61話 門無し村
カインドより南に進んで3日ほど、レンは見晴らしの良い草原で、日課の魔法鍛錬と筋トレを行い、セイスから貰ったテントを張って休んでいた。
魔法で家を建ててもいいが、こういう雰囲気もいいよな、なかなか乙な贈り物だったぞセイス、しかしテラーめ、俺に内緒でこんないいものを…
レンの現在の格好は、新品の黒いブーツ、黒の革製のズボン、濃い茶色のベルトを締めている、トップスもすごく味のある、黒に近い濃い茶色の革製のシャツだ、何年も着たような色合いをしている、インナーはとても肌触りの良いシンプルな白いTシャツ、ズボンにはベルトがいくつも縫い付けられているが、今回はナイフホルダー無しだ、白の尾錠がいい味を出している、ゴツゴツしていて男っぽいデザインだと、レンは密かに喜んでいた。
全身革製…強者感が凄いぞこれ、柔らかくて動きやすいし…絶対デビル・ディアーの皮だろ…あとネックレスまで、これ…サンドラ母さんも絡んでそうだな、たまに遊びに来てテラーと2人でこそこそとなんかやってたし…
白いリングにシルバーのチェーンを通しただけの、すごくシンプルなネックレス、シンプルなのにやけに存在感のあるネックレスだ。
これも特別な素材なんだろう、このリング…まさか骨か?デビル・ディアーの骨?牙?もしあの魔物を加工したなら苦労しただろうな、なんかシャツのボタンとベルトの尾錠も骨に見えてきたよ、まさかな…
フローラから貰った干し肉を齧る。
最後にいっぱい貰っちゃったなぁ…
セイスからはテント、フローラからは大量の料理、テラーとサンドラからは服とネックレス、なんと村長、ティルとスイム、リルの3人と1匹からは指輪を貰っていた、村長が鉱石を出し、ティルが風魔法で削り出し、リルとスイムが色付けしたのだとか。
右手の人差し指につけている指輪を眺める、よく見ると紫と黒がモヤモヤと動いているのだ。
どうなってんだよこの指輪。
贈り物を眺め、少し元気が出たレンは、テントを収納して、人里に向かって歩き始めた。
―――――それから2日後のお昼頃
「きゃー!」
「むむっ!?」
レンのテンプレレーダーがビビッと反応する、耳が良くなっている為、かなり遠くから聞こえた可能性もあり、叫び声を目標にして、即座に全方位にリスクリワードを展開、魔力を注げば複数回分のリスクリワードを一気に発動させられることに気付いたのだ。
あっちか!
ダッ―――
「来ないで〜!」
「いた!ん?」
むんずっ
レンは尻もちをついている人の近くまで行くと、叫ぶ原因となったものを掴み上げた。
「大丈夫か?」
「誰っ!?」
「警戒しないでくれ、俺は旅の者、レインだ」
「ふぅ〜、ありがとうねぇ〜、助かったわぁ」
ピチッとした紫色のスキニーパンツ、ピンクのシャツを着た茶髪ウェーブロングの…
オカマちゃんだった。
そんな…俺のテンプレ…
「こいつに襲われてたのか?」
右手に掴んでいる半透明のぷるぷるしたものを、ずぃっと前に出して聞いてみる、それはスライムだった。
水色じゃないんだな、水の塊って感じだ、でも感触はビーチボールくらいの硬さか?
