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未来・サナトバラッド  作者: 神の味噌汁
3/5

リズリット・フォースオブマネー

 

 冴えない顔が、鏡に映っている。

 誰の顔と問うまでもない、米原みらいの顔である。

 寝起きにシャワーを浴びて、歯を磨き、髪をドライヤーで乾かして。

 そんな人間の真似事から始まる早朝は、米原みらいにとって退屈だ。

 乾いたセミロングの黒髪を、二つお下げにして、三つ編みにして、身体の前に垂らす。

 生前から変わらぬいつもの髪型。

 鏡の前に立っている米原みらいは、退屈に加えて昨日の憂鬱を引きずっている。

 仕方がない。

 とりあえず、気分転換に基地の外でも散歩しよう。

 そう思い、米原みらいは、もはや仕事着と化している裏祇山学園の女子用制服を着て、MVRのワッペンと手帳をポケットに押し込んだ。

 ついでに数百円しか入っていないチェーン付のメンズな白い長財布を手に、壁とベッドと鏡しかない狭苦しい自室を出る。


 扉を開けると

「あら、おはよう。マスター」

 フリル満点な黒いドレスを身に着けた、幼女に鉢合わせた。

 閉じた日傘を持って、ケープを羽織り、頭にはリボンとレースだらけのミニハットも乗せている。そしてウェーブがかかった銀髪は腰の位置よりも長い。

 マスターという言葉だけを頼りに、米原みらいはふと問いかける。

「もしかして、リズリット?」

「その通りよ、マスター。貴女が目覚めるまで、暇だったから勝手に基地の中を探索してたの」

「それはいいけど……」

 いや、大人たちにとってはいいのかどうかは解らないが。勝手に基地を散歩するなんて。

「……その恰好はどうしたんですか? リズさんは鳥じゃありませんでした? こう、変な尻尾の、黒い……」

 身振り手振りで、リズリットの本来の姿を示す米原みらいに、リズリットは目を吊り上げる。

「変ってなによ、変って! 言っておくけど、あの姿は不死鳥なんだからね! この格好はアレよ、木を隠すなら森っていうじゃない」

 郷に入れば郷に従えの間違いかな、と米原みらいは突っ込みを飲み込んで、それ以上の地雷を口にした。

「小さいね」 背丈が。

「うっさい! せからしいわ! 人間を構成するには、構成素材が足りなさすぎたのよ、無機素材を有機素材に変換するのはすごく効率が悪いんだから仕方ないじゃない」

 いたたたた、とその言葉を言いきらないうちに、リズリットが抗議の声を上げる。

「ほんとだ……ほんとの人間みたいですね……ずるい」

 幼女と化したリズリットのふっくらほっぺを、米原みらいが抓って伸ばしていた。傷をつけたら血も出るのかな、と怖いことを口走っていたりもする。

 やめてやめて、とリズリットは懸命に暴れて抵抗中だ。

 米原みらいがほっぺから手を離し、リズリットの頭に手を置く。米原みらいとの身長差は20センチメートルくらいあろうか。ちなみに米原みらいの身長は155センチメートルである。

