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第2話 『エリザベート・エドガーとの出会い』

僕はこの世界の魔法観を覆す程の発見をした。

発見したと言うより、日本で培った技術の応用だ、なるほど応用次第では最弱の精霊とて様々な使い道があるという事である。


こっそりと研究を進めるも、やはり一人の精霊では容量や処理能力に限界があり、実用レベルの魔法は難しい。

そんな中、僕とこの世界の今後にとって運命的な出会いが待っていた。


バカ精霊の第2話です。

第6章『エリザベート・エドガー』


 僕の学校での成績はと言うと中の下と言う実に目だ立たない位置に鎮座している、試験問題の時、ヴェレーロ語を完全に理解していないから設問の意味が分からない、あと物理学や数学が古すぎて今では間違いとされている理論を授業で教える、よって真実を回答すると不正解となる、よその世界の歴史なんか知る由もないし、ヴェレーロ語と外国語の授業は聞いたこともない言語体系で文法も大分違う。幸い僕の成績が低いからと言ってローディは別段気にすることはない、もともと奴隷の低級精霊付に過度の期待はしていないだろうから。


最近はエリザベートが何かと勉強を教えてくれるようになった、歴史や語学は堪能で非常にわかりやすく教えてくれる。


しかし、算学や科学と言った物は僕の方が得意でむしろ、エリザベートに教える位だ。


「カズイチ、お前は本当に奴隷だったのか?このような高度な算学をどこで学んだ?アカデミーの教授位十分に務まるのではないか?本当に不思議な奴だ」


「はい、エリザベート様、私が居た国では早くから義務教育と言う慣習がございまして、みな6歳になると学校に通い勉強しなければなりません、それから最低でも9年は無償で学ぶ事ができます、その後は家計が許せば3年の高等課程、さらに4年の専門課程の学校に進みます、だいたい16年ほど勉強してから世に出ますね」


エリザベートは驚いた様子で問いかけてきた

「そのような国がこの世界にあるのか?学問は限られた人間だけのものではないのか?この国の民は皆生きるのに必死でそのような子ども時代から勉学などとてもできぬ・・・・それが可能なのは、裕福な家庭か貴族位のものだ・・・お前の国はとても豊かなのだな」


「物質的には豊かですが、精神的には豊かであるとは言い切れません、やはりこの国同様貧富の差は確実にあります。階級は皆平民で法の下に平等という建前はございますが、決して平等とは言えぬ側面もございます。」


「ほぉ、興味深い話だな、みな平民なのに平等ではないとは・・・」

平静を装いながらも目を輝かせるエリザベートに話を続ける。


「経済が支配し雇用者と労働者、その労働者にも肉体労働者、管理者、雇用主といった金銭による支配階級がございます。」

「もちろん雇用主は自由に選べますが、一度離れると以前の雇用条件にはなかなか戻る事は出来ません、なのでみな我慢してその雇用主や管理者の下で働き続けるのです、その我慢って奴が精神的に豊かでない状況を作り出したりしますね」


エリザベートは僕の国の話が気に入ったようで、僕の話を聞くときは少女のように笑い、そして時には理不尽さに怒り、悲しむのである。

ヴェレーロの貴族にしては随分先進的な思考の持ち主で、僕の話を疑う事なく聴き入ってくれた。

僕はその時間が堪らなく楽しかった。

少しずつ日本の情報も開示して行ったが、科学技術を魔法か何かと思ってるようで、科学者の事を魔法使いと認識しているようである。


「カズイチ、お前の何時も言う科学とは一体なんだ?魔法か神の力としか思えん、おとぎ話や夢物語、ホラ話と取れなくもないぞ。」


「そうですね、本来神の領域であった部分に人間が足を踏み入れた技術と知識の積み重ねと言えばご理解いただけましょうか?」


エリザベートは前のめりで聴き入っている。

「人の叡智とは積み上げればやがて神の頂まで登る事ができると言うのか、それ程の国家がなぜこの世界で名を上げぬのだ?お前の作り話か?作り話にしても面白い話だ、愉快であるぞカズイチ」


少女のように笑うエリザベートに僕はいつしか好感を抱いていた。

またエリザベートから聞くこの世界の歴史や生き物、特に人のようで人たりえぬ存在、亜人族に興味が惹かれた、まさにファンタジーであるからだ、ゲームの中でしか味わえぬ世界がここでは日常なのだ、ただ一点失敗したら死ぬと言う事を除いては。

様々な知的生命体の種が暮らすにはこの世界は狭いのであろう、戦乱が絶えぬのはそう言う種と種の生き残りをかけた争いであるからに他ならないのだろうと僕は感慨にふける。

そしてエリザベートは真顔で言った。


「カズイチ、お前我が家で働かぬか?」

「ぶぅぅぅっぅ!!!」

僕は意外な申し出にあっけに取られ頭が真っ白になり、飲みかけのお茶を吹き出してしまった。


「ぃやぁああ!ちょっと!!汚いわね!エドガー公爵家のご令嬢の顔にいきなり浴びせるなんてあなたどこの変態!?普通なら死刑よ!」


「そ!そ!そ、そんな、エリザベート様、お・・お戯れを!!私は奴隷の身でございますよ!」


顔を拭きながら真顔で答える。

「いつも言っておろう!その奴隷根性は捨てよと!」

「しかし、お前が奴隷と言い張るならそれでも良い、ならば私の奴隷にしてやろう、私の下に来るが良い」

「そして私の元でその知識を活かせ」


「エリザベート様、有難い申し出ではございますが、私はローディリア様にお仕えしていますので私の一存では決めかねます、それにローディ様は私をあの奴隷市場から買い上げてくださり、魔道学校にまで通わせてくれています、その恩義に背く事は私には出来かねます。」


