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ワイルドウインド

終章。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

終章 ワイルドウインド

 ゲートから、金色の羽根を巻き込んだ風が、巨大な刃のように吹きだした。

外に残った仲間達は、その強風に顔を庇い目を閉じる。

床に両手をついて目を閉じていたシェラは、体に何かが降り積もるのを感じて目を開けた。その瞳に、金色の羽が辺りを埋め尽くすように降る様が映った

「リティル……?」

我を取り戻したシェラは、意識を集中してリティルの意識を捜した。が、どこにも見あたらない。

「嘘……リティル?」

現実を受け止められないシェラの目の前に、羽根が落ちてくる。シェラは色の失った瞳で、落ちてきた羽根を両手に受けた。

「必ず、帰ってくると言ったのに……」

シェラは羽根を胸に押し抱いて、唇を噛んだ。涙は出なかった。胸が軋む、心が壊れてしまいそうだ。

「これは、風の悪戯かね?」

座り込んでいたシェラの隣に、いつの間にかゾナが立っていた。彼の向ける視線を追い、シェラは顔を上げた。

「悪戯ではない。リティルの魔法だ」

魔法陣の描かれた大きな丸い壁の前に、インが立っていた。その後ろにビザマとサレナ、そしてドルガーが立っていた。

インが抱いているのは、リティルだった。ゾナは進み出ると、インから気を失ったリティルを受け取った。

「この赤子は?」

「闇の王の核だ。リティルが見つけて、助け出した」

眠るリティルは、しっかりと赤子を抱いていた。赤子は生きているらしい。

「我らはここで別れねばならない。リティルの霊力で、辛うじて存在を保っているにすぎないのだ。ゾナデアン、リティルを託そう」

「誰か、伝えるべきことはあるかい?」

インの後ろにいる者達は、皆穏やかな笑みを浮かべ、無言でゆっくりと首を横に振った。

「闇の王は消滅した。もう誰も、生き方を強要されることはない。自由に歩め。さらばだ」

インが片手を上げ太陽を見上げる。背後にいる者達も次々に手を上げ、空を見上げた。その姿が霧が晴れるように薄れて消えていく。

「父さん……」

意識のないリティルの声に、インは太陽から視線をリティルにゆっくりと合わせた。インの冷たく感情の無い瞳が、暖かく、優しく微笑み、頬を涙が伝う。

「もう、我は必要ないだろう?リティル……」

ゾナの腕の中で眠るリティルの目尻から、涙が一筋こぼれ落ちた。


 リティルの助け出した赤子は、ウルフ族だった。

片目が生まれながらになく、先天性のものであるためにシェラにもない右目を作ることはできなかった。それ以外に目立った障害はなく、楽園の大賢者に預けられることになった。名もなき子に、ゾナはスフィアという名を贈った。

 あれからリティルは眠り続けて目覚めなかった。

体も霊力も正常で、疲労や不調が目覚めない原因ではないようだった。

ゾナはカルティアをこれ以上離れているわけにはいかず、城に戻った。リティルも今、カルティアにいる。インからリティルを託されたのが、ゾナだったからだ。

シェードは一命を取り留めたリア王を助ける為に、クエイサラーに残った。

ニーナはスフィアが気になるようで、楽園へ戻っていった。

ステイルは影として、あちこちを飛び回っている。カルティアへ帰ってくると、ニーナやクエイサラーのことを話してくれた。

 ディコとシェラは、目覚めないリティルを見舞う毎日を送っていた。

「大丈夫だよ。リティルはあれだけの戦いをしたんだから、今気持ちの整理をしてるんだよ。インももう、いないし……」

インは、共に闘った魂達を導いてあちら側に行ってしまった。リティルにサヨナラを言ってからでもよかったのにと、ディコは少し薄情に思えてしまった。

「お姉ちゃん、キスしてみたら?」

「ディコったら。お伽噺みたいには、いかないわ」

ああ、これは試したのかな?とディコは思ったが言わなかった。シェラが、リティルを目覚めさせようと尽力していることは知っていた。しかし、体にも霊力にも原因がないためにお手上げ状態だったのだ。けれども、意識が帰ってくると信じるしかなかった。

月日は巡る。待つ者の心を、すり減らしながら。

 開け放たれた窓から、黄色いトパーズ色の光が眠るリティルの上に差した。

──ル、リティル、目覚めろ

今はもういない、ずっとそばにあった声が聞こえた気がした。

リティルの閉じていた瞼が揺れて、フッと瞳が開かれた。


 シェラは寝付かれず、リティルの所へ行こうとしていたところで、ディコに会った。ディコも寝付けなくて、リティルの所に行こうとしていたところだった。

「明日は、クエイサラーに行かないといけないね」

ディコが俯き気味に言った。

「ええ。わたし達が、行かないわけにはいかないわ。でも……リティルのそばにいたいわ。ディコも、そうなのね?」

「うん。明日は、目が覚めるかもしれないし、って思っちゃうんだ」

二人は憂鬱な面持ちで、リティルの部屋に入った。

窓辺に置かれたベッドに、合わせたかのように金色の光が落ちていた。今夜は満月で、明かり取りから夜でも強い光が入っていた。こんな日は街も魔法の光を消していた。

「リティル?いない……」

「そ……んな……」

シェラが立ち竦む。その体が小刻みに震えていた。精霊の死はとても儚い。肉体は精神の付属品にすぎないために、精神の消失とともに肉体も消え去ってしまうのだ。

「お姉ちゃん!違うよ!リティルはきっと起きて、それでどこかへ行ったんだよ!消滅なんてしてないよ、絶対に!ボク、ゾナを呼んでくる!お姉ちゃんは、リティルを捜して!」