「ほんとにちいさいなぁ」

 頭に置いた手をぐりぐり動かす米原みらい。

 すると、咄嗟にリズリットは黒い不死鳥と化してバサバサと距離を取った。

 逃げられた。

 瞬時に姿を変えられるようだ。日傘も身体の一部らしい。

「器用というか便利というか」

 廊下からリズリットの声が言う。

「そういえば、昨日のアレ、ニュースになってたわよ」

「ニュースですか?」

「食堂のテレビがね、言ってたわ。救助作業の訓練に失敗して、ヘリが墜落しました、って。――表側ではそういうことになったみたいね」

「そうですか……」

 たくさんの人が死んで、たくさんのヘリが堕ちた。

 その隠蔽工作は、かなりの無理がかかっただろう。

 思い出すだけで、米原みらいは身体が重くなったような疲労を感じるのだった。

 あまり深く考えすぎると、重いだけでは済まされない不祥事まで思い出されそうで、いつの間にか俯いていた米原みらいは、視線を前方に戻す。

 そのタイミングで再び幼女モードに戻ったリズリットが問いかける。

「ところで、ここの責任者はどこにいるかしら?」

「それなら……」

 と、答えようとした矢先に、アナウンスが流れる。

「フェニックス、話がある。聞こえていたら滑走路まで来い。10秒待たせるごとに貴様の給料から福沢諭吉が一人いなくなるぞ」

 それはひどい。そもそも給料があったのを米原みらいは今知ったが。5分待たせてしまうと、30万円差っ引かれてしまう。

 米原みらいは駆け出した。思わず、リズリットの手を取って。

 オリンピック短距離走選手もゴボウ抜きであろう速さで廊下を爆走する米原みらい。その被害を一番に受けたのは、手を握られているリズリットだ。

 いたいいたいいたいいたい。

 ――部屋を抜け、たくさんの作業要員を避けながら狭い廊下を幾つか抜け、階段をのぼり、ただっぴろい空間を走り抜けると、そこには既に潮の香りが充満している。

 なにせ、米原みらいが属する『組織』の基地は、海上の人工島に存在しているのだ。

 小規模ではあるものの、ポートアイランドや、福岡アイランドシティなどに近い存在と言える。

 そしてエレベーターは野外と言えるような立地にあり、蒼い空と海がすぐそこにある。

 床のサイズが26メートル×16メートルという大型のエレベーターには専属の作業員が配置されていて、米原みらいは、白ヘルメットに青い作業着の操作員にエレベーターの操作をお願いする。

 敬礼で応じる作業員を確認しつつ、少女一人と幼女一人がただっ広い床に乗ると、暫くして床が上昇し始める。

 季節は6月。

 その雲一つない真っ青な晴天に、潮の香りと青い海、そこに反射する太陽のきらめき。

 米原みらいの制服と、リズリットの黒いドレスが潮風に晒され、はためき、リズリットは赤くなった手首をひらひらしながら米原みらいに毒づいた。

「貴女のお給金が幾らか知らないけど、60万くらいへったわね」

 致し方ない話だ。どう頑張っても5分ではたどり着けなかったのだから。

 滑走路に隣接する建造物を横目に、やがてエレベーターは最上部へ昇りきる。

 すると目的の人物はすぐにみつかった。何もない平坦な滑走路の先に、荒っぽいポニーテールと、白衣がはためいている。

 距離にして、77メートルほどを歩き、米原みらいは白衣の人物の傍まで行くと、その背後に声をかける。気乗りのしない声で。

「お呼びですか」

「来たかフェニックス」

 白衣の人物――常盤美央が振り返る。口元には細長いタバコが咥えられていた。 

 そしてこの日、常盤主任はメガネをかけていた。

 フェニックスという呼び名に辟易しつつ、昨日のことで何かいろいろと言われるのだろう、と覚悟する米原みらいだが。

 常盤主任は、米原みらいの姿をたっぷり観察してから、

「まずは、良くやってくれた、と言っておこう」

 予想に反して褒められ、なんだか気色が悪くて米原みらいは言葉が出ない。

「貴様が居なければ、恐らく被害はあの程度で済まなかった筈だ。確かに、我が機関の兵士50名余りを失ったのは痛い。だがそれ以上に得たものも大きかった。私にとってはだがね」

 米原みらいは、褒められたことで謝罪しずらくなる。

 本当であれば、兵士たちの撤退を助けるはずだったのに、それを見殺しにしてしまった。主任の言う『あの程度で済んだ』の中には、特殊部隊兵44名と、ヘリの操縦要員10名が含まれている。決して少ない被害ではない。