「そうか、今日のところはその話は止そう、だが諦めた訳ではないぞカズイチ」


エリザベートの申し出は素直に嬉しかったが、ローディやエレーナの恩に背く事は僕には出来なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第7章『最弱で最強、最強で最弱』


今日も僕は、日々の日課となってる魔法の研究をこっそり行うのである。


僕は人気のない、森の奥の小さな湖のほとりにやってきた。

ここは僕のお気に入りの場所で僕の研究室と言ってもいい、いつも一人でこっそり来る。しかし、実は一人ではなかった、僕の後をこっそりつけてくる者がいたのだ、しかもその事はずいぶん後になって知った、この時も一部始終を見られていたとの事だった。


今夜も早速研究を始める、風の精霊にできること、できる範囲で最も応用できることをずっと考えてきた。


「ポー、お前たちが司る大気は、厳密に言えば分子と言う小さな粒々からできている、それが認識できるか?」

「カズイチぃぃ〜空気の粒だべさ?わかるべよ、このフヨフヨ動いてるやつだべ?」

「わかった、認識できてるようだな、じゃぁ今から精霊語プログラムを実行するぞ」

「任せておけだべさ!」


ポーはバカだから、どれだけ分子構造を制御できるか怪しいが、端折れる所は端折ってできるだけ精霊語プログラムを圧縮する!


「いいか、ポー激しく動いてる粒と、あまり動いてない粒を二つの部屋に分けてくれないか?」

そう言って僕は精霊語プログラムを唱えた。

 いわゆる『マクスウェルの悪魔』と言うヤツだ、分子運動の激しいモノだけを集めてやれば、必然的にそこの温度があがる、対象物を囲む空間にこれをやれば温度が上がり火の精霊を折伏出来ずとも熱系の魔法は撃てるはずだ!と言うのが僕の理屈だ、逆に分子運動をゼロにすれば冷却系の魔法が撃てる。あとはその分子をどこまでバカ精霊が管理できるかにかかっている。そのための精霊語は短く単純で分かりやすくなくてはならない。


その他の応用も考えて仮説を立てた、断熱圧縮を行えば圧縮熱を取り出せる、膨張させれば対象周辺を冷却させられる、大気圧をコントロールできればかなり色んな事が出来るのだ。

断熱圧縮とは外部から熱を加えず空気を圧縮することだ、分かりやすく言えば、空気が山にぶつかって断熱圧縮がおこり雲が発生する、また大気圏に突入してくると、物体の下で空気が断熱圧縮され圧縮熱が発生する、そして燃えるのだ、あれは実は大気摩擦ではない。

思えば大気さえコントロールできれば応用は無限大なはずなのだ。


 思えば今まで大学では、有り余る64ビットアーキテクチャーでプログラムを組んでいいたが、基本容量に制限はない、大昔のプログラマーたちが、いかにこの低スペックのCPUや少ない容量と戦ったがよく分かる、削りに削って、磨きに磨いた魂にも似たプログラムを作っていたのだな、本当に尊敬する、まさに吾唯足知の境地である、この与えられた環境で最大限の仕事をしよう!


で、実際の所その辺の空気が生暖かくなった程度で、戦闘用には程遠い精々2畳間の暖房が微かにできる程度である。おまけにムラっ気があって波があるのだ……これってさクロック周波数に似てないか?気が乗った時と乗らない時の差が本当に定期的にやってくる、気が乗るタイミングで同期をとる必要がある、

500kHzが精々だろう


「はは、40年位前の初期の頃の電卓並…じゃないか」

「それでも電卓は電卓だ、月まで行ったアポロ宇宙船は今の電卓より遥かに低スペックの電子回路で月まで行って帰って来たんだ。」


「アポロ?何だべ?美味しいだべか?」

いや、基本生き物はすべて電気信号のオンとオフだ、突き詰めていけばそうなっちゃうのかもしれない。そもそもこいつら精霊が生物であるのか?の概念すら怪しい。


凹む必要はない、それは僕の得意分野だこの最弱の精霊を最強にしてみせる。

そう決意したカズイチ22歳の夜。

あと、アポロ計画のコンピュータ技師に対してマジリスペクトした夜でもあった。


だが、精霊語の圧縮と効率化はもはや限界が来ていた、これ以上は効率化できない、端折れる所がもうない、しかしそんな悩みも意外な所で解決策が見つかったのである。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第8章『もう一人の精霊』


意外な解決策とは?それは授業で行われた精霊の折伏実習での出来事。


いつもと違う教室の空気、折伏実習は呼び出した精霊次第では危険が伴う

緊張した面持ちで教官が注意事項を説明する

「いいか諸君!折伏する精霊を呼び出し交渉を行う、その際に欲張って手におえない高レベルを呼び出すと諸君らの命に係わる、実習とはいえ真剣に行え!」

「はい!」

「はい!」

自分の精霊を介して呼び出す実習だ、本来はせいぜい呼べても風の上位ランクか土の低ランクだろう。


みな思い思いに精霊を呼び出す儀式を行う。

僕も手引書を下に精霊を呼び出す儀式を行った。


実習室のあちこちで、貴族のバカ息子どもの阿鼻叫喚の叫びが聞こえる、あれほど手におえる範囲を呼び出せと言われたのに、本当に見栄っ張りな奴らだ、自分の身の丈を超えるとロクなことはない。


そんなエリザベートも基礎訓練課程に在籍しておりまだ精霊をもっていない。

そんな彼女はわざわざ僕の横に来て召喚儀式を行った。

有数の家柄とは言えこればかりは、生まれ持った資質に頼る部分が大きいようで、それだけに精霊付となるため彼女は家の期待を一身に受けている、


僕はポーを介し精霊にアクセスを開始した。


「いいなぁ、カズイチは・・・低級とは言え精霊持ちで・・・・死ねばいいのに!」

横でぼそりと本音を言うエリザベート


さぁ!現れるのは風の高位精霊か?土の精霊か?!

