表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冤罪で裁かれて自害した元聖女ですが、魔王の花嫁になって溺愛されています

第1話


「汚らわしい偽聖女ライカ! 貴様には呆れた……聖女解任だ!」

「えっ……?」


 煌びやかな夜会の席――

 ジエン王子の言葉に、貴族達が一斉に嫌な笑みを浮かべた。

 まるでこの出来事が約束されていたかのように、パーティの参加者全員が私と王子の周囲に集まっている。

 何……? 何なの……? 見世物になった気分だわ……。


「ど、どういうことでしょうか、ジエン王子様……?」


 私、聖女ライカはおずおずと王子に尋ねる。

 すると王子は虫を見るような目で見下してきた。


「どういうことだと!? 貴様は聖女であるにもかかわらず、聖女候補達に仕事の全てを押し付けていたそうだな! 全て聖女候補達が白状したぞ!」


 まるで身に覚えのないことだ――私は身を粉にして働いている。

 しかし聖女候補達は非難の表情を浮かべ、口々にこう言った。


「ええ、そうです! ライカ様はひとつだって聖女の仕事をしていません!」

「豊穣の祈りも、結界維持も、怪我や病気の治癒だって私達がしています!」

「ライカ様は無能な聖女です! 全ての功績は私達聖女候補にあるのです!」


 私はあまりのことに言葉を漏らした。


「そ、そんな……! 仕事を押し付けているのはそっちじゃない……!」


 聖女候補――その九割はその立場を金で買った貴族の娘である。

 はっきり言って、彼女達はまるっきり無能だ。才能がない。

 祈りなんて欠伸みたいなものだし、結界なんて張れもしない、怪我はかすり傷を治せればいい方。

 私は毎日そんなお荷物の聖女候補達の仕事まで請け負ってきた。

 それなのに彼女達が聖女の仕事をこなすなんて、絶対に無理だ。

 しかし――王子は聖女候補達の言葉を信じたのだ。


「平民出身の偽聖女よ、聖女候補達のほとんどは貴族だぞ! 言葉を改めろ!」

「そんな……私は偽聖女なんかじゃ……」

「黙れ! 貴様にはもうひとつ罪状がある! 恐れ多くもこのナクア国の王、我が父上をたぶらかしたな! この淫売が!」

「そ、そんなことはしていません――」


 むしろ逆だった。

 性的な被害を受けたのは私の方――ナクア国王は好色爺だ。

 病気を治してほしいという名目で私を呼び出し、体を触ってくる。

 何度もやめてほしいと申し出たが、やめてもらえず――私は――

 嫌な場面がフラッシュバックし、思わず放心する。


「ふんッ! 無能で淫売――こんな平民女が聖女である必要は全くないな! 偽聖女ライカ! 貴様はこの場で聖女を辞め、処刑されるがいい!」


 勝ち誇ったように告げた後、王子はにやりと残忍な笑みを浮かべた。


「ああ、お前の聖力は全て聖女候補に受け渡すがいい。それと処刑は一週間後だ。それまでお前は貴族の玩具として扱われる」


 その言葉に、目の前が真っ暗になった。

------------------------------------------------------------

第2話


 今まで精神を削り、体力を削り、魂を削り……この国に使えてきたのに。

 貴族の玩具? 処刑? どうして?

 私が何をしたというの?


