第1話 過労死したら転生案内所にいた。
「────……っ、!」
意識が、ゆっくりと浮上していく。
途切れた記憶の端っこを握りしめ、意識を繋ぎあわせようとすると同時に襲い来る焦燥感に、結衣は飛び起きた。
煌々とした、蛍光灯の明かりに視界が一瞬白く弾ける。
何度か瞬きをして目を慣らすと、目の前には全く知らない光景が広がっていた。
「ここ、どこ……?」
周囲を見渡すと、役所のような雰囲気の漂う光景が広がる。
その光景自体は珍しいものではないが、なぜそこに自分がいるのか、わからなくて戸惑う。
もしかして、上司に役所に行くよう言われたのかもしれない、とぼんやりとした記憶の輪郭をなぞるも、思い出せるのは日付の回った時計の針と、口の中で砕けたカロリーメイトの味、温くなったエナジードリンクと、目にいたいブルーライトの明かり────……
そこで記憶はぷっつりと途絶えている。
ハサミで切った糸の先のように、その行方はわからない。
「あれ……私、もしかして……死んだ……?」
ズキッと痛むこめかみを抑え、改めて周囲を見渡す。
人はまばらだが、子どもから高齢の方までその年齢層は幅広い。
中には泣いている人、呆然と座り込む人、暗い表情で床を見つめる人とその様子も様々で、結衣はこの場がどういった場所なのか理解できずに……否、察してはいるが、受け入れられずにいた。
状況が呑み込めない結衣の目の前にいた男性が、機械の前に立ち何かしているのが見えた。
男性が機械から排出される紙を切り取ると、自動的に再び紙が出てくる。
その様子は市役所や郵便局で整理番号を受け取るあの光景とぴったりと重なり、結衣は「なるほど」と男性に倣うようにして機械の前にたち、排出された紙を切り取った。
『A-1041』
この紙に描かれた字の意味は分からなかったけれど、天井からぶら下がる案内板に表示される数字と照らし合わせ、自分の番は待っていれば来ることは何となくわかる。
結衣は気持ちを落ち着かせる意味でも、紙に皺ができないよう丁寧に指先で持ちながらそばにあった椅子に腰かけた。
何度記憶を覗いてみても、そこにあるのはパソコン画面と書類の山だけ。
何日も寝ずに仕事をしていて、食事といえる食事をとったのはいつが最後だった?
お風呂にだって入れず、給湯室で髪を洗ってボディシートで体を拭く。コンビニで適当な下着を買って、時間があればコインランドリーに行く日々……。
とても人間らしい生活をしていたとは言えない。
(思い出しても、なかなかに酷い毎日だったな……)
そういえば、とふと思う。
何日も寝ていなかったはずなのに、今眠気はまったくない。体に重くのしかかる疲労感もなければ、空腹も感じない。端的に言えばかなり調子が良いのだ。自分に起こったことがまだ理解しきれず、ひとまず現状の整理だけしていた結衣の耳に、機械的な音声が飛び込む。
「A-1041番ノ方、5番窓口マデ ドウゾ」
結衣は自身の手元にある紙と同じ番号に、自分が呼ばれたことに気が付いてすぐに立ち上がった。
視線を忙しく動かして窓口の上に表示されている番号を追いかける。
目的の「5番窓口」の表示に辿り着き、窓口に立つ女性と目が合う。
「あ、あの……」
「神代結衣様でお間違いないですか?」
「あ、はい」
「こちらにどうぞ」
凛とした雰囲気の女性に気圧されるように、結衣は言われるがまま窓口前に置かれたパイプ椅子に座った。
「あ、あの……ここは……?」
「ここは、“転生案内所”です」
「て、転生……?」
転生の意味は知っている。案内所の意味も知っている。
けれど、女性の言っている意味が分からない。
結衣は固まるが、女性はそんな結衣を他所に説明を続ける。
「はい。神代結衣様、あなたの死亡確認がとれています」
「し、死亡!?」
「困惑されるのも無理はありません。しかし、これが事実なのです」
女性はそう淡々と言い、書類を取り出し結衣に差し出す。
『名前:神代結衣
年齢:24歳
死亡時刻:午前1時48分
死因:過労死』
履歴書のような書類にはそう記載されており、結衣の顔写真も載っていた。
「か……過労死……」
しかし記載されている死亡時刻は確かに、自分で時計を確認した時間と差異はない。
先ほどまで状況も呑み込めていなかった結衣ではあるが、たった一枚の紙に並ぶ文字だけがひどく現実味を帯びていて、ようやく自分の現状を受け止めることができた。
「……ご確認いただいたところで冒頭に戻りますが、こちらは転生案内所です。
神代様は転生をご希望されますか?」
「え……」
社会人になってからは縁遠いものであったが、世の中に溢れていた「転生物」は学生時代、小説、漫画と問わずに読みふけったものだ。ファンタジーとして楽しんでいたが、まさか自分の身に起ころうとは夢にも思わなかった。