ル~ルルル~~~

あの日聞いた言葉とも歌とも取れる音のあとに、青白い光が満ち精霊が現れた


「クックック……我を呼ぶのは誰だ?」

ポーとは対照的の浅黒い肌に銀色のロング髪の女性型、ゴスロリ風の衣装をまとい、大きさはポーとあまり変わらない、見た目では何の精霊で何レベルかは解らない、勝てば名乗りを上げすべてが解る。


テキストに従い折伏の儀式が始まった

「精霊よ、我が意に従え、さすれば与えん」

「クックック……汝いい度胸だ、我を折伏せしめる気でおるな?覚悟はできているだろうのぉ?」

戦闘になるかもしれない、僕は足を踏ん張りスタンスを広げ臨戦態勢をとった

その瞬間、僕の隣で悲鳴が聞こえた。

エリザベートが召喚したのは風属性最高位の精霊だ、目と耳は吊りあがり尖っていた、頭髪もなく、服も着ていない灰色の肌に恐ろしいほどの殺気をみなぎらせ激しく怒り狂いエリザベートに襲いかかる。

「我を呼ぶのは小娘!貴様か!?恐れを知らぬ者よ身の程を知れ!」


折伏手順も行えないまま、手で頭を抱えてしゃがみ込む。

「エリザベート様!」


僕は咄嗟に精霊との間に割って入った、精霊は怒り容赦なく切りつける。

僕は数カ所ほど切られながらも、ポーに空気の断層を作らせる事に成功した、間に真空状態を作りそれを何層か重ね壁を生成する。


案の定相手の刃はソニックブームだ、衝撃波を作りぶつけてくる、しかしその衝撃も幾重にも重なった真空状態と空気の断層で拡散され力が逃がされる。


「即席のチョバムプレートさ!風の精霊さんよ!見たことないだろう!」

「エリザベート様、今です、折伏の儀式を!ここは僕が抑えます!」


正気を取り戻したエリザベートは急ぎ手引書に従い折伏の儀式を行う。

その間僕は断層を次から次へと生成し壊れた障壁を修復する。


精霊は障壁の弱点に気づいたようだ、しきりに一点だけに連撃を加えてくる。

「こいつ!チョバムアーマーの弱点に気づきやがった!」


風の精霊は勝ち誇ったように吠える。

「ふはははは!小僧!最下層の精霊でよくぞ我が攻めを凌いだな!だがこれでどうだ!」


衝撃波を槍の刃先のようにまとめその先端が断層を貫いて来た、ポー一人では処理が間に合わない。

このままではエリザベートが危ない!

刃先に範囲を絞り断層の厚みを増やす、減衰したとは言え完全に貫通された。

残る防壁は自分の肉体しかない、考えるより先に体が動いた。


エリザベートが目にしたのは刃先に貫かれた僕の姿であった。

「いやぁあ!カズイチ!」


声を振り絞り叫ぶ

「良いから折伏しろ!」


手順を終えたエリザベートが折伏を開始した。

「精霊よ!我に従え!さすれば与えん!」


「ぬぅ!こしゃくな小僧と小娘よ!我は従わぬぞ!!ぬぁあああ!!!」

眩しい光を放ち精霊は一つの小さなかけらとなり、エリザベートの手に堕ちた。

エリザベートは今、風属性最高位の精霊を我が物としたのであった。


それと同時に僕は力なく膝を折った。

「カズイチ!!カズイチ!!」

エリザベートが駆け寄ろうとしたその時、先ほど僕が召喚した精霊が襲いかかる。ポーが身構えるがそれより先に飛び込んできた。


「クックック、我を忘れていまいか?我を呼び出した事後悔させてやる!」

僕は咄嗟に手を出して叫んだ


「やかましい!!」

ぺちっ!


軽い音がして、精霊は地面に叩きつけられる。

「え?」

「へ?」

「え?」


地面に叩きつけられた精霊は半泣きになりながら応えた。

「・・・・ぐすん・・・クックック・・・良いだろう汝に従おう、だが我は大食らいだ果たしてそちの精力がもつかな?クックック」


「あ?何?それ?」

僕の覚悟を返せ!

それは本当にあっけない程に決まった、と申しますか態度の割には弱い、

僕はもう1匹風の精霊を折伏する事に成功したのだ。

折伏と同時に僕はエリザベートの腕の中に崩れて気を失った。



僕は何とかしゃべり方が少し変だが、ポーと同じ風レベル1の精霊を折伏したのであった

えっと………この世界の神は俺にどうしろというのだ。


でも神様ありがとう、エリザベートの胸・・・・柔らかくて良い匂いでした。

何だかんだで、僕はクラスで一番大怪我を負ってしまったのである、回復してから教官に説教される

「あれほど手に負える範囲の精霊を召喚しろと言ったではないか!エリザベートが折伏しなければお前死んでたぞ!」


なんか、世間ではそう言う事になってたらしい。欲張りカズイチって言われた。

あの後エレーナや上位クラスも駆けつけ治療や、他の精霊の掃除や後始末など色々大変だったらしい。


教官が続けて言う

「エリザベートにお礼言っておけ、つきっきりで看病してもらったんだからな!」

「あとエレーナがヒールしてくれたぞ、そっちにもお礼言っとけ」



だがこれで僕は大きな転機を迎えた、こいつら2名を使い命令を並列で行う事により別々の命令を同時に行える、あとはやる気の波を同期させるだけだ。

ここにカズイチ、精霊2体による4ビットのデュアルCPUを実現した。


このことによって扱える空気の分子量は飛躍的に増大した、またもう一人に座標の指定をさせる事が同時に行える。この座標の特定と言うのは大切な事なのだ、範囲を小さくできればそれだけMPに余裕が生まれる 