ディコはバタバタと出て行った。残されたシェラは大きく息を吸い込むと、ベッドの脇にあるチェストの一番上の引き出しを開いた。そこには、シェラの贈ったリボンが、残されていた。リボンを胸に、見えない空を見上げる。

「リティル……そこにいるの?」

シェラは開け放たれた窓から空を目指して飛び立った。

 明かり取りからカルティア城下の外へ出たシェラを、砂漠を照らす大きな満月が迎えた。気配は近くなっていた。逸る気持ちが抑えられない。なぜこの背にあるのが蝶の羽根なのだろうかと、思わずにはいられなかった。

カルティア城下の卵型のドームの上に、強い気配があった。シェラは少し離れた場所に舞い降りた。こちらに背を向けて満月を見上げる背の低い人影。その背にはオオタカの、雄々しい金色の翼があった。

シェラが声をかけるよりも早く、彼は振り向いた。彼の瞳は、心なしか元気がなかった。が、シェラの姿をその瞳に映すと、驚きと喜びの入り交じった生き生きとした瞳が甦る。

「シェラ?シェラ!」

シェラは動けなかった。ぶつかってくるリティルを、シェラは初めて受け止めた。シェラの瞳に、リティルの中途半端に長い髪がふわりと広がるのが映った。

「リティル、勝手にいなくならないで!あなたが、消滅してしまったのかと思ったわ」

シェラはリティルを引き離すと、怒った瞳で僅かに見下ろした。リティルはいきなり怒られて目を丸くしていた。その表情が、なんだか子供っぽくて笑えてしまう。

「一年よ」

「へ?」

「一年、あなたは眠っていたの。わたし達が、どれだけ心配したのかあなたにわかる?」

「一年?ホントかよ。それは、インも起こしにくるよな」

「インが?」

「ああ、声が聞こえたんだ。起きろって言われた。別に、起きたくなくて、寝てたわけじゃねーんだぜ?」

「インは……もういないの?」

シェラは、インがもういないことを知っていた。闇の王を討って戻ってきたとき、インは、リティルに別れを告げて、みんなと逝ってしまった。その姿を、シェラは見送ったのだから。

寂しそうなシェラの様子に、リティルはムッとした。

「なんだよ?オレだけじゃ不満なのかよ?そんなこと言ってると、ここで襲うぜ?」

グッと両肩に体重をかけられて、シェラは押し倒されていた。

解かれたリティルの髪が、遅れて肩を滑り落ちる。満月を背に、影になった彼の顔。見下ろしてくる眼差しがとても大人びて見えた。くるくる変わるリティルの表情は、シェラの心を色々な方向へ動かし続ける。

 彼といると、上手く取り繕えない。

「ごめん、ふざけすぎた」

込み上げてきた暖かな想いに、シェラは泣いていた。リティルのいない一年間、心はどこにも動かなかった。笑うことはできても、泣くことはできなくなっていた。シェラが素直に泣けるようになったのは、リティルがいたからだ。きっとリティルは、微笑みの方がほしいだろう。けれども、涙が止まらない。渇いた心を潤すように雨が降る。熱く優しく染みこんで、シェラのすべてが潤される。

「違うの。嬉しくてたまらないの」

シェラは手を伸ばして、リティルの頬に触れた。フッと微笑んで、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。シェラはギュッと目を瞑った。その様子にリティルはシェラに気がつかれないように苦笑すると、軽く額にキスをした。

