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これはひどい短編集。

とある脇役の生存戦略

作者: 笹の葉粟餅

かっとなってやった。反省も後悔もしてる。

厳めしくも洗練された直線で構成される、ドールン王立学園大講堂では、入学式恒例の「学園長の長話」が延々と続いている。


――どうしてこういう式典の、長のつく役職の人の話って、こうも無意味に長いんだろう。


ダブルボタンと詰襟の首元が、軍服を思わせるワンピース――落ち着いたくり色に、袖口と襟元を飾る青藍せいらんのワンポイントをアクセントにしたそれは、どうも一番の不人気デザインだったみたいで、同じデザインの生徒は私の他にはいなかった――の襟元を直すふりで溜息をつきながら、微妙にズレてる学園長のズラに目を向けることで、現実逃避をしてみる。


私ことカロリーン・ノールデルメールは、アルヤン・ノールデルメール騎士爵の一人娘だ。


騎士爵は一代限り。母のシャンタルは騎士爵の娘で、祖父にあたるひと共々、物心つく前には亡くなっているが、父のアルヤンが健在である間は、娘である私も、貴族の端くれの更に端に辛うじて引っかかる。


ただし、父が健在である間に私が何らかの手柄を立てて騎士爵を賜るか、どこぞの貴族の令息の妻になるかしなければ、父の死と共に身分は一介の平民のそれとなる。


もっとも私には、手柄を立て叙勲される気も、貴族の妻になる気もない。


地味に目立たず、どこかその辺の隅のほうで、ひっそりしていたいんだけどなぁ……と、とまた一つ溜息をつく。


本音を言ってしまえば、学園になど入らず、趣味と実益を兼ねた薬草栽培の腕を生かして施薬院の薬草園の園丁見習いにでもなって、ほろ苦くも優しい香りの草花を友に一生を送りたかった。


だから、七つの歳に行われる、一生の“守護者”となる高次存在を降ろす「御降みおろしの儀」では、できれば地霊ノーム、それが無理なら地精アーシーズでお願いします、と祈ったのだが、それがよくなかったらしい。



《てめえ、まだそんな甘ぇこと抜かしてやがるのか? おれが降りたからには、地味に目立たずなんて抜かしてられるわけがねえだろう》

《甘くて結構! 君が何と言おうが、私は地味に! 目立たず! こっそりひっそりと! 学園生活を送ってやるっ!》



明らかにこちらを小馬鹿にした思念に、眉間に入りかけた亀裂をどうにかねじ伏せる。


普段は地霊ノームが好んで取る擬態の一つ、蛇の姿を取って前腕に巻きついている“守護者”のお蔭で、すっかり無表情が板についてしまった気がする。


二番目に得意なのは無表情な微笑みですが、何か?


……って言うか、そもそも、君みたいなのが降りてきちゃったことがおかしいよね、どう考えても。


下手したら教会に異端認定されるんじゃないだろうか。


うわあ、異端審問官となんて、仲良くしたくないぞ!



《このおれが異端認定なんざされるわけねえだろ。大体、降りてやったってえのに、初対面で「チェンジで!」と叫びやがったてめえも大概じゃねえか》

《君に弾き飛ばされて、ものすごく困ってた地精アーシーズがいたからね。だからチェンジで! ってお願いしたんじゃないか。本当に、あの時の地精アーシーズ、困り切ってたんだぞ?》

《このおれよりもあんな地精ザコの方がいいなんて言われちまったら、余計チェンジできねえだろうが》

《最低だ。前から思ってたけど、君って本当に最低だな! 人の嫌がることはやっちゃいけませんって習わなかったのかい!?》

《日曜教会じゃ「人の嫌がることはすすんでやりましょう」って言ってたじゃねえか》

《……とにかく! 君は! これ以上私の目指す平穏な生活に不穏をぶち込まないよう! おとなしくしていてくれ!》



精神接続を強引に遮断し、痛むこめかみを指で押さえたくなるのを気力で堪える。


あの「御降しの儀」の日から九年間、このトンデモ強引俺様野郎に降りられてから、私の心の休まる日は数えるほどしかない。


今でこそ、ちょっとばかり園芸が得意で、騎士爵の父に手ほどきを受けた剣の腕は十人並よりちょっと下、魔法も、園芸用にと土属性が人並みに、あとは申し訳程度に水属性が使えるようにはなったけれど、この程度ならそこらじゅうに転がっている。


なのに、あのトンデモ強引俺様野郎ときたら、どこかの遺跡に魔対戦時代の複合合成獣キメラがいたからちょっと見に行くぜ、とか、どこかの墳墓にノーライフキング湧いたから見物行くぜ、とか、どう考えなくても頭がおかしいとしか思えないチョイスで、いたいけな女児を引っ張り回してくれていた。


お蔭で、八歳の誕生日を迎えるまでには、月始めに遺書をしたため、ライティングデスクの隠し引き出しに入れておく習慣がついてしまった。


そうでなくても、今年度の入学生には厄ネタ……もとい、社交界とは縁遠い身の私の耳にも噂が届くような方々がいるって言うのに!