「くく……どんな処刑にするかは貴族達に任せよう。まあ、一週間玩具になって生きていたらの話だがな?」


 その言葉に虫唾が走り、冷や汗が流れる。

 聖女として上流社会に入って知ったことがあった。

 それは貴族が奴隷を飼い、残虐にいたぶっているという事実だ。

 眼を抉られ、舌を切られ、四肢を切断された奴隷達を何人も見てきた……そしてその治癒を任された。

 明日は我が身――そんな不気味な予感が過ったが、必死に否定してきた。

 しかしここに来て、その予感に追いつかれることになった。


「ふふふ、聖女様をいたぶれるとは光栄ですな」

「おや、もう聖女ではありませんよ。ただの平民女です」

「そうでしたな。そうと決まれば、思う存分やりましょう」


 そう言って、用心棒を従えた貴族達が私に近づいてくる。

 辺りを見渡しても嫌な笑みを浮かべた貴族ばかり――味方はいない。

 私は咄嗟に駆けだしたが、服を、髪を掴まれて引き摺り倒された。


「はははっ! 無様だな、元聖女ライカ! どうだ、聖力を使って抵抗してみろ!」

「くっ……」


 常時結界を張っているため、聖力は全体の五十分の一くらいしか使えない。

 しかし今は非常事態だ。結界を消し、全ての力を脱出に使うしか――

 その時、私の腕に奇妙な腕輪が嵌められた。


「こ、これは――」

「聖力を封じ、吸収する魔道具だ。これでお前は常人と変わらない」

「そ、そんなっ」


 確かに結界を消したのに、聖力がほとんど使えない。

 できるのは目の前の憎き王子の指を一本切断することくらいだろう。

 私は腕輪を外そうとしたが、用心棒に腕を捻られた。


「うぅっ……!」

「どうやら詰みのようだな」


 王子が、貴族が、にやにやと下品な笑みを浮かべて近づいてくる。

 このまま何もしなければ、私は貴族の慰みものになるだろう。

 駄目だ。終わった。もう――ここで死ぬしかない。


 私はそっと目を閉じると、聖力を使って自らの頸動脈を切断した。

------------------------------------------------------------

第3話


 バシュウウウゥッ……! と音が響き、大量の血液が迸る。

 見えたのは私の血を浴びて茫然とする王子と貴族達――

 その表情がみるみるうちに鬼の形相に変じる。


「おいッ! ライカが自害したぞッ!?」

「聖力は封じたはずだろうッ! どういうことだッ!」

「ライカの聖力が強過ぎたんだッ! せっかくの玩具がッ!」


 くそ……目の前で人が死んでいくというのに自分の欲望のことばかり。

 こいつら死んだほうがいい。ううん、私がこの手で滅ぼしてやる。

 噴き出る血が温かいのに対して、体がどんどん冷えていく。

 私はこのまま死ぬ。でも私の魂は消えない。

 絶対に絶対に呪ってやる。

 こいつら全員に地獄を見せてやる――


――クスクス。


 不意に忍び笑いが聞こえた。

 霞む意識の中、やけにはっきりと響く。


――愛らしい聖女よ。

  お前は本当に愛らしい。

  その献身も、絶望も、憎悪も、呪詛も、何もかもが愛しい。


 うるさい。

 一体何なの。

 私はもう……もう……――

 ……――


――ああ、愛おしい。

  事切れるその姿、あまりに扇情的だ。

  俺は決めたぞ。お前を花嫁にするとな。


 ふと金属が爆ぜる音がした――それにしても、暗い。

 ここはとても冷たくて真っ暗だ。

 私は体もなく、心もなく、虚ろなままだ。

 これじゃあ、復讐なんてできない。

 復讐……? どうして私は復讐を……?


「聖女よ、いや、ライカよ」


 何……? 何の声……?

 私に呼びかけるのは誰なの?


「俺は魔界を統べる王ユーリレア。聖力を封じる腕輪は壊しておいた。お前の魂に聖力が戻ってきているはずだ」


 聖力? 腕輪?

 何それ……?


