会話の言語も自動で変換される。マイナス補正なし。スキルのランクアップに伴い、モンスターや一部の無機物の【声】も判別可能になり、古い言語なども理解できるようになる。ランクアップにはデスボーナスが必要である。尚、デスボーナスでのランクアップはランダムであるため再度獲得できるかは死亡後にしか判明しない。)
「じゃぁ、獲得で。」
(了解しました。)
淡い青色の光に包まれた俺は光が収まるとすかさず朽ちた躯の傍の走り書きに眼を通した。