第2話 結果は想定外でした
「と、トラブル処理って……何それ……」
揺らめくUIの中の文字を読んでいるはずなのに、戸惑う結衣の目は文字の上を滑っていく。
しかし、機械をいじる小柄な女性の驚きは続いていく。
「じ、事務処理能力も……クレーム対応!?」
女性の言葉を耳にしてから、結衣も自身の目でステータスを確認する。
剣術や弓術といった武闘系のステータスに続いて記載されている文字は、異世界なんて微塵も感じさせない現実的すぎる文字ばかりだった。
『トラブル処理:SS
事務処理:SS
クレーム対応:S
固有スキル:スルースキル』
ステータスを改めて確認する結衣だが、何度見てもその内容は薄い。
(いや、異世界のステータスじゃなくない?)
そんな結衣を他所目に、機械を操作する女性は興奮気味に声を漏らす。
「こ、こんな数値……。あの天城さんでさえ、トラブル処理はAランクだったのに……」
小柄な女性は結衣の数値に驚きを隠せず、動揺しているようにさえ見えた。
結衣はわくわくした気持ちを裏切られたような気がして、自分の能力の凄さを受け入れることができずに台座の上で立ち尽くす。
やがて結衣を包んでいた光がシュン、と音をたてて消えた。
目の前に揺れていたUIも姿を消し、そこには掲示物の張られた壁があるだけだった。
「け、検査は終わりです。すぐに転生先が出るので、ここを出て左手の「転生先選定」窓口にてお待ちください」
まだ動揺の残る女性に言われ、結衣は台座から降りて検査場から出る。
どこか期待外れも否めない状況に、正直がっかりしながら結衣は指定された窓口を探す。
(あのステータスじゃ、転生先も限られそう……)
結衣は不服そうに唇を突き出しながら、「転生先選定」と書かれた窓口に立つ男性に声をかけた。
「すみません、検査が終わったのですが……」
「はい、お名前よろしいでしょうか」
「か、神代結衣です」
「神代様ですね、そちらにおかけになって少々お待ちください」
たらい回しも、名乗るのも、もう何度目だろうか。
正直めんどくせえ!と叫びたくなるのをぐっと堪え、結衣は言われた通りそばにあった背もたれのない椅子に腰かける。
スマホどころか、手荷物を何一つ持っていない結衣は、こういう時手持無沙汰だなと考えながら改めて周囲を見渡す。
風景は完全に日本の市役所そのもので、そこに純日本人のような人もいれば、ブロンドに青い瞳といった日本人離れした風貌の人もいる。けれど一貫して、その全員が日本語を話しており、結衣はますます困惑した。
「神代様」
「は、はい」
不意に名前を呼ばれ、結衣は慌てて立ち上がる。
窓口には先ほど話しかけた男性が立っており、結衣と目が合い微笑む。
結衣が窓口の前に立つと、男性は書類を差し出した。
「Aランク以上の能力が複数、素晴らしいステータスですね」
「は、はぁ……」
Aランク以上が素晴らしいことは何となくわかるけれど、問題は内容である。
Aランク以上とされる能力は、そのどれもがパッとしないものであったことを、結衣は知っているのだから。
「神代様は転生希望とのことでしたが、今回の検査の結果────……」
男性は少し言葉を溜めるように間を置くと、手のひらを上にし、その指先である一つの言葉を指した。
「神代様に適した転生先は、なしとなっております」
「……えっ?」
結衣の思考が一瞬停止した。
転生先は一つの場合もあれば複数の場合もある、と説明を受けていた。
転生先が「なし」という選択肢があることを、結衣は知らずに、目の前に差し出された結果を受け止めきれずに目を見開く。
「え、なし?」
「はい」
「なし、って……え?」
困惑する結衣に、男性は穏やかな笑みを崩さずにもう一枚の書類を取り出す。
「神代様には転生先ではなく……、こちらの転生案内所での雇用通知が届いております」
「……雇用通知」
「はい」
「ここの?」
「はい」
「雇用……?」
結衣の戸惑いは深まるばかりで、眉根を寄せる結衣に男性は柔らかな声音で告げる。
