迷い子と始まり
目を覚ますと自分が体育座りの状態で寝ていたことに気が付いた。
もう一つ。狭いなにかの中に、今自分が入っていることに気が付いた。だから体育座りなのだろう。そのなにかには亀裂が入っていた。
アオはその亀裂に軽く触れただけのつもりだったが、ぼろぼろと崩れ落ち、外の光が入ってきた。
外に出たアオは自分が何に入っていたのかを確認する。
卵だった。
ただ卵の中は黄身や白身がなく、アオ自身も別に汚れてはいなかった。
なぜ卵の中に入っていたのか理解ができなかったアオは、次に辺りを見渡した。
前方には海が見えた。日差しもあるが、それぐらい。後方には道が一本あり、それ以外は木がたくさん生えていることぐらいしか特に言うことがない。
「ここ……どこだ? 戻らないと…………………………
戻るってどこに? っていうか俺って何してたんだっけ? ……俺って……何者なんだ?」
自身に尋ねるアオだが当然答えはでてこない。分からないから質問をしているのだが、その回答者が自分自身だと意味がない。
「とりあえず探索するか」
アオは一本道を歩くことにした。
道中、他の卵を発見した。
卵は既に割れていた。
「他にもいるのか」
卵の中やその周りに人はいなかったが、自分以外の人間がいるかもしれないと、アオは少し安堵する。
数メートル先に三方向に枝分かれした道があった。
どの道を選ぶべきか迷ったアオだったが、左の方に大きな建物があるのが見えた。
「あっちに行ってみるか」
アオはその建物に向かって歩きだした。
近づいていくにつれそれが学校だと分かった。
校門は開いており、その近くに看板が立てられていた。
「『この看板を見た者、体育館に集合』……とりあえず入るか」
アオは体育館に向かう。
体育館に来てみると十人ぐらい人がいた。
大人らしき人はいなく、小学生から高校生か大学生ぐらいのまでの男女がそこにいた。グループのような統一感はなく、お互い初対面のような雰囲気だった。それだけではなく、全員何故ここに呼ばれているのか分からないといった感じで困惑していた。
アオが集団の方へ近づいても驚く様子はなく、また一人増えたといった感じだった。
8時29分を指していた時計は、秒針が12の頂に到達し8時30分になる。
その直後、チャイムが鳴り始めた。
突然のチャイムにざわめく集団だったが、コツコツという音が聞こえ、それは一瞬で掻き消された。
舞台袖から一人の女性が現れ、壇上の中央にある演題に向かって歩いている。コツコツという音は彼女の履いているヒールの音だろう。
演題の前にたった彼女はマイクに口を近づける。
「はじめまして諸君。我の名はアステリア。この学校の校長であり、この世界の神だ。……と言っても何を言ってるのか分からないだろう。なので一から説明しよう。セラ!」
「はいアステリア様! セラの出番だね!!」
アステリアの近くにセラと呼ばれる女の子が現れた。大きさは15センチほどで羽が生えている。何かに例えるのだとしたら、妖精という言葉が一番近い答えになるだろう。
いきなり神を自称する女が現れたり、妖精のような女の子が現れたり、非現実的なことが起こって困惑している一同だったが、
「はいはい、ちゅうもーーく! セラが今から説明をするからちゃんと聞くんだよーー!!」
お構いなくといった感じでセラは話を進める。
「ここはアストルトゥーナ。所謂異世界だよ。まあ世界って言うほど大きくない、小さな島だけど。みんなはここに転移してきたんだよ。起きたとき、卵の中に入ってたでしょ。あの中に入った状態でこっちに来たんだ。あ、『何で卵なのぉ?』とか『生身のままでは転移できないのぉ?』とかは聞かないでね。セラわかんないから」
「異世界ってどういうことだ?」
「転移ってどうして……」
周囲は困惑していた。いきなり「あなたたちは異世界に転移してきた」と言われても、すぐに受け入れるほうが難しいだろう。
「あれぇ、みんな頭にはてなが浮かんでるよぉ。……あ、そっか。何で転移したのか、わかんないんだ。でもしょうがないよ。だってみんなは記憶を失ったんだから」
「確かに……なんも覚えてねぇ」
「私もここに来る前のこと覚えてない」
「覚えてるのは自分の名前くらいでしょ。何で記憶を失うのかは分からない。多分こっちの世界に来たらうんたらかんたらで記憶がなくなるんじゃないかなぁ」
(この妖精、分かんないことだらけじゃねぇか……。何がうんたらかんたらだよ)
アオはセラの適当な説明に心のなかでツッコむ。
「転移したきっかけは一週間前にあっちの世界で流れ星が流れてたはずなんだけど、その時にみんなは願い事をしたはずなんだよ」
(願い事……)
「願い事をした子達の中からランダムで選ばれた君たちが、ここアストルトゥーナに転移した。そうやってこっちの世界に迷い込んだ子達のことをセラは迷い子って呼んでるんだ」
(迷い子……)
「これからはこっちの世界でみんな仲良く過ごしていく……と言いたいところだけど、元の世界に帰る方法があるんだ」
(帰る方法があるのか)
「みんなは元の世界にいた頃、夢を持っていたはずなんだ。そして、その夢が叶う気がしないと思っていたはずなんだ。今は記憶を失っちゃってるけど、願いの内容を思い出して、夢を追いかける決心をした時にゲートに入れば元の世界に帰れるよ!!