すると、シェラは期待を裏切られた顔で、瞳を瞬いた。あんなに緊張したくせに、期待してたんだと、リティルは吹きだしそうになった。

「続きはまた今度な」

意地悪に笑うリティルに、シェラの心はざわついて顔が熱を帯びた。期待していたことを見透かされて、子供扱いされたことが悔しく恥ずかしかった。

「狡い……」

「でも好きだろ?」

得意げにニヤリと笑うリティルを憎らしく思いながら、そういう彼が好きなのだと思って、冗談でも否定できない自分が悔しい。

「やっぱり、狡いわ」

シェラはだんだん可笑しくなってきて、花が咲いたように明るく微笑んだ。

「なあ、シェラ、リボンしらねーか?見つからなかったんだよ」

リティルは胡座をかいて座り直すと、ぞんざいに髪を束ねた。

「引き出しに入れておいたの。後ろを向いて」

シェラは、手の平に淡い白い光を灯らせると、櫛を作り出した。そして、リティルの金糸のような髪を梳る。そして、青い光を返す黒いリボンで髪を縛った。

「ありがとな。これじゃねーと落ち着かねーんだよ。シェラ、今更だけどな、ただいま」

「おかえりなさい、リティル」

背後からリティルに抱きついたシェラは、振り返っていた彼の唇に自ら唇を重ねた。


 翌朝、ゾナとエスタと共にリティル達はクエイサラーへ来ていた。なんでも、闇の王を滅したあの戦いを記念する式典が執り行われるらしい。

クエイサラー城は優美な装飾の施された城だ。白い壁には、漆喰細工で浮き彫り状に、様々な動植物が作られて、金メッキが施されていた。

クエイサラー王族のプライベートな区画には、風の王の化身である鷹や、王の両翼である孔雀と梟が壁に戯れ、羽根が散っている。

お伽噺の中のインが悪として描かれていることの理由を、今のリティルは彼に確かめなくとも知っていた。彼は、レルディードを犠牲にする選択しかできないことをよしとせず、おそらく物語を作っただろう初代・ディコに、悪として描くように頼んだのだろう。

しかし、ここクエイサラーの内装だけは、花の姫がすんなり風の王を信頼するようにという意図もあったのだろうが、レシエラはあえて王族だけの空間の装飾に、鳥達を選んだ。長い年月をかけ、鷹、孔雀、梟にどんな意味があるのかは、失われてしまったが。

「痛てー。ゾナの奴、杖で殴ることねーよな」

シェラと共にカルティア城へ戻ったリティルは、ディコの知らせを受けて待っていたゾナに、無言で頭を殴られた。その後は、お決まりの喧嘩コースへまっしぐらだった。

「それだけ、ゾナも心配してたってことだよ。起こしたときのゾナの顔、ボク、一生忘れないかも」

「どんな顔だったんだよ?うわ!もっと怖い奴のお出ましだぜ」

寄せ木細工の廊下の向こうから、ズンズンと大股に歩いてくる殺気の固まりがあった。

「兄様」

「おお、我が妹。悪いが今は、その後ろに隠れている鳥男に用がある」

リティルは、シェラの後ろに隠れていたがシェードに怖い顔で覗きこまれて、ヘラッと笑った。

「よ、よお、シェード。元気そうだな」

シェードは王子らしい出で立ちで、これが彼の本来の姿なのだなとリティルは思った。

「元気そう……?貴様!一年も目を覚まさないとはどういう了見だよもや妹を未亡人にするつもりか!」

シェードは早口で一気に捲し立てた。

「未亡人って……また、展開早えーな」

「問答無用と行きたい所だが、こっちへ来い!わたし直々に準備を手伝ってやる。ディコ殿、シェラを部屋までエスコトートしてやってほしい」

「うん、わかった。お兄ちゃん後でね」

ディコは大きく手を振って、意味の解っていないリティルを、引きずっていくシェードを見送った。

「お姉ちゃん、緊張してる?」

ディコは小さく笑ってすぐに真顔になったシェラを、心配そうに見上げた。

「少し。ねえ、ディコ、リティル……怒らないかしら?」

「嫌がって逃げちゃったり?」

「それならそれで、リティルらしいわ。でも……」

「いっそのこと、お姉ちゃんもやればいいんじゃないかな?」

「わ、わたしも?」

「それは、面白そうだねぇ。嘘から出た誠かい?」

「わらわも見てみたいのう」

シェラのかつての自室の前に、ステイルとニーナ、そしてフツノミタマまでもが待っていた。シェラは困った顔で俯いた。

「シェラ、わらわもきたぞよ」

フツノミタマは、シェラを可愛いと言って、会うといつも抱きついて頬ずりしてくる。リティルが目を覚まさない間、フツノミタマは赤子のスフィアと共にいた。闇の王の核だった赤子だ。何かあってはいけないと、ずっと守っていたのだ。

