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第九話 結婚はしてあげられんよ?

 その後俺たちは、ラウヌアの街に家を借りた。

いつもの入り口から入り、壁沿いに少し歩いたところにある、三階建ての集合住宅の一階、三部屋ほどの小さな物件だ。

幸い敷金礼金管理費などは取られなかったので、ミスズの持ち金を叩けば、百日分程度の家賃になるらしい。

 基本的な家具付きの、木賃宿に近い物件を選んだので、新しく買った家具などはない。木製の寝台があるだけで蒲団はないし、隙間風が酷かったが、長らく川原のテント生活だったミスズは、屋根があってバケモノが出ないというだけで満足していた。

「ここがウチらの再出発の場所やで! もう後がないんや。パイスイノイシンてヤツや!」

 そう言っている間にも、椅子の上に胡坐を組んだミスズは、抱えた手桶に赤い石をジャラジャラ出し続けた。

「ああ、背水の陣だな。確かに、もう後がない」俺はそれを受け取り、数えて千個単位で皮袋に入れる。「しかし、必ず売れるはずだ」

「えらい自信やん?」

「薪が育つには時間がかかるだろう? だから大量に使ってると、遠くまで取りに行かなくてはならなくなる。だから値段も高くなる」

ラウヌアの周囲に森がないのは、畑にしたからという理由もあるが、木を伐り過ぎたからでもあるだろう。どちらが鶏で、どちらが卵なのかは分からないが。

「だいいち、薪はエコじゃないからな」

 赤い石の原理は不明だが、薪を燃やしてモクモク煙を出すよりマシだろう。…多分。

「エコ? エコってなんなん?」

「知らんのか? エコロジー。自然を大切にしよう、みたいな…」

「へぇ、そんな言葉あるんや。ウチはもしかしたら、エコノミックアニマルのことかなーとか思うたわ」

「いやいや、今どきエコでエコノミックアニマルは出てこないぞ?」

「そうなん? 新聞とかに出とらんかった?」

 この子は本当に、俺の知っている日本から来たのだろうか?

「それはそうと、結局、家賃はぜんぶミスズさんに出させてしまったな」

「気にせんといてや。魔法石売るの、おっちゃんが言い出したんやから、半分はおっちゃんの手柄やし。…それに、ウチのこと守ってくれるんやったら、なんぼでも養のうたるわ」

 相変わらずの突飛なミスズの言葉に、まったくヒモのようだと、俺は嘆息した。しかし、その次の言葉は、さらにぶっ飛んでいた。

「…けどな、結婚はしてあげられんよ?」

「けけけ?」俺は言葉を詰まらせた。「結婚?」

「うん」

 頬を染め、いつになく乙女な顔を向けるミスズに戸惑う。

「ウチな、むこうにコンニャクシャおって。結婚、申し込まれててん」

「そ…」からくり人形のような動きになりながら、俺はなんとか言葉を搾り出した。「それは、…帰りたいだろうな」

 帰りたい、絶対に死にたくないと言っていたのは、そういうことだったのかと得心した。

「うん…。帰りたい」

「…帰してやる! きっと俺がミスズさんを帰してやる!」

「んはは。あんがと」照れくさそうに笑うミスズ。「けど、ウチだけやないで? おっちゃんも帰るんやで?」

「あ、ああ、もちろんだ」

 俺は、少なくともミスズだけは元の世界に帰してやろうと。

 そして、もしも自分も戻れたなら、絶対にその幸せ者の顔を拝んでやろうと、心に刻んだのだった。


「…しかし凄いものだな。その、魔法力の溜まり方というか、赤い石を作るスピードは…」

「それがなぁ、前はこんなにすぐに作れんかったから、ウチも驚いてんねん。なんや知らん、おっちゃんが来てからシャッとできるし、魔法力の溜まりもエエんよ」

 リズムよくグーパーする度に、“ヒュッ”という、空気がミスズの手のひらに集まるような音がして、五、六個の魔法石がこぼれ出る。確かにこの速さなら、あらかじめ作って皮袋に入れておくような手間はいらない。必要になったときに作れば、充分間に合う。

