42話 リルの進化
ワイワイ…ガヤガヤ…
「お〜いレン様、食べてっかぁ?」
「おうリル、食べてるぞ、お前も元気そうだな、楽しんでるか?」
「おう、さすがレン様だなぁ、こんな大量の肉は初めて見るぜ」
「俺は1体も狩ってないぞ、確か…セイスが7、村長が3、フローラも3、テラーは2、ティルが5だな」
「はぁ?どうなってんだよそれ!」
数時間前―――――
狩りから戻ったレン達。
「うわぁ、すごいわねぇ!こんないっぱいの猪見たことないわぁ!」
猪を聖堂から取り出してるところを村人に目撃され、奥さま連中が集まりだし、大解体ショーが始まる、解体するための台と包丁は、テラーが魔法で出していた、セイス、フローラ、ティルは村中へお祭り開催の連絡、村長とレンは手分けして、広場に木魔法でテーブル、椅子、皿、フォーク、ナイフなどを並べていった。
「この度は渡り人である、このレン様のはからいで、猪祭りを開催する運びとなったのじゃ」
うぉぉぉぉ!!
パチパチパチパチ…
おいおいやめてくれよ村長、俺は1体も狩ってないぞ。
「2ヶ月前に始まった中央からの除名にも等しい勧告、突如として始まった北王の食糧と人材の奪取、儂は何も出来なかったのじゃ、皆にも苦労を掛けた、しかし先日、突如として神の使者、レン様がこの村に訪れた、神は見放してはいなかったのじゃ、皆!報われる時が来た!昨日は村も強化してもらい、立派な城壁、堀を造ってもらったのじゃ、そして今日は、先だって我々の強化をしてくれた、儂は確信した!この村は…今日を境に変わる!今日は前祝いなのじゃ!酒はないのじゃが、腹いっぱい食ってくれ!」
わあぁぁぁ!!
「あと明日、夜が明けたら、皆広場に集まってほしいのじゃ、そうじゃの、いつ頃がよいかの?レン様」
「そうだな…昼飯食った後でいいかな」
セイスの言っていた通り、時計を持ってる村人が何人かいて、お昼っていう概念があるんだよな、でも時計の供給が足りないよな、どうにかしたいが…
「そういう事なので、皆よろしく頼むのじゃ、レン様、乾杯の挨拶お願いしますのじゃ」
「ああ、では、言いたい事は村長がほとんど話してくれたが、俺からは、そうだな…皆、今日という日を忘れるな、お前らは明日から強くなる、だが人の心を失うな、失いそうになったら、笑い合った今日を思い出せ、そして常に、人に優しくあれ、人をいたわれ、人を敬え、人を愛せ!この村は全員家族だ!決して裏切るな!皆に、皆の心に、今の言葉が届いていることを切に願う、それでは、カンパーイ!!」
カンパーイ!!!!
わぁぁぁぁぁ!!!
パチパチパチパチ…
皆涙を流しながら、肩を組んで笑っている。
明日からだ、明日から本格的に村の強化に入る、失敗は許されんぞ俺…
―――――そして冒頭に戻る。
「さっきも村長が言ったろう、強化したんだよ」
「え、だって、え?昨日の今日で?そんなに狩れるようになるものなのか?」
「ああそうだよ、お前も明日はそうなるんだぞ、心構えしておけよ、朝起きたら村人が集まる前に、先にお前を強化しに行くからな、約束だったろ?」
「ああ、ああ!ありがとうレン様!約束守ってくれて」
「そうだなぁ明日はどうするかぁ、北も南も入口塞いじゃうか、どうせ転移門があるんだ、門からの客なんてほとんどいないから大丈夫、とは村長も言ってたけど…」
「うん、2ヶ月前からは1人もいないよ」
「水色の髪のやつが通らなかったか?」
「ああいたな、騎士を何人か連れて門から出てったよ」
「やっぱり優秀なのか?まぁ考えてもしょうがない、とりあえずお前も食えよ」
「おう!言われなくてもな!」
「その意気だ!」
夜も更けた頃、ドンチャン騒ぎも落ち着き始め、徐々に人が帰路につき、人影もポツポツになってきた。
「さて、俺も帰って寝るかなぁ」
「私もだ、おやすみ、レン様」
「ああ、おやすみ、また明日な」
小走りで帰っていくリル。
夜の門番はどうするんだろう?ま、夜担当がいるに決まってるか、あとリルは1人暮らし、なんだろうな…あんなに若いのに、少し可哀想だな、村長宅の隣に家でも建ててやるか?そうすればティルやフローラと楽しく過ごせるだろ、ま、皆に相談してからだな。
―――――次の日。
「ふぁぁ…眠い…」
昨日は少し寝るのが遅かったからなぁ、ここに来てからまだ5日なのに、1日30時間に体が慣れてきてるな、まぁこの世界に来てからは100日経ってるんだ、慣れて当たり前か…さてと、起きるか。
テラーにもらった服に着替えて廊下に出る、因みに元々着ていた服は、テラーが、うふふ…と言いながら持ち去った…何も言うまい。
「レン殿、おはよう」
