31話 北王の使者
レンは絶対にこの村は守ると、改めて決意した。
先当たっては、使者だな、どうあしらうか。
「なあ村長」
「なんじゃ?」
「近いうちに使者が来る可能性があるんだよな?」
「うむ…そうじゃった、浮かれとったのじゃ」
「いつもはただ食料を持っていかれるだけなのか?」
「いや、必ず何人か人も連れて行くのぅ、じゃからいつもティルとフローラには屋根裏に隠れてもらっとる、他の家も同じようなもんじゃな」
「なるほどな、優秀とかは関係なく連れていってるような気がするなぁ、使者はいつもどんな顔をしてる?」
「ニヤニヤと人を見下した顔して、気持ち悪いのじゃ」
「やっぱりそうだよなぁ、村の名を捨てさせたり、ダストと付けさせたり、人も食料も奪っていく、これ、ただ楽しんでるだけだな、最初はなんか企みあると思ってたんだけど、そうじゃない、ただの嗜虐的思考だな」
頭悪いほうかぁ、余計な企みがまだないとは限らないけど、間違いないだろ、油断はしないけど。
「いちおう食料と人材を奪っていく時、大義名分は言ってくるんだろ?」
「うむ、開拓が進まないのは弱いせい、弱いから育ててやってやるとか、その割には優秀な人間を見つけると、有無を言わさず連れて行き、こちらは人材が多いから、それだけ食料が必要だとか…」
「なんで、わざわざ優秀だと報告するんだ?」
「真偽の分かる道具を持ってくるので、嘘はつけんのじゃ」
「じゃあセイスラードは?」
「もう実力はバレておる、危険区域に行って、戻ってこないと言って誤魔化しとる、嘘じゃないからの」
なるほどな、危険区域で数日過ごせる実力があるからこそ使える手だな。
「なるほど、じゃあ開拓が進めばいいんだよな?」
「そうなりますな」
「よし分かった、まずは魔物狩りして、開拓が進んでますよアピールだな、すまんが村長、当日は偽名使うから合わせてくれな」
「わかったのじゃ」
―――――3日後。
村長宅でまったりしてたら、モルスが血相を変えてやってきて、使者が来たとの一報を告げる。
よし、行くか!
少し村長より遅れて、中央の広場までゆっくり歩いていく…
「おい!食料はどうした!」
何やら騒がしい声が聞こえてくる…
「い、いや、もう備蓄が尽きそうでして…」
村長が地面に額をつけて土下座をしている。
イラッ…
「ふざけるなよ、ちゃんと用意すると言っていただろう、殺されたいのか?」
「す、すみませんのじゃ、この通り…」
「お前の土下座に何の価値がある?」
「許して欲しいのじゃ…」
「…おいお前ら!5人で隠してある食料を探しに行ってこい!」
「「「「「はっ!」」」」」
「残り5人は隠れている奴を探してこい!」
「「「「「はっ!」」」」」
水色髪のキザったらしい顔した偉そうなやつが、村長を罵倒し、取り巻きの者達に命令をする、手にはガラスで出来た箱みたいな物を持っている。
あれが真偽を鑑定できる道具かな?備蓄がまだあることが分かったんだろう、いきなり嘘をつかれて瞬間沸騰しちゃったんだろうな。
レンはトコトコと悠長に歩きながら、広場に手のひらを向ける。
展開がはやいなぁ、なんで嘘をついているのか調べようともしないのか、今まで従順だったんだから、何かあるとは思わんのか?…土壁!
ザザーッ!
取り巻きの10人が広場から出ていく前に、広場全体を囲むように、地面から物凄い勢いで10mほどの土壁がせり上がった、レンも発動と同時に広場入口に向かってダッシュ、土壁と一緒に空中へ飛んだ。
「「「「「うわぁぁぁ!?」」」」」
先に命令され、広場の外に向かっていた5人の鼻先くらいに出てきたので、全員驚いて尻もちをつく。
「な、なんだ!?」
キザ男もビビっている。
スタッ!
