96話 氷の迷宮④
城の入り口近くにある部屋内の水晶に触れて、再び迷宮内に戻って来た3人、すぐには進まず、どういうふうに鍛錬するのか、軽く打ち合わせをしていた…あくまでも鍛錬であり、攻略の打ち合わせではない。
「2人は追加の貸与は必要か?」
「いや、あたしはまだ少し違和感がある、もう少し様子をみたい」
「了解、セイトは?」
「う〜ん、僕もこのままでいいかなぁ、あんまり能力上げちゃうと、戦闘が簡単になりすぎて潜在能力上がりにくくなりそうじゃない?」
「まぁそうだろうな、今回は迷宮内っていう限られた訓練場所だからな、敵を選べない、危険区域だったら、貸与した能力に合わせて強い敵を探せるんだがな」
「じゃあこのままで〜」
「はいよ、じゃあ引き続き戦闘は2人に任せるから、厳しい時や能力を貸して欲しい時は、その都度言ってくれ」
「レンは本当にストイックだな」
「何言ってんだ、鍛錬してるのはお前達だろ」
「まぁそうなんだが…」
「俺の指示に素直に従ってるんだ、2人だって十分ストイックだよ」
「ははっ、そうか、では鍛錬の続きといこう!」
「早く行こうよ〜」
レンの技能、努力が2人にも伝染し、もはや迷宮攻略というより、鍛錬に大きく意識が向いている3人であった。
―――――
ガンッ、ガンッ、バキッ!
ガシャン!ガラガラガラ…
「ふぅ、かなりの強さだったな」
リザードマンの姿をした疑似魔物を、1対1で倒したカリン、氷の色は薄く透き通った黒色で、身長は2mほど、刀のような武器を扱い、攻撃力はそこまで強くないが、とにかく硬く、動きが速かった、魔法耐性もあり、セイトがギブアップしたのだ。
「くそぉ、倒せなかった〜、魔法は当たらないし、当たっても効かないし、刀で斬られた時は腕が無くなったかと思ったよ…回復ありがとねレンちゃん」
「ははは、セイトはもう少し物理を上げて、近接戦に力を入れたほうがいいかもな」
「あたしは、訓練相手に丁度いい、もう少し戦っておきたいな」
「じゃあ別個体を探すか」
さっきのは完全に刀だったな、氷王レイス…渡り人確定だろ、それにしても街といい、この迷宮といい、魔物のクオリティも…凄い技術だ、是非とも味方にしておきたい。
その後何体ものリザードマンを倒した、セイトも物理寄りの能力に貸与し直し、リベンジを果たした。
「筋力と俊敏1万はさすがにチートが過ぎるね、次の敵も余裕があれば、少し下げてもいいかな」
「お?セイトもだんだん修行モードになってきたな」
「これだけお膳立てしてもらってるんだもん、効率良く鍛えなきゃね」
「弟が賢くなってあたしは嬉しいぞ」
「僕はもともと賢いよ〜」
「知能が数値で見れるんだから、見苦しい言い訳はやめて諦めろ」
「ちくしょ〜、世知辛い〜」
しばらく歩いていると…
「雰囲気が変わったか?」
「そうなの?次はどんな敵だろうね〜」
ん?
「あの部屋…広いぞ」
「ボスかな?」
「滾るな」
ボス部屋と思われる場所に到着した3人、これでボスなら4体目だ、1体目は水色の巨大亀、2体目は紫のグリフォン、3体目は紫色の牛顔の巨人、いわゆるミノタウロスと言われる化け物の疑似魔物だった。
「少し楽しみだね〜」
「4体目は何が来るんだろうか、レンは予想つくか?」
「なんとなく予想はつくな、敵がリザードマンだったし、それ系だろ」
「ええ~、さすがにそれは無いんじゃない?ミノタウロスは関連性無かったじゃん」
「いや、そうでもなさそうだぞ…レン、当たりだ…」
部屋の入り口でそっと中を確かめるカリン、天井に爪を立て、コウモリのようにじっとしている巨大な翼付きの蜥蜴がいた…
「本当にドラゴンかよ…」
「すごい!ブラック・アイスドラゴンだねっ!かっこいい!天井は予想外だけど!」
「ドラゴンそのままだな…ゲームとかやらないあたしでもさすがに分かる、あれはやり過ぎだ」
「お前らにはこれを、収納ポーチに入れておけ」
レンはそう言うと、魔力を多めに込めて、かなりの硬さになるよう念じながら、大きな盾を作り出す、平らではなく丸みをつけて、攻撃を受け流せるような形状にしてある。
「盾か?」
「なるほど〜、ブレス対策だね」
「ブレス?」
「さすがにそこはセイトのほうが詳しいな、カリン、物語に出てくるドラゴンっていうのはな、口から属性のついたブレスを吐いてくるものなんだよ、そしてその威力は大抵、高威力で広範囲だ、こいつが氷王の設定したドラゴンなら間違いなく放ってくる」
「避けるのが難しいほど広範囲なのか?」
「あいつは知らんけどな、カリンの気持ちも分かる、だが、だいたい避けられないものなんだよ、物語やゲームの強制力ってやつだな、しかしここは現実だ、避けられそうなら試してみるといい、なに、失敗しても回復してやる」
「分かった、色々試してみよう、所で…盾は2つだけなのか?レンの分は…」
「いや、俺も少し試しておきたい事があってなぁ」
「そ、そうか、まぁ無理はしないでくれ」
不敵な笑みを浮かべるレンに、カリンも苦笑いだ。
「ではまずあたしから…参る!」
ザッ!
