13.ダイア村
ダイア村は、クラブ村よりも民家が少なく、小規模な集落だった。
その分、仲間内の団結が固いのか、それとも外から来た人間に慎重なのか、人の気配はするけれど、姿が全く見えない。
ふと視線を感じて辺りを見ると、ドアや窓をわずかに開いて、中からこちらをこっそり見ている人たちがいた。目が合うと、慌てた様子で扉を閉める。
何だか、見張られているみたいだ。
「感じの悪い村だな……」
「隣村といっても、私たちの住むクラブ村とは、ものの価値観や考え方が全く違うようです。私も最初は気になって、この村について色々と調べました」
歩きながら、姉さんは声を潜めて淡々と説明した。
「この村は、外界のものを拒絶し、独自の文化を守り抜いてきた村なのです」
「と、言うと?」
「私たちは、ファーメリーと平等に接し、当たり前のように同じ生活をしますよね?」
「まあ、それが普通じゃないの?」
「ですが、この村では、ファーメリーを神格化させる風習が残っていて、人間よりもファーメリーを高く持ち上げる習慣があるのです」
姉さんは少し複雑な表情だった。
僕はまだ、その説明の真意を測りかねていた。
「人間はファーメリーに力を与えるための道具のようなもので、自分のファーメリーがより強く、素晴らしいものへと成長すれば、その人間も同じように尊敬され、逆にうまく育てられなかった人間は、非難の対象となるのだそうです」
「なんだよ、それ……!」
「もちろん、尊敬される人間なんてごく一部です。それ以外の人たちは迫害を受けるなどして、それでも仕方ないと諦めて、底辺での生活を送っているのです。でも、それは村の中だけの立ち位置であり、他所から来た人間に対しては、自分たちのほうが立場が上だと感じているようです。今は様子を伺っていますが、私たちもいつ目を付けられて、腹いせに襲われないとも限りません。気をつけて」
ずいぶんと、小心者ばかりが集まった村だ。
僕も小さかった頃は、自分のファーメリーがいないって理由だけで、村の同年代の子供たちから仲間外れにされたこともあった。
人間って言うのは、単体だと大したこともないのに、集団で集まると急に強気になるのだ。
確かに、数の多さはそれだけで強さになる。一人と十人なら、十人の方が強いに決まっている。
でも、それだけが強さのすべてだとは、僕は思わない。
この村の連中とは、仲良くなれそうにもないな。
「いい迷惑だな、まったく……」
「……こういう事情を知ってしまったから言えることですが、私たちの探している女の子が、この村を飛び出した理由も、分からなくはないです」
姉さんがちらりとコールをみて言う。
まだはっきりと、コールがその女の子だとは分からないものの、もうほとんど決まりだろうと、姉さんは考えているようだ。
僕も同感である。
「その女の子は、決して非難を受けるような立場の子ではなかったそうです。ギフトの仕事もこなしていたそうですし、ファーメリーだって、あんなに立派に育っている」
「じゃあ、どうして?」
「とある仕事の途中で、ファーメリーがミスを犯して、失敗してしまったそうです。それを村の人たちは、ファーメリーを責めることなく、女の子を責めた。ファーメリーをうまく育てられなかった、おまえの責任だと」
「そんな、たった一度の失敗で……?」
僕も無意識に、コールを見ていた。
隣を歩いているコールが、何を考えているのか。
ポケーッとした表情からは察しがつかない。
でも、ひょっとしたら、戻って来たくなかったんじゃないだろうか。
あんなにも僕と離れるのを嫌がったのも、僕と別れるのが嫌なんじゃなくて、村に戻るのが嫌だと、本能的に感じていたからなのかも知れない。
「……連れて戻らないほうが、良かったのかな」
「でも、これが、私たちの仕事ですから」
「でも、もしこの子が家出した子だとしたら、うまく記憶が戻っても、また出て行っちゃうんじゃないのか?」
理由なく家出をしているわけじゃないんだ。
本当に嫌なら、何度強引に連れ戻したって、無駄じゃないだろうか。
「そうね。でも、お母様も心配していらっしゃる様子でしたし、この村のギフトの責任者は、この村で生まれ育った割には話が分かる方です。きっと、悪いようにはしないと思いますよ」
「だといいけど……」
何だか気持ちが煮えきらないまま、僕たちは村で一番大きな建物の前までやって来ていた。
ここが、ダイア村のギフト事務所のようだ。
辺りに人の気配はない。
姉さんは入り口のドアをノックし、少し大きめの声を上げた。
「すみません。エリーナさんはいらっしゃいますか? 行方不明の娘さんらしき方をお連れしました。確認をしていただきたいのですが」
そう言うと、中から駆けてくる足音がして、扉が開いた。
中からは、病弱そうな女性が一人、出てきた。
長い髪を結っているが、所々に綻びがある。
瞳は少し濁りのある茶色だ。
血相を変えて、慌てている。
この人が、コールの母親なのだろうか?
やせぎすであるところ以外は、あんまり似ていない。
「確認って、どういうことですか?」
エリーナさんは訝げに姉さんに尋ねた。
目の下の濃い隈が、ほとんど眠っていない事実を浮き彫りにしている気がした。
娘が心配で、夜も眠れなかったのか。
そう思うと、コールにも帰る場所があるのかなと思えて、少し安心した。
「実は、私たちが見つけた娘さんは、記憶を失っているのです。なので私たちだけでは判別がつかなくて……」
姉さんはコールの背を押し、エリーナさんの前へと押し出した。
「なっ、この子……!」
エリーナさんの表情が歪む。
「間違いないですか?」
しかし、その後の反応は、僕たちが全く予期しないものだった。
「追い出して! 早く、早くここから追い出して!」
「な、何なんだよ、いったい!」
突然悲鳴のような声を上げ始めるエリーナさん。
僕たちは驚いて、一歩後ずさる。
「落ち着いてください。では、この子はあなたの娘さんではないと?」
「当たり前よ、この子は、こいつは……!」
コールを指さし、彼女は狂ったように叫ぶ。
「ジョーカーよ、ジョーカーが化けているのよぉぉぉ!!」
同時に、周囲の家々から、窓やドアをぴしゃりと閉める音が聞こえた。
村中から人の気配が消える。みんな、家の奥に閉じこもってしまった。
「なっ……?」
「どういうことですか!?」
「こいつは、何日も前から、この辺りを彷徨いているの。ファーメリーも連れていないし、きっと擬態したジョーカーだと、みんな気味悪がっているわ」
震える手で、コールを指さす。
指されたコールも、その声に怯えたのか、震えていた。
「出ていって! 娘を見つけられないだけじゃなく、こんな化け物を連れてくるなんて! だから他所の人間は信用できないのよ、早く、そいつを連れて出ていけ!」
エリーナさんはコールに石を投げつけた。
僕はコールを庇い、それを額に受ける。
痛みが走った。ジンジンと広がる。
コールにこんな思い、させたくない。
「ディースたん!」
コールの悲痛そうな声。僕の腕にしがみついてくるコールを守るように、抱きしめた。
「ここは一旦、外に出ましょう。ディース、早く!」
姉さんの指示で、僕たちは村の外へと走った。
僕はコールを守りながら、必死で引っ張って、このおかしな村を駆け抜けた。
だが、頭の中で、さっきの言葉が回る。
――ジョーカーよぉぉぉ!!
エリーナさんの悲鳴が、離れない。
さっさと忘れてしまいたいのに。
なんて嫌な言葉なんだろう。