今日はフツノミタマも、普段のきわどい恰好ではなく、黄色いマーメイドラインのドレスに身を包んでいた。

「フツ、会えて嬉しいわ。これから、よろしくお願いします」

リティルの相棒であるフツノミタマは、この後シェラ達と一緒に、精霊の世界・イシュラースへ行くことになっていた。

「さあシェラ、主役が遅れてはいけないよ」

ステイルに促されて、シェラは部屋の中へ入って行った。部屋の外に、ニーナと入るわけにはいかないディコが残った。

「ニーナ、久しぶり。リティルに会ったら言いたいこと、まとまった?」

「うっ、まだじゃ。どうもごちゃ混ぜで、考えようとすればするほど、キーとなるのじゃ。それよりもディコ、そなた、楽園にはこぬのか?」

「え?うーん、どうしようかな?このままゾナの所にいても面白いし、楽園で勉強するのもいいなぁ」

「わらわは、スフィアが気になる故、楽園から動けぬ。じゃが、そなたに会えないのも寂しいのじゃ」

「ニーナ、誤解を招く言い回しになってるよ?」

「うん?何がじゃ?」

まったく自覚のないニーナの様子に、ディコは鎌をかけておいてよかったと思った。

「ちょっと、リティルの気持ちがわかったかも。ニーナ、ボク今はゾナのそばにいたいんだ。だから、ニーナに会いに行くね」

ディコとニーナは十一才になっていた。

 シェードの部屋に連れ込まれたリティルは、白いタキシードに着替えさせられていた。

この部屋の趣向は廊下と違い、壁は飴色に変わった杉材だった。部屋中に散りばめられた金箔装飾のモチーフは、小鳥たちと葡萄だった。

「この恰好は……聞かなくても、あれだよな?今日の式典って、それか?」

「あれだそれだと、意味がわからない。だが、わかっているのなら話は早い」

「早くねーよ。嫌だぜ?見世物になるなんてな」

「王族とは、見世物になる存在だ。貴殿は、そういう娘を娶ろうというのだ、観念しろ」

「そう言われてもな、クエイサラーは水の国だよな?風の王のオレが、水の精霊に愛を誓うわけにはいかねーんだよ」

リティルに群がっていた召使い達が退くと、シェードはリティルをしげしげと見つめて「なかなか似合うな」と感心したように言った。

「それならば、問題ない。父上が壇上に立つ」

動きにくい!とリティルは嫌がりながら「こんな恰好初めてだよ」と、鏡の中の自分を興味深そうに見ていた。

「リア王が?そういえば大丈夫だったか?」

リティルは、シェードを振り返った。シェードは、頷くと笑った。

「ゾナのおかげで、五体満足だ」

「そっか、よかったな。けどな、悪いけどパスだ!」

リティルは窓に走ると、逃げてしまった。そんなリティルにもシェードはまったく慌てず、フウと小さく溜息をついた。

「ゾナ、言われた通りにしたが、これでいいのか?さすがのリティルも、これは怒るのでは?」

じっと壁際に立っていたゾナに、シェードは視線を向けた。

「リア王たっての頼みなのでね。断るわけには、いかないのだよ」

「もっともらしいことを。貴殿は面白がっているだけだろう?」

指摘されたゾナは隠すつもりは更々ない様子で、笑いを堪えるように喉の奥で笑っていた。


 リティルは、城の中で一番水の魔力の濃いところを探していた。そこに、会いたい人物がいると思ったからだ。今のリティルには、魔力の気配がきちんと感じられていた。

「あそこか」

尖塔の多いクエイサラー城の一角に、温室だろうか、ガラス張りのかまぼこ形の建物があった。リティルは人がいないことを確認すると、サッと舞い降りた。

 中は、ムッとするような水の匂いに満ちていた。小川でも造られているのか水の流れる音がしている。

「誰か、いるのですか?」

知的で落ち着いた男の声がした。リア王の声だ。リティルは、捜していた人物を捜し当てたが、緊張していた。

「……」

リティルは返事をする代わりに、リア王の前に姿を現した。

リア王は、線の細い中年の男性だった。水路のそばの白い石の机の上に、魔導書を開いて読書しているところだった。

「あなたは、風の王ですか?畏まらないでください。あなたは風を統べる王だ、人間などに敬意は不要です。それに、子供達に影響を及ぼした、あなた自身に接してみたいのです」

こんな弱々しい外見の王が、シェラの奥底に呪いを仕込んだり、城と城下町を凍り付けにしたのかと、リティルは人は見かけによらないと思った。

「なら、お言葉に甘えて取り繕わねーよ。オレは、第十五代風の王・リティル。あれだけの魔法を使えるあんたなら、風の王がどういう存在か知ってるだろ?」

「ええ、知っていますよ。生き様を見守る、命の守り手。そして、短命であること。シェラにかけた封印を解いたのは、あなたでいいのですよね?」

リア王は、少し冷たい雰囲気を醸していた。快く思われていない?リティルはそんな気がした。

「自分の娘に、ああいうことするなよな。解かれるとき、可哀相だろ?シェラはとくに、ああいうことを知らなかったんだからな」

リティルに苦言を呈され、リア王は僅かに瞳を見開いた。意外だと思ったのだろう。

「事情があったとはいえ、シェラには余計な苦痛を与えてしまいました。しかし、あの封印が解けたということは、その頃にはすでに絆があったということ。あなたと娘には、何ら障害にはならなかったでしょう?」

探るような瞳を向けられ、さすがにこれにはリティルも怒りを覚えた。シェラを極力傷付けないように、頑張ったというのに。

解呪の禁じ手。インから提案を受けて、ごねて、外側からならやると言い張って、彼にも大いに呆れられた。綱渡りは承知の上だった。

「あいつに、今だって触ってねーよ!あんた結構、生々しいな。それで?オレにこんな恰好させて、みんなの前で誓えって?」

リア王にとって、その答えも意外だった。リティルはもうとっくに、シェラのすべてを手に入れていると思っていたのだ。

シェラの胸に揺れる狼の牙の首飾り、リティルの髪を縛る黒いリボン、この二つの魔導具の意味するところをリア王は知っていた。

「所詮はグロウタースの儀式、あなたの意にそぐわなければ、逃げていただいても結構ですよ?」

彼は触れていないと言ったがしかし、あの封印も解き、闇の王の欠片も取り除いている。そんなわけはないと、彼は嘘をついているとリア王は思った。

「逃げねーよ。ただ、クエイサラー式でいくと、いろいろ問題があるけどな。それより、シェラだよ。あいつ、よく承諾したな。何にもわかってないんだぜ?」

シェラは未だに恋人気分でいる。魂を分け合っている──とっくに夫婦だということにすら、未だに気がついている素振りはない。

「なぜ、魂を分け合ったときに、手順を踏まなかったのですか?」

ああ、オレがシェラに触ってねーって言ったこと、信じてねーな?と、リティルは思って苦笑した。まあ、信じられねーよな?と思った。

「首飾りを渡したのは、闇の王を浄化する前だ。オレの方の誓いのつもりだったんだよ。シェラはただ、オレを守りたくてリボンをくれただけだ。あの時のあいつに、そんなつもりはなかったんだ。そういうシェラの気持ちがわかってるのに、先になんか進めるわけねーだろ?」