「よく眠れるようになって、寝不足が解消されたからだろうか?」

「そうかも知れんし、呼ばれた人と一緒におるからかも知れん」

「呼ばれた人とか言うなよ、ミスズさん。それはただの推測だ」

 苦笑いに、少量の照れ臭さが含まれた複雑な気分。

「んはは。けどまぁ、石がザクザクできるのはエエことやろ?」笑った後、ふと何事かに気付いた表情のミスズ。「ところでおっちゃん?」

「なんだ?」

「溜まった分の魔法力を全部赤い石にするんはエエとして、今まで白い石にしてたんを魔法力に戻したほうがエエやろか?」

 白い石とは、頭に戻せる無属性の魔法石のことである。ミスズは、それを魔法力に戻してまで赤い石を作るべきかどうかを聞いているのだ。

「とりあえず、そこまでの必要はないのではないか?」

「ウチもそう思うわ。もったいないさかいな。それに、ジャンジャン石出してると、ギュンギュン魔法力増えてる感じするし、ちょっとやそっとじゃ枯れへんで!」

 ミスズが言うには、ジャンジャン使っていると魔法力の上限が上がり、溜まる速度も早くなるらしい。要するに、財布は大きくなっても、同じ時間でいっぱいになるのだそうだ。

「ははは、それは頼もしいな。溜まっている分で足りなくなるようなことがあれば、そのとき考えよう」

「ほな、そういうことで」

 ニコニコしながら石を出すミスズを見ながら、俺は不安に駆られる。

「…ミスズさんは石を出して、金稼ぎと魔法力アップができるが、俺はどんどん置いていかれる気分だ。まさか大の男が、ずっと石を数えているわけにもいかないだろうし、なにか俺にできる仕事はないだろうか?」

 一瞬手を止めたミスズだったが、ゆっくりと元の動きに戻しながら口を開いた。

「…そりゃまぁ、確かにそうやな。呼んだ人に会うたときに、“ずっと石を数えてました”って言うわけにもいかんもんな」

 なんて嫌な未来予想なんだと顔をしかめる俺をよそに、眼を閉じて腕を組み、しばし考え込むミスズ。

「…お金稼ぎなぁ。あんまし考えたこともなかったさかい、よう知らんのやけど」と前置きしたミスズは、人差し指を立てて続けた。「この街でよくある仕事と言えば、まず、畑の警備やな」

「ああ、街の外の広い畑か。剣を持ったやつがあちこちに居たな」

「せや。仕事の時間は日没から夜明けまで。昼間は帰って寝てもエエし、その辺でゴロ寝しててもエエ」

「その辺でゴロ寝する理由は? 帰ればよくないか?」

「それはな、やっつけたバケモンはやったモンのモンやからや」

「なんだって? …つまり、警備中に出てきたバケモンをやっつけたら、ご褒美とか割り増し料金が貰えるってことか?」

 早口言葉のようなことを言われたので、確認のために平たくする。

「うんにゃ。割り増しとは違うけど、この辺りにはバケモンがようさん居てるから、そいつらぶち殺して皮とか剥いだら売れるんや。せやから、あそこでゴロ寝してる連中は、作物狙いで昼間に出てくるバケモンを待ってるわけやね」

「ミスズさん…、女の子がぶち殺すとか言っちゃダメだ」

「んはは。おっちゃん意外と硬いんやなぁ」

「…あれ、俺はなんでそんなことを言った?」

 口を衝いて出てしまった言葉に戸惑う。

「はぁ?」

 ミスズが不思議に思ったのは当然であるが、俺自身不思議に思っているのだから説明できない。

「いや、話を続けてくれ…」

「んぁ、ああ。えっと、畑の警備の話やったな。この辺りの畑の持ち主が、全員で揃って互助会に頼んでるさかい、畑はめっちゃ広いんや。せやけど、仲間もいっぱい居るから割と安全やし、一晩で百アプリ以上は堅いらしいで」

「ふむふむ。それいいな、候補に入れておこう。…他には?」

「あとは洞窟探検やな」

「洞窟探検などというものもあるのか! 少年心が浮き立つ言葉だ」

 “洞窟”も“探検”も、男に刺さるパワーワードである。それがセットになっているとくれば、身を乗り出さずには居られない。

「少女心はそれほどときめかん言葉やけどなぁ」ミスズはやれやれといった風に首を振り、後を続けた。「洞窟やからな? 防空壕みたいなちゃちいモンやのうて、バケモン居るし、どこまで続いてるか分からんヤツとかあるんやからな?」