 米原みらいが俯いていると、

「貴女がここの責任者?」

 米原みらいの陰から、ひょっこりと小さな女の子が飛び出す。日傘を後ろ手にもって。

「……なんだ貴様? フェニックスに友人と呼ぶべき間柄は一人もいない筈だが?」

「あら、忘れたの? 私に『みらい』をくれるって言ってたわよね。約946080分前に」

「94万……?」

「貴女、九州に来たでしょ。私を奪いに」

 常盤主任は、少し時間をおいて、ああ。と何か思い当ったかのようなそぶりを見せる。

「……貴様、X‐4か。あの時の。まさか記憶が残っているとはな……」

「思い出してくれたみたいね」

「なるほど。それで、なぜそのような見目なのかは訊かんが、あの時の言葉と何か関係があるのか?」

「いいえ。『みらい』は既にもらっているから問題は無いんだけど、それよりちょっと頼みがあるのよね」

「頼みだと?」

「そう。貴女、責任者だってことは、それなりに大きなお金も使えるわけでしょう?」

 金。ゴールドではなく、マネー。その単語が出ただけで、常盤主任はリズリットの目的を悟った。

 米原みらいも何の話かと顔をあげる。

 ふん、と常盤主任はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「そういうことか」

 簡単に言えば『たかり』である。

「ええ」

「まぁ、貴様らの活躍に免じて多少都合してやることもできるだろうが……とりあえず要望とやらを言ってみろ」

「じゃあ、はい」

 常盤主任の承諾が出た瞬間、リズリットは1枚のA4用紙を常盤主任に突きつける。

 高身長の常盤主任は、ややしゃがみ込み、そうして指でつまんでヒラヒラさせるリズリットから、紙を毟り取る。

「……」

 用紙を読みふけること1分弱。

「なんだこれは?」

「嘆願書……? 請求書かしらね」

 そこには、日本の自衛隊が使用しているミサイルやロケット弾や爆弾の数々が40種類余り記載されていた。

「請求書といったな、貴様。よもや私に、このリストの装備を購入しろという意味ではなかろうな? 本気か貴様?」

「いえ。購入しろと言っているのよ、全種類1個づつね。本気よ本気」

 常盤主任から、くつくつと笑いが漏れる。

 世間知らずも甚だしい阿呆が、冗談は休み休み言えと呆れ、今すぐ火の点いたままのタバコを、リズリットのつるつるのオデコでもみ消してやろうかという衝動を抑え込み、常盤主任は問い詰める。

「貴様ら、このミサイル一つが幾らするか知っているのか?」

 常盤主任はリストの1番上にあるミサイルを指さす。

 リズリットはしれっと、知らない、と応え、米原みらいも首を傾げる。

 しゃがみ込む主任は、リズリットの金色の瞳に睨みを利かせながらドスの利いた低音ボイスで威嚇さながらに解説する。

「良いかよく聞け。04式空対空誘導弾は一基6000万円、93式空対艦誘導弾に至っては一基1億5000万円だ。2つ購入するだけで既に2億、のこり38種類あまりを加えれば、どれほどの値段になるかくらいわかるだろう?」

 米原みらいは指折り桁を数え、リズリットは口をとがらせる。

「何よ。買えないの? 意外と貧乏なのね、この組織」

 ヤンキー座りで煙草をくわえる主任のメガネが太陽を反射し、特攻服と見間違えそうな白衣姿は、なぜか迫力満点で似合いすぎている。木刀かクギバットか鉄パイプがあれば完璧だ。

 滑走路にたばこの灰を落とし、常盤主任は「当然だな」と言って立ち上がった。

「貴様とフェニックスの開発費用だけで2年先までの予算の半分を消費している……だというのに、それに加えてさらに30億円近い買い物などできるものか。そもそも理由はなんだ? これだけの兵器を欲するに足る理由を話せ」

 リズリットがさも当然だと言わんばかりに答える。

「複製するために決まっているじゃない」

「複製……だと?」

 主任は怪訝な顔だ。

「そ。よく考えてみて。貴女はダミーミサイルしか積めない戦闘機に、価値があると思うわけ?」

 一瞬唖然とし、そして解りきった質問だと、常盤主任は嘲笑を込めた息を吐く。

 ミサイルの使用と戦闘機の運用は切っても切れないものだ。

 そもそも戦闘機とはミサイルの運用を前提に設計されるものでもある。

 まともにミサイルが運用できない戦闘機の価値は、お湯を沸かせなくなったポット、もしくはチンはできないがトーストならできる電子レンジと同じレベルだ。

 空を飛ぶだけなら戦闘機じゃなくてもいい。

 お湯をためるだけならポットでなくていいし、トーストするなら電子レンジである必要はないのである。

 答えるまでもない質問に、常盤主任は「それで?」と続きを促す。

「私は、自分の中に取り込んだ情報しか参照できないわ。でも一度取り込んでしまえば、あとは生成することが可能になるの。でも今は元となる情報が何もない。つまり、今の状態じゃ性能を100%発揮できないってことよ」