え?と、リア王は瞳を見開いた。そりゃ驚くよな?と、リティルは思った。

「まさか、娘は事の重大さをわかっていないと言うのですか?あなたは、それでいいのですか?」

「わかっててリボンを贈り返したんなら、嫌でもそういう流れになるだろ?実際なってねーんだから、シェラは気がついてねーんだよ。それならそれで、構わないんだぜ?オレはシェラの物だ。あいつが、好きにすればいいんだよ」

事も無げにリティルは言ってのけて笑っていた。

「言いますね。甘やかしていると、体に毒ですよ?」

「それも含めてシェラだからな。オレの事を信用しすぎなんだよ、あいつは。これでも、一年間も待たせたこと、悪かったと思ってるよ。だからってわけでもねーけど、あなたに会いに来たんだ。リア王、あなたの娘をオレにください。必ず幸せにすると、約束します」

リティルは王の前に跪いて、頭を垂れた。リア王は、これにはとっさに立ち上がっていた。

リア王はリティルを侮っていた。王妃が命を賭けて守った愛娘を、運命だとかいう理由で、手の届かないところへ攫っていってしまうこの男が憎らしかった。

リティルが目覚めたことを知り、思いついた、ちょっとした悪戯だった。

しかし、リティルがまさか、挨拶にわざわざ訪れるとは思ってもみなかった。リア王は内心の動揺を押さえ込んで、慌てて取り繕った。

「それを言うためにここへ?見かけによらず、律儀なのですね。風の王、立って下さい、それはわたしがお願いすることです。どうか、娘をよろしくお願いします」

リティルの手を取った王の手は、女性のように華奢だった。そうして微笑んだその顔は、シェラによく似ていた。

「そろそろ、式典の時間ですね。一緒に行きますか?」

リア王の少し冷たかった雰囲気が、暖かくなっていることを、リティルは感じた。だが、なぜなのかはわからなかった。

「一緒にいるところを、あんまり見られねーほうがいいだろ?オレはあとで出るよ」

それではと微笑んで、リア王は温室を後にした。気に入られたどうかはまるでわからなかったが、一応の筋は通せただろう。

 リティルはその場に崩れるように座り込んだ。

「はあ……緊張した……ザックリした王様だったな。それで、シェードもシェラも気さくなのか?」

サクッと、芝生を踏む音がした。顔を上げたリティルは、何かに気がついてバツの悪そうな顔で大きな溜息をついた。

「リア王だな?」

疲れた顔で上目遣いにシェラを睨んだ。シェラは困った顔で微笑みながら、リティルの前に両膝を折った。彼女は、淡い水色のドレスを着ていた。とても、花嫁のドレスには見えなかった。リティルはからかわれたのだ。

「ごめんなさい。でも、リティル、とても、格好いいわ」

そう言ってシェラは真っ赤な顔でフイッと顔を背けた。

「言ってろよ!さすがに、恥ずかしかったんだぜ?やってられねーよ」

リティルは、立てた片膝に顔を埋めた。

「ごめんなさい……あの、リティル……?」

「なんだよ?」

「……本当にしてみますか?」

「はあ?」

「わたしのドレス姿、見たく、ないですか?」

シェラは緊張気味に、リティルを伺っていた。呆気にとられたリティルの瞳が、見る間に鋭くなる。

「オレに抱かれる覚悟もねーくせに、そんなこと、軽々しく言ってるんじゃねーよ!」

怒りにまかせて叫んだリティルはハッと我に返った。シェラはとても驚いた顔で、リティルのことを見つめていた。

「……怒鳴ってごめん……頭冷やしてくる」

去っていくリティルをシェラは追えなかった。

 シェラはギュッと自分の身を抱いた。どうしよう。リティルを怒らせてしまった。けれども、なぜそんなに怒ったのか、シェラは理解できていなかった。

リティルを追いたかったが、記念式典を欠席するわけにはいかず、シェラは聖堂──元闇の王の寝所へ向かうしかなかった。

リティルが、記念式典に姿を現すことはなかった。


 リア王は、城門のある廊下から外の広場を見下ろしていた。城門前広場は、クエイサラーの城下町が一望でき都人の憩いの場所の一つだった。

その広場に立つ彼は、ボンヤリ光り輝いて見えた。

「リア王、うちのリティルが失礼した」

そんなリア王に並んだのは、ゾナだった。

「いいえ。わたしの悪ふざけが思わぬ事態を引き起こしてしまったようで、申し訳ない。リティル王が、あそこまでシェラのことを大事にしてくれているとは、思っていなかったのです」

