王妃様と異世界から来た少女
とある世界のとある大陸のとある国。
戦争なんてここ何十年も起きておらず、国民の生活水準も決して低くない、とっても平和な国。
そんな国を統治するのは、寡黙で見た目がちょい悪親父だけど、賢帝として讃えられている今年45歳になる国王です。
国王には王妃様との間に、3人の息子がいます。3人の息子たちは皆仲が良く、よくある泥沼の権力争いなんてあり得ません。
国王一家のすむ王宮も、まあ人間関係のイザコザはあるにしても、平和でした。
しかしある日、その平和で平凡な王宮に刺激的なパンチが打ちつけられたのです。
なんと、政務の間に庭でお昼寝をしていた第一皇子の身体の上に、一人の少女が舞い降りたのです!
舞い降りた、なんて綺麗な言葉を使いましたが、実際は第一王子の上に勢いよく落ちてきました。王子は「ぐえっ」と蛙が潰されたような声を出してしまったのですが、周りに誰もいなかったのでそれを知るのはいなかったのが幸いでした。
まあそれは置いといて。
巡回していた近衛兵によって、潰された王子とその上に乗っかる少女はすぐに発見されました。
平和ボケしていた王宮は突然の侵入者に大慌てです。見る限りでは害はなさそうな少女。と、言うかその少女は完全に怯えきっていて今にも泣きそうな状態でした。いたいけな少女を相手に、どうしたら良いかと悩んでいた王宮を守る近衛兵らを救ったのは、王子の一言でした。
「私が責任を持って保護しよう」
かくして、突然現れたこの少女は第1王子によって王宮に保護されることとなったのです。
少女の名は、山田舞。地球と言う惑星に生まれた生粋の日本人です。つい最近高校を卒業したばかりで、あと数日もすれば花のキャンパスライフに身を投じるはずでした。
しかし何を間違ったのか、突然空から落下し、着地したのは人の上。状況を確認する間もなく、腰に剣らしきものを携えた近衛兵たちに囲まれて、恐怖に怯えることしかできませんでした。
それを救ったのが、舞が下敷きにしてしまった王子でした。暫くお腹を抱えて悶絶していた王子は、立ち上がると舞に背を向ける形で目の前に立ち、言いました。
「私が責任を持って保護しよう」
王子がそう言うと、舞を取り囲んでいた近衛兵たちは数人を残し去っていきました。それを呆然と見ていた舞に、膝まずいた王子は言いました。
「突然私に舞い降りたお姫さま、お怪我はなさいませんでしたか?」
穏やかで優しい物言いに、舞は安堵するとともにうっかりときめいてしまいました。
王子が即刻舞を保護すると決断なすったのには理由がありました。実は、王子は舞に一目惚れをしていたのです!極々平凡な舞の容姿ですが、王子の琴線に触れる何かがあったのでしょう。舞の正体を確かめることもせずに―平和すぎるのも考えものです―、王子は舞の傍にありたいと願いました。
舞を保護してから王子は積極的に舞の元へ訪れ、戸惑い気味の舞を精一杯慰めました。元来の性格がおっとりしていて優しい王子に、警戒心が削がれた舞は次第に打ち解けて心を開いていきました。
舞の心の中にも、王子を想う気持ちが少しずつ育っていきました。しかしそれと同時に思うのは元居た世界のこと。気持ちが大分落ち着いてきた舞は、自身の置かれた状況を何となく察していました。おそらく、ここは自分の居た世界とは別の世界であることを。そしてそれを王子に話した際、帰る方法は今のところ全くないと聞かされてはいましたが、だからと言ってすぐに諦めることなどできるはずもありませんでした。
王子を想う気持ちと、故郷を思う気持ち。
舞は悩みました。王子や仲良くしてくれる侍女たちに相談しようにも、所詮は別世界の人たち。舞の気持ちを全て理解してくれそうな人など居ませんでした。
悩んで悩んで悩みぬいた舞は、とうとう身体を壊してしまい、寝込んでしまいました。
王子を初めとする舞に関わる全ての人たちが寝込んでしまった舞を思い、王宮全体の空気が沈んでしまっていた時でした。王宮に一つの知らせが舞い込んできました。
王妃様が療養から帰って来られる!