 なるほど。と常盤主任。

「……それは困るな」 

「でしょお?」

 主任の納得に嬉々としてリズリットが身を乗り出す。

『組織』の最大戦力である米原みらいが、性能の100%を発揮できないなどと言われれば、常盤主任は動かざるを得ない。

 この交渉は、リズリットに軍配が上がった。

 常盤主任はリズリットが提示した兵器リストに視線を落とし、ふむ、と何かを思いついたかのように一つうなづいた。

「しかしそういうことならある程度融通はできるな。1本あれば事足りるのだろう?」

 こくん、とリズリット。

「例えばだが、ここに記載されているハイドラ70ロケット弾ポッドなら軍用ヘリ5機分の在庫が組織の兵器科に余っているはずだ。記載がないので必要かどうかは知らんが、対装甲車両用の兵器もそれなりにある。1本づつ程度ならば、持って行って構わんだろう。もしくは……」

 と常盤主任は、米原みらいを凝視する。

「?」

 その熱い視線の意味を解せない米原みらい。

 それに、「何、簡単なことだよ」と主任は不敵な笑みを浮かべる。

「ヘリ5機と兵士54名分の働きを、フェニックス。貴様が今後するというのなら、リストすべての兵器の新規購入を約束してもいい」

 主任のセリフに対し、嫌そうな「え?」と、嬉しそうな「ホント!?」がシンクロする。

「それならば採算に見合う条件になるからな」

 兵器の話は完全に蚊帳の外である米原みらいだが、勝手に進められた会話もさることながら、妙に破格の言い方が何か釈然としない。

 しかしそんなことはお構いし無しにリズリットは答えてしまった。

「じゃあそれで頼むわ!」

「ふふ。よかろう。口約束とはいえ契約は契約だ、兵器各種の調達は任せておけ。必要ならば正式に書類も出す」

「え、あの? 私の意見は……?」

 無視なんですか。無視なんですね。マスター第一主義はどこへいったのかリズリット。と米原みらいは不貞腐れるが、まったくもって会話は止まらない。

「とはいえ、これだけの数となるとそろえるのにある程度時間が必要だ。それまで丸腰というわけにもいくまい。ヘリの兵装はサービスしてやる。航空機用弾薬庫デポッドから好きに持っていくがいい」

「やった。話せばわかるわね、貴女!」

「それじゃ早速、弾薬庫デポッドとやらに行くわよ、マスター!」

「ちょっと待って」

 米原みらいはその前に訊きたいことがあるのだと、手を引くリズリットに抵抗する。

 なによー。とリズリットが唸るが、

「――近藤さなさんは、どうなったの?」

「ん? ああ、セラフィムなら、第二研究棟の地下施設に拘留している」

「生きてるんですね」

「貴様との約束だったからな。それにサンプルとしてみれば我々としても生かしておく価値はある。生きたまま暴走を沈められた初めてのケースだからな……」

 昨日。事件が収束した後。力を使い果たしていた米原みらいと近藤さなは、事態の後始末に来た別動隊によって基地のある人工島まで搬送された。

 その際、米原みらいは常盤主任と約束を交わしたのだ。

 近藤さなを殺さないでほしいと。

 常盤主任は事態を収束できた功績と、近藤さなから戦闘力が消失している点を加味し、『殺すかどうかの判断は、一時保留とする』という形で応じ、米原みらいと近藤さなは別々の場所へ移された。

「第二研究棟……地下施設……」

 はやくはやく、とまるで玩具を心待ちにしている子供のように、手を引くリズリットに、米原みらいが連れられていく。

 その背後に常盤主任は声をかける。

「そうだ、フェニックス。本日付で貴様は、我が『組織』の対MV科、特殊航空団所属になる、階級は少尉だ。それに伴って初任給が本日正午に振り込まれるはずだ。心しておけ」

