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20.再会の真実

 僕とコールは、歩きだした。


 宛があるわけではないが、今は少しでも遠くへ行くべきだ。


 できれば、コールをジョーカーの影から解放する。


 そんな方法を、見つけたい。


 そう考えながら、とりあえず歩みを進めてゆくと、目の前に人の気配を感じた。


 ふと前方を注視すると、木の陰に重なる、誰かの人影が見える。


 相手は必死に身を隠しているようだったが、動揺しているのか、うまく気配をコントロールできていない。


「ジーン、か?」


 僕は直感的に、その人影に声をかけていた。


 この森の中で身を隠そうとしている人間が、他に思いつかなかったのだ。


 人影は飛び上がるかのように大きく体を震わせ、素早く首を後ろへ向けた。


「ディース……」


 やっぱり、ジーンだった。


 僕はジーンに駆け寄る。


 ジーンは、自分の身体を抱きしめるようにして、膝を折っていた。黒い服だからよく見えないが、その布地には血がしみこんで、どす黒さが増している。


 よく見れば、首筋や腕なども、傷だらけで白い肌が見る影もない。


「酷い怪我だ! 大丈夫?」


 僕はジーンに触れようとした。傷口をよく見ようと、襟元を掴んでシャツのボタンを外そうとした。


 しかし、その手は弾かれた。ジーンは怯えるような表情で、僕から逃れるように身体をよじらせる。


「だ、大丈夫。見た目ほど、酷いものじゃないから」


 そして、動揺を見繕みつくろうように、笑ってみせるのだった。


「身体、見られるのが嫌?」


 僕はふと、罪悪感をもって手を引いた。


「そうだよね、女の子だもんね……」


 呟くと、ジーンの白い頬が紅潮した。


 少し、動揺した。


 目の前のジーンと、記憶の中のジーンが重ならない。


 昨日のジーンは、強くて自信に溢れた、かっこいい僕の憧れの青年だった。


 なのに、今のジーンは、たどたどしくて、小さくなって震えている、ひ弱な女の子だ。


 これがきっと、ジーンの本当の姿なのだろう。


「――ミーシャに、会ったんだね」


 ジーンは尋ねてきた。彼女の正体を知っているということは、それしか考えられなかったのだろう。


 僕は頷いた。


「いろんな人に会ったよ。ダイア村の臆病な人たち、君のお母さん、ミーシャ、それに、ジーンやコール」


 初めて村を出て、多くの人たちに出会った。


 どれもこれも新鮮で、初めての出会いばかりだった。


「コールは、行方不明の女の子じゃなかった。君は最初から、それを知っていたんだよね」


 その子は、本当はジーンだった訳なんだから。


 僕はジーンを見つめた。ジーンは俯いた。


「だったら、コールはいったい、どこの誰だと思っていた?」


「……?」


 僕の問いかけに、ジーンは再び顔を上げて、首を傾げる。


 質問の意味を、計りかねているようだ。


「コールは、ジョーカーだと蔑さげすまれて、ダイア村から追い出されたよ」


 ジーンは驚いた顔を向ける。視線が僕からはずれた。その目で、僕の背後のコールを見たようだった。


「コールは、ジョーカーの仲間かもしれないし、そうじゃないのかもしれない。僕には、よく分からない。でも、みんながコールをジョーカーとして狩るというなら、僕は命を懸けてでも守るつもりだ」


「君は、彼女がジョーカーの仲間かもしれないと思っているのに、それでも彼女を守るというのか?」


 ジーンが困惑するのも無理はない。


 素性を知らなかった、というのなら、話は別だが、僕は既に、コールの正体をおぼろげに知っている。


 彼女が人間に危害を加える存在であると、理解した上で、それでも守ると言ったのだから、ジーンの反応は当然だ。


 でも、僕にとっては当然でも常識でもなかった。


「コールが頼れるのは、僕しかいないんだ。君が教えてくれたんだよ、ジーン」


 その言葉がなければ、僕はコールを、ただのお荷物としか見ていなかったかも知れない。


 だからそのことは、とても感謝している。


 でも、それだけが、僕がコールを守りたいと思った理由ではなかった。


「それに――」


 僕は視線を地面へ向け、静かに言い放った。


「――記憶を失ったジョーカーより、人間のほうが、よっぽど怖い」


 人間は、平気で嘘をつく。


 どんなに親しい相手でも傷つける。


 偽る、騙す、陥れる。


 そのことを、僕は今回の仕事で初めて知り、そして、怯えた。


 その恐怖が、僕がジョーカーや、コールの存在に対して感じる恐れを、遙かに凌駕りょうがしていたのだ。


 ジーンが息を飲む音が聞こえた。


「……すまない」


 ジーンは謝った。


 彼女は聡い。


 僕の言いたいことを、苦しいほどに理解してくれる。


「僕は、君に嘘をついた。軽蔑されても、仕方がない」


「僕のことを、信用してくれてなかったんだろう? だから、たくさん嘘をついた」


「はじめはね、そうだった。でも、君といるうちに、だんだん、楽しくなってきた。ずっと、一緒にいたいと思った。だから、あんなことを言ってしまった」


 ――僕と一緒に行かないか。


 ジーンは、僕にそう言ってくれた。


「君と一緒にいたかった。その気持ちだけは、本当だったんだよ。信じてくれなんて、今更言えないけれど……」


「僕は、ジーンが嘘をついていたなんて思わないよ」


 ジーンは僕を見る。目尻が少し塗れていて、わずかな木漏れ日に反射して光った。


「ジーンが男だと思ったのだって、僕が勝手にそう決めつけて、納得してしまっていただけなんだし。ジョーカーと一人で戦いながら旅をしているのだって、まだ始めていないけど、これからそうするつもりだったんだろう?」