「魂が輪廻に引きずられ、記憶を失いかけているか。しかし俺はお前を手放さないぞ。新しい器を造り、その魂を入れ込もう。さあ――」


 その優しい声に抱かれて、私の魂は肉体を得た。

 ああ、柔らかい。

 血が、肉が、骨がある。

 意識が、記憶が、復讐が戻ってくる。

 次の瞬間、自分が何者なのか全てを思い出した――


「はっ……ああッ……――」


 私は息を吐き、目を見開いた。

 目の前に広がるのはさっきまで見ていた血塗れの夜会――そして麗しき男性の姿。

 漆黒の長髪、褐色の肌、真っ赤な瞳……その嫋やかな手が私に差し出される。

 それにしても何て端正な顔立ちなの――


「お前も美しいぞ、我が花嫁ライカよ」

「何を言って……――」


 直後、私は抱きかかえられて立ち上がった。

 すると突如、目の前に巨大な鏡が現れる。

 そこに映っていたのは真っ白な美少女――いいや、目だけが赤い。


「お前の魂を魔族の器に入れ込んだ。お前は聖力を持ちながら、魔力も使うことができる素晴らしき存在となった。さあ、城へ帰ろう。我が姫君――」

「あ、あなたは……――」

「すでに名乗っただろう? お前の夫、ユーリレアだ」

------------------------------------------------------------

第4話


「ユーリレア……? 確か魔界の王と言った……?」


 私が相手の言葉を理解しようと努めていると、悲鳴が上がった。


「うわああああああああ! 聖女が化け物になったぞ!」

「いやああぁ! そこにいるのは魔王じゃないの!?」

「やはり聖女は汚れていた! 早く衛兵を呼べ!」


 私の血をたっぷり浴びた貴族達が出口へ向かって逃げていく。

 しかしユーリレアが手を翳すと、会場の扉が閉じて鍵がかかった。

 どうやら鍵には魔法がかかっているらしく使用人が開けようとしても無駄だ。

 貴族達は扉の前に集まり、怯えた表情でこちらを見るしかない。


「お前達が言う通り、俺は魔王だ。そして自殺した娘は悪魔の花嫁になる――その言い伝えは知っているだろうな?」


 貴族達は剣の切っ先を突き付けられたように固まるばかりだ。

 そんな相手にユーレリアはこう言い放った。


「俺はずっとライカに恋焦がれ、手に入れる瞬間を待ち侘びていた。それにしても我がライカを苦しめたのはお前らか。その顔貌、目に焼き付けておこう」

「ひッ……――」


 ユーリレアがそう言って、にっこりと笑む。

 すると貴族達は一斉に青ざめて、ヒソヒソと囁き出した。

 やがて一番後ろで縮こまっていた王子が突き飛ばされ、私達の前に転がり出た。


「い、痛ッ……貴様ら、王子である俺に何をするんだ……!」


 王子は後ろを睨みつけるが、貴族達は口々にこう言った。


「魔王よ! 王子を生贄にします!」

「聖女の処刑は王子が考えたシナリオなのです!」

「王子の命を差し出しますから、どうぞ我々はお救い下さい!」


 その言葉に王子は目を白黒させた。

 一方、ユーリレアは可笑しくて堪らないと言った表情で、こちらを見た。


「生贄に王子を差し出すそうだ。どうする?」

「私に任せてくれるの……?」

「ああ、勿論だ。愛しいライカ」


 私は王子を見下ろしながら、自分の聖力と魔力を探った。

 相反する二つの力が混ざって、途轍もない威力となっている。

 これなら何だってできそうだ――


「ジエン王子、ひとつ伺ってもいいですか?」

「な、何だ……何が聞きたい……」


 私は赤く染まった瞳で、王子を見詰めた。

 おや……質問するまでもなく、内面が見透かせる。

 しかし私はあえてこう尋ねた。


「どうして無実の私を陥れようとしたんですか? 私は人生を捧げて、国に従えてきたじゃないですか?」


 王子の心はすでに見えている。

 嫉妬四割、劣情三割、加虐心二割、差別心一割――といったところか。

 悪意に塗れてドロドロと煮詰まった汚い心が丸見えだ。

 しかし王子はその全てを偽り、上から物を言った。


「俺はお前を試していたのだ! 冤罪を着せられても、毅然としているのが聖女なのだ! なのにお前が勝手に勘違いして、自害したのだ!」

「それは本当ですか? ジエン王子?」


 私が目を細めて凄むと、王子は動揺し始めた。


「あ、当たり前だ……! お前は俺の試しに負け、魔に飲まれた……! 本来なら見捨てるところだが、今から聖女に戻りたいなら戻らせてやっても構わな……ウガアアアア!?」


