6.ギフトの試練
家に戻って食事を済ませた頃には、陽もとっぷり暮れていた。
自分の部屋に戻り、僕は荷造りに取りかかった。
ギフトとして働き始めれば、自分の身は自分で守らなくちゃいけない。
ジョーカーと遭遇したとしても、どっしり構えて戦うなんて芸当は、今の僕にはできないだろう。
逃げつつ、相手の動きを交わしつつ、知恵を絞って奇襲をかけるとか、そういった方法しか思いつかない。
だから、できるだけ装備は身軽にしておかなくてはいけない。
荷物も、極力少なくだ。
とりあえず、当面は金だろうか。
任務にどのくらい時間がかかるかは分からない。服とか食料とかは、適宜適宜に調達すれば問題ないだろう。
今までに特に、お金を払ってまで欲しいと思ったものがなかった僕の懐は、意外と温かい。お小遣いなんて、今までほとんど使ったことがないし。
自分のお金を使って、ものを買ったことなんて、数えるほどだ。
振っても音もしないほど中身の詰まった貯金箱を、リュックに入れる。それだけ詰めると、他は特に何も要らないような気がした。
それでも、と思いだし、この辺りの地図とか、コンパスとか、簡易なナイフ、携帯食料などを、家中からかき集めてリュックに詰めた。
そして最後に、僕は机の引き出しを開けた。
一番奥に押し込まれていた、小さな包み紙を取り出して、開く。
中に入っていたのは、小さな髪飾り。
虹色の光沢を持つ、羽ばたく鳥の横姿を形どった、綺麗な髪飾りだった。
もちろん、僕がつけるわけではない。姉さんにプレゼント、もしない。
数年前、僕が初めて小遣いを貯めて買ったものだ。
これからやってくると思っていた、ファーメリーにあげるために。
あの頃は、いや、数時間前までは、それが当然だったんだ。
ファーメリーが自分のところへやってくることも、このプレゼントをあげれば、喜んでくれただろうことも。
何もかも、二度とあり得ない夢物語になってしまったけど。
髪飾りを再び包み直し、リュックの角に大事に入れた。
もう、ファーメリーはいないけど、ファーメリーに頼らずにやっていかなきゃいけないけど。
少しでも、勇気をくれるんじゃないかと思ったから、一緒に居られる気がしたから。
この贈り物も、一緒に連れていくことにした。
僕の荷造りは、おおかた完了した。
ふと横を見ると、ギルバートも何やら、せっせと荷造りをしている。
こいつも、従ついてくるつもりなのだろうか。
まあ、それがこいつの仕事なのだし。僕を見守るために、こいつは人間の国に留まっているのだから。
別に従いてくるなとは言わない。
でも僕は、こいつの力は絶対に借りない。
借りるほど、力があるようにも思えないんだけどな、この酔っぱらいには。
従いてきたかったら、勝手にすればいいさ。それくらいの気持ちでいることにした。
ギルバートも、自分なりに必要と思うものを、古くさい形の小さなトランクに詰めている。
酒とか、酒とか、酒とか……。
「つーか、お前は酒しか持っていかんのか!」
「ケケケケ」
僕が思わず突っ込むと、ギルバートは奇妙でかつ、楽しそうに笑った。
こいつの笑い方は、もはや妖精ではなく妖怪の域に達している。何とも不気味だ。
「ったく、いったい何をしに行くんだよ……」
僕が呆れていても気にする様子もなく、ギルバートは黙々と酒を詰めるのだった。
* * *
翌朝。
僕は準備を整えて、一階の事務室へと足を踏み入れた。
姉さんは既に奥のデスクに座って、待っていた。
「おはようございます、ディース」
「おはよう、姉さん」
いつも通りの朝の挨拶。
しかし空気は張りつめていて、全然いつも通りには思えなかった。
僕は部屋を横切り、姉さんの目の前へ。
姉さんは横目で、隣にいたソフィアに指示を送った。ソフィアは頷いて、側に置いてあった鳥籠を運んできた。
「それでは、さっそくあなたに、お仕事を頼みます」
そう言って、姉さんはその鳥籠を目の前に置かせた。
「これは、ファーメリー……?」
捕まって、籠の中に押し込められ、座り込んで俯いている、女の子のファーメリー。
「このファーメリーは、隣村に住む、ある女の子のパートナーなのですが、数日前に大喧嘩をしたらしく、家を飛び出して、行方不明になっていたのです」
「喧嘩ね……。喧嘩するんだ、人間とファーメリーって」
人間とファーメリーっていうのは、仲がいいものじゃないのだろうか?