ゾナは小さく笑った。

「父親とは、そういうものなのかね?オレは人間ではないから、理解できない部分も多いのだよ」

「どうでしょう?わたしも、こんな矮小な自分がいることを、初めて知りました。王妃がわたしのもとへ来てくれたように、娘も誰かのもとへ行くことを理解していたのに惜しいと思ってしまったのです。しかも、その相手が、当たり前のように手に入れる事が、許しがたく」

そっと拳を握るリア王の姿に、シェードとの血縁を感じずにはいられない。

「断っておくが、リティルは当たり前のように手に入れたのではないのだよ。むしろ、奔放な姫に振り回されていると思うがね」

「申し訳ない。シェラにはもう少し教育しておくべきでした。先ほど、叱ってきました。まさか、あんな軽率なことを言って、リティル王を怒らせていたとは……」

「必死さは認めるがね。それがなければ、捕まえられはしなかったよ。リティルは、そういう男なのでね。そして姫も、諦めはしないのだよ」

ゾナはフッと笑うと、リア王のそばを離れた。リア王はゾナから視線をリティルに戻し、彼の言葉の意味を知った。

「アクア……そうか……それならば、わたしの出る幕ではないですね」

城門を抜けて、シェラが彼の下へ走るのを見てリア王は寂しそうに微笑んだ。

 共闘関係にあったビザマから、そろそろ仕掛けると言われ、リア王は、シェラの中に封印をかけることを思い付いた。

それは、シェラの未来の夫である、風の王・リティルを、助けるためのモノになるはずだった。そのために、精神の奥深くに潜ませ、禁じ手を使わねば解けないようにした。

封印があれば、花の姫の力を手に入れても、完全には精霊になれない。闇の王に見つかる時間が稼げる。そして、禁じ手を使って解けば、風の王の助けにもなる。

リティルという人物を、リア王は知らない。だが、ビザマがあんなに守ろうと、シェラの相手には、彼しかいないと躍起になっていた。あのビザマに、そんなに想われているリティルになら、喜んで娘を嫁がせられる。そう思った。

 だが、いざその時を前にすると、リティルを憎らしく思ってしまった。リティルの心に、波風立ててやるだけのつもりだった。

なのに、意図通り勘違いしたリティルは、なんと、結婚の許しをもらいに来た。驚いた。

しかし、もっと驚いたのは、彼が、シェラに触れずに、あの戒めを解いていた事実だった。

 ビザマは念のためにと、闇の王に殺された王妃から得た、闇の王の欠片をリティルに与えていた。そこまでするか?と思ったが、それも、禁じ手を使えば簡単に無力化できる。二人の絆が育てば、何ら障害にはならないはずだった。

だが、リティルは、シェラを守る方を選んでしまった。

解呪の禁じ手。そして、精霊が相手の霊力を得る儀式・霊力の交換。それは、意味こそ違えど、手順は同じだった。

絆を繋いだ者同士、交わればいいのだ。愛し合う者同士、何ら障害にはならない方法のはずだった。

それで、シェラの戒めは解け、リティルに送り込まれる花の姫の霊力が、闇の王の欠片を浄化し、体内に留まる。体内に留まった花の姫の霊力が、闇の王との決戦時、内側からもリティルを守ってくれる。まさに、一石二鳥だったのだ。その力を得る、後押しをしたつもりだった。

 リア王は、すでに婚姻を結んでいる二人は、その方法を使ったと思っていた。それをしなかったばかりか、リティルは更に衝撃的なことを言い出した。

精霊の婚姻を結んでいることを、シェラが気がついていない。と。それでいいと笑うリティルに、呆れた。

無限の癒やしを持つ花の姫を手に入れたのに、彼女が初心だからという理由で、受けられる恩恵を受けずに、闇の王に挑んでしまったリティルが、シェラを本気で愛してくれているのだということを、リア王は知ったのだった。ただ同時に、娘を未亡人にする気か!と怒りも湧いた。本当に、勝ち残ってくれてよかったと、心から思う。

――アクア、幸せに……

リア王は、そっと窓辺を離れた。


 宵闇が支配するクエイサラーの城下町は、淡い蒼い色の魔法の光に照らされていた。高台にある城から見下ろすと、街は水の底に沈んでいるように見えた。

とっくにいつもの服に着替えたリティルは、ぼんやり都を見ていた。シェラを置いてイシュラースへ帰るわけにもいかず、かといって今シェラに逢いたくなかった。けれども、リティルを見つけるのは、いつもシェラなのだ。