 許せない。

 心を偽った上に、侮辱するなんて――

 私は心を凍らせて、汚らしい魔物の姿をイメージした。

 それは虫のような手足をして、涎を垂らし、他人に媚び諂う魔物だ。

 王子の体がメキメキと音を立てて、異形に変じていく。


「ガアアアアアアッ!? アアアァアァアアァアアァッ!? ……グガアァッ!」


 そこには蜘蛛のように足を曲げ、地に這いつくばる魔物がいた。

 それは王子の顔をして、涙を流しながらこう訴えていた。


「た……たすけてくれ……からだを……もどしてくれ……」

「あら? それはできませんよ? 貴方だって、聖女の命を元に戻すことはできないでしょう?」

「できる……いしゃ……ゆうのうな、いしゃをよべ……」

「何を言ってるんです? この国の最も高位な癒し手は聖女の私でしたよ? ご愁傷様です」


 私はそれだけ言うと、踵を返して王子の前から去った。

 そして後ろで待っていたユーリレアの懐に入る。

 ここはいい匂いがして、温かくて、落ち着く。

 そっと目を閉じると、彼が微笑んだ。


「それでは魔界へ帰るとしよう、ライカ」

「ええ、連れてって。ユーリレア」

「ふふ、いい子だ」


 そしてユーリレアは漆黒のマントを翻した。

------------------------------------------------------------

閑話 聖女候補視点


●聖女候補ミィナ視点


 おかしい……おかしいわ……!

 こんなはずじゃない、はずじゃないのに!

 私、聖女候補のミィナは教会で震えていた。


「さあ、早く平和を祈りなさい! さもないと国が乱れます!」

「そ、そんなこと言われても、限界です……! 休ませて下さい……!」


 私はせっつく大司祭を押し退けた。

 精神力と体力が限界だった――これ以上やったら倒れてしまう。

 しかし大司祭は悪魔の如き形相で、祈りを強要する。


「ふざけないで下さい! 聖女が消えた今、聖女候補だけが頼りなんですよ!」

「でも限界よ! もう何時間も祈りを捧げているのに! ライカだって毎日適当に祈ってたじゃない!」


 私がそう叫ぶと、大司祭は呆れ返った。


「馬鹿なことを言うんじゃありません! ライカ様は祈りによって肉体を抜け出し、霊的世界で何百時間も働いてから戻っていたのですよ! あなた達にはそれが一瞬に見えただけです!」

「何よ、それ……」

「さあ、早く肉体を抜け出し、働きなさい!」

「そ、そんなのできないわよぉ……!」


 その後、どんなことをしても肉体から抜け出せなかった私は魂が体から分離するという秘薬を飲まされた。

 それは悪臭が漂うドロドロとした豚の餌みたいなもの。

 しかも重篤な副作用があるらしいが、気にしている場合じゃないと大量に飲まされる。

 ああ……目が回る……世界が分離する……――

 私が私じゃなくなる……――

 ライカはずっとこんな仕事をしていたの……?







●聖女候補アイファ視点


 痛い……信じられない……!

 体中からどくどくと血が流れている……!

 私、聖女候補アイファは国の地下施設で人柱となっていた。


「やれやれ、ライカ様がいない今、聖女候補を人柱にすることでしか結界を維持できないとはな……。あの魔族堕ちした無能王子は本当に罪深い……」

「その通りだな。それにしてもライカ様は結界と共鳴し、体に傷を負っても自らの力で治せていたが、この者は無理か」


 魔道士達が何か話している。

 こいつらは私を捕らえて縛り付けた残酷な奴らだ。

 でも今はそれどころじゃない――体中から血が噴き出ている。


「どうした、アイファ? 聖女の結界が攻撃されれば、聖女も傷つく。その程度のことも知らなかったのか?」


 うるさい……!

