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未来・サナトバラッド  作者: 神の味噌汁
4/5

ラビット・ラピッド・エスケープ

 

第二研究棟。

 そこは基地のある人工島の最南端から、やや北上した所にある。

 敷地内はとてつもなく高い防壁に囲われ、そこかしこに見張り台と装甲車両が置かれていて物々しい雰囲気だ。

 MVRのワッペンと手帳を通行証代わりにして、米原みらいと幼女モードのリズリットは、警備兵の監視をいくつも突破する。

 最終的に、米原みらいが本棟にたどり着くまでに、城門のようなゲートを4度くぐらされることになった。


 第二研究棟の建物は、大きな総合病院クラスの大きさであり、築数年といった感じの真新しさが漂っている。

 米原みらいは、本棟の自動扉を抜け、正面玄関らしき場所につく。

 内装もまるで病院のような印象で、白衣を着た研究員らしき人々が行き交い、TVの設置されたラウンジには、休息を取っている兵士姿もちらほら見える。

 靴音くらいしか響かない、そんな静かなエントランスで、

 ――なぁ、昨日搬送されてきた、化け物の話をきいたか?

 ラウンジから聞こえるそんな微かな声が、米原みらいの耳に入る。

「『組織』の特殊部隊を一瞬で全滅させたって話か?」

「ああ、結構な被害額だって話だ」

「見たことも無い兵器を積んでたって話も出ているな」

「まったく、なんで生かしてるんだ。アイツは大量殺戮を行った殺人鬼だろ」

「さぁね。なんせ責任者があの常盤美央だからな、アイツの考えることは俺には分からん。ま、死んだヤツの家族や友人は、お前よりもご立腹だろうけどさ」

「ご立腹ってレベルじゃねーだろ!」

 死角で米原みらいからは見えないが、どん、と机を殴るか蹴るかする音が響いてくる。

「まぁおちつけ。お前はまだ部外者だろ。ましな方だぞ。地下8階の隔壁の管理してる連中は、毎日生きた心地がしないって話だからな。独房からなんか一人でぶつぶつ話してる声が聞こえてくるらしいし、元々気でもふれていたんじゃないか?」

 なるほど。

 地下8階。その情報だけもらって、米原みらいは歩き出す。

 案内板に従ってエレベーターへ向かう。

 神妙な表情のまま、米原みらいは到着したエレベーターに乗り込み、リズリットも無言のまま付き添う。


 エレベーター内の階層案内。

 B1F‐機肢研究室/合皮組織研究室/機械筋・機骨開発室

 B2F‐機核研究棟/疑似神経系研究室

 B3F‐機械化手術室/部品貯蔵室/霊安室

 B4F‐霊機食研究開発室/消化・相転移研究室

 B5F‐対MV兵器開発室

 B6F‐人工機械核開発室/展示施設/汚染処理場/霊機研究室

 B7F‐特殊防護隔壁/実験室/対MV用訓練施設

 B8F‐特殊防護隔壁/隔離施設/強化装甲鎧ハンガー


 あまり目に入れたくない文字群から、米原みらいは、B8Fのボタンを押した。

 僅かなマイナスの重力加速度にさらされること十数秒後。

 エレベーターの扉が開く。


 開いた先に見えるのは、一面真っ白な外壁。

 そのエレベーターの待合フロアの先に、4メートル四方はあろうかという巨大で重厚そうな円形の扉が米原みらいの眼に入った。むしろ地下8Fにはそれしかないようだった。

 扉の横には、2名の重武装した兵士が見張りをしている。

「よっぽど大事にしてるのね」

 リズリットの皮肉だ。確かに大銀行の金庫を思わせる堅牢さだが、中に入っているのは金塊や札束ではない。保護や保存という理由ではなく、隔離や断絶という、大事にするとは真逆の理由で、扉は存在している。