ゲートっていうのはこの世界にある特殊な扉のことなんだけど、記憶を思い出していなかったり夢を叶える決心ができていなかったら、ゲートには入ることができないからね! ……ここまでみんなついて来れてるーー?」
彼らは無言だった。言うまでもく理解できているのか、何が何だかサッパリでついていけていないのか……。
「返事がないってことは大丈夫ってことだよね!
……ここ、アストルトゥーナは夢を叶える楽園じゃない。自分の夢を叶えるための勇気を得る場所なんだ!! みんなこれからよろしくね!」
「あのぉ、質問いいですか?」
集団の内の一人が質問する。
「お、カエデちゃんだね。セラはここに来たみんなの名前はちゃーんと把握してるよ! いいよ何でも聞いて!」
「ありがとうございます。私たちはこちらの世界に転移してきたということですが、元いた世界の方ではどうなっているのでしょうか?」
「んーいい質問だね。あっちの世界ではみんなのダミーが意識不明で倒れてるんだ。どういうことかっていうと、みんなはこっちの世界に来たわけだけど、そうするとあっちの世界では行方不明ってことになっちゃうでしょ。あっちの世界にできるだけ影響がないようにダミーを作って誤魔化しているんだ。意識不明だと喋る必要がないしね。
ちなみにこっちの世界のいい所の一つとして、病気になったり老いることがないんだ! しかもあっちの世界にいたときに患っていた病気もこっちの世界にいる間は無効化されるんだ。すごいでしょ!!」
お喋り好きなのか質問が来て嬉しそうにセラは答える。
「アタシも質問いいかな?」
「サラちゃんだね。質問どうぞー!」
「どうして流れ星に願い事をしたら転移するんだい?」
「うーん。これまたいい質問だね。けど、ごめんね。何で転移するのかは分からないんだ。ただ一つ言えるのは、普通の流れ星では転移しない。今まで色んな子達がこの世界に転移してきては元の世界に帰っていったけど、こっちの世界に誰かが来るときはいつも変な流れ星が流れるんだ。
……何て言ったらいいのかな。何か水っぽいというか、雨が降ってる感じの流れ方なんだよね。色もはっきりと分かるくらい青色で……ま、見ただけで普通じゃないって気づくぐらい変な流れ星ってこと。その流れ星が流れたときに転移が起きるんだ。
何でその流れ星が現れるのかは分からない。でも、その流れ星が現れるときはこっちの世界に迷い子が誰もいないときで、誰か一人でもいるときは現れないんだ」
(変な流れ星か……)
「これで質問は終わりかな。……最後に一つお願いがあるんだ。
今ここに来てくれているみんな以外にも転移してきた子達がいるんだ。いつも大体一週間ぐらいで卵が割れるからこの日に集会を開いたんだけど、多少誤差があってまだ卵が割れてなくて目を覚ましていない子もいるんだ。だから、知らない子を発見したらセラかアステリア様に教えてほしい
あ、そうそう」
(まだあるのか……)
「セラは普段外で遊んでるんだけど、どこで遊ぶかはセラの気分次第だからよっぽどの豪運でないとセラに会えないから注意してね! あ、それとね……」
「流石に話が長ぇぜ妖精さんよ!!」
セラの話が長すぎたのか我慢の限界を迎えた者が一人。
「ムッッッキィィィーーーーー!!!! えーっとレン君だったね、話が長いってなんなのさ! それにセラは妖精じゃなくて て・ん・し なの!!」
(天使だったのか)
「ふん! もういいもん! 二度と口きいてあげないんだから、バーーカ!!」
ちっちゃいなりに一生懸命声を張り上げたセラは一瞬にして姿を消した。
「コホン」
アステリアの咳払いで一同は視線を向ける。
「説明は以上だ。これからよろしく」
アステリアの式辞とともに、アオたちの生活が幕を開ける。