「ああ、おはよう」
「今フローラが朝飯作ってるよ」
「女神の料理だな、ははは」
「なあ、昨日から気になってたんだが、その女神ってのはなんなんだ?」
「そういえばお前には言ってなかったな、俺は人間関係の拗れで、この世界に初めて来たとき、危険区域の深層に捨てられたんだ」
「おいおい、朝から重いぞ、だからレン殿は裏切りにやたら厳しいのか?」
「そうだ、絶望に打ちひしがれていたとき、女神様に救われてな、その時に息をかけられたんだよ」
「そうなのか、レン殿も大変だったんだな」
「ああ、危うくこの世界の生物を皆殺しにするところだったよ、冗談だが」
「本当に冗談だよな?俺たちは味方だからな?」
「分かってるよ、安心しろ」
「それで?どうしてフローラが女神なんだ?」
「別に面白い話じゃないさ、女神のところで修行して戻ったのがまた同じ深層でな、転移門なんて便利なものを知らない俺は、あの深い森を走破してきたんだよ、二ヶ月ほど掛けてな、そのうち一ヶ月は鍛錬だがな、とにかく移動中はほぼ草しか食べてなかったよ」
「そ、そうか、地獄だな…」
「ああ地獄だった、楽しくもあったがな、それで初めて訪れた村がここって訳だ、村長宅にお呼ばれして、フローラの作った料理がうま過ぎてな、女神だなって言ってしまったんだよ」
「そういう事だったのか、あいつは飯だけは上手だからな、まぁとにかくご苦労さまだレン殿、まだ少し苦労をかけてしまうのが心苦しいが、事が済んだらゆっくり羽を伸ばしてくれ」
「ああ、そのつもりだよ、ところでセイス」
「なんだ?」
「あのクソったれ開拓者共と別れてから、何時間くらい経ったんだ?」
「なんでだ?…ああ、そういうことか、え〜っと…18時間だな」
「分かった」
「人の不幸で楽しむのも程々にな」
「おう、わきまえるよ」
「じゃあ、リビングで待ってるぞ」
「ああ、確認したらすぐに向かうよ」
さてさて、どうなってるかな?ステータス
筋力 12290 貸与[−3000]利息[+540]徴収[+1200][+980][+570]
俊敏 11680 徴収[+680]
精神 100000
魔力 10000
魔体 15150 貸与[−15000]利息[+150]
知能 5216 徴収[+216]
技術 8472 徴収[+472]
やべぇな…あいつらまだ気付いてないぞ、馬鹿者共が、いや、むしろ馬鹿さ加減に感謝かな、いい実験台になった、あれだけの馬鹿はなかなか出会えまい。
それにしても、3人合わせて筋力2750かよ、本当に大した実力じゃなかったな、やっぱり貸与さん、あなた怖いよ…
さて、貸与さんの仕事ぶりは、また明日の朝にでも確認するとして、飯食って、ティルを連れてリルのところ行くかぁ。
「お?レン、昨日よりいい男になってるじゃないか」
突然フローラにそんな事を言われた、お祭りが終わったあと、寝る前にテラーに髪と髭を整えてもらったのだ。
この世界にハサミがなかったからな、教えてあげたら喜んで俺の髪で実験してたよ、坊主になるんじゃないかとヒヤヒヤだったぜ。
「飯は用意してあるから早く食ってくれな」
「おう、ありがとうフローラ」
レンに背中を向け、手をひらひらさせながら立ち去るフローラ、レンはとても男らしいと思った。
―――――
時短のため、ティルと2人で岩板に乗って、上空を移動している。
「わぁ〜♪はやいはや〜い♪」
「暴れるなよ、落ちるぞ」
「はーい!」
すぐにリルのところへ到着、入口を封鎖して、そのままリルを岩板に乗せて北門へ向かう。
「まさか上から来るとは思わなかったぞ」
「またビックリして、文句つけて来ないのか?」
「ふむ、またレン様に教育されるのも悪くないかも…」
「やめろ、それ以上その扉を開くな」
「鍛錬も教育もいっしょだろう、レン様、よろしくね?」
「…鍛錬の前からなんか疲れたな」
「なんでだよ!ふざけんな!」
「それ、その態度がいい」
「ふん」
リルをからかいながら北門のその先へ、門を飛び越し、焼けた大地に降り立った、下でサンドがなにやら喚いてたけど。
「さて、早速やるか」
「私は何をすればいい?」
「村人全員を強化するには、魔法の常識を変えるのが1番早いと気づいたからな、まずは得意魔法を教えてくれ」
「ダークネスだ…」
「おお、初めて使える人を見た」
「確かに珍しいけど、あまり強くないんだよ」
「そうなのか?」
「だって闇だぞ?どうやって攻撃するんだよ」
確かにな〜、漫画やアニメだったら、影かなんかを実体化させて、拘束したり攻撃したりするんだが…魔法は想像次第だ、少し嘘をついてみるか?