 扉に近寄ろうとしたところで、兵士が一人近づいてきて呼び止められる。

「ここは立ち入り禁止区域だ。関係者以外は立ち去りなさい」

 MVRのワッペンと手帳を提示するが、ダメだと首を振られる。

「ここを利用できるのは一部の人物のみだ。諦めて立ち去りなさい。そもそも、どうして学生がこんなところに……」

 米原みらいの身に着けている黒系色の裏祇山学園の制服と、地味な三つ編みの髪型はこの施設ではひどく浮いている。白を基調とした施設のカラー的にもそうだが、大人たちばかりの中、少女が二人紛れているだけで自ずと人目を引いてしまう。

 しかし身分証明で通れないくらいで諦めるわけには行かなかった。

「……何とか通してくれませんか。昨日ここに運び込まれた人が居るはずなんです」

「くどいねえ! ……いや、待て、なぜ君がそのことを」

 ただの学生がなぜそんなことを知っているのか、そこから兵士は僅かな時間で答えを導き出した。

 ハッ、と兵士の顔色が変わる。

「そういえばその服……君……まさか」

 黙っていたリズリットがぼそりと言う。

「貴方たちは、フェニックスって呼んでいるみたいね」

 兵士はやにわに、アサルトライフルを構え、セーフティロックを外して後退さる。

「じょ、冗談じゃない! キサマ、中の化け物を倒したっていうじゃないか! 特殊部隊を5分もたたずに壊滅させておいて、人間面してんじゃねえ!」

 兵士は今にも引き金を引きそうな形相だ。細かく震えているのは激高のせいか、恐怖のせいか定かではない。しかし、化け物を倒した化け物。一般の人間が恐怖するに足る存在に違いはない。

 その様子に、奥で待機していたもう一名の兵士が駆けつける。

 どうかしたのかと。

「あ、ああ、聞いてくれよ。こいつ、昨日搬送されてきた感染者の仲間だそうだ」

「なんだと?」

 もう一人の兵士にも驚愕の表情が浮かぶ。そして無言でアサルトライフルを構え、セーフティを外した。

 米原みらいは悲しそうな顔で俯いている。ごめんなさいと、すぐに零してしまいそうな雰囲気だ。

 そんな米原みらいの前に、リズリットが歩み出る。

「情報に混乱があるみたいだけど、それどころじゃなさそうね」

 良い? と兵士2名に念を押す。

「もしも貴方達がその引き金を引いたら……マスタ―が黙っていても私が黙っていないわよ。その弾がマスターに当たるよりも早く、貴方たちを肉片一つ残さずに、すり潰してあげるわ」

