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君といられれば

作者: 竹仲法順

     *

 夏の朝、自宅マンション正面の窓を開ける。新鮮な空気が入ってきた。深呼吸しながらリビングを通り抜け、キッチンへと歩いていく。ボクも朝方は暇がない。急いでコーヒーを二杯アイスで淹れた。一杯ブラックで飲み、もう片方に蓋をして冷蔵庫に入れた。そして必要なものを詰めたカバンを持ち、歩き出す。

 ベッドには同棲している夏帆が眠っている。行く間際に一言声を掛けた。

夏帆(かほ)、コーヒー淹れて冷蔵庫に入れてあるから、飲んでね」

「……分かった。今日も暑くなりそうだけど、お仕事頑張ってね」

「ああ。いくらか疲れてるけど、大丈夫。俺もずっと仕事だしな」

「ペットボトル持っていってる?」

「うん。喉渇くからね。それに帰宅時間も遅くなりそうだし」

 そう言って部屋出入り口へと向かう。さすがに暑くなるのは察しが付いた。玄関口に行って扉に施錠をし、歩きながら、いろいろと思う。休みの日以外はずっと仕事だ。別に気にしてなかった。社会人というのはこんなものだと感じながら……。

     * 

 マンションから歩いて十五分ほどのところに会社がある。いつも思っていた。近いのはいいけれど、朝オフィスに行けば丸一日缶詰である。企画書や上役が会議などで使う資料などを打ち続けていた。昼休みになれば、近くの牛丼屋かファーストフード店で食事を取る。

曽野(その)、午後からの会議の資料、出来てるか?」

 昼休み前に課長の上浦(かみうら)が訊いてきた。

「ええ、完成してます。後で課長のパソコンにメールでお送りいたしますので」

「ああ、分かった。……飯食ったらすぐに戻ってきてくれ。午後から俺も戦になる」

「分かってます。課長も気を張られてると思いますので」

 そう言って一礼し、フロアを出る。今日は牛丼を食べるつもりでいた。確かに外は猛暑だ。ボクも締めていたネクタイを緩め、半袖のワイシャツの袖を捲って歩き続ける。いつも単身で行っていた。

 同僚たちも多分、同じ時間帯に食事を取っていると思われるのだが、大抵弁当などを持参していて、社の休憩室などで食べているらしい。うちの社は規模が小さいので、社員食堂などはない。

 牛丼屋に入り、すぐに並盛りを一杯汁だくで頼んで待ち続ける。その間、約三十秒だ。あっという間に食事が届く。これが牛丼屋の一番いいところだった。待たないで済むという。

 きっちり一人前、食べ終わり、レジで食事代を清算して歩き出す。別に普段と変わらなかった。ファーストフード店でフィッシュバーガーのセットものを頼んで食べる時も、単に和か洋の違いだけで、別に関係ない。

     *

 上浦たち上の人間が参加した午後からの会議も無事終わり、一日の業務が終了すれば、社を出て歩く。最近残業がなくて午後五時に帰れる。連日の暑さで蒸されていたのだが、体調に若干影響するだけで、メンタル面で変わりはない。

 帰宅すると、夏帆が食事を作り、待っていて、

卓士(たくじ)、お帰り。お仕事お疲れ様」

 と言い、冷蔵庫から冷えた缶ビールを二缶取り出して、片方をボクに手渡す。そしてプルトップを捻り開け、カツンと合わせて乾杯した。軽く飲んだ後、スーツ姿のままだったので、

「着替えてくる」

 と一言言い、クローゼットのある寝室へと向かう。夏帆はまだ食事を取ってないようだった。帰宅後ぐらいゆっくりしたい。実際、昼間はずっと仕事だからだ。休む間はない。彼女が、

「卓士、食事冷めちゃうわよ」

 と言ってきたので、

「ああ、今行く」

 と返し、部屋着に着替えた。そして食事があるリビングへと向かう。さすがに疲れていた。体の芯に疲労が溜まっている。夏の暑さが祟っていた。お盆まで仕事が続くのだけれど、休める時はゆっくり休んでいる。特に夜は眠る時間に充てていた。

     *

 夏帆は夜同じベッドに入ると、遠慮なしに抱きついてきた。体を重ね合い、愛し合う。別に抵抗はなかった。混浴後など、互いの髪からシャンプーやコンディショーナーの残り香が漂い、嗅ぐといい香りだなと素直に思える。

 彼女とはずっと同棲していた。別にそう気にすることなく、一緒に毎日を送っている。夏帆も性行為しても、まだ妊娠の兆候は見られなかった。だけどそれでもいいのである。返って子供が出来たら出来たで大変だろうからだ。

「卓士」

「何?」

 その夜も性交が終わり、半裸のままベッドにいると、彼女が言ってきた。

「毎日お仕事で疲れてると思うから、夜は癒してあげるわ」

「ああ、頼むよ。……俺も君がいなきゃダメなんだ」

「そう?……あたしのこと、必要?」

「当たり前だろ。いないと困るよ」

「嬉しい」

 夏帆がまた腕を絡めて抱きつく。応じて抱き返した。そのまま抱き合い続ける。さすがに午前零時前には眠ってしまったのだけれど……。昼間の過労やストレスは、夜、彼女と抱き合うことで解消される。

     *

 その夜も更け、朝がやってきた。珍しくいつもは朝が弱い彼女が先にキッチンに立ち、コーヒーを二杯淹れてトーストを二枚焼く。そして付け合せに野菜サラダを二皿と、ソーセージの入ったスクランブルエッグを二皿作った。栄養を付けないと一日を乗り切れない。ボクも歯を磨き、顔を洗ってしまってから、電動髭剃り機で髭を剃り落とす。

「卓士、朝ご飯出来たわよ」

「ああ、今行く」 

 そう返し、キッチンへと歩く。気になることなど山ほどある。現に打たないといけない企画書などたくさんあった。サラリーマンは大抵、胃に穴が開くまで頑張らない。潰瘍が出来る前にドラッグストアなどで胃薬などを買い込み、服用してから治していた。

 食事が終わり、

「行ってらっしゃい」

 と夏帆が声を掛けてくれる。歩きながら今日は会社で何があるのか、気になっていた。一つの部署に詰めるのは窮屈だったが、仕方ない。おそらく万年滅私奉公である。そう思っていた。

 絶えず歩き、街の光景を見つめる。通り慣れた道でも所々が変わっていた。普段全く気にならないようなところでも微妙に変化している。コンビニや量販店などが出来たりして、だ。

 ふっと思った。これからも彼女とずっと一緒にいたいと。夏帆はボクにとって、大切でかけがえのない人間だ。ゆっくりと歩いていくつもりでいた。いられれば、それ以上に幸せなことはない。そう感じていた。もちろん、いずれ互いの肉体は消滅する。でも、この地球上で愛し合ったことは確実に残るのだ。人間の愛の歴史の一ページに克明に刻み込まれ……。

                              (了)


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