「何ができるのか、少し見せてくれ」
「わかった…はっ!」
リルが気合を口に出すと、体から黒いモヤが出てきて辺りを包む。
これはこれで陽動になるからいいけど、ちょっと試してみるか…
「ティル〜、ちょっとこっち来てくれ〜!」
「はーいっ」
離れたところで自主訓練を行っていたティルを呼ぶ。
地面がボッコボコなんだが?…ティル、お前は何をした?完全に風魔法の範囲を超えてるぞ、色々教えすぎたか?強くなる分にはいいか…
「軽く風を吹かせて、あの黒いのを飛ばせるか?」
「くうきさんたちを動かして、あのくろいのをどっかにつれていけばいいの?」
もう、ティルの中では、空気魔法になってるな…
「そうだ、つれていけるか?中にリルがいるから気を付けてな」
「わかった、それ〜!」
ブォォォ!
「おいティル!強すぎるぞ!」
「あっ…」
そう言ったが時すでに遅し、リルは目を回して、あ〜れ〜…と言いながら吹き飛んでいった。
くそ、俺が自分でやればよかった、ティルのいい経験になると思ったばかりにっ!
瞬間、レンは足に全力で力を入れ、地面を蹴る。
ダァン!
地面が爆発して、一直線にリルのもとへ、風魔法でブレーキを掛けつつ、リルをキャッチ。
あっぶねぇ〜、木が無くてよかったよ〜、激突して下手すると死んでたかもしれんぞ。
リルを抱えながら、トコトコとティルのもとまで歩いていく。
ティルはうつむいて黙っている。
反省してるみたいだな、なら大丈夫だ。
レンはティルの頭に手を置いて、優しく撫でる。
「魔法は使い方で簡単に人を傷つける、次は気をつけような?」
「…う、うぇーん!」
抱きついてきて泣き出したティル。
よく考えたらまだ8歳なんだよなぁ、子供なんだ、しょうがないさ。
とりあえず、リルと一緒にモヤも飛んでいった、見た感じは風に飛ばされているように見えたな。
「う〜ん、あれ?」
「目を覚ましたか?」
「リル姉さ〜ん、ごめんなさい〜!」
「な、なんだよティル、いきなりどうしたんだ?」
今度はリルに抱きつき泣き始めた。
「ちょっと試したい事があってな、ティルに頼んだんだよ、そしたらお前が飛ばされた」
「どう言うこと!?」
「まぁ、とにかく実験は成功だ、ティルもリルも良くやった、ほら、いい加減泣きやみなさいティル」
「うん…」
「よしよし、いい子だ、手加減の練習でもしたほうがいいんじゃないか?」
「うん!れんしゅーしてくるー!」
「切り替え早っ!」
「ははは、子供ってあんなもんじゃないか?」
「そうだな、さてリル、さっき試した事なんだが、お前の出したモヤモヤが、風で吹き飛ばされた」
「うん?それがなんだ?」
「実体があるって事だ、つまり攻撃もできる」
「ええ!?」
「リルは何を考えながらダークネスを使っているんだ?」
「こう、塞ぎ込むような、感じ?」
「いや暗さの使い道!」
「だって闇だよ?そんな使い方くらいしかないと思って…」
「お前…闇は悪いものとか思って、引け目感じてないか?」
「…うん」
「はぁ、お前の足元にある影はなんだ?悪なのか?」
「え…影は影だけど…」
「そうだろう、暗闇は言ってみれば影だ、それなら善も悪もないだろうが、光が影を作るんだ、影が悪なら光のほうがよっぽど悪の親玉だな」
「ははは♪長年悩んだ私が馬鹿だったみたいだな」
「これは皆にも言ったが、魔法は無限だ、想像力次第でどれだけでも強くなれる、と思っている、これはほぼ確信に近い、あれを見ろ」
ティルのほうを指差す。
バァーン!ドカァーン!