ファーメリーと喧嘩するなんて、僕には想像もつかない。
「そりゃ、どっちも知恵のある生き物同士。時には意見の食い違いだって、あるでしょうよ」
ソフィアが言った。僕は「なるほど」と納得した。
僕だったら、絶対に仲違いなんて、しなかっただろうけどな。
とか考えながら、姉さんの言葉の続きを待つ。
「近隣の村々に捜索願いが出されていまして、この村のギフトによって、何とかファーメリーを見つけられたのです。そして任務完了の報告に行ったのですが……」
姉さんは言葉を濁す。ちょっと困った表情だ。続きは、ソフィアが代弁した。
「そのパートナーの女の子も、家を飛び出したっきり、まだ見つからないんですってよ」
「どっちも家出したの?」
僕は少し呆れた。
いったい、どんな喧嘩をしたら、そこまで大騒ぎになるんだろう。
「行方が分からなくなってから、もうかなり経つそうです。ファーメリーも連れていませんから、ジョーカーに襲われてしまう危険も。そこであなたには、その女の子の捜索をお願いしたいのです」
迷子探し。初めての任務としては上々の仕事だ。僕は大きく頷いた。
「わかった。で、その子の名前は? あと、特徴とか」
人探しは、簡単そうに見えて、以外と難しい。
相手の行動パターンが分からなければ、見当違いな場所を探して労力を無駄遣いする可能性もあるし、根気や観察力が必要だ。
それでも難易度は、いかに情報を集められるかで変わってくる。
頭を使った作業なら、僕もそれなりに自信があった。
手がかりを多く集めて範囲を絞りながら探せば、そう大変なものじゃないはず。
と、思っていたのだが。
「その辺りは、私たちは詳しくは聞いていないのですよ」
姉さんは首を横に振った。
僕は唖然とする。
「知らない女の子を、情報もなく、どうやって探すの?」
「人探しは、一人より二人のほうが効率がいいでしょう。あなたには、ダイア村のギフトの方と一緒に、捜索に当たってもらいます。詳しい指示は、すべてその方から受けてください」
ああ、そう言うことか。
確かに、どんな仕事でもするとは言った。
でも、一つの仕事を、僕一人に全て任せてもらえるのだとばかり思っていたのだ。
その言葉を聞いたときの脱力感は、結構大きかった。
「そんな不満そうな顔をしないで。あなたが自分の力で頑張ろうとする意気込みは、よく分かっています。でも、いきなり一人では、何が起こるか分からないし、荷が重いでしょう。少しずつ、自信をつけていってもらいたいの」
僕の複雑な表情から、意図を察したらしく、姉さんはそう告げた。
姉さんの言いたいことは分かる。きっと、これは僕の単なる我儘だ。最初から、一人で何でもできるわけがない。まずは功績を積んで、信用されるように努力しないと。
そう言い聞かせて、僕は何とか、やる気を振り絞った。
「……分かった。じゃあ、まずは隣村に行けばいいんだね」
姉さんは頷いて、
「ダイア村に行くには、途中、小さな森を抜けなくてはいけません。その森の出入り口で、ギフトの方と落ち合う算段になっています。強く厳しく、頼りになる方ですから、ギフトの仕事をよく教えてもらっていらっしゃい」
「了解」
僕は頷き返し、部屋を後にした。
ギルバートと二人、村の門をくぐる。
村の外へ足を踏み出し、息を整える。
門の前で、姉さんとソフィアが見送ってくれた。
「きをつけてねー」
「しっかりやるんですよ、ディース!」
「ウケケケ」
ギルバートが笑い返し、手を振っていた。
僕は歩き出す。
一人で前へ進むための、記念すべき第一歩だ。