 ミスズの注意も聞き流し、俺はウキウキしながら手を挙げた。

「しかしミスズさん! そういう穴は、いったん目ぼしい物を取り尽くしてしまえば、後はただの暗くて汚くて危ない場所でしかないのではないか?」

 得たりとばかり、ミスズは俺を指差した。

「それや。普通はそうなるけど、さっきバケモンの皮売る話したやん? この辺ウロついてるバケモンと違うて、洞窟にはもっと高う売れるヤツが居るらしいんや。つまりな、バケモンそのものがお宝やっちゅうことや。もちろんその分強いと思うけどな」

 ミスズは洞窟に行ったことがないはずなので、それ関係の情報は、恐らく伝聞であろう。

「面白いな。この街では、主産業の農業があるおかげで、初心者は畑の警備をして生活できるし、経験を積んだら洞窟でバケモン狩りして大きく稼げるわけか。産業として成り立っているんだな」

 思えば、ミスズと初めて互助会に行ったとき、あそこに居た男たちがミスズに目もくれなかったのは、無視したわけではなく単に興味がなかったからだろう。彼らが望むのは探索の仲間であり、薬草採取の女に用はないのだ。

「皮だけやのーてな、バケモンによって歯とか骨とか肝とか、売れるトコ違うし、前に言うた魔石も値打ちモンや。けど、飛び道具とか、毒持ってるヤツも居るから注意もせんならん。詳しいことは、互助会で売ってるバケモン解説本みたいなんに載ってるらしいで」

「色々やってるんだな、互助会」

「凄いやろ、互助会」なぜか自慢げに言った後、なぜか声を潜めるミスズ。「それからな、バケモンやけど、宝物集めて溜め込むんが趣味らしいねん」

「趣味?」

「趣味っちゅーか、仕事? …生き方?」もどかしそうに、身を捩じらせるミスズ。「なんて言うたらええねん?」 

「習性とかか? ミツバチが蜜を集めるみたいな…」

「それやん! バッチリやん! やっぱおっちゃんカシコやね!」

 ぱちんと手を打ち、俺を指差す。

「いやいや、キミよりほんのちょっと長く学校に行って、ちょっと長く生きてるだけだから、凄くもなんともない」

「あー学校な。ウチも行きたかったけど、ダンプにやられて死んでもうたし、こっちで命もろただけでもめっけモンやからな。言うても残ない話や。…ほな、ミスズ先生の洞窟授業、続けまっせ!」

 学校の話を出したのは失敗だったかと思ったが、すでにミスズは達観しているのか、気にする風でもなかったので安堵した。

「先生、よろしくお願いします」

 なので、ちょっと嬉しくなって、柄にもなくミスズの冗談に乗っかってみたのだった。

「んはは、よっしゃよっしゃ。ちゅーわけで、バケモンはお宝大好きやさかい、ミツバチみたいに集めまくるんや。わかったかー?」

「宝物を? どうやって?」

「人間様から盗んだり、自分で作ったり、山行って掘ったり、勝手に洞窟広げたり。まぁ色々やね。せやから、何遍やっつけても、バケモンはお宝持ってんねん」

 人間から盗んだものでないという前提ならばだが、奪われるために溜め込んでいるとは、哀れでもある。

「作ったりもするのか」

「らしいで。バケモンにもそこそこのカシコが居るみたいやな」

 ある程度の知能があるとしたら、シカバネやトニカクみたいな、獣然としたヤツばかりではないということか。知的生命体に刃を向けるのは気が重いな。

「ふむふむ…それから?」

「せやから、それをぶん取りに行くのもエエ商売なんや。バケモンからぶん取ったモンは、大きな街では高う売れるさかい、互助会に持ち込んだら、大概のモンは買い取ってくれるで」

「常識が違う…」

 改めてここが異世界なんだと実感する。

「おっちゃん、ガーンてなるのはまだ早いで。お宝には人間様から盗んだモンもある言うたけど、あっちにはない決まりがあって、いきなり人様から盗んだら泥棒になるけど、誰かがバケモンに盗まれたモンを、別のヤツがバケモンから盗み返すんはエエねん」

