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9.追われる旅人

 諦めて、歌いたいだけ歌わせながら、森の中の道を歩いてゆく。


 今は、どの辺りだろう?


 もう、森の中間地点くらいまでは、辿り着いたと思っているんだけれど。


 森は静かだった。少し前まで騒いでいた鳥のさえずりも聞こえないし、いつの間にか風も止んでいた。


 コールの声さえなければ、怖いくらいの静寂に襲われていたかもしれない。


 そんな中。


 ふと、遠くで物音がした。


「ん? 何だ?」


 風が木々を揺らし、葉を擦る音とは、また違う。


 何かがものすごい勢いで、地面を駆っている。そんな音だ。


「コール、静かに! 隠れるんだ!」


 僕は本能のままにコールの手を引き、深い茂みへ隠れた。コールも驚いて歌うのをやめ、ギルバートは僕の後頭部にしがみついた。


 身を隠しながら、そっと音のした方角を覗き見る。


 木々と木々の間を抜けながら、誰かが走ってくる。


 姿が見えた。


 黒い服で身を固めた、男だろうか。


 若そうだ。背はすらりと高いけど、きっと年は僕と同じか、少し上くらい。


 男はしきりに後ろを気にしながら、走っていた。


 それは、後ろから彼を追うものがいるという証拠でもあった。


 彼の走ってきた道をたどるように、もう一つの陰が姿を現す。


 ものすごい速さ、ものすごい勢い。


 駆けると言うより突進してきたのは、赤い服に身を包んだ女だった。


 長い黒髪を振り乱しながら、長剣を振り回して、黒服の男を追いかけている。


「逃げても無駄だ! 止まれ!」


 女が怒鳴った。低いどすの利いた、おおよそ女とは思えない声だった。


 その威圧感は並大抵のものではない。遠目に見ているだけなのに、背筋が凍りそうだった。


 黒い服の男も、ただ逃げているわけではなかった。


 時折、振り返っては、両手に持ったナイフみたいな投擲武器を投げて、応戦している。女は飛んできた武器を剣で弾いたり、避けたりして身を守る。


 あの化け物じみた女もすごいが、それと対等に戦っている男もすごい。


 しかし、あの二人は何だって、こんな森の中で戦っているのだろうか。


 こういう場面に遭遇したとき、人は自然とどちらが善で、どちらが悪なのかと考えてしまうという。


 僕も例外ではなかった。


 二人の戦いを陰ながらに見つめ、無意識にずっと考えていた。


 普通に考えてみれば、追っているほうが善で、逃げているほうが悪である気がする。


 だが、僕にはあの黒い服の男が、そんな悪人には見えなかった。


 むしろ逆に、赤い服の女が、なにやら恐ろしい邪気を放っている感じがした。とにかく、迫力があって、怖い。


「くっ……」


 黒服の男が追い付かれ、立場が悪くなっていた。


 どうしよう、助けるべきか。


 迷う。


 こんなところで、見知らぬいさかいに巻き込まれるのは賢明とはいえない。今は僕一人じゃなく、コールだっているんだし、危険な目に晒しては駄目だ。


 でも、どうしてだろう。


 彼を助けたいと、強く思っている自分に気が付いた。


 ふと、男と目があった。


 その瞬間、僕の身体は動きだしていた。


 僕は側にあった木によじ登る。


 その木には、丈夫な蔓が巻き付いていた。


 それを引き剥がすと、木に結びつけた長いロープみたいになった。


 男は僕の存在に気付いていた。女の攻撃をかわしつつ、僕にも注意を向けてくる。


 急に、男は強張った様子で足を止めた。すぐ先は崖になっていて、一歩でも後ずされば落ちてしまう。


 その情勢を好機と取り、女は渾身の一撃を繰り出した。


 だが、それが僕の狙いだった。


「伏せろ!」


 僕は叫んだ。


 直後、男はその通りに身体を屈め、女は驚いて動きを止める。


 その女の背中めがけて、ロープを掴んだ僕は、一気に飛んだ。


「やああっ!」


 足を思いっきり延ばし、女の背中を蹴りつける!


「なっ!」


 不意をつかれた女は、そのまま前のめりに吹き飛び、男の上を飛び越えて、崖下へと落ちていった。


「やった! うわっ!」


 喜んだのも束の間、蔓が蹴りを入れた衝撃と僕の重さで切れ、僕は男の目の前に落ちた。


「いてて……」


「ディースたん!」


 コールとギルバートが慌てて駆けてくる。


「痛くないですか? 痛くないですか?」


「うん、大丈夫だよ。痛くない」


 ちょっと、やせ我慢だった。


 心配そうな顔を覗き込ませてくるコールを宥め、僕は黒い男に目を向けた。


 目の前でよく見ると、男とは思えないくらい綺麗な顔だった。色も白くて、茶色い髪も、瞳にも美しい光沢が見て取れる。


「あ、あの……」


 いざ、突っ込んできたものの、この後はどうするか全く考えていなかったので、困った。


 勢いで助けてみたものの、こいつが僕たちに危害を加えない確証なんて、ないのに。


 でも、それは僕の取り越し苦労だったみたいだ。


 男はしばらく唖然とした顔をしていたが、すぐに温和な笑みを浮かべた。


「君のお陰で助かったよ、ありがとう」


 高くも低くもない、中性的な声が、耳を心地よく撫でる。


「え、あ、いや。ははは……」


 僕は、笑い返すしかなかった。


 なんだか、無性に照れる。


 人に、こんな風に感謝されるなんて。人のために、こんなに一生懸命になるなんて、初めてだ。


 とても新鮮で、達成感に溢れていて、気持ちが高揚した。


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