 米原みらいとセラフィムの処遇を伝えることが、常盤主任の呼び出した理由だった。

 それだけを告げると、常盤主任は再び背を向けて、煙草を燻らせ始める。

 え、あ、はい。

 米原みらいはそんな歯切れの悪い返事とともに、エレベーターの方角へ連行されていった。



 航空機用弾薬庫デポッドは、基地内中央の最下層にある。

 階段を幾層か降り、航空機用弾薬庫デポッド近くの赤いジャケットの作業員に、米原みらいが事情と要望を告げる。

 しかし、米原みらいの弾薬庫への立ち入りは許可されていないようだった。もしくは安全のためということだろう。

 作業員は、常盤主任及び他の上官への確認を取った後、決定した対応を説明してくれた。

 要約すると、“兵装は上層のガレージまで持っていくので、上で待機していてくれ”ということらしい。

 そんな作業員は終始実にキビキビしていて、敬礼も動きもまるで上官に接する部下のようだった。相手は見た目女子高生一人と、ちびっこだというのに。

 米原みらいは言われるままに再び上層に戻り、暫く待っていると、兵器運搬用の台車に乗った兵装が運ばれてきた。

 二人の目の前に、細長い円筒状の兵器を積んだ台車が止められる。

 それを見た瞬間、すごかぁ! とリズリットは口走った。

 そうして次々にやってくる兵装が、各1発づつ床に並べられる。一見して展示会のような様相だが、すべて実弾であり、担当作業員が物々しい顔で米原みらいたちに睨みを利かせてくる。

 だがリズリットの視線も意識も何もかもは、すでに兵装にくぎ付けだった。

 リズリットは日傘をわきに挟み、胸の前で両の手を組んで祈るような仕草で両目を輝かせる。

「いいわ。素敵ね、マスター!」

 壮観だわ。と、米原みらいに振り向くこともせず、その言葉は発せられた。

 米原みらいはといえば、やっぱり兵器に関しては疎く、ミサイルをみて感激する心境も解せないため、お、おう。という感じの返答だ。

 というより、リズリットは米原みらいの返答や反応などどうでもいいらしく、早速並んだ武装たちを観察し始める。

 AGM‐114『ヘルファイア』(空対地ミサイル)をしげしげと眺めては、

「大きくて太くて黒い……」と、うっとり。

 次にハイドラ70ロケット弾をじぃ、っと凝視しては、

「この青くて細長いのも良いわね……一度にたくさん積めるもの」と、さらにうっとり。

 その次に、AIM‐9Mサイドワインダーミサイルに駆け寄り、

「待望の空対空ミサイルだわ! 最新式ではないけど、歴史と伝統の不朽の名作ね、ローレロンが可愛いわ」と、大はしゃぎ。

 そして、煙幕やチャフ類などの他の兵装もいくつか見て回り、最終的にある兵装の前でふと立ち止まった。

 96式40ミリ自動擲弾銃である。

 ベルトリンク給弾で、毎分300発近いグレネード弾を最大2200メートル先まで投射する兵器であり、ミサイル等よりも手軽に使用できる利点がある。

「……」

 それまでと違って言葉も無く、リズリットはただじっとそれを見つめている。

 やがて徐に、ねえマスター、と米原みらいに声がかかる。

「な、なんでしょうか?」

 米原みらいのちょっぴり引き気味の返答。

「これどう思う?」

「えッ? い、いいんじゃないですか?」 

「ほんとに? 私的には戦闘機には機関砲以外ありえないとおもうけど、マスターに合うサイズにリライトするとどうしても機関砲の口径が小さくなるじゃない? 軽装甲の目標や、フィジカルな弾体の迎撃には向いてるけど、単発の威力と制圧力、非巡航形態での低速戦闘の可能性を考慮したばあい、このオートマチックな……」

 米原みらいの思考が、自動的にリズリットの解説をシャットアウトする。長いし解らないのだもの。

「いいんじゃないですか!」

 とりあえず、良いとだけ言う。もう解説もその辺でいいんじゃないですか。

 そんな意味もこもっていたりするかもしれない。

 結局リズリットが求めているのはマスターの意向だ。

 機関砲以外の近接兵装を積むなんて、戦闘機の化身としてのプライドに関わる。そう思いながら、マスターのことを考えると必要な装備だとも考えている。だからマスターが積めというなら、嫌だけど積んであげる。そんなリズリットの心根など米原みらいは知らないが、ただ面倒だという理由で、