 みるみる歪んでいくジーンの表情に、僕は少し戸惑う。でも、何とか言いたいことを紡いだ。


「だから、その、ジーンは嘘じゃなくて、希望を言ったんだ。これからの目標、やりたいことを、僕に言って、誘ってくれただけなんだ」


「ディース……」


「昨日の返事、まだ言ってなかった。僕はコールを守ると決めた。だから、ジーンの目的とは、少し異なった方向へ進もうとしているのかもしれない。でも、もし、それほど遠くない道なら、一緒に歩いていきたい」


 こぼれた。


 涙が。


 ジーンの白い頬を伝って。


「僕も、僕たちも、ジーンと一緒に行っていいかな」


 僕が笑いかけると、ジーンの口からか細い、震える声が飛び出した。


「――僕も、君と同じ望みを持った。でもそれは、決して、思っちゃいけなかったことなんだ」


「どうして?」


「僕は、罪を犯した。表のすべてを拒絶し、裏のすべてを受け入れた。だから、君と僕は相入れない。関わってはならないんだ」


「何を言っているんだ、ジーン?」


「……もっと早く、君に出会えていれば良かった。そうすれば、こんなことには……」


「今からでも遅くないさ、僕は君と、友達になりたいんだ!」


 僕の言葉に、ジーンは大きく肩を震わせた。


「ダメだ、ダメだ……」


「どうしてダメなんだ、僕には分からないよ。もっと、はっきり教えて……くれ……」


 僕はジーンに歩み寄った。


 そして、立ち止まってしまった。


 さっきまで僕が立っていた場所からは、ジーンの向こう側の景色が、大きな木によって死角になっていた。


 僕が一歩踏み出したことで、その死角が姿を現した。


 硬直した。


 そこには、傷だらけで横たわるファーメリーの姿が。


 先刻、僕が鳥かごを開けて、そこから飛んでいったファーメリー。


 ジーンの、ファーメリーだ。


 ボロボロだった。横向けに地面に倒れ込んだまま、動かない。


 ここからでは、生きているのか、死んでいるのか、分からない。


 でも、僕にはその姿が。


 自分のファーメリーと重なった。


「うわあああああ!」


 自分の悲鳴で我に返った。


 気づけば僕は、ジーンの胸ぐらを掴んでいた。


「ジーンがやったのか!?」


 ジーンは頷いた。


 頷いて、ほしくなかった。


「どうしてだよ、ファーメリーは、このファーメリーは、ジーンだけの、大切な……」


 僕の元には来なかったファーメリー。


 僕に出会う前に、殺されてしまった。


 きっと、目の前の、このファーメリーのように、ズタズタにされて。


 僕のファーメリーも、きっとこんな風になってしまったのだ。


 その姿を、想像なんてしたくもなかった。


 だが、その光景を、ジーンは演出した、作り上げた。


 それも、自分の、もっとも愛すべき相棒を使って。


「こんなこと、許されると思ってるのか! 僕は、絶対に許さないぞ、こんなの、こんなの!!」


 僕がジーンを責めつけている間。


 その側を通り過ぎたものがあった。


 コールだ。


 コールは澄んだ緑眼を瞬きすることなく、歩いてゆく。


 横たわった、ファーメリーのところへ。


 そして、側に座り込んで、そっと頭を撫でてた。


 すると、ファーメリーは、かすかに身体を震わせる。


「――生きてるです。お元気じゃないけど、生きてるです」


 僕は、身体から力が抜けていくのを感じた。


 ジーンの胸倉から、手を引いた。


 彼女は、ぐったり俯いて、涙を流し続ける。


「……それでも、罪に汚れた僕の手は止まらない。止められない」


 自分の身体を、締め付けるように抱きしめて。


 ジーンは、自らの意志でこれを行ったんじゃないのか?


 次第に怒りが冷めてきて、僕は動揺した。


「ジーンは、こんなことをするつもり、なかったのか?」


 ならどうして?


 自分の意志じゃないのか?


 誰かが、そうしろと言ったのか?


 無理矢理、やらされたのか?


 ジーンは答えない。


 代わりに、その身体が徐々に振動をはじめ、僕は異変を感じた。


「ジーン? どうしたんだ」


「ディース……」


 ジーンは顔を上げた。


 その顔は、恐怖に包まれていた。


 怯えている? ジーンが。


 一体何に――。


「助けて……」


 そう呟いた。


 ジーンが、助けを求めている。


「もう、戻れない。それでも、僕は、君の言葉を信じたい。だから、僕も……」


 その言葉の続きが、壊れた。


「僕は、僕も、君と、僕と、僕と、ボクと……」


 ガタガタと、ジーンの身体が不気味に揺れはじめる。


 まるで、壊れたゼンマイ仕掛けのおもちゃのようだ。


[ボクとお友達になってくれるのおぉぉぉぉ!?]


 そして、ジーンの首元から飛び出した。


 びっくり箱の中身のように。


 あり得ない、化け物が。


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