 ひ、ひぃ! と兵士たちは震え、さらに後退する。

 リズリットが閉じたままの日傘を兵士の一人に向け、手にしたアサルトライフルの構成素材を目の前で分解してのける。

「さっさと扉を開けなさい、私のご機嫌を取らないと貴方たちもこうなるわよ!」

 その脅しはさすがに効果覿面だった。

 兵士2名はビビりまくり、慌てて壁の中に隠されていた隠しスイッチ的なものを押し込み、複雑そうなパスコードを2度3度入力して扉を開錠する。

 外からでは解らないが、最初の円形のモノと合わせて扉は全8層もあり、開錠されたことでそれが順番に開いていく。その扉の一つ一つの厚さは2メートルほどもあった。

「良い子ね。今日の醜態は上司に黙っておいてあげるから感謝しなさい?」

 そして、急ぐわよ、とリズリットは米原みらいを引っ張って行く。

「あ、ありがとう、リズさん……」

「ふん、別に感謝してほしくてやったわけじゃないわ! ただの成り行きよ!」

 二人して扉を抜け、隔壁の奥へ走る。

 走りながら米原みらいは問いかけた。

「ところでほんとにるつもりだったの……?」

「そんなわけないでしょ、私が分解できるのは機械だけ、人間は分解できないわ。そもそも戦闘機用の兵装以外は管轄外なんだから」

 米原みらいには良くわからないが、リズリットは少し無理をして活路を開いてくれたようだった。




 中はまるで監獄だった。

 大きめの部屋が鉄格子で仕切られ、便器とベッドと太い鎖だけが床に置かれている。

 そんな部屋が薄暗い空間に幾つも続いている。

 非常灯らしき光が延々と並び、その中を幾らか走った時、背後に重厚な音が響く。薄暗かった空間の明度がさらに下がり、米原みらいとリズリットは理解した。

「どうやら閉められたわね」

「……帰れなくなったかな?」

「さぁね、まぁ、それは帰りに考えればいいわよ。それより……」

 うん、と米原みらいは頷く。リズリットが続けて言いたいことも解っている。

 扉が閉まり、静寂に包まれた空間の奥に、微かな人影が佇んでいる。

 一見すればホラーだが、二人には亡霊ではないことがなんとなく解っていた。特にリズリットは。

「そこに居るのは解っているわよ、ローディア。――ローディア・コア。それが貴女の刻名きずななんでしょ?」

 コア同士の特別な能力というべきだろうか、リズリットは自ずと近藤さなのコアの名前を看破している。そして刻名きずなとは、コアが生まれると同時に刻まれる魂の名前である。

 リズリットの呼びかけに数歩歩み寄る人影が、非常灯の光にさらされて、その全容を露呈する。

 ローディアは真っ白な燕尾服を着ていた。

 身長は160センチメートル~165センチメートル程だろうか、一見して短く見える髪型も伴って、少年のような印象だ。

 三つ編みにした白髪を頭の後ろでフレンチクルーラー状にして、先端を束ねて犬の尻尾のように垂らすという一風変わった髪型は、フレンチクルーラーテールとでも呼べばよかろうか。

 ローディアは、右足を後ろに引き、胸に手を当てて、頭を下げる。という何処か堅苦しいお辞儀で

「お初にお目にかかります、お二方。そちらは、リズリットと……」

「米原みらいです」

「米原みらい様。ここでお待ちしていたのは他でもありません、あなた様に折り入ってお願いがあるのです」

「お願い?」

「ええ」

 ローディアは、少年のような見た目とは裏腹に、甘く妖美な声で、進言する。

「我が主、さな様をここから出して頂きたい」

「……」

 それは脱獄を手助けすると言うような話だった。

 けれどそんなことをしたら大問題になるだろう、ということは予想に難くない。

「さな様に昨日の戦闘の記憶はございません。ゆえに、ご本人にはここに居る理由が解らないのです。今はまだ、夢の続きのような心境でしょう。しかしこのまま満足な食事もせぬまま、朝も昼もわかないこのような場所に居続けたら、いずれ心も体も壊れてしまいます」

 そんなローディアの訴えはもっともだった。

 きっと近藤さなには、事故にあって目覚めたら囚われていた、という認識しかないだろう。

 普通は病院かと思うだろうが、ここはそんな親切な場所とは程遠い環境だ。

 近藤さなを、人間として扱うならば、こんな場所に居させてはいけない。

 だから、どうしよう、と米原みらいは悩む。

 悩みは、脱出させるかさせないかではない、脱出したあとに起こるであろう問題をどうするかだ。

「ここは、神経質なほど強固に作られているわ。脱出するにせよ、無理やり破壊して出るのは無理ね」

 扉もしめられてしまったし、と、リズリット。

 それにローディアは、自信に満ちた表情で言う。

「幸いここの扉は、左右の端末双方に、同程度のタイミングで全18桁のパスコードを3種連続で入力する、という開錠方法です。であれば、協力者が居ればわたくしの能力で開錠させられます」

 問題は無いというローディアに、リズリットは、ふーん、と興味のなさそうな返事だ。

「貴女の能力はビームを撃つだけじゃないのね」

「――兵器として作られた人工衛星の演算能力を侮ってもらっては困りますね。高度200キロメートルの上空から、リズリット《あなた》を狙い撃つこともできるのですよ」

「ふん、それは標的が止まってればの話でしょ」

 なにやら、リズリットとローディアは不穏な雰囲気だが、

「……逃げた後は? たぶん、追いかけられるんじゃないかな……」

「蹴散らせばいいんじゃない?」

「野蛮ですね、リズリット。それなら、監視カメラに細工でもして行きましょう。ここの監視員や食事係は気が引けていて、滅多に我々の独房まで近寄ってきませんからね。適当なものを毛布にでもつめてベッドに転がしておけば、かなりの時間稼げるはずです」