 知識がなかったことなんてどうでもいい……!

 体が酷く痛む……このままじゃ明日には死んでしまう……!

 私は魔法陣から逃れようとするが、聖女を逃がさないための結界に阻まれる。


「まあ、良いだろう。貴族が失態を犯した所為で、貴族の娘である聖女候補が不遇を受けても構わないという風潮になっている。アイファが死んだら別の聖女候補を使うまでだ。そもそもこいつらライカ様を虐げた屑だし、使い捨てに丁度いい」

「そうだな。そろそろ死ぬやもしれん。他の娘を連れてこよう」


 苦しい……辛い……!

 魔族が結界を攻撃しているのが分かる……!

 きっとライカが命じているんだわ……!

 クソ……絶対に……許さな……――

 ゆるさ……――

 ……――




 こうして有能な聖女を失ったナクア国はゆるゆると衰退していく。

------------------------------------------------------------

第5話


 漆黒のマントが翻る――

 すると目の前に華美な部屋が現れた。

 薄らと闇を纏った空間に美しいシャンデリアやベッドが見える。

 ここはどことなくお姫様の部屋のような印象だ。

 なぜこんなところに来たのだろう。


「あれ……? ユーリレアはどこ……?」


 ぼんやりしているとユーリレアの気配が消え、私は部屋にひとりきりとなった。

 突然のことに狼狽えて部屋を歩き回るが、彼はいない。

 その時――


「魔王城へよくお越しくださいました、ライカ様」


 背後からよく通る男の声が響いた。

 振り返ると、そこには金髪をした長身の美青年が立っていた。

 頭には羊の角を思わせる大きな巻き角があり、魔族と分かる。

 その衣装はかっちりとした黒服――もしかして執事か何かだろうか?


「お初にお目にかかります。わたくしはこの日のために用意されたライカ様専用執事でございます。名をシティニスと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「シティニス……? 私専用の執事なの……?」

