君の見たものを感じたい
この作品は違うサイトのイベント用に書いたものです
もう僕はこれ以上、頑張れないんだ。
本当に疲れた……。もう、イヤなんだ……。
君と一緒に僕は終わりにしようと思う。
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僕は気がついたら、君と一緒に居て、君だけを見て来た。
君は僕の存在を時折感じながら生活してきたよね。
僕はいつだって君の事を見ていたから、なんでも知ってるよ。
君は中学生になった時、部活選びで、散々悩んで陸上部に入ったことも、その後練習のきつさに後悔したことも、みんな知っている。
それでも練習していくと、君はみるみる記録を上げて行って、結構気分が良かったことも知っていたよ。
あんなに練習が辛くて嫌がっていた陸上部に、高校に入学してから入ったのも、何となく納得できた。
だって、君は自分の足の速さを自覚していたからね。
記録が良かったこと、それが君の陸上部生活を後押しをしたことも知ってる。
でも、何より部活見学で見た、棒高跳びに君は心を鷲掴みされたんだ。
目の前で高く持ち上がる身体。
大空に向かって身体は上がっていき、光りに一瞬飲み込まれて、そしてしなやかな動きでバーを超えて落ちて来る。
その一連の動きに、君は衝撃を受けたんだ。
君の鼓動は一気に跳ね上がり、開いていた掌がきゅっと結ばれる。
そう、あの瞬間に君の心は決まっていたんだ。
そして、君は棒高跳びに熱中した。
ラインに立った時、大きく息を吸う。
全身を駆け巡る血液が流れを速める。
君は長いポールを掴んで、駆け出して行く。
目指すは大空に掲げられた一本のバー。
ポールをついて、君が自分の身体を持ち上げると、君は空の青さを知るんだ。
どこまでも青く、その中で光りを放つ眩い太陽。
遮るものが何もない、綺麗な空に君の身体は上がっていき、バーを目指したね。
君のあの時の高揚感。
僕も一緒になって感じていた。
何年経っても忘れられない、あの感覚。
僕らは一体感を味わっていた。
君は僕の声に耳を傾けていたし、僕は君の気持ちに寄り添っていた。
高く飛びたい。
もっと、高く。
そう、僕も一緒に飛びたかった。
あの時は最高だったよね、本当に幸せだった。
君は高校を卒業すると、大学に進み、そして就職をした。
生活は不規則になって、僕を顧みなくなったんだ。
僕は君が思っているよりも早く、辟易として行った。
君は知っていたはずなのに、煙草は吸うわ、油ものを食べるわで、僕は本当に疲労困憊していく。
君が結婚して、子供が生まれた時、僕も嬉しかったよ。
これでまた君は僕の事を思い出すんじゃないかと思ったし、君の奥さんは僕の事を心配してくれていたから。
それなのに君と言ったら、全く僕を顧みなかった。
煙草。
僕はそれが本当に嫌いで、君が煙草を吸うたび怒りを感じていた。
でも、僕は口をきけないから、文句を言うことも出来なかった。
僕は息絶え絶えになっていく……。
君の子供と遊ぶとき、僕も幸せな気持ちになったよ。
でもね、僕はもう怠くて、幸せだと感じながら、遊ぶことが苦痛になり始めていた。
君が僕を顧みない。
僕の事をないがしろにする。
僕はほとほと疲れ切って、思ったんだ。
もう、いいんじゃないかなって。
君と一緒に死ぬのもいいんじゃないかってね。
いや、思っただけで本当はもう少し頑張ろうって気持ちもあったんだけど……。
僕はとうとう、悲鳴を上げる。
僕の中に沢山の血栓が出来ていて、それらが血管を詰まらせる。
僕はどうにかして君の隅々まで酸素を送り届けようとして、新たな血管を生み出した。
それが皮肉にも、僕の疲労を極限まで高めて行く結果になったんだ。
一つ、鼓動を打つのにも僕は辛くて、そうすると、君の体のあちこちで悲鳴が上がる。
もっと酸素を!
僕には聞こえていたし、分かっていたけれど、僕ももう限界だったんだ。
そして、君もとうとうある日気がついたよね。
連日続く吐き気と、胸の息苦しさ。
僕の事を心配していた奥さんに勧められて病院に行った時には、僕はもう決意した後だった。
僕はもう眠る準備に入っていた。
君を道連れに、永遠に眠ろうと決めた後だった。
けれど、病院で『ニトロ』と言う名前の薬を舐めた君のせいで、僕は無理やり起こされた。
その後はもうトントン拍子。
大きな病院に入院して、僕は初めて君から出ることになったんだ。
普通、僕ら心臓は一生持ち主から出ることなんてないのに、僕は取り出されて修理されることになったんだ。
僕は正直怖かった。
僕を守るはずの肋骨が開かれたとき、怖くて仕方なかったんだ。
君から出されるなんてあってはならない事だと思っていたから。
そして、僕は眩い光の中に。
そこは驚くほど眩しくて、明るくて、僕を驚愕させる。
そう、大空みたいだったよ。
いつか君が見た、大空にある眩い太陽、あれだと思った。
僕は息をのむ。
そか、僕はまだ生きているんだって。
僕はこれからも生きていけるんだって。
僕は修理されて再び君の中に戻された。
とても、楽になったよ。
僕の一部に手首から持って来られた血管が付けられて、僕の補佐をしてくれるようになったし、本当に楽になったんだ。
君はね、麻酔から覚めて明るい世界に戻って来た。
そして、君の大好きな子供を見て、泣いたんだ。
僕を感じ、僕と共に泣いたんだ。
僕らはまた、あの時と同じ一体感を味わって、そしてまた一緒に歩んでいくことを決心した。
君は僕の事を忘れない。
あれから僕の事を大事にしてくれるようになった。
だから僕も、君の為に毎日一所懸命働くよ。
いつか、僕らは一緒に終わりを迎えると思うんだ。
でも、「その時」を、一緒に決めようよ。
君は僕を忘れない。
僕は君が好き。
また一緒に青い空の下、歩んで行こう。
終わり