「もう全部持っていけばいいじゃないですか」

 と、投げやりに断言した。

 リズリットは微笑む。

「そうね。マスターがそういうなら。私の美意識には反するけど、仕方ないわね」

 そうしてリズリットは日傘を広げて、並べられた武装たちに向けて掲げる。

 すると米原みらいは、突然周囲が暗くなったかのような錯覚に陥った。

 周辺で見守っている作業員たちも同じらしく、顔を見合わせたりしている。

 やがてリズリットの口から呪文のような言葉が、ポツリポツリと聞こえてくる。

「――構造解析。材質解析。解体、霊機再編開始」

 兵器たちが光輝き、構成する材質が紐解かれていく。

 分子、元素単位で分解されていくそれら一つ一つが輝きを放ちながら、日傘の先端に吸い込まれていく。

 米原みらいも、それを見つめる作業員も、ガレージ内のすべての人員が、その情景に心奪われ、固唾をのんで見つめている。

 傘の先端を特異点としたブラックホールに、輝く粒子たちが吸い込まれていくさまは、一際幻想的でさえあった。

 そして30秒ほどですべての兵器がその場から消え失せた。

 リズリットは両の瞳を閉じ、左掌を自分の胸に宛がう。

「――概念記録。霊機素子結合……リライト。縮尺固定。マスタライズ……」

 兵装の心と体を介するように、その在り方を記憶に刻むかのように、その生い立ちを辿るかのように、リズリットはその存在を咀嚼し、飲み込み、消化し、糧として自分の一部にしていく。

 やがて。

「……全行程終了」

 作業員たちが唖然とする最中。

 リズリットが眼を開き、日傘を閉じて、マスターに進言する。

「とりあえず、兵器倉にはデフォルトでサイドワインダー、ヘルファイア、ハイドラを混成でいくつか積んでおくわね。グレネードランチャーは少し改修が必要だけど、次の戦闘には間に合わせるわ。OK?」

「……う、ううん……!」

 困ったような、迷うようなニュアンスを存分に含んだまま、うん、と米原みらいは頷く。

 よし。

 とリズリット。

「それじゃ、もう用事も済んだことだし、ちょっと街へ散歩にでるわよ。この人工島の街並みにも興味あるし」

 あれ? と米原みらいは思う。

 そして食って掛かる。

「いやいやいや、私の用事が残ってますよ!」

「そんなの知らないわ。聞いた覚えもないもの」

 しれっと言われる。そげなばかな。

「第二研究棟に行かないと……!」

「ふーん」

 とリズリットは日傘を後ろ手に持って、空っぽになった兵器用台車にかつんかつんと悪戯にキックを入れる。すごく退屈そうに。

「絶対行かないとダメなのそこ?」

 うん。絶対。と米原みらい。

「余り気が進まないなー?」

 やめようよ、と視線で言われるが、

「じゃあ別にいいですよ。私だけで勝手に行きますから」

 くるりと踵を返し、米原みらいはカツカツと足早に歩き出す。

 その背後からバサバサと音がして、

 がすっ! 

「いたぁっ!」

 米原みらいの悲鳴がして、足が止まる。米原みらいの頭に、鳥になったリズリットがツメを立てて乗っかっていた。

「なにするんですか! 気が進まないんじゃなかったんですか!」

「なにを言ってるの、別に行くとは言ってないわよ」

「じゃあ離れてください」

「・・・・・・」 無視。

「あ、ひどい。無視するー!」

 離れてくださいよー、と無理やりはがそうとしても、爪が頭に食い込むばかりだ。イタイイタイ。

 さらにリズリットは皮肉げに言う。

「あら、いいの、マスター? 私と戯れていたら行くに行けないわよ?」

 米原みらいは、はたと気づいた。

 リズリットは行かせないよう時間稼ぎしてるだけなのだ、と。

「リズはいじわるですね!」

 文句を言いながら、再び米原みらいが足早に歩きだす。

 すると、もれなく頭に乗っているリズリットもついてくる。

 ぷんすかしつつ米原みらいは毒づく。

「結局ついてきてるじゃないですか」

「勘違いしないでよね。私は貴女に乗ってるだけよ。勝手に行くのはマスターだけでしょ?」

「なにを言ってるんですか、もー!」

 そんな感じで、なんやかんや言い合いながら、米原みらいとリズリットは基地を後にするのだった。






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