もう本当に、何なんだろう。


王太子殿下に始まり、宰相だの宮廷魔術師だの近衛騎士団長だの次期法王最有力候補の枢機卿だの王族級の豪商の息子とか、留学生の隣国の王子とか、訳わかんないくらい盛りすぎで、字面だけで吐きそうだよ。


まだ複合合成獣キメラとかノーライフキングのほうが可愛げが……あってたまるか! 落ち着け私、色々とおかしなことになりかけてるぞ、思考が。


……ああ、実家の庭が恋しい。


地味で目立たなくても、大地に根を張り逞しく生きる健気な植物たちに囲まれた、あの楽園が恋しい。


庭仕事がひと段落したところで、ふんわりと上品な、淡い薄紅色の花を咲かせるアーモンドの下で、ミントとレモングラスのお茶を飲む午後のひとときが恋しい。


夢と希望と青春が詰まった学園生活の幕開けである入学式の真っ最中に、胃の痛みと戦う新入生って、一体なんなんだろう。


微妙にズラがズレたまま、学園長は抑揚のない声で延々と空疎なスピーチを続けている。


生え際とズラの微妙なズレが、いっそ芸術作品的な何かに見えてきた。


……私、生まれ変わったらスライムになって、地下迷宮ダンジョンの隅っこで、苔と地下水食べてひっそり生きるんだ……。


こんな状況だし、暗く湿った地下迷宮ダンジョンの、探索者も立ち寄らないようなどこか隅っこの水辺で、もそもそと僅かな苔と湧水を食べて、無思考に、ただ生存するだけのスライムに憧れても、いいよね別に。


なのに。


《そいつは無理ってモンだぜ。おれの“守護”は魂魄にガッチリ根付くタイプなんでな。生まれ変わろうが何をしようが、スライムそんなもんになってのんびり地下迷宮ダンジョン生活なんざできねえよ》


切ったのに無理矢理接続してくるとか、何考えてるんだ!? プライバシーの侵害だぞ!?


って、いやそうじゃなくて、今なんかさらっととんでもないこと言ったよね!?


え、何それ聞いてない! 聞いてないよ!?


《そりゃ聞かれてねえからな》



本当に、本っ当に、ほんっっっっとぉーに、最低だっっ!


最低過ぎて何に例えていいかわかんないくらい最低だっ!


私はただ、静かに穏やかに、地道でも堅実な人生を送りたいだけなのに……主神様は私に何か恨みでもあるんですか? それとも、煉獄でも清められないような、神罰クラスの大罪を前世で犯したりしてましたか!?


なんだかもう、現段階で人生詰んでるっぽいとか、どうしたらいいんだろう。


それ以前に、そもそも自分の“守護者”が“何”なのか分からないって、相当問題なんじゃないか?


私、そもそも“何”なのかも教えてもらってなかったよね!?



《ま、その辺はそのうち教えてやるよ》



そのうちっていつだよ!



《そのうちはそのうちだ。九年待ったんだ、もうちょい待っても変わんねえだろ》



変わらないけど、私の何かは減るよね。心とか精神力とかそういうのが確実に。


ああ、本当に。



「もう、やだ……」



あ、学園長のズラが落ちた。


平和って、どこにあるのかなぁ……。

お、乙女ゲームさん生きてる、よね?

これ乙女ゲームでも許される、よね?

ね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 一話二話、出来たら三話目を、なんて思うのは狸の皮算用?
[一言] 『……もっと…よみ…たい………』              彼女は、最後にこのような遺言(ことば)を残して逝ったわ。 、っ、、貴方なら、、何か、解るかしら? お目汚し失礼しました…
[一言] 未だ乙女ゲームは芽吹かず。 埋める前に種の選別しましたか? 水に沈めて浮かばないやつが必要ですよ。 きっとポテンシャルとしては十分乙女ゲームなはず…! 冗談はさておき、とても面白かったです…
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