「…つまり、間にバケモンが挟まったら、ちゃっかり自分のものにしてもオッケーになるということか?」

「そうそう。元の持ち主に“返せ”言われても、返さんでエエねん」

 バケモンロンダリングとでも言うのか、恐るべきシステムである。

「それでは、例えば誰かから直接盗んだものを、“バケモンが持っていたものを奪ったのだ”と言い張ったらお咎めなしになるわけか?」

「まぁ、人間に盗まれたところ見てなかったら、そうなるんやろな」

「怖い世界だな」

「今更か」

 俺は腕を組み、少し考えた後で口を開いた。

「赤い石の売買だが、互助会に任せるというのはどうだ?」

「んえ?」

 話の流れからは思いもよらない言葉だったからか、変な声で返答するミスズ。確かに話題転換は突然だったが、思い出せ、少し前に互助会の話が出ただろう?

「互助会というのは販路拡大のプロなのだろう? なら俺たちがふたりで売り歩くより、手数料は取られるが、広く取り扱い先を探してくれると思うのだ。そうしたら、俺を呼んだ誰かさんも、その線から探しやすくなるはずじゃないか?」

「それええやん! 昼間は時間が空くから洞窟でお宝探し、夜はここで赤い石作り! 完璧な計画や!」

「ちょっと待て? ミスズさんも洞窟探検に行くのか?」

「めっちゃ楽しそうやし、行くに決まってるやん!」

 女子心はときめかないとか言っていたクセに、忘れているようだ。

「ミスズさんは石を出して疲れるから、せめて俺が洞窟に行っている昼間くらいは、休んでほしいと思って言ったんだが…」

「なに言うてんの。ウチはこんなやばい世界で暮らしてきたピチピチの十代やで? 元気なんぞ底なしに沸いてくるわ!」

 腕をぐるんと回してガッツポーズをとるミスズ。

「…そうか。実を言えば、俺はこの国に不案内だから、一緒に来てくれるのはとてもありがたい」ぺこりと頭を下げて、諭すような口調で続けた。「だが、決して無理をしないでくれ。疲れたら必ず疲れたと言ってくれ。洞窟探検は休めても、石を作るのは休めないのだからな」

 赤い石の販売を互助会に任せる以上、供給を滞らせるわけにはいかない。

「せやな。商売人は信用第一やからな」

「そういうことだ」


 互助会に依頼して数日、互助会の担当者が有能なのか、広場でのプロモーションが効いたのか分からないが、赤い石はそこそこ売れているようだ。

 しかし、そこそこの売れ行きに比して、腱鞘炎になりそうなほどグーパーしても、ミスズの魔法力は尽きることなく、どんどん千個入りの皮袋が積み増されている状況だった。

「…それにしても納得いかんわ。魔法力からっけつになっても、一晩寝たら粗方戻るやん。こんなもんなんぼでも作れるさかい、ホンマはもっと安うして、ジャンジャン売りまくりたかったんやけどな。だいたいおっちゃん、値段の取り決めとか必要なん?」

 椅子の上に胡坐を掻いて、片方の肘を膝に乗せて頬杖をつき、もう片手からは赤い石を手桶にジャラジャラ出しながらミスズがこぼす。

「そう言うなミスズさん。何もかにも突っぱねて、闇討ちなどされても詰まらんだろう? キミの安全のためでもあるのだ」ここで話を切り、少し声のトーンを下げて後を続けた。「それに、魔法石は、一割くらい高くても問題にならないくらい便利だ。みんなが便利さに気付いたら、この先バカ売れするだろう。そうしたら、薪業者も値下げせざるを得なくなるはずだ」

 話が終わった後、俺の顔はかなり悪くなっていただろう。

「そしたらこっちも値下げするんか? けど、値段決められてるって言うたやん? 下げられへんのと違う?」

「フフフ、決められているのは“薪より一割程度高く”だから、もしも薪が値下げしたら、魔法石も値下げする。こっちはグーパーするだけの元手いらずだから、いくらでもついて行ける。ミスズさんが納得するまで値下げすればいいんだ。決定通りだから、文句は言わせない」

「はー、ほんで態々紙にしたんか。やっぱりおっちゃんはカシコやなぁ」純粋に感心した後、なにかに引っかかったミスズ。苦笑いして続けた。「…うんにゃ、カシコっちゅーより、越後屋やね。“お主もワルよのう”って感じや」

「はは、俺もそんな気がしている」

「弱気になったり強気になったり、ホンマに変やな」


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