1.やってきた妖精は、おっさんでした。
この世界の子供達は、五歳の誕生日を迎える時に、一生で一度の素敵な出逢いを果たす。
誕生日の夜、遠い遠い場所にある国から、妖精――ファーメリーがやってくるのだ。
ファーメリーは子供の良きパートナーとして、相棒である子供を守る。
ファーメリーを得た子供は自分のパートナーに多くのことを教え、また自らも学ぶ。
そうしてお互いに成長して、強く、立派な大人になるのだった。
僕も、五歳の誕生日を迎える前から、ファーメリーとの出逢いに夢と期待を膨らませていた。
たった一人の小さな、可愛い友達に、会いたくて会いたくてたまらなかった。
「もうすぐ、ディースのところにもファーメリーが来るのね。どんな子かしら、楽しみだわ」
姉のルーシーが、一緒に出迎えの準備をしてくれる。二つ年上の姉さんの側には、二年前にやってきた可愛い女の子のファーメリー、ソフィアが飛んでいる。
掌にちょこんと乗れるくらい、小さな妖精だ。
透き通った綺麗な羽を軽やかに動かして、幸せそうに姉さんの側にくっついていた。
僕の側にも、もうすぐこんなファーメリーがやって来るんだ。
考える度に、待ち遠しくて体がざわついた。
ようやく、五歳の誕生日。
誕生日ケーキも、みんなからのプレゼントもそっちのけで、僕はファーメリーだけを待ちわびていた。日が暮れてからもずっとずっと、ファーメリーの到着を待ち続けた。
しかし、その日、ファーメリーはやってこなかった。
次の日も、また次の日も。
ずっと待っていたけれど、ファーメリーはこなかった。
「ねえ、ぼくのファーメリーは、いつくるの?」
両親に、何度も何度も訪ねた。
ファーメリーは「ギフト」と呼ばれる、人間とファーメリーとの仲立ちを行う職業に就いた者が連れてくることになっていた。
その人物の何らかの都合で、到着が遅れているのだと、説明された。
必ずくると信じて、僕は待ち続けた。
一週間経った。
まだ、ファーメリーは来ない。
「ファーメリーは、いつくるの?」
この一週間の間に、何度その言葉を口から吐き出したか。
それはもう、数え切れないほど。
親たちも、いい加減うんざりしていただろう。
だが、しつこく食いついて疎ましく思われるよりも、ファーメリーがやってこないことのほうが、当時の僕にとっては深刻で、恐ろしかった。
そして、一ヶ月目。
やってきた。僕の、ファーメリーが。
僕は心を躍らせながら、家の前にやってきたファーメリーを出迎えた。
その姿を見た瞬間、頭が真っ白になった。
ファーメリーの年齢は相棒となる人間の子供と同じ。まだ妖精の力を持たないため、〝幼精〟と表現される。
これから長い時間をかけて、二人で力を合わせて、一緒に成長していくのだ。
そう聞いていた、はずだったのだが――。
目の前に連れてこられた〝それ〟は、どこかおかしかった。
確かに、とっても小さくて、背中には薄くて綺麗な羽が生えている。
ファーメリーには、間違いない。
だが、そのファーメリーは赤い顔をしていた。口の周りには髭が生え、偉そうに胡坐を掻いている。
手には茶色い小瓶を握りしめていた。それを口に付け、グビグビと中身を飲む。飲み干すと、下品なげっぷをした。すると周囲に酒の臭いが広がった。
目の前にいる、僕のところにやってきたファーメリーは、僕と同じ歳とは思えない。
見ればすぐにわかる。こいつは子供ではない。
おっさんだ。
どこからどう見ても。
しかも、飲んだくれのアルコール中毒の。
僕の頭の中に広がっていた、ファーメリーの愛らしいイメージが、音を立てて崩れた。
そして、これから訪れるはずだった、ファーメリーとの楽しい生活も、まるで陽炎のごとく揺らめいて、蜃気楼のように消えていった。
ファーメリーには、ギルバートという名前が付いていた。
本来、ファーメリーは名前がなく、パートナーの子供がつけるのが通常だ。
とまあ、それだけの相違点が揃い踏みすれば、子供の僕でも気付けたわけだ。
「こんなのちがう! ぼくのファーメリーじゃないよ!」
僕は目の前の嘘を、即座に見破った。
僕の幼いなりの観察力に、両親も観念したようで、ゆっくりと諭すように、本当のことを教えてくれた。
このファーメリーは、父さんのファーメリーだった。
とっくに、人間の世界での修行を終えて、自分の国へ帰っていたが、父さんが呼び戻したらしい。
そして、僕が成人して大人になるまで、ここにいるそうだ。
僕はそれを聞いた上で、もう一度尋ねた。
「じゃあ、ぼくのファーメリーは、いつくるの?」
それに対する回答は、とうとう返ってこなかった。
それからというもの、僕は自分なりに必死で考えて、その疑問の答を出した。
きっと、ギルバートは「代わり」なのだと。
何らかの理由で、到着が大幅に遅れている僕のファーメリーが、ここへやってくるまでの間の。
だからきっと、僕のファーメリーはいつか必ず、やってくる。
そう信じた。
その日から、僕の「待ち続ける」日々が始まった。