「ええ、その通りです」


 シティニスは品よく微笑んで、軽くお辞儀をする。

 その笑みは私の心を射抜き、ドギマギさせる。

 この魔力を含んだ視線――普通じゃない。


「あなた……もしかして淫魔?」

「よくぞお見抜きになりました。わたくしはインキュバスでございます」

「そ、そんな……インキュバスが執事だなんて……不安だわ」

「いいえ、ライカ様。心配には及びません」


 シティニスは妖艶な笑みを浮かべて近づいてくる。

 私は石のように固まってしまい動けない。


「魔王様はライカ様に“魅了”を使っても構わないとおっしゃいました。なぜならわたくしはライカ様が寂しい時にお慰めする役割も承っているのですから――」

「さ、寂しい時……?」

「ええ、今がまさにそうでしょう?」


 彼の手袋を嵌めた指がそっと喉元をなぞった。

 その瞬間、体が甘く疼き、体を震わせてしまう。


「や……やめてッ……!」


 私は聖力を使ってシティニスを退けた。

 相手は聖なる波動を受け、わずかに怪我をしたようだった。

 しかし嬉しそうに唇を歪め、笑っている。


「これ以上近づかないで! 近づいたらまた攻撃するわ!」

「畏まりました、ライカ様。そもそも魔王様が純潔を奪うまで、わたくしはライカ様に手出しはできません。今のは軽い戯れ……お忘れ下さい」


 そしてシティニスは高らかに指を鳴らした。

 すると奥の扉から次々と蝙蝠の羽を生やしたメイドが現れる。


「それでは着替えと湯あみを致しましょう。有能なサキュバス……いえ、メイド達がお世話を致します。ライカ様はただ身をお預けください」

「今、サキュバスって言った? そんな淫らな種族に私の世話を……きゃっ!」


 次の瞬間、サキュバスのメイド達は私の服を脱がしにかかった。

 目の前に男性がいるのに! と怒鳴ってもクスクスと笑っている。

 一方、シティニスは口元に笑みを浮かべ、こう言った。


「あまり見ていても失礼ですね。それではわたくしは退席致します」

「早く出てって! もう来なくていいわよ!」


 シティニスはお辞儀をすると、姿を消した。

 それから私は素っ裸にされ、お風呂へと連れていかれた。

 サキュバス達の際どいオイルマッサージ、長々しいドレス選び、お喋りばかりのヘアセット……それらを経て、ようやく着替えが終わったのは数時間後だった。

------------------------------------------------------------

第6話


「魔王様、ライカ様をお連れ致しました――」


 執事シティニスが恭しく頭を下げる。

 ここは魔王城の謁見の間――階段の上方に玉座が見える。

 そこに座るのは正装をしたユーリレアだ。

 着飾った彼はあまりに美しい。


「麗しいぞ、ライカ。お前の前では美の女神も首を垂れるだろう」

「そんな……私は髪も肌も白くなったけど、容貌は人間の頃のままなのよ?」

「あえてそうしたのだ。お前は人間の頃から十二分に美しかったからな。そう、王侯貴族の劣情を煽るほどに」


 そう言ってユーリレアはククと喉を鳴らす。

 私は赤面し、同時に生前を思い出して気分が悪くなった。


「そ、それより……どうして謁見の間なんかに呼んだの?」

「ああ、そうだったな」


 ユーリレアは嬉しそうに目を細めて答える。


「今から臣下の者達に我が花嫁を見せつけ、妃の紋を刻もうと思うのだ」

「だから花嫁衣裳を着せられたのね……」

「ああ、よく似合っている」


 私は白のヴェールを忌々しい思いで捲り上げる。

 胸の大きく開いた純白のショートウエディングドレス、レースリボンを足に巻き付けたハイヒール、ブーケを思わせる花飾りの腕輪……どれも綺麗だけど動きづらい。


「それでは早く済ませましょう? 自害した娘は悪魔の花嫁になる約束だものね?」


 そう言うとユーリレアはわずかに顔を顰めた。

 どうしたのだろう? 何か気に障ることを言っただろうか?

 次の瞬間――


「きゃあっ……!」


 私の体が突如、宙に浮かび上がった。

 階段を通り越し、吸い込まれるようにユーリレアの膝の上に座る。

 そして彼は私を抱きかかえると、髪に顔を埋めた。


「な、何をしてるの! 降ろして!」

「この清廉な匂い……ずっとこうしたかった」


 ユーリレアの綺麗な指が私の髪を撫でていく。

 それはとても優しく、私は思わず身震いしてしまう。


「や、やめて……――」

「駄目だ。俺が何年お前を我慢したと思っている。なのにお前は形だけ婚姻を結び、俺を放置する気なのか? 魔王の花嫁になるのは成り行きか?」


 私は言葉に詰まった。

 確かに私にはそんなところがある。

 ユーリレアは私を復活させてくれた相手だし、感謝している。

 それに安心できる雰囲気を纏っているから、好感度も高いけど……愛しているかと言われると分からない。


「ユーリレア……私……」

「俺はお前がずっと好きだった。最初は国を亡ぼすための偵察としてお前を眺めていたが、次第にその献身と内に秘めた強さに惹かれていった。お前は善と悪を混在させた美しい人間だった――そして今、聖力を扱える魔族となってそれが完成された」