 座標が指定でき狭い範囲の分子をかなり自由に扱える!これを応用するのだ。


 この世界の術者の発する呪文は結局の所、大気振動で伝えられている、心に直接語りかけてくると言っている辺りが未解決だが、はやり媒介は空気を介してではないかと仮説を立てた。


 音波は波だ、波は逆位相の波をぶつければ打ち消す事ができる。術者の座標を指定して逆位相波をぶつける事で風の精霊によるアンチスペルが可能となるのではないかと言う結論に達した?

アンチスペルなんて本来は時の精霊による最高ランクの魔導士しか使えない極めて高位の魔法なのだ


技術を確立するには実証実験をせねばならない、だが誰で試してもいいわけではない、攻撃魔法ではないので相手には実害はないが詠唱を妨害できれば実質魔道士は無力化できる、だが最下級の風の精霊でそれが出来てしまったら国中ひっくり返る程の大騒動だ!間違いなく異端審問にかけられ火あぶりだ!!

ここは一番信用できる人間に頼むしかない、ローディにも伏せておこう彼女は魔法学の権威だ、失墜させかねない。


翌日僕はエレーナを呼び出した、いつもの小さな湖のほとりだ、季節がら蛍に似た生き物が青白い光を点灯させながら浮遊している、なかなかロマンチックなロケーションである、エレーナの方はと言うと遅い時間に人気のない場所に呼び出され少し戸惑っている。


「どうしたの?カズイチ?」


しばしの沈黙、まだ僕は迷っているのだろうか?伏し目がちに、そして意を決したようにエレーナに言った

「エレーナ様、あの時はありがとう、ヒールしてくれたんだって?」


「ええ、そりゃもうあなた半分魂出てたわよ、ヒール大変だったんだから、感謝しなさいね」

エレナーは優しく微笑みながらたずねる


「で、用ってなぁに?」


「エレーナ様、実は付き合ってほしいんだ」

エレーナの顔が真っ赤に染まる

「ちょ!まっ……、お付き合いだなんて、そ…その私、心の準備が……」

「い……意外と大胆なのね……」

えっと……言い方が非常に悪かった。


「いや、魔法の練習なんだけどね」


エレーナは安心したような、少しムッとしたような表情でワナワナと答えた

「な、な、な~んだ、そういう事ならお安い御用よっ!!」

少し怒ってる?エレーナは顔を真っ赤にし、とても複雑な表情をするが、引き受けてくれた。


「僕に死なない程度の攻撃魔法を仕掛けて欲しいんだよ」

「あっそ、分かったわ、唱えるから精々死なないように踏ん張りなさいよねっ!」

「炎の精霊(レベル5)よ!我が名において契約を果たさん!」


炎の精霊かぃ!!!!!失敗したら死ぬわ!

やっぱり怒ってるよこの人!


アンチスペルの実験のつもりが、エライ事になってしまった!

頼むよ!俺の精霊たち!!


僕の呪文は2進数、エレーナからすれば聞いた事のない理解不能の呪文だ

スピードと正確さが命!心が乱れてミスってエラー起こしたら、俺は確実に地獄の業火で焼かれる


牛乳を口に含み相手と対峙した時の、あのピンと張り詰めた緊張感が漂う。


エレーナの呪文の音波を解析!全部じゃなくていい!命令が伝わらない程度邪魔できれば…呪文はそこまで効率化する。

もっとも多く使われる一定の領域を特定できた、なるほどそういう事か!人間の心に直接響く声の正体、それは何の事はない人間の耳が認識できる範囲外の不可聴領域の音が多いのだよ、つまりは超音波だ!

音域が解ればその逆位相を作成、エレーナの顔の周りの狭い範囲を座標指定して精霊の負担を軽減!組み上がった順に逆位相波を浴びせる。

エレーナの詠唱完了が先か!僕の詠唱が先か?!

静かに、しかし激しい魔道士と奴隷魔道士の戦いが始まってしまった。


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第九章『新たな魔道の夜明けのようなそうでもないような』


 ほぼ同時に両者の詠唱が終わった。

成功していれば、僕は焼かれずに済む筈だ。

エレーネの高く掲げた手に火球が宿る、僕はその光景に息を飲む


----アンチスペル失敗した?!

僕は覚悟した、ただ気がかりなのは日本の部屋に残してきた見られてはならない薄い本やデーターの数々。


 その瞬間集まった火球が飛び散るように消滅した、実験はどうやら成功したようだ。


エレーナは一瞬何が起こったか理解できないと言った風だ

「ごめんなさい私ったら、呪文をミスっちゃったみたい」


本来、主席のエレーナがこんな簡単なスペルをミスするはずはない、どうやらエレーナ、最下級の精霊付が最上級のアンチスペルを仕掛けてくるとは当然思っておらず、魔法の失敗は自分のスペルミスだと思い込んだらしい。

いろんな意味で助かった。可聴域外の波長を妨害してくるなんて発想この世界で誰が気づくと言うのだろう。


しかしそこは流石主席、今の失敗を早速反省している。

「ごめんね、スペルミスちゃった」

エレーナの精霊が返事をする。

「汝のスペルは正しかったし、よく理解できた、だが肝心な所が聞き取れなかったのだ、本来は魂でつながる者同士、騒音や雑音程度で聞こえぬ事など無い」


それを聞きエレーナはハッとして質問をこちらに切り替えてきた


「ねぇ、カズイチ、カズイチは何の魔法を撃ったの?私に何をしたの?」

「まさか、アンチ……スペル?」


流石にエレーナは鋭い、ここはしらばっくれるしかない

「えー授業で習ったけど、アンチスペルは時の精霊による高位魔法でしょう?国内でも撃てるものはローディ様を入れてそんなに多くないって言うだろ?、そんなの風レベル1で出せるわけ無いじゃないか」


冷や汗ダラダラ・・・・


「いいえ、私の呪文はミスしていなかった、カズイチ君教えてちょうだい、いったいどんな魔法だったの?」


やばいやばい、隠し通せない!

