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2016年/短編まとめ

喧嘩なんて、憂さ晴らし以外の何物でもないんじゃないですかね

作者: 文崎 美生

悪趣味だなぁ。

ぼんやりと目の前で起こっていることを、他人事のように眺めていた。

額縁の中の絵画を見るように、ブラウン管の中の映像を見るように、そんな風に目の前の状況を見つめる。


パタタッ、と足元に飛び散った赤。

ドラマとか小説であるような、衝撃的で綺麗な赤じゃなくて、地味で汚い赤だった。

それに視線を落としてから、その赤の持ち主を見る。


可哀想に。

一番最初に出てきたのがそれ。

顔が原型を留めていない。

絶対に鼻の骨とか折れているだろう。

心の中でそっと合掌をして憐れみながらも、私は突っ立っているだけ。


「ゆう兄、しょう兄。まだ?」


路地裏の薄汚れた壁に背中を張り付けながら問い掛ければ、同じ顔の男が二人振り返る。

着古しつつある学生服には、所々汚れが付いていて、先程見たのと同じ赤が混ざっていた。

やだなぁ、洗濯、大変そう。


「ごめんねぇ」


「もう少し待ってろ」


媚びたような甘えた声を出しながら、ゆう兄は笑顔で足を振り上げた。

スラリとした足が、相手の腹部にめり込むのを見て眉を寄せる私。

見ているこっちが痛い。


しょう兄の方は、舌打ちをしながら相手の顔面目掛けて拳を叩き込む。

めり込んでる、全体的にめり込んでる。

骨と骨のぶつかる音に耳を塞ぎたくなった。

痛い痛い。


何が楽しくて喧嘩なんてするんだろう。

高校生にもなると、男女の力の差なんて大きくて勝てるとは思えなくて、そういうのに参加したいとも思えない。

中学生の頃も、こういうのに付き合わされてはいたが、今と同じように眺めていた。


楽しそうに笑いながら相手を殴る蹴る、ゆう兄。

無表情で淡々と作業ゲーのように相手を殴る蹴る、しょう兄。

血の繋がった兄妹でも理解出来ないものがある。

得物なしの素手なのは好感が持てるけど。


狭い路地裏で暴れに暴れるものだから、離れて見ていても赤いのが飛んでくる。

磨いたばかりのローファーに飛んだそれを見ながら、小さく舌打ちを一つ。

聞こえたらしいゆう兄もしょう兄も、目を丸めて私を見たが、そんなことしてる暇があるなら、とっとと終わらせて欲しい。


「あはは。怒った?」


ぶらん、と相手の首を鷲掴みにしたまま私に問い掛けてくるゆう兄。

――相手は泡を吹いている。

邪気しか感じられない笑顔を私に向けないで。

怒ってないから、帰って靴洗いたいだけだから。


「靴なんて新しいの買ってやるよ」


しょう兄に至っては、転がっている相手の制服をまさぐって財布を取り出している。

それは窃盗という名の犯罪だと思う。

この喧嘩も充分傷害とかそういうのに引っ掛かりそうな気もするけれど。


お札だけ抜き取られて、財布本体が投げ捨てられるのを眺めながら何故こんな風に、兄二人が育ってしまったのかと思う。

お母さんだって、たまに凄い顔をするのに。

男の子はヤンチャだから、で済ませられないぞ。


はぁ、と肺の中に溜まった重たい空気を吐き出しながら壁から背中を離す。

時間を確認しようとポケットから携帯を取り出しながら、二人を見た。

もう終わったんでしょう、帰ろう。

そう言うよりも先に、二人が目を丸めて私を呼ぶ。


あぁ、何、今日はそういうパターンですか。

未だにガラパゴスな携帯を握り締めて、そのまま利き手を引く。

どんなに握力がなかろうと、力がなかろうと、ガラパゴスな携帯を握って殴れば、まぁ、痛い。

と言うか、頬骨逝かせたかもしれない。


手の骨が痛む。

いくら携帯が馴染むからと言っても、私の手の皮も骨もそこまで丈夫じゃないので、一発が限界だ。

あぁ、本当に痛い。

生理的な涙が浮かび上がる。


「こんなのの何が楽しいの。ドエムなの」


ジンジンと骨に響く痛みを感じながら、利き手を抑える私を見て、二人が顔を見合わせた。

それから同じ顔で同じように笑って、私の真横に倒れている男を放送禁止レベルにし始める。

何でそんな笑顔なの、怖いんだけど。


路地裏が真っ赤になるのを見ながら、痛む手を感じて、やっぱり悪趣味だと思った今日この頃。

――それより、早く帰りたいんだけどなぁ。

二人の兄さんは相変わらず血の海を楽しんでいた。


「……早く終わらせてってば」

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― 新着の感想 ―
[一言] 熱くなっている、兄二人と冷めた目で彼らを見ている妹のコントラストが、この兄妹の関係になんとも言えない不思議な感覚を抱かされました。 文崎さんはパターンに決まりがなくて、それでいて、それぞれ…
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