「つきましては詳しくご説明させていただければと思います。
こちらのブースにご移動ください」
男性に促されるがまま、結衣は覚束ない足取りで、パーテーションで簡易的に区切られただけのブースに入る。
そこにやってきたのは、結衣を最初に案内した少し凛とした雰囲気のある女性だった。
「神代さんですね。天城と申します」
“アマギ”という名前には聞き覚えがあった。
そう、先ほど検査をしている際に小柄な女性が口にした名前である。
「え、あの……私、異世界転生を希望したのですが……」
「はい、存じております。
しかし、今回適性検査を行った際に神代さんに最も適した場所が、選定できなかったのです」
「そんなことってあるんですか?」
「ええ、非常に稀ではありますが……」
天城は手元の書類を確認すると、キリッと目尻の吊り上がった瞳を大きく見開いた。
「これは……。神代さん、物凄い能力をお持ちなのですね」
検査中から散々言われてきたけれど、その恩恵も自覚もない結衣にとって、口先だけの賞賛など正直どうでもよかった。
「それで、あの……ここでの雇用通知が来ているといわれたのですが」
「あ、ええ。そうでしたね。あまりのステータスの高さに驚いてしまい……。
一先ず結果だけお伝えいたしますと……、神代さんに残された道は二つです。
一つは、ここ「転生案内所」で勤務すること。
もう一つは、「転生拒否」をし、魂の循環を終えることです」
淡々とした口調に、結衣は頭をバッドで殴られたような衝撃を覚える。
希望した異世界への転生どことか、ここで働くか永遠に死ぬかの二択しかないのか、と。
天城の余計な言葉のない、必要最低限の説明は結衣の中にストンと落ちて、結衣は戸惑った。
「そ、んな……そんなの、実質道は一つじゃないですか」
結衣は悔しさのような感情が、自分の内側を支配していくのを感じた。
夢いっぱいの新卒として、憧れの広告代理店に入社した。
都内での一人暮らしも、華やかとまでは言わなくとも、休日は気の合う友人とお酒を酌み交わしたり……。
そんな、なんてことない日常を送りたかっただけなのに。
消耗品のように、ただ“消費”されるだけの日々。
少し前にニュースで取り上げられた「ワークライフバランス」なんて言葉とは無縁の生活。
死んでもなお、自分に残された道は“働く”ことなのか。
「────……私の人生って、何だったんだろう……」
結衣の瞳から、一粒の涙が転がり落ちた。
空しくて、悔しくて、腹が立つ。
どうしようもなく、涙が止まらなかった。
そんな結衣の心情を察してか、天城は穏やかな口調でなだめるように言う。
「神代さん……、心中お察しします、とは言えませんが……。
ここでの生活も、決して悪いものではないのですよ」
結衣の荒んだ気持ちの前では、天城の言葉は何の意味も成さない。
「転生となりますと、この後の時間は限られてしまうのですが、幸か不幸か神代さんには“期限”がありません。
今すぐ答えを出す必要はありませんので、よろしければ私たちの生活スペースで休憩されてはいかがですか」
「休憩……?」
「ええ。神代さんの死因を見たところ就業中の過労死とのことでしたので……。
仕事中に突然死んでしまい、自分の死を受け入れる暇もなく、ここでもあちこちたらい回しにされて疲れていると思います」
天城の言葉に、結衣は確かに……と思い返す。
休憩なんてもの、最後にとったのはいつだろうか。
上司や先輩は「タバコ休憩」という名目でしょっちゅう離籍していたのに、非喫煙者である結衣はトイレ以外で席を立つことは許されない。そのトイレでさえ、行くと白い目で見られるのだ。
「少し休んで、気持ちの整理をしてからこの後のことを考えてみてください」
「……では……、お言葉に甘えて……」
結衣は涙でくぐもる声で、天城の提案を受け入れる。
「では、さっそくご案内しますね」
そういうと、天城は立ち上がり結衣をブースの外へと促す。
結衣は天城の背を追いかけるようにして、役所の奥へと入っていった。




