93話 氷の迷宮①
南国レクステッドの高級宿、フリージングインのフロントで…
「すまんな、部屋を借りたのにずっと留守にしてしまって」
「別にいいのです〜、お金さえ貰えばお客様の自由ですから〜」
「ありがとう、いい宿だった、また利用させてもらうよ」
「はい!そのお言葉が何よりの喜びです!ご利用ありがとうございました!」
レン達は、組合へ行く前に一度チェックアウトしておこうと宿へ向かった、チェックアウトを無事済ませた後は、真っ直ぐ組合へ向かって歩いていく。
「はぁ、残念だったなぁ、もう少し泊まりたかった」
「頑張って自力で稼いで、余裕で泊まれるようになれよ」
「うん!僕頑張るよ!」
「あたしもだ」
―――
組合に入るやいなや、組合長に捕まり、執務室へ連行されるレン達。
「随分強引に連れてくるじゃないか、返事が届いたのか?」
「優秀な職員が多いからな、俺は暇なんだ、今日の朝早くに届いたぞ、ほらこれだ」
「管理者が暇なのは良いことだよ、サリーと北王にコツでも教えてやれ」
ここでレンはレイの所へ顔を出した時の事を思い出す。
そういえばレイ、あいつはなんで偽装を解いた俺に一発で気付いたんだ?まさかマリーもか?なんか聞くのが怖いな…
そう思いながら、机の上に出された書状を手に取る。
「さすがに中は見れないか」
「そうだな、さすがに封を破るわけにはいかんだろ」
「まぁ、紹介状って書いてあるし、サリーを信じよう」
「あとはそれを持って城に行けば、案内くらいはしてくれるだろ、知らんけど、謁見できるかも分からんがな」
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ…はぁ、まぁ会える事を祈って行ってみるよ、最悪は強行突破だな」
「ほどほどにしてくれよな、俺も無事に会える事を祈っておく事にしよう」
「じゃあ行ってくる、あ、そういえばグレーピグミーだが、殲滅しておいたぞ、まだ2区には行ってないから、そのうち卸しにくるよ」
「群れるとは言われていたが、実際どのくらいだったんだ?」
「想像以上だった、542匹も群れてたよ、ギッチギチだったな」
「542!?」
「ああ、ほぼ全滅だ、はははっ」
「はぁ、まぁいい事なのだろうな、来年は大変な事になりそうだが」
「大変な事?」
「来たばかりの渡り人じゃ知らないか、数十年に一度、どこかしらの魔物が溢れる時がある」
「スタンピードみたいなものか…」
「そうだ、この世界ではオーバーフローと言われている」
「溢れる…ね、そのままだな」
「”溢れ”と言っている土地もあるな」
「そうか、その溢れの何が大変なんだ?まぁ大変なのは分かるが」
「溢れ自体はまぁ、犠牲者も出るが、なんとか撃退はできるらしい、溢れるのは大半が弱い魔物だと言われている、俺は経験がないからな、言い伝えだ」
「そうなのか、それで?」
「非常に強力な世界振動が起こった前の年は、異常に開拓者組合が潤っていたという記述がある、すなわち魔物をたくさん狩れば狩るほどオーバーフローは起こりやすいと想定されているんだよ」
「世界振動…地上が広がるっていうやつか?」
「そうだ、広がる範囲が広ければ広いほど、より強力な魔物か、もしくは弱い魔物が大量に出現すると言われている」
なるほどねぇ、考えてみればそうだよな、この世界の魔力濃度を上げる要因は、人間の消費する魔力…だという事が最たる原因なのかもしれないが、死んだ魔物の魔力だって魔脈に乗って流れて行くんだ、要因の一つであることには間違いないよな…今年は俺がバッチバチに魔物を狩ってるからな、しかも深層の魔物を、擬似的に溢れを起こして討伐したようなものだ…こりゃあやっちまったか?