死んだというのに、どこかわくわくする気持ちをこらえきれずに女性の目をまっすぐに見つめる。
「て、転生できるのですか?」
「ええ、こちらでは主に「異世界転生」「同世界転生」「転生拒否」をお選びいただけます。
その後、転生をご希望された場合は二階にある適性検査場にて検査を行います」
女性は資料を取り出して一つ一つ丁寧に説明を始めた。
『異世界転生』
文字通り、異世界への転生が可能である。
行先などは適性検査を受けた後にそれぞれ適性のある転生先が自動で選ばれる。
『同世界転生』
こちらも文字通り、自身が生活していた世界へ新たな魂として転生することができる。
こちらも行先や人生などは適性検査を受けた後に選定。
『転生拒否』
こちらを選ぶ人は殆どいないが、転生を拒否したい場合は選択可能。
新たな人生は選ばず、魂の終着点と呼ばれる場所へ案内される。
こちらを選んだ場合は、適性検査などは受けずに手続きはここで終了する。
「……以上となりますが、何かご質問等ございますか?」
説明を終えた女性にそう問われ、結衣は少し考える。
質問、と言っても何が分からないのかが分からない状態であるため、これといった質問は思い浮かばない。
「特になければ、こちらでご希望をお伺いいたしますが」
「え……じゃあ、異世界転生で……」
どこまでも役所仕事感のぬぐえないやり取りではあるが、これが夢であろうと現実であろうと、日常感にあふれた空間での非現実的な体験を楽しまない手はないだろう、と結衣はあまり考えずに自身の欲望のままにそう答える。
「承知いたしました。ではこちらの書類を持ち、二階の適性検査窓口へお願いいたします」
この施設内で窓口のたらい回しに遭う役所あるあるを覚えながら、結衣は示された階段を上っていく。
疲労感がないからか、階段を上る足取りも心なしか軽く、階段をすいすいと登り、登り切った先にすぐ「適性検査」の文字を見つけた。
「あの、ここに行くように言われたのですが」
窓口に座る男性に声をかけると、男性は穏やかな笑みを結衣に向ける。
「はい、転生希望ですね。書類をお預かりします!」
結衣は言われた通り先ほどもらった書類を男性に手渡す。
男性は書類に一通り目を通すと、少しだけ眉尻を下げた。
「過労死……、生前はお辛い経験をされましたね」
ここにきて初めて、労いの言葉をかけられたことに気が付き、結衣は驚きに身を固める。
辛い、そう。辛かったのだ。
母親から心配する電話がかかってきても、いつもリアルタイムで通話に出ることはできずに通知にたまっていく着信履歴。心配はかけたくなくて、「大丈夫だよ」「元気だよ」の一言をメッセージで送るだけ、母親の声を最後に聞いたのはいつだっただろうか。
本当は辛くて、仕事を辞めたくて、優しい両親のもとへ逃げて泣いてしまいたかった。
それでも、新卒一年目で逃げ帰るのは社会人として「落ちこぼれ」のレッテルを貼られるような気がして、結衣は終ぞその選択をとることができなかった。
辛かった。苦しかった。
恋愛もできなかったし、友達と遊ぶこともできなかった。
憧れていた都内での一人暮らしも満足にできず、会社に寝泊まりする日々。
愚痴を言いたかった。弱音を吐きたかった。
お母さんに、お父さんに、
────……会いたかった……。
「ぅ、……っく……」
気が付けば結衣の瞳からは涙が溢れていた。
こんな風に人目を気にせず、子どものように泣く姿は恥ずかしいけれど、今はどうしたってこの涙を止めることはできない。
「え、あ……っ」
男性は泣き出す結衣に驚きの表情を見せるが、すぐに手元にあったボックスティッシュを差し出す。
おそらくこうして泣き出す人は、結衣が初めてではないのだろう。
結衣はありがたくティッシュを受け取ると、年甲斐もなく泣いた。
辛いことを辛いと言えなかったことが悔しいわけではない。
今はただ、自分が死んでしまったという事実を受け入れ、もう愛する家族に会えない寂しさがただ、結衣を苦しいほどに締め付けていた。
「……す、みません……ありがとうございます」
どのくらい泣いていただろうか。
まだ嗚咽の残るくぐもった声で結衣は窓口の男性にティッシュを返した。
「いえいえ、私にできることはこのくらいなので。
悲しみを次の人生に持ち越さないためにも、今のうちにたくさん泣くことは大切ですよ」
男性は朗らかにそう言うと、結衣からティッシュを受け取る。
結衣はまだ鼻を啜りながら、男性の前に置かれた椅子へと腰かけた。
「……では、改めまして神代結衣さんですね。
異世界への転生をご希望とのことで、お間違いなかったでしょうか」
男性の穏やかな声に、結衣は涙の余韻が残る声で「はい」と短く返事をする。
「承知いたしました。では、異世界転生をするにあたって、神代さんの適性を検査いたします」
男性の説明を聞きながら、結衣はあたりを見渡す。