「ちょっといいか?」
「っ!?」
土壁の勢いで飛んだレンが、村長の隣に突然降ってきたのだ。
「うおっ!何者だお前!」
「俺の名はレィン」
真偽に引っかからないように、心の中で俺はレンだ!と叫びながら、極力"イ"を小さく、でもギリギリレインと聞こえる程度に発音して言ってみた。
特にガラスの箱は反応してないな、まぁどういうふうに反応するのかは知らんのだが、しまったな…村長に聞いておけばよかった。
「おい、レインとやら、これはお前が?」
土壁を指さしながらキザ男が聞いてきた。
「ああ、魔法にはちょっと腕に覚えがあってな」
「ふむ、よし!今回はお前で勘弁してやる」
「そ、そんな!レン様がいないとこの村は!」
さすがにレンを連れていかれる予想をしていなかった村長が本気で焦る。
おい村長、いきなりレンとはいい度胸だな、焦り過ぎだぞ。
「俺はここに来たばっかりでな、勘弁してやる、とはどういう意味だ?」
「開拓をするために、お前を育成してやると言っている、いいから付いてこい、お前の実力なら北王様も、お喜びになるだろう」
「育成?お前は馬鹿なのか?なんで自分より弱いやつに育成されなきゃならんのだ?」
「なんだと!?キサマぁ、北王様に逆らうのか!!」
「開拓をするためなら間に合ってるんだよ」
パチンッ
レンは指を鳴らした、すると…森の方から黒い影が飛んできて。
ドサッドサッ、ドサドサドサッ
目の前に数十匹のゴブリンの遺体が降ってきた。
「なっ!?」
「な?必要ないだろ?開拓は進めてやるから、お前らは帰って休んでろよ、ああ、あと連れていった人たちも返してくれ、俺が一人いれば十分開拓できるからな」
「な、何を勝手な事を!」
「いや、勝手じゃないだろ、開拓を進めるための育成で連れていったんだろ?」
「そ、そうだ!だから、十分に育たなければ返すわけにはいかん!」
「だから話聞いてた?開拓は俺一人で十分なの、なぁ、俺強いよ?俺に逆らうの?」
「ぐ、くぬぬぬ…」
悔しそうだな、当たり前か…
ちらちらと空を見ながら強がるキザ男。
まだ、頭上にゴブリンが百匹以上浮いていたのだ、中が空洞の大きなガラス玉の中にギュウギュウにゴブリンが詰められていて、それが浮いている。
「ふ、ふふふふ」
なんだ?頭おかしくなったか?
「おい、まだ全然開拓が進んでないぞ?」
「は?何を言っている?」
なんか、急に余裕ぶり始めたな…
「開拓だぞ?木が残っているではないか!魔物を倒すだけで開拓とは笑わせる、クククク」
「…はぁ」
そんな事か。
「村長、セイスラードが向かった方角は分かるか?」
「ん?あっちの方角じゃ」
北東の方を指差して言ってきた。
「間違いないか?」
「うむ、浅層といえど、転移門から遠くに離れるような真似はせんのじゃ」
「わかった、その言葉信じるぞ?」
「なんだレイン、はははっ♪今から伐採か?」
笑ってろ、馬鹿が。
「まぁそうだな、後悔するなよ?」
「は?なに…が?」
レンが北西の方角を向き、手のひらを上に向け、前方に振る、瓶詰めゴブリンが遠くの彼方に吹っ飛んでいった…
「は、ははっは、はははっ、あんまり笑わせるなよ、ゴブリンをぶん投げて木が伐採できるのか?」
「…」
次にレンは胸の前まで手を降ろし、手のひらを上に向ける、見せつけるように、敢えてゆっくりした動作だ。
「おい!聞いてるのか!?いい加減往生際が悪いぞ!いいから付いてこい!」
ニヤァっと笑うレン。
その瞬間、ボッと肘から指先までを炎が包み込む。
「なっ、なんだ!?何をする気だ!」
次にその炎が、次第に手のひらの上に集まっていき、大きな火球になる、大きさはバスケットボールほど、例のあの技だ、だがあの時とは大きさが違う。
演出は大事だからな。
右手で火球をゆっくり育てながら、左手を払う動作で土壁を解除、ズザァっと音を立て、跡形もなく消え去る土壁。
右手の火球が太陽のように光りだし、徐々に黄色くなり始める、風魔法を使い、さらに火球から風が吹き出す演出をする。
「村長、良く見ておけ、俺のとっておきだ、ここから北西方向の見える範囲の森を、全部焼き払ってやる」
「う、うむ…大丈夫かの?」
「…」
さすがの村長も恐怖に震えだした。
キザ男はもはや声も出せなくなっていた。
「お前が言ったんだからな、後戻りはできないぞ?」
「ヒッ…」
顔が引きつるキザ男。
レンは手のひらを、北門よりも西方向の森の上に向け。
「焼き尽くせ」
火球がソフトボールほどの大きさに圧縮、カッ!と青白い光りを放ち、あの時のよう…ではなく、ゴルフのショットほどのスピードで飛んでいき、放物線を描くように数キロ先の森の中に落ちていき、次の瞬間。
ブォオォォオォ!!