 皆の意見、心情は既に脱出一択だ。迷う余地は見当たらない。

「解った。手伝います。リズさんもそれでいい?」

「私が従うのはマスターだけ、貴女がやると言うなら、私もそれに従うだけよ」

 そっか、と米原みらい。そして近藤さなの行方を問う。

「さなさんはどこに?」

「ええ。わたくしが、ご案内致します。ついてきてください」

 と、その瞬間、ローディアの姿が変化する。

「う、うさぎさん?」

 予想に反する姿と、突然発生した動物セラピー効果に、米原みらいは目を見張った。

 リズリットも少し呆れ気味で、疑問を呟く。

「……軍事衛星の現身が、なぜうさぎなのかしら……。月も衛星サテライトだからっていう安易な理由じゃないわよね」

 そこはかとなく侮蔑を含んだ言い回しに、うさぎの耳は敏感なようで、色気のある少年の声が答える。米原みらいに向けて。

「ああ、もう一つお願いがございました、みらい様。是非、この不躾な野鳥に、礼儀とやらを教えておいてください」

「ご、ごめんなさい」

 米原みらいは反射的に謝った。

 リズリットは涼しい顔で無視して、ローディアに呼びかける。

「それより案内を頼むわよ、ローディア」

「ええ、こちらです」

 走りだすウサギを追いかけ、奥へ向かう。

 途中、床に置かれたトレイを発見する。トレイにはパン、スープ、水、コンビーフらしきものが手つかずで残っており、パンはカサカサで、スープは冷たくなっている。それはT字路の曲がり角に置かれていた。

 そこを曲がり、米原みらいとリズリットは、さらに奥を目指す。

 便器とベッドと鎖だけが置かれた部屋を幾つか通り過ぎる。

 最奥にたどり着いたところで、ウサギの足が止まり、米原みらいとリズリットも立ち止まった。

 光は非常灯のみだが、薄暗闇の中、ベッドには1枚毛布が敷かれていて、ちょうど人ひとりが寝ているような形跡がある。

 たとえ頭まで毛布をかぶっていたとしても、その存在を隠すことは出来ていない。

 そして突然、毛布が波打ち、

 ふいっちゅ!

 変わった鳴き声が聞こえてくる。

 くしゃみだろうか。とにかく誰かが居るのは確実だ。


 鉄格子の隙間から、ウサギが中へ入り込む。

 米原みらいを振り返る様は、入ってこいとでも言いたげだ。 

 だが廊下と部屋を隔てる鉄格子に、人間が入る隙間はない。

 米原みらいがその太い支柱をつかむと、ひやりとした感触とともに、ただの鉄製ではない堅牢さが伝わる。もちろん『機械』でも『兵器』でもない鉄格子だ。リズリットの分解は作用しないだろう。当然ながら鉄格子を開くカギも無い。

 米原みらいは、少し小声で、毛布に呼びかける。

「……さなさん、居る?」

 毛布に反応は無い。

「さなさんさえよかったら、少し外の空気でも吸いに出ませんか」

 反応が無いのでめげずにさらに呼びかける。

「お腹、すいていたりしますよね」

 そのタイミングで、返答の代わりに、くぅぅぅ、という微かな音が毛布から聞こえてくる。同時に、少し毛布がむぎゅってなった。お腹でも鳴ったのだろう。

 米原みらいは、羨ましいことだと少し微笑んでから、

「いいですよ。さなさんが行かないっていっても、私が連れて行きますから」

 鉄格子をつかんだままの米原みらいが言う。

「その、とりあえず、そっちに行きますね」

 やや恥らいつつ、ひどく当然のように発せられた言葉。

 その直後、米原みらいは改めて鉄格子の支柱2本を両の手で掴んで力をこめる。するといとも簡単に、2本の支柱はぐにゃりと曲がって人が通れるほどの隙間を作った。

 いくら頑丈な支柱でも、瞬間的にリミッターを外した機械筋のパワーには抵抗できなかったのだ。常盤主任が、熊に勝ると言った言葉に間違いはない。熊の発する最大筋力は強いもので450キログラムになるという。