このフロアには、RPGゲームで見たことがあるような、剣や防具、弓などを身に着けた人や、ローブを纏い魔法使いのような恰好をした人、制服のような衣装に身を包んだ人もいれば、魔法少女のようなフリルのたくさんついたかわいらしい恰好の人もいる。
まるでコスプレ会場のようなカオスな光景に気が付き、結衣の好奇心をくすぐる。
「では、書類はこちらで受理させていただきましたので、あちらの検査場の前に座って、お名前が呼ばれるまでお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
結衣は男性の示す方向に視線を送ると、「検査場」の文字が天井から吊り下がっていた。
男性に軽く会釈をし、結衣は検査場前のベンチに腰かける。
「俺、勇者だってさ」
「まじか、すごいな!」
「私は大賢者だって!次の人生が楽しみだわ」
名前を呼ばれるのを待つ間、ざわめきの中にちりばめられた会話を拾い上げる。
異世界らしい会話が飛び交い、死んだばかりだというのに不謹慎にも結衣はわくわくする気持ちを抑えられずにいた。
(私の適性って何だろう。
勇者じゃなかったとしても、魔法使いとか夢があるなぁ……。
はやりの悪役令嬢はちょっと大変そうかも)
そう思いを馳せながら待っていると、小柄な女性が検査場から出てきた。
「神代結衣様、いらっしゃいますか」
「あ、はい!私です」
逸る気持ちを抑えきれず、勢いよく立ち上がった結衣を見つけた女性は、にこりと微笑む。
「ご案内いたしますね、どうぞ」
そういわれ、結衣は小柄な女性のあとに続いて検査場へと入っていった。
そこには近未来的な装置がたくさん並んでいて、結衣は中央に置かれた台座のようなところに立つよう指示を受ける。
「お間違いがないよう、お名前とご希望の転生先をおっしゃってください」
「え、えっと神代結衣です。転生は異世界を希望しています」
言われた通りに結衣が答えると、女性は手元の書類を確認してうなずく。
「はい、問題ありませんね。
では、これから適性検査というものを行います。
検査では神代様のステータスの確認をさせていただきます。
項目といたしましては、魔力や体力、スキルなどですね。
それに応じて、神代様に最も適した転生先を選定いたします。
何かご不明点などはありますか?」
女性の説明を受けながら、非現実的な現状に胸が躍る。
「あ、あの……選ばれる転生先は一つですか?
もしその転生先が不満だった場合はやり直しなどできるのですか?」
「転生先は一つの場合もあれば、複数の場合もあります。
複数の場合はお選びいただけますが、一つの場合は選びなおすことはできず、強制的に転生するか、転生を拒否するかの二択になります」
結衣の質問に、女性はにこやかな表情は崩さずにそう答え、結衣の先ほどまであったわくわく感は一気に緊張感へと変わっていく。もし次の人生が「奴隷」のような過酷な転生先だった場合、結衣に残された道は少ないのだ。
生前のほうがマシだった、と思うような転生先だったらどうしよう、と結衣は不安に肩を震わせる。
「一つの場合もある、と言いましたがたいていの方は複数転生先が選定されるので、そこまで心配なさらなくても大丈夫ですよ」
結衣の不安を察したのか、女性はなだめるように言う。
結衣は女性の言葉を信じ、覚悟を決めたように姿勢を正した。
「わかりました。検査、お願いします!」
どちらにせよ、今世の自分は死んだのだ。
引き返すこともできないのならば、新たな人生を選ぶしか選択肢はない。
結衣の言葉を受け、女性は手元の機械を操作し始める。
「では検査を開始いたします。検査中は台座から降りたりしないよう、ご注意願います」
そういうと、台座の周囲が青く光り、結衣の体を白い光が包み込む。
その眩しさに一瞬目がくらむけれど、すぐに光に慣れ、結衣は自身を包む光の先に視線を向けた。
しばらくすると、空間が揺らめき、結衣の目の前にゲームのテキストボックスのようなものが現れた。
歪んでいた文字はゆっくりと元の輪郭を取り戻し、無機質な文字がそこに浮かび上がる。
『名前:神代結衣
魔力:D
剣術:D
弓術:F
野心:E
体力:C
敏捷:F
器用:C
精神:A
忍耐:A
協調性:A』
一見パッとしない文字が並んでいくが、結衣が驚くよりも先に小柄な女性が驚愕する声が飛び込んできた。
「え……!?
この数値、嘘でしょう……!?」
女性の声に驚き、結衣は目の前の文字を追いかける。
逸る結衣の視線が捉えたのは「SS」の文字。
結衣の常識が間違っていなければ、「SS」はかなり良い数値なのでは、と「SS」が示す項目を見て結衣は言葉を失った。
SS――その文字がついていたのは、勇者でも魔法でも剣聖でもない。
「……トラブル処理……?」