「ははは…少し自重するとしよう」
「ああ、そうしてくれ、バランス良くな」
「分かった、忠告ありがとう」
まぁ、強力な魔物が生まれれば、鼻くそ共の計画が遠ざかるから、それはそれで結果オーライだなっ!あと、サリーも共犯だ、ふふふ…
無理矢理な理由を付けて、自分を納得させるレンであった、しかし、深層の魔物を討伐し、人間を強化して回るレン、実は本当に、地味に鼻くそどもへの嫌がらせになっていたのである。
「さて氷の城へ行ってみるか」
「楽しみだねぇ」
「早く近くで見てみたいな」
―――――
レンは組合で紹介状を受け取り、レクステッド城まで足早でやって来た。
「おお…」
「綺麗だな」
「凄いねぇ」
キラキラと輝く氷の城、遠くからでもその存在感は圧倒的だったが、近くで見るとまた違う姿を見せてくれる、なぜかお城の周りだけ雪のような何かが降っているのだ、それなのに周りには何も積もっていなかった。
「遠くからでも凄かったが、近くで見るとまた格別だな、これはなんだ?雪とはまた違う、氷の粒っぽいな、これも魔道具なんだろうか」
「この城の周りで降っていたこれが、城を輝かせていたんだな、演出にしては大掛かりだ」
「なんかここだけ世界が違うよね〜」
「さてと、行ってみますかぁ」
「正面から入るの?」
「当たり前だろ、なんでこそこそしなきゃならないんだよ」
「むっ…」
「…」
「2人ともどうしたの?」
「あの門番…」
「カリンも感じたか」
「あの門番がどうかしたの?」
「嫌な気配を出してるんだよ、こりゃあ氷王にはすんなり会えなそうだな…はぁ〜、めんどくせぇ」
厳つい顔をした、これまた厳つい白銀色のフルプレートの鎧を着た男が、城の入り口すぐ横に立っていて、こちらを睨めつけている、恐らく門番だろう。
3人はゆっくり門番の前へ…
「こんにちは」
「…」
「「「…」」」
無視か…
「なんだ、こいつは門番ではなかったみたいだ、大層な格好をしているからそうだと思ってしまったよ、ただの一般人みたいだな、まさか客相手にこんな失礼な態度の奴が門番な訳ないもんな、この城は門番がいないのか、とりあえず行くぞお前ら」
「うむ、そうだな」
「えっ…いいの?」
「おい!」
「いいに決まってるじゃないか、中に入れば案内の人か誰かがいるんだろ」
「おい聞いているのか!」
「まさか、列王の使いを無視して、無下に扱うような奴が門番だってなら、そんな門番はいないほうがマシだろ」
「え!?列…王?」
「なんかさっきからここは虫の鳴き声が耳障りだから、さっさと行こうぜ」
「そうだな、なんかビービー鳴いていてうるさいな」
「う、うん…そうだね〜」
まさか列王の使いが来るなんて思ってもいなかった門番は、どうせ観光客のひやかしだろうと無視を決め込んだ、実際にそういう客が多いので、いちいち相手にはしていられなかったのだ、そういう客を確認、選別するのが仕事だというのに。
「おい、ちょっと待ってもらおうか」
しかし、そこはプライドの高い門番、例え相手が王の使いだろうと、態度が遜ることは無かった、少し声は抑えめになったが、まだまだ客人に対する態度ではない。
「やっぱりここは騒がしいな、早く行こう」
「そうだな」
「待って〜」
「おい!待て!」
話を聞いていた門番は、レンがリーダーだと判断し、小走りで追ってきてレンの肩を掴み、強引に振り向かせようとしてきた、が…
「なっ…!」
微動だにしないレン、逆に門番のほうが体ごと引っ張られ、掴んでいた手が離れてしまい、レン達はそのまま城内まで歩いて行ってしまった。
―――
「さてと、どうするかなぁ」
「直接王の部屋に向かえばいいのではないか?」
「そうだな、門番があれなんだ、城内にろくな奴はいないと思っておいたほうがいいだろう」
「ここまで来たらなんでもありだね〜、僕はなんだが楽しくなってきたよ♪」
「その前に、リスクリワード」
鼻くそがこの城内にいないことを確認。
「鼻くそクリア、次は、リスクリワード」
氷王レイスの位置確認。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「どうしたの〜?」
「いや、居るには居るっぽいんだけど、数字が…小さいな…どういう事だ?」
う〜ん…あ、上か?
「上の階に居るかもな、リスクリワード」
【98】
「ヒット」
「見つけたのか?」
「ああ、やっぱり上にいたわ、飛んで行ってもいいけど、階段を探しながら行こうぜ」
「探検だねっ♪行こ〜!」
―――
「どうなってんだよここは、まるで迷宮だな」
「ダンジョンだ!レンちゃん!もしかしたらダンジョンかも!」
結果、階段は見つからなかった。
「階段で検索してもヒットしないしなぁ」
「宿と同じ仕組みなのではないか?」
「カリン…お前天才か?」
「や、やめろ、天才なんかじゃない…」
「姉ちゃん凄い!良く気付いたね」
「まだ確定じゃないけど、ダンジョンだと思って少し楽しもうか」
「探検再開!僕勇者ね〜」
「お前は忍者だろセイト、しかも忍邪な、完全に敵側だろうが」
「あ、言ったなレンちゃん!」
タッタッタッ…
セイトは走って曲がり角を曲がって姿を消した。
「何をやってるんだあの馬鹿は」
「テンションが上がってるんだよ、楽しませてもらおうぜ」
少し歩くと…目の前にセイトが4人飛び出してきて叫ぶ。
「忍邪が4体現れた!」
黒霧で分身を作り出し、皆同じポーズで黒い鎖みたいなのを両手で持ちながら、少し腰を落とし、軽く上下に揺れている。
「おお、まさにRPGのエンカウント演出だな、じゃあ…レンの攻撃!」
シュッ!
レンがその場から一歩だけ前に出て、軽くジャブをして元の位置に戻る。
「ぐあぁ!」
分身の1体が点滅して、黒い霧になって霧散した。
「お、おいお前達、いきなりなんだ?よく分からんぞ…」
「忍邪の攻撃!」
ビシッ!
セイトが1体前に出て、鎖を振り回し地面を打ち付けた。
ヒュッ
「レンは躱した!」
「あ、ずるい!」
「おい!何なんだよ!」
「カリンの攻撃…」
「え、ちょ…」
「カリンの攻撃!」
「…」
「カリンの…」
シュ!バコッ!
「痛ぇ!」
会心の一撃!
訳も分からず変な遊びに巻き込まれたカリン、混乱した挙げ句、本当にセイトを殴りつけ、強制的に戦闘を終わらせるカリンであった。