 そして、米原みらいが最初に掴んでいた場所が、指の形状に従って変形していた。

 最初に掴んだとき、米原みらいは、自分のパワーで曲げれるかどうかを確認していたのだ。だからいとも簡単に、そちらに行くと言ったのだった。

 米原みらいとリズリットが開いた隙間から部屋の中に入る。

 さすがに近藤さなも何事かと思ったのだろう。毛布がそろっと下げられ、黒髪の頭部と両目がちらりと見えた。近藤さなは、米原みらいの服装が裏祇山学園高等部の制服であるのに気づいて驚いている。そしてやや上半身を起こす、近藤さなの服装も、同じく学園の制服のままだった。

 米原みらいは、探り探りといった風な途切れ途切れの口調で

「初めまして、ですかね」

 ベッドのすぐ傍まで来た米原みらいを、近藤さなは見上げ、米原みらいは、近藤さなの長くツヤのある黒髪を見つめる。

 ここ数日まともに手入れもされていないだろうに、白から黒に変わった……もとい戻った頭髪は、今もなお美麗で石鹸の香りも僅かに残っている。

「あの……あなたたちは……?」

 近藤さなは、米原みらいとリズリットを見て怪訝な様子だ。

「私は、米原みらい。こっちは、リズリットです」

「みらいちゃん? みらいちゃんは、どうして私の名前を……?」

 まともに自己紹介すらしていない米原みらいと近藤さなは、互いに言いたいことはある筈なのだが、今は悠長に話している時ではない。

「マスター、話は後よ。ローディア、さなの状態はどうなの?」

 リズリットの言葉に、うさぎが答える。

「ええ、さな様は今、疲労と栄養不足で貧血気味になっておられます。恐らく立って走ることは難しい状態かと」

「じゃあ、マスターが運ぶ係りね」

「え?」

「私とローディアはパスコードを入力しなきゃいけないから、余計な荷物は持てないわ」

「さな様を『余計』と断じるのは聞き捨てなりませんが、みらい様が適任ですね」

 米原みらいとリズリット、そしてローディアの会話に、近藤さなは目を丸くしている。中でもローディアが言葉を交わすということが最大の不思議であったようだ。

「うさぎって日本語話せるんですか……?」

「ほら、もう、頭に血が行ってないわよ。さっさとやることやりましょ」

 相変わらず、失礼ですねあなたは、とローディアは一言突っ込みを入れてから、

「申し訳ありません、みらい様、わたくしの主様をよろしくお願いします」

 事は一刻を争う。米原みらいは、もうどうにでもなれ、と覚悟を決めた。

「えっと、すいません……!」

 昨日の不祥事を思い出さぬよう、できるだけ近藤さなの顔を見ないようにしつつ、米原みらいはやや強引に近藤さなを抱き上げる。毛布がするりと地面に落ち、短い悲鳴が近藤さなの唇から漏れる。

 その体は驚くほど軽く、米原みらいはハッとした。本当に危ないのだと。

 なにせ、近藤さなは1日どころかバスの事故が起こった時から数えてほぼ4日間何も食べていないことになる。霊機融合の時の影響がどの程度か解らないが、急がねばならない。常人ならば、そろそろ命にかかわる頃合いだ。

「あ、あの……」

「嫌かもしれないけどちょっとだけ我慢です」

 近藤さなの戸惑いは当然だが、命をつなぐにギリギリのカロリーをさらに移動に費やすわけにはいかない。米原みらいは、近藤さなを落とさないよう、しっかりと抱え込む。そのタイミングでローディアが言う。