「多分エレーナ今日は調子が悪いんだよ、もう帰って休もうよ」


「いや、おかしいわ!カズイチ何を唱えたの?教えなさい!」


苦しい言い訳、エレーナも勉強熱心だ自分の理解不能な事は積極的に理解しようと努める、詰め寄られたはずみでエレーナを巻き込み転んでしまった。


「きゃっ!」

「わぁぁあ!」


僕はエレーナの上に乗っている、すこしはだけた胸元やかわいいプリっとした唇、うるんだ瞳が夜光虫の光に照らされ青白く怪しく光り浮かび上がる。


「カズ・・・イチ・・・君・・」


その時、繁みの中でガサリと音がして何かが走り去った、あわてて飛び起きて

話をごまかす。

「なんだろね?オオカミかな?」

「あぶないから送って行くよ」

そういってそそくさとその場を立ち去った。


あぶなかった、自分の成果をうたいたければ声高々に種明かしをすればよい、意外と感心してラブラブになれたかもしれない、だがそれこそ危険きわまりないのだ、とにかく、アンチスペルは撃てる事がわかった、世界の片隅でこの世界をひっくり返す魔道技術がここに芽吹いたのだった。


今回の事で重要な事に気が付いた、本来の呪文とは記述順に実行してゆく所謂インタプリタ型言語だ、JAVAなんかより昔のBASIC言語に似ている。

精霊語で記述するBASICプログラムなのだ、なるほど・・・・コンパイラでも作ってみようかと思ってしまう所だ。


そもそも、風精霊で圧縮熱を応用して熱系の魔法を撃ったとしよう、でもそれは本来火の精霊に命じた方が圧倒的に早い、それは当たりまえだ火の精霊はあらかじめ熱と言う現象を司っているからだ、分かりやすく言えば、カレーを食べるのが目的の場合に1から作るか、レトルトカレーを食べるか位速さに差が出てしまう。


 いくら詠唱妨害が出来ても、時の精霊が行うそれとは効果の早さが雲泥の差だ、しかも1名の詠唱を止めるのがやっと、こんなの戦場では何の役にも立ちはしない、やはり軍事目的で実戦的に役立つには、命その物を断つしかない。


 少なくとも戦意を喪失するくらいのダメージを与えるしかないのか?

その時僕の中に悪魔のような恐ろしい考えが閃いてしまった。風の精霊を使った簡単で広範囲に及び条件が良ければ数万の大群を一瞬で戦闘不能にする恐ろしい方法……


だが人で試すわけにはいかない…

もう一匹の精霊にはルーと名付けた、精霊達に問うた。

「ポー、ルー、お前たち、空気の成分は認識できるか?」

「クックック、わらわを誰と心得る、造作もない事よ」

「あ~この粒々の違いは分かるべさ?」


流石、レベル低くても司ってるだけはある。

試しに、プログラムを組んで実施させてみた。


大まかに4つ認識させることに成功、大気成分を精霊たちはどうやって認識してるかというと色で分けてるようだ、窒素は青、酸素が緑に二酸化炭素は赤にアルゴンは紫に見えるらしい。

窒素78%酸素21%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.03%だ。上出来だ大気成分は向こうと同じだな、ならば使えるはず。



僕は風精霊による大量殺戮魔法を閃いてしまったのだ。

「ちくしょう、俺は悪魔だ……こんなの考えつくなんて……」


だが、科学を使うものは良き心で使えば人の暮らしを楽にし、悪しき心で使えば人を傷つける道具になるものだ、そう言い聞かせてもっと良い方法を模索しようと思った。


しかし、その恐ろしい大量殺戮魔法は程なくして命を対象に実行される事となってしまったのだ。




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第10章『生き物を殺めるという事』


魔法学校は結局は国軍の養成校である。ゆえに魔道士とは言え戦場に赴くには剣技、弓、格闘、など一通りこなさねばならならなかった。

そういう授業の時に限って僕は人気者だ、そう貴族のバカ息子どもに・・・・

別段空手やってた訳でもない柔道やってたわけでもない、何の技術もない僕であったが授業の名の元に公然と痛めつけられている、身体中青あざと筋肉痛だらけだ、最近特に僕を痛めつけるのはエリザベート様である。


あれ以来実技の時には徹底的に痛めつけられる。

「さぁ、カズイチ、かかってらっしゃいな」

そういって剣を抜く、かかってこいと言われましても、小さい頃少し剣道をかじった程度のたしなみしかない。しかしコレも授業の一環と言い聞かせ、エリザベートにかかって行くもあっと言う間に気絶させられる。


「いい?カズイチ、あなた強くおなりなさい!そうしたら貴方に嫌がらせする小物どもも居なくなるわ。私が徹底的に鍛えてさしあげてよ」


格闘技実習では、

「まさか殿方が女の身であるわたくしに遅れなど取りませんよね?」

ちくしょういい気になりやがって!と組伏しに行くはずが逆に組み倒される

耳元でささやく。

「どぉ?私の奴隷になると言うなら離してさしあげてよ?」


「い・・・え・・私はローディ様の家の者・・・いててて!!ご主人様を置いて勝手に主は変えられませぬ、いたたたたた!!!ギブギブ!!!」


痛いが、背中や足に色々と柔らかいものが当たる。

そして、いい匂い、ちくしょう貴族のお嬢様め!庶民をいたぶるのがお好きか!?