「何か用かよ?」

頬杖をついて、街を見下ろすリティルは、背後に立ったシェラを見なかった。

「リティル、怒っていますよね?」

「もう怒ってねーよ」

「こっちを向いて」

「嫌だ。絶賛、自己嫌悪中だ。放っておいてくれよ」

「……ごめんなさい……こっちを向いて……」

リティルの背中に、シェラは寄り添って頭をコツンとぶつけた。その感触に、リティルは溜息をついた。

「ホントに、怒ってねーんだよ。あんなこと言ったあとじゃ、君の顔、まともに見られないだろ?」

「リティルには、何でもないことなのだと、思っていたわ」

「何がだよ?リボンをくれたとき、魂を分け合うことになるって言わなかったことか?」

「そのことは……わたしが無知でごめんなさい……。そうではなくて、わたしに……触れないから……」

「そんな機会、なかっただろ?式典、欠席して悪かったな。肩身、狭くなかったか?」

「いいえ。あなたを怒らせてしまったことを、父とゾナには伝えてあったの。滞りなく、進んだわ。早くあなたを捜したかったのだけれど、今まで父に叱られていて……」

シェラの話を聞いて、リティルが式典に出てこないことをゾナは察しただろう。また彼には迷惑をかけてしまった。あとできっちり謝らなければな、とリティルは頭が痛かった。

「なあ、シェラ、ホントにオレと一緒に行くのか?」

シェラは信じられない言葉を聞いたと、顔を上げた。しかしリティルは未だ、背を向けたままだった。

「風の領域は、ルセーユみてーなところなんだ。風の城には、召使いは確かにいるけど、まともに話せるようなそんな存在じゃない。フツや鳥達が居たって、ほぼ、オレと二人っきりなんだぜ?」

リティルは一度言葉を切って、シェラの反応を待った。

「君が望むなら、レシエラみてーに人間としてここで一生を終えた後、イシュラースへ来るっていう手もある。行き先は風の城じゃなくても、神樹だっていいんだ。風の王は、それを叶えることができるんだぜ?」

「あなたは、一人でいいの?」

「しばらくは、一人だって感じられねーかもな。今も、インサーとインスが飛び回ってるから何とかなってるんだ。イシュラースに戻ったら、雑用がてんこ盛りだぜ。だから、当分双子の風鳥にも来られねーよ」

永遠に近い命を持つ精霊のいう当分は、途方もない時間を差しているかもしれなかった。それこそ、人間の一生が終わってしまうほどに。

「今日一日、クエイサラーを見てきたんだ。君はみんなに好かれてるんだな。オレが寝てる間に、誰がどんなことを触れ回ったのか知らねーけど、みんなオレにも友好的だったぜ?中には、花の姫を連れていくなって言ってくる子供もいたりしてな。そんな君を、奪っていいのかなって思ったんだ。穏やかで、いい国だよな」

「リティルはいいの?人間としてこの国に残れば、姫であるわたしは……誰かのモノにならなくてはならなくなるわ。心があっても、なくても、そんなことは関係ないのよ?」

「問題はそれだよな。オレは、そこまで寛大じゃねーよ」

リティルはシェラにやっと向き直った。シェラは泣いてはいなかったが、血の気の引いた顔をしていた。シェラに現実を伝えておきたくて話をしたが、ちょっと虐めすぎたなとリティルは心の中で謝った。

「花の姫、オレは君から奪うだけで、何も与えてやれねーかもしれない。それでも、誰よりも君が好きだ。君を手放すなんて、考えられねーよ。シェラ・アクアマリン姫、永遠の時間を、オレと一緒に生きてくれねーか?」

突然のプロポーズに、思考がついていかない。散々混乱させておいて、最後にこれなんて、リティルは何がしたいのだろうか。突き放されても怒られても、リティルの心がシェラに向いている限り、どこまでも追いかけてしまうと断言できる。我ながら、しつこくて恐ろしいとは思うが止められない。