「そうなのよぉ〜、森に薬草を採取しに行こうと思ってねぇ、まさかこんな所に魔物がいるなんて」
森に行くような格好じゃないだろ、まぁこんなやつだ、なんかこだわりでもあるんだろう。
「この辺りで魔物が出るのは珍しいのか?」
「たまに開拓者達が、街道にも魔物は出て、被害も出てるって言ってたけどぉ、遭遇するのは初めてねぇ」
「怪我する前で良かったよ」
「あなたいい男ねぇ、それにとても強そう♡」
「やめろ、色目を使うな、俺にそういう趣味はない」
「あらん、それは残念」
こういう手合にはおどおどしては駄目だ、きっぱり言っておかないとしつこいからな、知らんけど。
「私はガルディンよ、あなたはレイン…だったかしら?」
「ああ、俺の名前はレインだ、ガルディンか、なかなかに男っぽい名前じゃないか、あんたみたいな輩は、女っぽい偽名を使うかと思っていたぞ」
「名前は大切よ、親から貰った大切なものだもの、偽名なんて使えないわ」
「うっ…」
こんなやつにド正論を言われ、心が傷つくレンであった。
「この辺に薬草なんか生えてるのか?」
「あっちの森よ」
東の方を指してそう言ってきた、よく見ると…
「遠くに森が微かに見えるな、あんな所に森なんてあったのか、危険区域か?」
「そうよ、でももうあの辺りは魔物がいないの、いてもせいぜい野ウサギ程度よ」
「なるほどなぁ、魔物だって狩ればいなくなるのは当然か」
カインド村は20年前、北王軍が無理やり開拓したって言ってたから、確かに左右は森だっておかしくないよな。
「ねぇあなた、私を護衛してくれない?こんな所で魔物に会っちゃったからねぇ、少し怖いのよぉ」
「いいぞ、どうせ宛のない旅の途中だしな」
「あら、カッコいいわぁん、じゃあ宜しくね」
「とりあえずはあの森まで行くのか?」
「そうよぉ」
「分かった―――」
気付けば森は目の前だった。
「は?」
「どうした?歩くのは面倒くさいだろ?連れてきてやったんだ」
「もしかして、て、転移…?賢者様?」
賢者?ありふれた強職の一つだが、この世界では聞いたの初めてだな。
「違う違う、そんな大層なもんじゃない、移動に特化した技能みたいなもんだよ、目視出来る範囲しか移動出来ないよ、そんなにポンポン使えないしな」
「あらそうだったのねぇ」
目視出来る範囲なら、空の彼方でもな、ぶっちゃけポンポン使えるし。
レンは自分だけでなく、瞬光で相手までをも光らせて、一緒に移動できるようになっていた。
「その薬草ってのは森のどの辺りに生えてるんだ?」
「どこにでも生えているわ」
「そうか、では早く採取してしまおう」
「もちろん、今日はカッコいい護衛さんもいるし、張り切っちゃうわよ〜♪」
ガルディンはそう言うと、足早に森に入っていき、採取を始める。
「ほら、お前も森にお帰り、人里に近寄っちゃ駄目だぞ」
一通りスリスリしてスライムを森に帰す。
しかし、どこにでも生えているのか、カインドまでのサバイバルで、知らずに食ってた可能性が高いな、だからあまり疲れずに走ってられたのかもしれないな。
―――
「今日は大量よぉ〜♪」
「たまたま群生地が見つかって良かったな」
「ええ!レインの勘は凄いのねぇ〜、只者じゃないわぁ」
このままじゃ日が暮れると思ったレンが、途中リスクリワードを使って、なんかあっちのほうが臭う、と言って群生地に案内したのである、現在はガルディンが暮らす村に向かっている所だ、ここから数時間歩けば到着するとのこと。
こいつと野宿なんて勘弁してほしいからな。
「村に転移門は無いのか?」
「私の暮らす村は門無しなのよ」
「門無し?」
「聞いたことないの?」
「無いな」
「確かにこの世界でも珍しい村だものね、門無しというのはね…」
基本的に開拓というのは、聖堂から聖堂の間の魔物を討伐して、森を切り拓く事を言う、その距離は一定と言われていて大体歩いて1週間ほど、つまり10日間だ、この北の地に新たな村を作れと命令された開拓者達が、開拓中に疲れ野営をする、他の開拓者も来て野営をし始め、いつしかそこは開拓者達が集まり、一服する場所となっていったのだ、そのうち開拓をするための中継地点のような役割りの場所となり、最終的に村になったのだとか。
なるほどなぁ、勉強になる、俺がこの世界の…おそらく深層第1区に置き去りにされた、と言うことはカインド村まで…真っすぐ歩いて60〜70日ほどかかる計算だな、俺はゴブリンを倒したり、ゆっくり歩いたり、時には全力疾走しながらで大体40日くらい掛かったから、まぁ大体そんなもんか、辻褄は合うな。
「へぇ、面白いな、勉強になったよ、ありがとう」
「どういたしましてっ」
バチコンとウィンクしながら言ってくる。
こいつもなかなか喋りやすいな、ぱっと見は女だが、よく見ると男だとすぐ分かる、なんか気を使わなくて楽だ。
「でも気を付けてね、出来た理由が理由なだけに、荒くれ者が多いから」
「分かったよ、気を付けるけど、トラブったら…その時はしょうがない、力で解決だな」
「あらぁ逞しい、男の子ねっ」
お前も男の子だろうが。
「見えてきたわ、あそこが最北にある、名もなき村開拓の際、中継地点になった場所、ノースリレーの村よ」
「ガルディン、最北の村にはカインドという名前がついたんだ、ちゃんと北王様からの許可も出ている、できれば周知してくれ」
「あらぁん!そうなのね!おめでたいわぁ、みんなにも伝えなきゃねっ、ひどい名前だったから私は名もなき村って言ってたのよ〜」
良いやつじゃないか、あまり長居するつもりはなかったが、少し観光してから出発するか。