いや手加減…もういいや。
「あれは何魔法だと思う?」
「えっと、爆発魔法?」
「風魔法だ」
「はぁ?冗談も休み休み言いやがれ!まったくいつもいつも私を馬鹿にして!」
「いや、風魔法だ…風魔法なんだよリル!あれは風魔法なんだ!!風魔…」
「怖い怖い!肩を揺らすな!目ぇバッキバキじゃねぇか!分かったから、なんか自分に言い聞かせてるのは分かったから!」
「すまんすまん、ティルに入れ知恵した俺ですら、少しだけ目を疑う光景過ぎてな」
「気持ちは分かる、だって爆発してるもんな、あんな可愛い顔して使う魔法じゃないよな」
「お前もああはならない様に願い奉るからな?頼むぞ?」
「う、うん、善処するよ」
「よし、それでリルは、さっきの魔法でどれだけ魔力を消費したんだ?」
「3だな」
「優勝」
「は?」
「お前は優勝だと言ったんだよリル」
「どういう意味だよ」
「あれだけのモヤモヤを出して、しかもある程度の時間出してただろ、それで3とか…化け物かよお前は、魔力はどれだけあるんだ?」
「褒めてるんだよな?魔力は563だ」
「一等賞」
「は?」
「お前優秀過ぎるだろ…どうやってあの黒いのを制御している?」
「そうなるように考えて出すだけだから何も制御なんてしてないぞ」
「そうか、半自動かぁ、俺がお前から教わることになるなんてな、リルはなんであれで身を隠す事しかしない?あの黒いのを1箇所に集めようとした事はないのか?」
「え…ない、な、あれはああいう物だと思ってたから」
「あれは相当万能だぞ、集めてみろ」
「やってみる…」
目を瞑り集中するリル、すると。
「うわぁ、できた…」
真っ黒な玉がリルの前に浮いている、まさに漆黒、なんの光も反射していない、そこにポッカリ穴が空いているようだ。
相当黒いぞこれは、立体なんだよな?
レンは色んな角度から観察するが…
そこに黒が存在しているとしかわからんぞ。
「リル、どれだけ魔力を使った?」
「モヤを出すのに5、集めるのに1、だな」
「なんでそんな細かく分かる?」
「あらかじめステータスを見ながら、出す、集める、って分けて使ったんだよ」
「殿堂入り」
「は?」
「お前は殿堂入りだ、リル!」
「ふふん」
リルは、何を言われているのか分からなかったが、とにかく凄い称号をもらったと思い、腕を組んでドヤった。
「1回目よりモヤの…なぁ、それ黒霧って名前にしないか?」
「いいな!かっこいい!」
少し厨二病を患ってるか?これは戦力になるかもな…よし、俺の厨二心よ…復活せよ!
「お前にもっとかっこいい使い方を伝授してやる」
「お願いします!」
「うむ、その黒霧を出してる間の消費魔力は?」
「ない、動かそうとすれば消費する」
「好都合だ、だったら常に腕に張り付けておくことは可能か?」
「うん、出来ると思うぞ、でもこんな玉を腕に付けてたら邪魔なんだけど」
「いや、そういうふうに集めたから、玉の形になってるだけで、薄く絵のようにして、肌に張り付けておくんだよ、そうだな、蛇とか龍とかな、かっこいいだろ?」
「うんうん!それっ、やってみる!」
―――――
か、かっこいい!ええ〜俺もやろうかな〜…いや、真似したみたいで恥ずかしい、多分見たから黒いのは出せそうだけど…
「ヘビにしてみた!」
「かっこいいぞ、あとは攻撃力だな、そのヘビが伸びて腕から出てくるような演出だ、出す時にさらに霧を追加して強度を上げろ、できるだけ速く打ち出すんだ」
レンはそう言うと、少し遠くの地面に手をかざして、鉄の的を作り出した。
「やっぱりレン様は凄いな、私だけだったら思い付かなかったよ」
「俺の元いた世界では、体に影を飼っている者が多かったからな、背中に龍を飼ってるやつまでいてな、そういう奴らには誰も敵わなかったんだ」
「すげぇ〜」
嘘である。
入れ墨だけどね…
「あの的を使え」
「わかった、やってみるよ」
シュッ、ズボッ!
リルの腕から凄い速さでヘビが伸びていき、なんの抵抗もなく的を貫いた。
「「…」」
攻撃できないって…なんだっけ?
「免許皆伝だ…あとはお前の好きなように、アレンジに励め」
「やった〜!」
リルは飛び跳ねて喜び、的をズバズバ切り刻み始めた。
もうアレンジしてるよ…さっきは切ってないじゃん、天才かよ。
的が無くなると、次に地面を攻撃し始める。
ティルみたいにはなるなとあれほど言ったのに…しかし発動が速い、すでに実体化してるから速いんだな、また勉強になった。
しばらくその光景を眺めながら、他の入れ知恵はまた後にしよう、そう思うレンであった。