うわぁぁぁ!!
広場にいるレン以外の全員が、頭を抱え地面に伏せてうずくまった。
目の前は赤一色、空も覆い尽くすほどの炎の柱が、北から北西にかけて、マグマのように噴き上がった。
俺は大丈夫だが、皆が熱風で焼け死んじゃうからな…イメージ、イメージ…水壁!
レンはもう一度炎の方へ手をかざし、念じる。
すると、村全体を覆う水の壁がドーム状に生成された。
「お前ら顔を上げろ、もう大丈夫だ」
「…おおっ、これは!」
「キレイだ…」
「水の中に沈んでるみたい…」
皆が口々に感想を述べる。
目の前いっぱいの、ゆらゆらと波打つ水の壁、その奥には炎の赤がキラキラと揺らめいて、非常に幻想的だ。
さて、そろそろ燃え尽きたかな?
熱風を防いでいた水ドームが、目の前に集まりだし、直径200mほどの大きな水球になる。
あの火を消すには足らないか?圧線じゃ地面まで切っちゃうから、火を消すには向かないな、なら物量だ。
同じ大きさの水球を10個ほど並べる、200m級の水球が、横一列に並ぶ姿はまさに圧巻であった。
水壁でも良かったが、こっちのほうが見てて面白いだろうからな。
「今、火を消すから待っててくれ」
「…」
少しずつ崩れて、火を消しながら進め、行け。
ズシャァァ!
大津波が森の残骸を押し流しながら、全てを包んで去っていった、そしてあとに残ったのは…
真っ黒に焼けた大地だけであった。
―――――
ここは実力主義の世界ツェファレン、レンの実力を目にしたキザ男、その取り巻き、さらには広場に集まっていた村人全員が、レンを取り囲み…
…土下座していた。
「ですよねぇ!こうなるよねぇっ!」
「レ、レイン様、いや神様!なにとぞ私に、いやこの馬鹿に御慈悲を!」
「頭上げて…」
「「「「「御慈悲を!」」」」」
「だから!頭上げてよ!地面に頭めり込んでるよ!よく声聞こえないんだよ!」
「「「「「なにとぞぉ〜!」」」」」
「村人まで!?どうしたお前ら!」
隠れていた村人たちは、火柱が上がった辺りで異変を感じ、表に出て様子をうかがったのだ、そしたら目の前には立ち上がる炎の壁、次に水、なんだこれはと村の中心に避難してきて、ほぼ全員がここに集まっている。
もちろんその中には村長の家族の姿も…
「おい、村長、テラー、フローラ、ティル、お前らもかよ、冗談はやめてお前達だけでも俺の横に立て」
この4人には先にこうなるかもって話していたのだ。
「いや、聞いてはいたのじゃが…聞くのと見るのとでは大違いと申しますか…」
「取って食ったりしないから、はよ!」
「う、うむ」
「おい!これはいったいどういう事だ!」
見知らぬ男5人が広場の入口に立って、叫んでいた。
あぁ…ほらぁ、めんどくさい事になったよ…