初速で最高速に到達するほどの速さで、部屋に飛び込むカリン。
「グオォォォ!」
ドラゴンは侵入者に対し、威圧を込めた咆哮を浴びせる。
「うっ、まだまだぁ!そんなもので怯む精神ではないぞっ!」
ダンッ!
ガチーン!
「硬いなっ!」
地面を思い切り踏み込み跳躍、ドラゴンの翼を斬り付けるが、弾き返された。
「ははっ…一撃で刃こぼれか、この剣はもうだめだな」
着地して剣を確認、もう持たないと即座に判断し、ポーチに放り込む。
「ならこいつだ!」
手から肘までの、物を掴むのに特化した手甲をしていて、これまではそれをメインで戦っていだが、瞬時に厳ついものと入れ替わる、殴り用のガントレットだ、色は黒と紫色でトゲトゲしている。
おお!収納の使い方が上手いな、実は密かに練習したな?カリンの奴め、なかなか魅せてくれるじゃないか、悪役度が増したな。
「あれで殴られると痛いんだよね〜」
「お前はいったい何をしたんだよ」
「えへへ、ちょっと最近、人の武器を奪ったりとか?」
「もっと殴られろ」
「反省してますっ!」
バサッバサッ、ズシン!
ドラゴンが床に降りてきた。
「行くぞ!」
ザッ!
ガンッ、ガンッ、バキッ!
ドラゴンの足を執拗に殴るカリン。
「表面が割れた!」
ズーン!
ガンッ!
ズーン!
バキッ!
踏み潰そうとしてくるドラゴンだが、カリンはそれを華麗に躱し、尚も執拗に同じ場所を殴り続ける。
「グギャァァァ!」
ブォン!
キレたドラゴンが体を回し、尻尾で薙ぎ払いをしてきた。
「おっと!ははっ、遅い遅い!はははは!」
カリンは軽く飛んでギリギリで回避する。
ヤバい、カリンがサリーみたくなってきた。
バサーッ!ブォォ!
「むぅ!」
翼から突風を出し、カリンを牽制する。
ザンッ!
ドラゴンは後ろへ飛び、距離を空け、首を持ち上げた。
「グウゥゥ…」
むっ?首元が膨らんでる…あれは!
「カリン!ブレスが来るぞ!盾だ!」
「おう!」
「グァァァァァァ!!!」
ブォォォ!!
「うぉぉっ!?これは確かに避けられん!」
盾が白く凍りつき始めるが、ブレスが終わる気配はない。
「くぅぅぅ!これはまずいなっ!早く終われぇ!…あ…」
直撃はしなかったが、願い虚しく、カリンは周囲の空気と共に冷やされ、真っ白に凍りつき倒れそうになる。
「おっと、回復、炎」
瞬光で近づき、カリンが倒れて割れる前に受け止め、その場を離れ、心臓まで凍りつく前に回復をかけ、炎で解凍する。
カリンは火属性の魔法が使えるんだから、使っておけば良かったのに、冷静を装ってたけど、内心は焦ってたんだろうな、あと、俺がいるからって油断してたな…
しょうがないか、俺が回復してやるって言ったんだからな。
ちなみにまだブレスは続いていて、標的をレン達に変えていた、セイトが盾を構えて必死な顔をしている。
「ひゃー!冷たいー!なんでレンちゃんは平気なの!?」
「ちょっと自分の防御力を試したくてな、全然平気だ、冷たさなんて微塵も感じんよ」
「チートだよ!ずるい!助けて〜!」
「お前は…お得意のニンニン魔法でも使ったらいいじゃないか、なんで姉弟揃って魔法無しの縛りプレイしてるんだよ…」
「ニンニン魔法って!言い方!でもそっか、ずっと近接戦で戦ってたからそういうものだと思い込んでたよ〜、よ〜し!土そu…土遁…奈落!」
「グァッ!?」
突然ドラゴンの体勢が崩れ、ブレスが止んだ。
おお!魔力の操作が上手いな、これだけ離れてるのに、足1本を狙って地面に穴を空けたのか、しかもあのブレスの最中に、でもさっき…土操って言いかけたよな、そんな無理にニンニン魔法にしなくても良かったのに、まぁあんな格好だし、似合ってるけど…
「闇縛!からの〜、風遁!鎌鼬!」
「ゴァァ!」
バサッバサッ!