「私は……そんな素晴らしいものじゃないわ……」

「いいや、お前は素晴らしい。臣下達もそう思うだろう」


 その時、階下に無数の人影が現れた。

 それは只ならぬ雰囲気を纏った男女――高位の魔族達だ。


「ああ、魔王様! ご結婚おめでとうございます!」

「聖女の魂と魔族の肉体を持った妃を選ぶとは流石です!」

「その美しき花嫁……魔王様を殺してでも得たいほどです!」


 臣下達は次々と声を上げる。

 やがてその声は渦となり、私の耳を痺れさせた。

 ああ、ユーリレアは本当に魔族達の王なのね……――


「ライカ、愛している。お前も必ず俺を愛すようになる」

「ユーリレア……」

「さあ、妃の紋を刻め。行くぞ」

------------------------------------------------------------

第7話


「んっ……うっ……――」


 不意にユーリレアが、私の首筋に口づけた。

 そこがどんどん熱を帯び、発火するほどの温度になる。

 いいや、私がそう感じているだけで、実際に燃えてはいない。

 ただ熱くて、切なくて、目の前が見えなくなる――


「あぁ……んぅ……やぁ……」

「愛しいライカ――妃の紋は誰にも上書きさせない」

「ふうっ……ああっ……いやああああっ……!」


 私は声を上げ、体をユーリレアの腕に任せた。

 激しく胸が上下するのに、呼吸が思うようにできない。

 それなのに体の芯から魔力が湧いてくるようで、もどかしい。

 というか大勢の前で叫んでしまった……恥ずかしい。


「まあ、なんて綺麗な妃紋……」

「あんな美しい紋は見たことないぞ……」


 その声を聞いてそっと自分の首に触れる。

 するとぷっくりと花模様が浮かび上がっていた。

 きっとこれはカサブランカの形をしている。

 真っ白な百合の花の紋――

 私は……――

 これで魔王の妃になったの……?


「うむ、これでライカは俺の妃となった。魔王の守護により、下等な魔族や人間は触れることすらできないだろう。上書きできるのは……上位悪魔数名だろうな。まあ、渡す気は全くない。しかし我がライカの奪えるというのなら、試してもよかろう」

「えっ……!? 何を言ってるの……!?」


 私はあまりのことに飛び起きた。

 ユーリレアはというと目を細め、愛おしそうに私を見ている。

 そんな視線をくれるなら、他の誰かに奪えなんて言わないでほしいのに……。


「ふふ、魔族と人間の愛し方は少々違うようだな。じきに慣れるだろう」

「慣れるかしら……? 慰め役にインキュバスをくれるし……信じられないわ」

「お前ならシティニスを軽くあしらえるはずだ。信じているぞ、ライカ」

「え、えぇ……?」


 相手をさせるつもりで慰め役をくれたのか、試されているのか分からない。

 私はユーリレアの膝の上で茫然とするしかなかった。

 やがて彼は軽く微笑むと、話しを変えた。


「それでは我が妃よ、ひとつ聞きたい」

「何かしら?」

「ナクア国をどうしたい? 滅ぼすか、支配下に置くか」

「そう……そうね……」


 私は顔を伏せて考え込んだ。

 聖女としてナクア国の暗部を嫌というほど見た。

 奴隷への拷問、国民からの搾取、あらゆる不正、腐った上層部……。


「あの国は滅ぼした方がいい……でも罪のない人は保護してほしいの」

「保護か。お前が率先して指揮を執るというなら、いいだろう」

「ええ、やらせてちょうだい。全力を尽くすわ」

「それなら決まりだ。今すぐ事を進めよう」

「いいの……? あなた達魔族は人間全てを滅ぼしたいんでしょう……?」


 私がそう尋ねると、ユーリレアは口の端を持ち上げた。


「そうでもない。善良な人間は魔族の対比として残しておきたい」

「そうなの? それはどうして?」

「光があれば闇もある。それが世界の道理だ、妃よ」


 そしてユーリレア――私の夫は立ち上がった。


「これより魔王軍は堕落したナクア国へと攻め入る! しかし善人は我が妃の手により、保護されることとなった! 聖力と魔力を自在に操る妃の存在により、我々は容易く勝利に導かれるだろう!」

「「「おお! 魔王様! 妃様!」」」


 壮絶な声援の中、私は眩しい思いで目を閉じる。

 聖女だった私は魔族になった――でも腐れ爛れた人間達よりもユーリレアは信頼できると、私の中の聖力が囁いている。

 私は美しき魔王を眺め、その背にそっと手を当てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