王妃様は少し体調を崩して、王都から遠く離れた王族所有の別宅で療養なさっていました。予定ではもう少し長く居るはずでしたが、それを繰り上げて王宮へ戻られることとなりました。
第1王子を含めた王妃様の息子たち、そして王宮に勤める者たちは皆その知らせに、沈んでいた気持ちが少し浮き上がりました。何故なら王妃様が皆に愛されているから、です。王子たちにいたっては若干マザコンの気があるくらいです。
王妃様を乗せた馬車を出迎えるため、多くの人が待ち構えていました。そこには舞の様子を伺った後で来た、第1王子も居ます。
馬車が見えて皆が歓声を上げる中、馬車は真っ直ぐに王子たちの居る目の前に止まりました。
御者が馬車の扉を開けようとした時、それは内側から勢いよく開きました。(ちなみに御者は素晴らしい反射神経を発揮し、何とかドアとの衝突を免れました)
「貴方のお姫さまに会わせて!」
馬車から勢いよく降りた王妃様は、第1王子に向かって叫ぶように言いました。
王妃様が予定を繰り上げた理由は、舞に会うためであったのです。
*
眠っていた舞が目を覚ますと、ベッドの脇に人がいました。王子でもなく、侍女でもない。初めて見る人でした。
舞が目を覚ましたのに気付いたその人は言いました。
「あら?起きた?初めまして。私は王子の母で、リツと言うの。よろしくね」
それを聞いて舞は起き上がろうとしましたが、それを王妃様が止めました。
「具合が悪いんでしょう。そのままでいいのよ」
そう言って微笑んだ王妃様の顔は、舞に王子を思い起こさせました。やはり親子、顔立ちが似ているのです。
王子のことを思い出し、舞は辛くなり、泣きそうになりました。しかし、王妃様の目の前で泣くわけにはいかないと、堪えました。
そんな舞の姿を見た王妃様は、一瞬顔を歪めましたが、すぐにまた微笑んで言いました。
「舞さんは、どこ出身なのかしら」
「……日本です」
「あ、そうではなくてね。都道府県で教えてもらえない?」
舞は王妃様の口から都道府県と言う単語が飛び出したことに驚いたが、王子から聞いたのだろうと思いました。舞は王子に自分の住んでいた日本と言う国や世界について話していたのです。
「東京都です」
「あら、都会ね」
「え?」
驚いて口を半開きにした舞に向かって、王妃様はニッコリと微笑んで言いました。
「改めて自己紹介するわ。旧姓が平沢、名前は律で、出身は米所の新潟県。今は結婚して夫と3人の息子がいる専業主婦よ」
舞の開いた口は塞がりませんでした。
*
今は王妃様である律もまた、舞と同じで日本からこの世界に渡った人でした。
律がここに来たのは今から21年前。当時19歳でした。
舞と同様に突然空から落下し、ある人―ご察しの通り律の夫である現国王―の上に落ちて行きました。舞と違っていたのは、国王は律をしっかりと手で受け止めたことと、その時国王は一人だったことでした。
息子同様国王は律に一目惚れ。戸惑う律と周囲をお構いなしにあっという間に自分の妻の座に着かせてしまいました。
「あの時は恐ろしくて仕方がなかったわ。自分の居る場所が全くわからないまま夫には強引にいつの間にか結婚させるし……まあ後から不器用なだけだとわかったのだけれど」
未だ呆然とする舞に向かって、律は笑みを深くした。
「やっぱり辛かったわ。帰ることが出来ないのを知って絶望もしたし、苦しかった。だけど夫は不器用ながらも愛してくれたし、周りの人も優しい人たちばかりで……舞さんも思わなかった?この国の人は、優しくて穏やかな人たちだって」
「あ、はい……王子も侍女の子たちも、近衛兵の人たちも皆優しくて、」
「でも、辛かったでしょう」
舞は堪えるように唇を噛みました。
「貴女を日本のある世界に戻すことは出来ない。でも、貴方を理解することができるわ」
律は舞の手を取り、ギュッと強く握りました。
「大丈夫よ、舞さん。貴女には味方がいるわ。安心して」
舞は律の手を握り返し、一筋の涙を流しました。
律が舞の部屋に入ってだいぶ時間が経ちましたが、その間王子はずっと部屋の前で待っていました。
漸く扉が開き、律が出て来ると王子は律に駆け寄りました。
「母上、舞は?」
「あらら、ずっと待っていたの?」
「……心配で」
心の底から心配するようにそう言う息子を見て、律は安心しました。
「貴方なら大丈夫だろうけど、女の子には優しくね」
「勿論です」
律には、いつの間にか大きくなった息子が眩しく見えました。舞の部屋に入った王子を見送ると、その場を後にしました。
もう少しで自室に着く時でした。
「リツ」
「あら、あなた」
王妃様の目の前に現れたのは、国王でした。国王は少し早足で王妃様の元へと近づくと、王妃様を抱きしめました。国王夫妻は仲が良いおしどり夫婦だと、国内に留まらず国外でも評判であります。結婚して21年経っても新婚当初のアツアツっぷりは衰えていません。
「身体は大丈夫なのか?」
「ええ、元々それほど悪くなかったもの。全く問題ないわ」
王妃様は、自身の首元に顔を埋める国王をしっかりと抱きしめて答えました。
「それよりもあなた」
「ん?」
ぐりぐりと顔を首元に擦りつける国王から少し身体を離し、王妃様は言いました。
「何で私のことを王子や舞さんに言わなかったのかしら」
「……愛は障害があったほうが燃えると言うじゃないか」
「違うでしょ。私のことを言うとなると、今まで黙っていた私たちの馴れ初めを言わなくてはならなくてそれが恥ずかしいからでしょう」
「……」
「まあ丸く収まったみたいだから良いけど」
図星を突かれて黙りこくるいい歳した国王。普段国民に見せる寡黙で渋いちょい悪親父のイメージからは遠くかけ離れております。
「もしかしたらそのうち孫が見られるかもしれないわねえ。楽しみだわ」
「……その前に、娘を見たくはないか?」
「…………え?」
――王妃様の4回目となるご懐妊と第1王子のご成婚が国民に知らされ、大盛り上がりするのはもう少し後の話。
都合の悪いところはすべて端折る。
20010922
語尾がおかしいところを直しました。