「あ!ずるいぞ〜!飛ぶなんて卑怯だ!むぅ〜…風遁!飛翔!」
シュッ!
えっ…飛んだ!?セイトの…くせに?なんか負けた気分だな…でも、そうだな、素直に実力は認めよう、さすがは厨二病だ、妄想力では勝てないか、セイトから教わる事も多そうだ。
「うぉぉぉりゃぁ!」
「グァァァ!」
ドラゴンが翼から風を出し、セイトはそれを躱して鎌鼬や黒霧で応戦している。
「凄いな我が弟は…」
「お目覚めかな?お姫様」
「やめてくれ、柄じゃない」
「では女王様だな」
「ふふ、これからはカリン女王と呼べ」
「おお、乗ってくるねぇ」
「たまにはな、弟の成長が嬉しいんだ」
「まぁ筋力と俊敏に能力振り替えたけど、魔体は貸与しっぱなしだからな、余裕があるんだろ」
「そうだな、何時もだったらとっくに魔力切れになっている頃だろう」
「でも魔法に関しては才能あるよあいつは」
「あたしも負けてられないな」
「ああ、うかうかしてると追い越されるぞ?常識を捨てろ、魔法はそれくらいで丁度いい」
「分かった」
ズシーン…
スタッ…
「グァ…グァ…」
「はぁ…はぁ…」
魔法戦は互角に終わったか、作り物でも疲れるのか、それとも演出かな?
「カリン、体調はどうだ?リベンジいけるか?」
「うむ、魔力は全然使ってないしな、体力も回復した、いける…セイト!あたしも参戦する!2人で倒すぞ!」
「姉ちゃん!?オッケ〜、黒霧版闇縛!」
黒霧版て…普通の闇縛は何でできてたんだよ、後で話を聞かなきゃ。
「グッ…グォォ…」
無数の黒い触手がドラゴンの巨体に絡みつき、拘束している。
「姉ちゃん!」
「おう!はっ!」
ザッ!
ドカッ、バキン!
「相変わらず硬いな!セイト!残りの魔力はっ?」
「かなりの魔力込めてるけど、もう少し大丈夫!」
「分かった!もう少し辛抱してくれ!」
「うん!」
「グァ…ググ…グゥ」
ドラゴンが口を開こうとしているが、黒霧の触手が口に巻き付き開けない、またブレスを吐こうとしているのだ。
「ふぅ…集中だ…集中しろ…」
カリンがドラゴンから距離を取り、両手をぶらんと下げ、仁王立ちになり目を瞑る、何かをするつもりらしい。
ブォォ…
カリンの足元で風が渦巻きはじめた。
「ふぅ〜、ふぅ…よし!ではレン…お前の瞬光をヒントにした技、使わせて貰うぞ、風速1000m…瞬風殴打…」
え、瞬風って…カリン、お前…
「打擲の舞!」
ヒュ!
ダダダダダダダダンッ!…バァーン!
ズシーン…
「やった〜♪さすが姉ちゃん!」
「上手くいったな」
「…」
カリンの姿が掻き消えたと思ったら、突然ドラゴンの顔周りからマシンガンのような打撃音が聞こえ……頭が爆発した、吐こうとしていたブレスが溢れ、自身の体を凍りつかせて床に倒れるドラゴン…
えぇ…怖いんですけど、風魔法の使い方エグくね?戦闘に関してならティルの天才レベルを超えてるな…俺が瞬光で同じ事をやったらどっか飛んでいくぞ、カリン、お前も厨二病だったのか…
「カリン、セイト、お前達は凄いよ、やっと渡り人っぽくなってきたな、逆に俺も教わる事もあるだろう、能力差はあれども、これからは同等だ、改めてよろしくな」
「レン…」
「レンちゃん…」
ゴゴゴゴ…
「お?」
過去2回と同じように部屋の奥の壁に、新たな扉が出現した。