だが、お陰様で他の貴族のバカ息子共からの嫌がらせはなりを潜めている、最近はこのお嬢様専属の玩具(?)みたいな感じがしてならない。


魔法実習の相手もさせられる。


「ほら、カズイチ逃げずにちゃんと受けるのよ!なんならアンチスペルでも仕掛けてごらんなさい、おほほっほほほ!!」


え?なんでこいつ発想がそこへ辿りつけるんだ?

「ぎゃぁ!!またソニックブーム!服が脱げる!エリザベート様!おやめください!!」


そんな日々が流れ僕の闇研究もどんどん進化して行く、秋口になるころには一通り軍事関連で使えそうな技術も増えた。


さて、この学校には国境警備要塞視察と言う名目の修学旅行がある、しかもひと月ほどかけて行軍などを行いながら進む。

もちろん国境警備と言っても貴族のご子息ご令嬢がいる、とても安全な国境へと向かう訳だ。


 一月かけて行軍を行うのだが、その間兵站の輸送から補給など後方支援部隊との連携も重要な科目になる、こういうマネジメントは苦手ではないのだが、悪目立ちしたくないので、命にかかわらない以上は貴族のバカ息子どものやり方に従う事にする。

例えば貴族のバカ息子、はしゃぎまくって騎馬で勢いよく駆け出し、いたずらに隊列を引き伸ばしておきながら、休憩する時に補給隊がいないと文句を言う、立ち寄った村で平民の娘にちょっかい出す。聞きたくもないお家自慢を延々と食事の時に聞かされる。


しかも、貴族の息子どもはすさまじい、兵站があれよあれよと減ってゆく。

無くなりかけたら、家から食料を運ばせる。料理人やメイド付きで……こいつらが前線指揮官などになったら兵士がかわいそうだと、心の底から気の毒になってしまう。


食事は、平民と貴族は別にとる、本来は同じだがローディ校長がいないのを良い事に毎日野営所でパーティーが催される、もちろん、容姿の良い平民の女の子と上流階級者だけだ。

 ここに敵が押し寄せてきたらと思うとぞっとする、平和ボケも極まれりである、まぁ日本でぬくぬく育った僕も、人の事は全く言えないが、リスクマネジメント(危機管理)やクライシスマネジメント(危機対応)などの観点から言えば、僕よりお粗末だ。

今夜も食事の盛ってある皿と、ガッデム(笑)と言うパンを受け取ると暗がりの方で一人食事をする、最近はこのスタイルが気楽で良い、もちろん声が掛かれば社交的に対話できるが、積極的に自分からは行かないのである。


その日も隅っこの方で目立たないように夕食をとっていた。

目の前に現れたのはエリザベート。


「あら?カズイチ、こんな所で一人寂しくお食事?」

「げっ!」

思わず声が漏れた。

「エドガー家のご令嬢様に対して ”げっ!“ とは大したご身分ですこと・・・・」


「エリザベート様こそ、パーティーはよろしかったのですか?」

「ふん、あんな自分自慢と女漁りパーティーなんかに付き合ってられませんわ、口を開けば自分の家柄の自慢ばかり、べつにあの人たちが興した家でもありませんのにねぇ」


そう言えばエリザベートは自分の家の自慢をほとんどしない、むしろ民の範であろうと正しき振る舞いを旨としているのだ。


「あら、カズイチは何を召し上がっていらっしゃるの?」

エリザベートは僕の皿からソーセージを一本指でつまんでほおばる。


「ぁああ!ちょ!それ最後の楽しみにとっておいたのに!」

「ふん、別に・・・皆と同じメニューでございます」


「まっ!そんな固いパンなどよく食べられますわね、うちの奴隷の方がまだマシな食事をしてましてよ?」

「いっそ我が家の奴隷におなりなさいな」

満面の笑みで僕を直視する。


「エリザベート様、まだ諦めていらっしゃらないのですか?」


「当たり前よ、諦めてたまるもんですか、私は欲しいものは何としても手に入れる主義なの、そのためならあらゆる努力は惜しみません事よ」


そんな感じで、この行軍中はやたらとちょっかい出しに来る事が多い、そりゃそうだ寄宿舎と違って外出は自由だから・・・僕はエリザベートに随分と気に入られたようである。


数日後、視察団は国境に最も近い盆地で野営を行っていた、教官や貴族従軍の騎士たちは一応隣国との境である事からそれなりに警戒をしている。

だが、貴族のバカ息子どもは、今夜もまた一大パーティーだ、もちろん有力者の家の方々だけ、おかげでうるさくて眠れない、散歩でもして気を紛らわそうと

野営地を見下ろす小高い丘まで登った、ここまではパーティーの喧騒も聞こえない、水筒には先ほど酒保から買ってきた酒が入れてある、カンティーンカップに注ぎキュッと一杯、干し肉をかじりながら1人で星見酒を決め込んでいた。

星灯の中声がする、


「あらカズイチ、こんな所で奇遇ね」


「ぶっ!!お前はストーカーかぃ!!」

と、日本語でビシっ!と言ってやった!