「ずっと前から、わたしの答えは決まっているわ。風の王、あなたと生きます。あなたの傍らで、あなたのすべてを守ってみせます」

なぜ彼女は、こんな揺るがない瞳でいられるのだろうか。敵わないなと、思った。たぶん、ずっと敵わない。

「やっと捕まえたわ。リティル……」

シェラはリティルを抱きしめて、そっと目を閉じた。

「オレ、捕まったのか?それじゃ、しょうがねーな」

リティルの笑う声を耳元で聞きながら、シェラはやっと安心したのだった。


 それから二年後の今日。

風の王と花の姫は、再びクエイサラーに舞い降りた。

クエイサラーで続く、花の姫と風の王の英雄祭を見物するためだった。

そして、かつての仲間達にある報告もしたかった。

ディコは今、楽園で暮らしている。背もあれからかなり伸びて、リティルを追い抜いて見下ろすほどになっていた。

ニーナはあまり背は伸びていないが、サレナに似て美しく快活に成長していた。

ステイルは影に属してはいるが、最近シェードと噂が立つほど仲がいいようだ。

ゾナは役目を終え、今は楽園の図書室の奥深くに、自らを封印し眠りについた。

スフィアは、すくすくと成長し、三才となっていた。リティルはたまに顔を出し、スフィアには風のおじちゃんと言われて慕われるまでになっていた。

「リティル、シェラ!」

クエイサラー城の中庭に舞い降りた風の王夫妻を、シェードは出迎えた。

バラの花が盛りで、中庭は芳醇な香に包まれていた。

「シェード!来てやったぜ?」

「元気そうで何よりだ。よく出てこられたな。風の鳥達にはよく会うが、王は多忙だと聞いていたが」

「今日のために徹夜したんだよ。式典がつまらなかったら寝るぜ?」

「ハハハ、貴殿が自由なのは皆が知っている。途中で抜けても誰も咎めない」

「みんなは、もう?」

「ああ、我が妹、皆待っているよ。首を長くしてな」

シェードはシェラ達を促して、扉を抜けた。

 玄関ホールには、懐かしい面々が待っていた。

皆は、わっとリティルを取り囲んで再会を喜び合った。

「ねえねえ、早く紹介してよ」

体格もよくなり知的に優しく成長したディコが、ウズウズした様子でリティルに催促した。

「急かすなよ。ちゃんと紹介してやるからさ」

リティルはシェラを振り返った。

シェラの足に隠れるようにして、小さな人影が見え隠れしていた。

シェラは小さく声をかけた。

ひょこりと、母親の背に隠れていた男の子が、前へ進み出てリティルに並んだ。

彼の姿を見た皆が、ざわめいた。

「オレの息子のインファルシアだ。インファって呼んでやってくれよ。ちっちゃくても、雷帝なんだぜ?」

幼い故に、瞳はまだ大きめだったが、彼の姿は先代の風の王・インと似ていた。

精霊は交わりで生まれることは殆どないが、稀にそうやって生まれる者がいた。そういう生まれの者は、十二才でその力に相応しい姿になる。インファはまだ人で言うなら生まれたばかりだが、すでに容姿は三、四才だった。髪を肩まで伸ばしているために、一瞬少女と間違えそうなほど整った顔立ちをしていた。

「オレは、先代の風の王に似ていますか?」

そう言われ続けているのか、インファは困った顔で俯いてしまった。ディコは、絶対的な威圧感と王の威厳があったインが、こんなに幼く、こんなに素直になったようで、可愛く思えてしまっていた。しかし、彼はインではないのだ。インに似ていることで、呆気なく去ってしまった彼を懐かしんでしまったことを、大人げなかったなと思った。けれども、とディコは思った。インファの纏う雰囲気は、リティルによく似ている。

「容姿は似てるけど……霊力の形は、リティルに似てるね」

「本当ですか?オレは、父さんに似てますか?」

ディコの言葉に、インファは瞳を輝かせた。

「当たり前だろ?オレの息子なんだからな。けどな、インに似てても、不思議はねーんだぜ?インはオレの父さんなんだからな」

リティルはインファの前に膝を折ると、幼い息子の瞳に笑いかけた。

幼いリティルに、インはずっと寄り添ってくれた。今度はリティルがそうする番だ。

「インは、強くて格好良かったんだぜ?その王に似てるって言われてるんだ、インファ、胸張ってくれよな」

インが言っていたように、イシュラースへ戻ったリティルは、彼の悪行とも言える行いの数々を聞いた。インを知っているリティルには、それがインの冷たい眼差しと性格のせいで、誤解があるのだと理解できた。それらを否定して回ることはなかったが、まったく気にならなかった。しかし、それはインに容姿がよく似ているインファの耳にも入ってしまう。そのことは、まだ幼く未熟なインファにとって辛いことだった。

「インファ、インのことを話してやろう。皆の思い出の中にいる、大事な友人のことだ」

シェードがインファに笑いかけた。

「そうじゃ。ついでに、そなたの両親のことも話してやるぞよ!」

ニーナは楽しそうに、意地悪な笑みを浮かべていた。

「おいおい、ほどほどにしろよな。まだ、インファに格好いい父さんって、思われてたいんだぜ?」

「それ、インファの前で言っちゃったらダメなんじゃない?」

そう、ディコに苦笑された。

「いいじゃないか、リティルらしくて。インファ、こっちへおいで。お姉さんが、いろいろ教えてやろうじゃないか」

ステイルが、インファに手を差し出した。

「ステイル、お手柔らかに」

風の王夫妻の友人達は、インの生まれ変わりのような容姿のインファを優しく囲み、数々の思い出を語った。

そんな皆の様子を見て、リティルは嬉しそうに笑っていた。


ほら、誰もおまえを悪く言わねーだろ?オレ達は知ってるんだ。おまえがどれだけ偉大な王だったのか。どれだけ、優しかったのかを。おまえが導いてくれなかったら、オレは今ここにはいないんだぜ?父さん……ありがとな。だけど、父さん、オレは未だにおまえを捜してしまうんだ。ダメな息子だよな……


「父さん!式典が始まりますよ」

瞳を閉じていたリティルは、インファの声で瞳を開いた。楽しそうに笑うインファの瞳が曇らないように、守ってやりたい。風の一族はいつだって過酷な状況に置かれてしまう。シェラに命が宿ったとき、喜びと、恐れがあった。生まれてくる子供達がどんな傷を負うのか、それを思うと逃げ出したくなった。オレがインのような王だったならと、思いもした。しかし、インに認められた、リティルという自分も信じたかった。

「今行くぜ!」

リティルがかつてインを追いかけたように、信頼し背中を追いかけてくる息子のためにも、強くあらねばならない。

後に烈風鳥王と呼ばれる、第十五代風の王・リティル。

精霊史上最後の風の王は、歩き始めた。

これにて、ワイルドウインドは完結です。

そして、ワイルドウインド2へ続きます。

お読みいただき、ありがとうございました。

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