「監視カメラの細工は終わっています。急ぎましょう、さな様にまだ意識が残っているうちに」

「うん」

 解っている、と米原みらいは、近藤さなの身体を抱えて駆け出す。

 ローディアは人型になって、米原みらいを追い、リズリットはベッドの毛布を“誰かが寝ている”風に細工をして、不死鳥モードの飛行速度で、先を行く2人に追いつく。

 近藤さなは、朦朧としだす意識の中、夢か現のような心境で、米原みらいの腕に身をゆだねていた。


 走る最中、間もなくして隔壁の扉前。

「パスコードをお願いします」

「お任せください。リズリット、わたくしが言うとおり、そちらの端末に数字を入力してください。許容できる誤差のタイミングは1.00秒です」

「仕方ないわね、やってあげるわよ!」

 人型モードに戻るリズリット、そして阿吽の呼吸で、複雑なパスワードが入力される。

 駆動を始める扉。

「ローディア、開き切ったら、見張りの兵士が2名居るわ」

「了解しました、リズリットはそのまま、そちら側を」

「はがいかね、あんた。いちいち私に指図しないでよ!」

 1枚

 2枚

 3枚

 4枚

 5枚

 6枚

 7枚

 8枚

 最後の扉が開き、飛び出したリズリットは、振り返る兵士のふくらはぎを踏みつけ、バランスを崩したところで、首に日傘の持ち手を引っかけて引きずり倒す。油断していた兵士は、危険な倒れ方をして、そのまま意識を失った。

 一応死んではいないことを確認しつつ、最寄の独房まで兵士の身体を引きずって持っていく。

 ローディアは、持ち前の能力で兵士に掌から電磁パルスを叩き込み、一撃でスタンさせて気を失わせていた。リズリットに倣って、独房へ持っていく。

 そして、再び扉を閉めて施錠した。

 ついでにローディアは、パスコードの入力部から中の記憶情報に干渉し、全く違う数字パスコードに書き直す。


 やがてエレベーター前。

「建物の最上階にヘリポートがあります、そこから飛べますか、みらい様」

 何時仕入れた情報かはともかく、ローディアの言葉を信じて米原みらいはうなずき、さらに、断言する。

「飛んでみせます、なんとしても!」

「解りました……エレベーターに乗っている間に、他の階で扉が開かぬように、わたくしの能力で周囲の電子機器に少し細工をします」

 皆してエレベーターに飛び乗る。

 地下8階、地上8階、そして屋上。

「ローディアさん、さなさんをお願い」

 米原みらいは、ローディアにさなの体を預ける。

「承知いたしました」

「リズさん!」

「ええ、準備は出来てるわ、マスター!」


 米原みらいはうなずき、手を空に掲げて叫ぶ。

「リズリット・コア・オーバーライト!」

「了解。武装化アームドナイズを実行するわ!」

 刹那、黒いリズリットの身体が紐解かれるようにして、極小の粒子と螺旋状の黒糸が、その身から無数に解き放たれる。

 鳥の姿が徐々に消失していく。

 散開した漆黒の粒子と糸は、米原みらいの周囲を取り巻くようにして包み込み、次第に濃く、球状に集まりだす。

 さらに粒子は米原みらいの手や足や身体の所々に集約し、それぞれの形を作り上げていく。

 ――両脚裏に小型のジェットエンジンを含む排気口、それを囲う高ヒール状の具足と踵に折りたたまれた垂直尾翼。

 両脚側面に沿うように装備される、サブバーニアとウェポンベイを内蔵した大型モジュール。そこに付属する水平尾翼。

 太ももからつま先までを覆うサイハイ装甲。腰裏から踵まで延びるアーマースカート。胸部装甲。腕部防盾。手甲。

 7.62ミリガトリング機銃と、そのベルトリンクドラム、補助スラスターを内部に納めた肩部大型モジュール。

 背には4つのパーツから成る、全武装中最大面積の可変ウィング。

 そして、巡航形態時に使用する機首モジュールが2分割されて背面に配置される。

 最後に、頭部にカナード翼を兼ねるティアラのようなヘッドパーツが構成され、黒髪の二つ結びが解かれて銀髪のセミロングウェーブに変換される。

 それをもって、すべての工程が終了した。

 この間、5秒弱。

 全身のカラーリングは黒で統一され、その全容は小悪魔を髣髴とさせる。



 米原みらいは、近藤さなとうさぎに変化したローディアを抱え、第二研究棟のヘリポートから、空へ舞い上がる。とりあえず高く、地上から見つからない高空へ。

 目指す場所はとりあえず、食事ができるところ。

 そう、人工島の街並みの中へ!






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