「ん?今のあなたの生まれた国の言葉?で、何か悪口でもいいまして?」

ーーーー鋭い女だ。


「エリザベート様このような場所に何用でございますか?」


「ちょっとね、夜風に当たってたらあなたの姿が見えたのでついてきたのよ」

少しはにかんだように微笑みながら答えるエリザベートの顔がランプの灯りに照らされる。


「ねぇカズイチぃ〜、今日こそは私の奴隷になるとお誓いなさい」


「エリザベート様少しお酒を召されましたね?何度も申し上げましたが私はローディ様の家の者でございます」


「ローディならお父様から言っておくわ、うちに来なさいな」

「以前からお聞きしたかったのですが、なぜ私なのでしょうか?もっと有能で容姿も優れた奴隷は山ほどおりましょうに」


彼女は少しムッとした感じで答える。

「バカ・・・・・」


「は?バカ?」


拗ねたような態度で腰掛け岩に寄りかかる

「そうよ!あなたバカよ!それだけの知識、叡智がありながら、いつまで愚か者のふりをお続けになるの?」

「私の元でその力存分に発揮なさい」


「エドガー家繁栄の為にですか?」


エリザベートは少し酔っている、それでも僕のカンティーンカップを奪いキューっと一気に流し込む。

「そんなんじゃありません!家の事はどうでも良いのです!」


「その・・・私カズイチのホラ話がすごく好きなの、何と申しましょう・・・先の人の可能性や、その先の夢を見たくなるのよ、私の知らない知識、考え方、あなたの国の事、もっともっと知りたい!」


ホラ話と来たもんだ・・・・

「それなら、僕たちはクラスメイト、学校で存分に語り合えばよろしいじゃないですか」


「カズイチ、あなた本当にバカよね・・・・」

「ちょっと、そのお酒もういっぱいちょうだい!」

そういってカンティーンカップを差し出す。

カップをこちらに突き出し、顔は正面を向き膝をかかえ、僕の干し肉を遠慮なくもぐもぐと食べている。


ついだお酒を再びキューっと煽ると一気に立ち上がった。

当然立ちくらみしますよね、その状態だと・・・・と思ったらヨロヨロと僕の方に倒れこんで来た。

多少酒臭いが、オレンジ色の炎に照られさた彼女の顔が目の前にある。

整った顔立ち、気品と美しさを併せ持ちながらも、いたずらっ子のようなあどけなさ、そして柔らかそうな唇。


「エリザベート様、お顔が近こうございます。お戯れはおよし下さい」

「こうしないと暗くてみえないのよぉ〜」


「ねぇカズイチ、私の物になりなさい」


「そして私を楽しませて、その知識で未来をつくりましょ、国を・・・ううん、民をその知識で幸せにしましょ・・・飢えから解放して、6歳から勉強できる国を・・・ねぇカズイチぃぃ・・・」


そう言いながら、色んなものを僕に押し当ててくる。

そういえば彼女など居なかったし、半ば諦めていたので女性にはあまり耐性がない、僕はひどく狼狽してしまいそれを見透かされたように、耳元で艶かしく囁く。


「私の召使いになれば、あんな湖畔でこっそりじゃなくて、自由に魔法の研究させてあげるわよ。それにご婦人方も紹介してさしあげてよ?奴隷には破格の待遇でしょ?悪い話じゃないとおもうんだけどなぁ〜」


なぜ湖畔の闇練を知っている?!このお嬢様はっ!


しかしながら、その条件たるやまさに悪魔の囁き、20代の若い男にとってなんたる魅力の数々!

生唾をごくりと飲み込む、本来言ってはいけない返事をしてしまいそうになったとの時であった。


!!

風がざわつく!目の前にルーが現れ伝える

「クックック、カズイチお楽しみの所悪いんだけど、お前の指示通り見張ってたらなんか引っかかったぞ、悪意の集団だ」

今日は新月、月明かりはなく状況がよく掴めない、程なくして野営地より轟音と共に火柱が上がりパニックになった学生たちの悲鳴が聞こえる。


各家の護衛と引率の教師、騎士団が何かと戦っているが暗くてよく見えない、上がった火柱に人ならざる者の姿が映し出される、他種族の部隊であるファンタジー世界ならゴブリンやオーク、リザードマンと言う感じの集団だ。


押されている、魔法に耐性のある奴らも居るようだ、なんでこんな時に。

いや……こんな時だからだろう、狙うなら今夜が確実だ。

多分学生、特に身分の高いものは殺されはしないだろう、いい身代金が手に入るからだ、見分けるのは簡単だ、泣き叫んで狼狽して腰を抜かしてる酔っ払いどもだ、多分数日前から尾けられて内定が進んでいたに違いない。


エリザベートは状況が掴めないでいるが、貴族の矜持か?気丈に振る舞い、僕に指示を出してくる。

「カズイチ、状況が掴めませんの、あなた見てらっしゃい!」


————酔っ払いめ!アホの極み乙女かっ!

「エ……エリザベート様、この状況であなたをここに置いて行くことになりますがよろしいのでしょうか?」


「良い訳ありません!とにかく魔法攻撃を仕掛けましょう!援護なさい、我が風の精霊よ!」

言いかけたエリザベートの口を手で塞ぐ。


「んぐぐ!何をするのですか!?奴隷の身でありがなら無礼な!」

「恐れながら申し上げます、ここで魔法を打てばこの場所に気づき敵は大軍を差し向けて来るでしょう、そうなれば下級魔導士の私ではエリザベート様をお守りする事能わず!どうかご自重ください!」


エリザベートは剣を抜き勇ましく捲したてる


「仮にもエドガー侯爵家の娘がこのような所で仲間の窮地をおめおめと見過ごせるか!」


————勘弁してくれ、この状況でアンタが出て何の役に立つってんだ!!


