【057】
「うわあ……大きいですね。これは、一体何なんですか?」
スゥは、その巨大な物体が何なのかを知らなかった。
「ロケット、ト言イマス」
「ロケット? これは何に使うモノなんですか?」
「コレハ、宇宙ヘ、行ク為ノ、モノデス」
「宇宙、ですか?」
スゥには、〝宇宙〟と言う単語も一体何なのか分からなかった。ロケットにしろ、宇宙にしろ、それらは日常的に使用される単語ではないからだ。
「宇宙、ト言ウノハ、空ノ先ニ在ル、世界ノコトデス」
「空の先には、空がずっとあるんじゃないんですかっ!?」
「ハイ、ソウデス」
スゥは、眼を大きく見開き驚いて見せた。空の先に空以上の何かが在るだなんて考えたことも無かったからだ。
「ソシテ、宇宙ノ先ニモマタ、宇宙ガ広ガリ、ソノ先ニモ、宇宙ガ広ガッテイルノデス」
「宇宙ってそんなに広いんですか……」
スゥは、あまりに広大なスケールに、ただただ感心するしか出来なくなっていた。あまりに、大きな話だっただけに、理解が出来ていなさそうなスゥを見て、エメトは、分かり易い話に変えた。
「デモ、宇宙ヲ、身近に感ジ取ル事は可能デス」
「本当ですか!」
スゥは、ぱあっと明るい表情を見せる。
「星ヲ、見タコトハ、アリマスカ?」
「星ですか? はい、見たことあります。とっても綺麗です」
「ソノ、星ガアル場所ガ、宇宙ナノデス」
「ええ、そうなんですかっ!?」
エメトの口にする話は、スゥを一々驚かせた。
「全然、知りませんでした」
「ソシテ、私ハ、アソコヲ、目指シテイマス」
エメトは、空を指差す。その指差した先に遭ったのは――月だった。
「まさか、月……ですか?」
「ハイ、ソウデス」
スゥにとって、月は空にあるモノであり、眺めるモノであり、夜の灯でしかなかった。それを目指すと言う発想そのものがまるで無かったスゥには、エメトの口から次々と出て来る言葉は、新鮮であった。
「私ハ、自分ノ、生マレタ故郷ヲ、探シテイマス」
「故郷を、ですか? 月が故郷じゃないんですか?」
「ドウデショウカ。ソウカモ知レマセンシ、ソウデナイカモシ知レマセン」
曖昧な返事をすると、エメトはクロードから受け取った部品をロケットに組み込み始めながら、話を更に続ける。
「私ガ、記憶シテイル、私ノ故郷ハ、何モ無イ、殺風景ナ、所デシタ」
「殺風景ですか?」
色彩豊かこの惑星では、殺風景と言う言葉とは無縁であった。太陽の赤色。海の青色。木の緑色。月の黄色。土の茶色。色がそこら中に散りばめられたこの惑星では、少なくとも殺風景だと思う者は、いなかった。
「ハイ。私ノ、惑星ハ、木ヤ花ハ枯レ果テ、大地ハ干バツ、シテイマシタ」
「なんだか、それは寂しいような感じがします」
「確カニ、ソウカモ、シレマセンネ。ダカラ、コノ惑星ヘ、訪レタ時、驚キマシタ。コンナニモ、美シイ惑星ガ、存在スル、ダナンテ」
しかし、それらが当たり前となってしまった人々にとって、そこに在るのが当たり前となってしまえば、それらは無いものとあまり変わらなかった。色彩豊かであることよりも、そこに違和感を覚える様な色があって初めて、それらに目を配るような有様だった。
それは、当たり前と言う慣れが生んでしまった、ある種の弊害なのかもしれなかった。
「だから、ここでこんなにも綺麗なお花を育てているんですね」
スゥは、庭園全体を包み込まんばかりに両手一杯に広げる。
「自分デハ、良ク分カリマセンガ、ソウナノカモ、シレマセン」
エメトは、それを表情には出すことは無かったが、スゥにはエメトが照れている様に見え、それがどこか面白可笑しく小さく笑みを溢した。すると、スゥは途端に表情を曇らせた。
「ドウカ、シマシタカ?」
「月へ早く向かいたい気持ちは分かります。でも、出来れば出発を少し遅らせて欲しいです」
「クロードサン、ノ事デスネ?」
エメトの問い掛けに、スゥは黙って頷いた。
「クロードサンニハ、本当ニ、迷惑ヲ、オ掛ケシテイルト、重々承知シテイマス。シカシ、次ニ、月ヘト向カウチャンスガ、訪レルノガ、一体イツニナルノカ、分カラナイノデス」
「チャンスですか? ロケットに乗っていつでも行けるんじゃないんですか?」
「イイエ、残念ナガラ」
エメトは、首を左右に振る。
「コノ惑星ノ、重力ガ、他ノ惑星ニ、比ベテ、重イノデス。ダカラ、私ノ使用スルエンジン、デハ、大気圏ヲ、超エル事ガ、出来ナイノデス」
「じゃあ、どうやって月へ行くんですか?」
「ソレハ、風デス」
「風で空を飛べるんですか?」
スゥは、首を傾げる。
「勿論、普通ノ風デハ、飛ブ事ハ、出来マセン」
「だったら、どうやって飛ぶんですか?」
「風ト風ガ、ブツカルト、ソレハ天ヘト、向カイマス。ソノ、力、ヲ利用シテ、月ヲ目指シマス。ソレヲ、私ハ、空吹ク風――ト、呼ビマス」
「空吹く風、ですか?」
空吹く風とは、吹き過ぎていく風を気に留めないよう、周囲の事に無関心であることを指し示す言葉だ。エメトは、それを転じて、自由気ままに浮き抜ける風のことを、そう呼んでいた。