しかし、あの惨事の渦中には僕の数少ない友人たちも居る、貴族ではない彼らは無価値だ、殺されるだけなのだ、みんなを救わなきゃ!僕は悪魔の呪文を使う事を決心した、しかし敵の数はわからない。


「ポー!分子運動の特に激しい部分を色別に写しだせ!」

「わかったべさ!」

「ルー、大まかな数を計測しろ!」

「クックック、誰にモノを言っておるのだ?承知した、この代償は高くつくぞよ」


プログラムを組み立て走らせる、いわば簡易の赤外線センサーだ、敵味方入り混じって判別は難しいが後方に後続の大群が控えているのが見て取れる。その数およそ1000、まずい!あれが突入したらおしまいだ!


野営地の小競り合いは騎士団達が何とかしてくれるだろう、最大戦力を投入される前にあれを潰さねばならない。


「エリザベート様、お願いがございます、あなた様の精霊(風レベル5)をしばし私にお貸しいただけないでしょうか?私に考えがございます」

「あなたが私のモノになると言うのであれば許可しましょう」


————酔っ払いがぁあああ!!!

と叫びたくなるのをぐっと飲み込んだ。皆を救うためには選択の余地がない、ルーとポーだけでは力不足だ……


「わかりました、貴女のものとなりましょう」

「よろしい、それでは膝をつき、私の足の甲にキスなさい」


————めんどくせぇぇぇ酔っ払い!!!!

「一刻を争います、これが終わりましたら、どこにでもキス致しますので、今は遡及に精霊をお貸し下さい」


「約束を違えた時は分かっておろうな?エドガー家の刺客が世界の果てまで貴様を追い詰め確実に命を貰い受ける!」


————もうほんと勘弁してください。

そもそも、精霊を借りれるのかすら分からない。

「我が風の精霊よしばしこの者、カズイチの命に従え、さすればこの者の精力を与えん」


————燃料オレ持ちかよぉぉぉぉ!!!!

「エリザベートよ承知した、さぁカズイチとやら何なりと申せ」


「いくぞ、ルー、ポーお前達の力を俺に貸してくれ、みんなを助けるんだ」

「クックック……今日はたっぷり精にありつけそうよのぉ」

「任せるべさ!ウチとカズイチの仲だべさ!」

「我の力は良いのか?」

「はい、貸してくださいませエリザベート様の精霊様……」


静かに詠唱を開始した。

「ルーお前はすべての力を空間座標確保に努めろ、範囲は後方の大部隊」

「クックック造作もないこと」


「ポーお前は空間内の緑(酸素)の数をしっかり把握しろ」

「バッチリ!21%あるべさ」


そして最後にエリザベートの精霊に指示を出す

「精霊よ、あなたの力によって、緑(酸素)を座標の外に出せ6%以下にするんだ」

「たったそれだけで良いのか?造作もないことだ」


あの容積の酸素量を制御するにはレベル1では無理だ、しかしレベル5の64ビットなら処理速度は追いつく!


「頼む!奴らも俺たちと同じ循環器の構造であってくれ!」

「プログラムスタート!」


その次の瞬間、何も光らず、風も吹かず、何の前触れもなく指定空間の酸素濃度が一瞬にして6%以下に下がった。


酸素濃度6%以下、酸素濃度の圧力勾配にて血中酸素が一気に奪われる。

体を一巡りしてきた血中酸素濃度は16%前後、血中から酸素が流れ出し瞬時にして昏倒する。


音もなく、何の兆候もなく、毒ガスを発生させる事なく、およそ1000の軍勢は静かに倒れ崩れた。


この世で最も多い大気の中で、大気に包まれて暮らしているんだ、構造は同じだったらしい、酸素を遮断して低酸素状態をつくれば生き物はかくも簡単に無力化できる。

その後数十分にわたりその濃度を維持する。確実に命を奪う為だ、そうでないとヒト種とは違う彼らだ意識を取り戻すかもしれない、そして彼らに追撃を受けてしまう、だがその空間でもはや動く者は誰もいない。


前線で小競り合いしていた部隊が、後続の援軍が来ないのを不思議に思い一旦下がる、エリアに入った瞬間昏倒する。

追撃していた味方もエリアに入って昏倒、残った精力で味方の空間を元の酸素濃度に戻す作業が大変だ。


暗闇と静寂の中、音も風の光も何もない静かな殺戮、後ろで見ていたエリザベートは何が起きたのか理解すらできていなかったが、朝日が白むころ1000を超える死体が整然と隊列を組んだまま横たわっていた。

それを見て初めて驚愕する、まったく説明が付かない、何が起きたのかさっぱり分からない、まるでそう、魔法のように…………


かなりの精力を消費してほとんど動けない。

「エリ…………ザベート様あなたの精霊とても…強い力をお持ちだ…あなたとあなたの精霊が…皆をお救いになりました…精霊をお返しします」


おそらく精霊本人も何が起こったのか分かっていない。

ルーとポーは理解し始めているようであるが、


————十分に発達した科学は魔法と見分けが付かない。

魔法使いに魔法と言わしめた、だがこれは知識であって魔法ではないのだ、状況を作る為に精霊の力を使っただけだ。


「エリザベート様、ありが…とう…ございました…約束通り…貴女の奴隷と……なります、ローディ様との交渉の方は、お願いします」


そう言って僕は残った体力で彼女の足にキスをし力尽きた。

あとで知ったが、別に足の甲にキスなどしなくても、売買契約で簡単に主人は変更できるのだそうな。

ちくしょぉぉぉ!エリザベートめ!!ガッデム!


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