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第六話 …これは、タコヤキ…?

翌朝起きたとき、ミスズはそばに居なかった。水辺に居ると思ったので、岩の裏から声をかける。

「ミスズさん、そこに居るか? 今、大丈夫か?」

「ん、おはようさん。来てもエエで」

 エエでと言うので取り込み中ではなかろうと思い、岩の向こうに回ったが然に否ず、ミスズは全裸で水浴び中。

地面のコケに足を滑らせながら、俺は慌てて岩の裏に戻った。

「全然大丈夫ではないだろう、ミスズさん! 大丈夫と言うのは…」

 ミスズにからかっているつもりはないのだろうが、いい加減“自分が子供だと思っているかもしれないが、キミは十分大人なのだ”と、言い聞かせておかないと身が持たない。

「あかんか? 今日は街に行こ思てるから、身だしなみ整えとってんけど」

「街に?」

「おっちゃんのお道具、買わんとあかんやろ?」

「お道具? ああ、武器とか?」

「そうそう。おっちゃんには働いてもらわんとあかんからな」

 言いながら、緑の石を髪の中に突っ込む。乾いた強風により長い髪がバサッと逆立ち、ふわりと舞い降りたときには、既に乾いていた。

「おっちゃん、これ持ってきてや」

 ミスズが指した風呂敷包みには、干した薬草や魚の開きが入っている。これは先日来ふたりで用意していたものである。

 俺はそれを、行商人のように首にかけた。

「よし、準備完了だ」

「歩くんはしんどいさかい、ウチはいっつもこれ使ってる」緑の石を取り出して、自分の肩を指差すミスズ。「おっちゃん、ウチにつかまっといて。そう、肩んとこ」

 言われた通り俺は、片手で首にかかった風呂敷を、もう片手でミスズの細い肩を掴んだ。

 用意ができたと判断したミスズは、緑の石を自分と俺の足に叩きつけた。緑の光が蛇のように足に巻きつき、ふたりの身体を浮き上がらせた。

「うおおおお、身体が浮く! 浮くぞ!」

「浮かしたんやから当たり前や! 大丈夫やから、放さんとき。放したらどっか飛んでってまうからな」

 ミスズが恐ろしいことを言うので、慌てて両手で肩を掴んだところ、風呂敷が首に食い込んで締まった。

「むごごごご!」

「あたたたたたた! 痛いがな! 落ち着けおっちゃん!」

 俺が本気で掴むと、ミスズは簡単に壊れてしまうだろうが、飛んでいくのは困る。

「うおおお、すまない!」 

 気を遣いながら肩と風呂敷を交互に掴んでいたが、安定してくるとバイクのタンデムのようなもので、それほど力を入れなくてもよくなった。

「これは楽だ。原付くらいの速さだな」

「ゲンツキってなんや?」

「キャブだよ、キャブ。新聞配達とか、出前に使うバイク」

「あー、あれなぁ」

 見えないバイクが森を出ると、広大な農地が広がっていた。その真ん中をまっすぐな道が貫いている。

 あちこちに働く農民と、ごろ寝する武装した一団が見える。

 一見、サボっているようだが、恐らく俺らは農民の護衛をしているのだ。そして、夜は農民は城郭に入るが、俺らはそのまま朝まで農地のパトロールをするに違いない。だから今寝るのだ。

 自分と同輩だなと思うと親近感が沸いた。

 当然だが、突っ立ったまま歩かずに進む二人組が珍しいのだろう。奇異の眼で見られるのを意識しながら道を走っていると、高さ五メートルほどの城郭に囲まれた街が見えてきた。

「ほら、見えてきたやろ? あれがラウヌアや」

「街の名前か、ラウヌア。ピンと来ない名前だな。…そういえば、国の名前を聞きそびれていたが?」

「サルトーレスって言うらしいで」

「サルトーレスねぇ。やはりピンと来ないな」

 まず舌触りがよくないし、長音が入る場所もなんか変だ。

 そう言えば、オランダ旅行に行った相棒が、“オランダ語は変(個人の感想)なところに”線(長音のことらしい)”とか小さい”ツ(詰まる音のことらしい)”が入る”と言っていたなと思い出した。

 ほんの数日前に会っているのに、なぜか相棒の顔がぼんやりしている。思い出そうとすると辛くなってしまいそうだったので、結婚話のショックのせいにして、記憶の引き出しに片付けてしまおう。

 そうこうしている間に、街の門についた。


 ラウヌアは直径約五百メートルの、ほぼ円形の城郭都市らしい。

 人口は五千人程度で、街の周囲には広大な農地が広がっていることから、主な産業は農業と思われる。

 いよいよ異世界の街だ。風呂敷の結び目を握る手に、思わず力が入った。

「よっしゃ行くで」

 街の門には、両側に衛兵が立っていた。

 ミスズは外套の胸元からペンダントを取り出して年配の衛兵に見せ、ここの言葉らしい言語を発しながら、俺を指差した。衛兵は物珍しそうに上から下へと眺めると、顎をしゃくって通行を促した。

スーツを着た大男なんて、俺の他にいるとは思えないからな。

「ウチのお客さんやからって、通してもろた」

「案外簡単に通してもらえるもんだな」

「ちゃうちゃう、あの人はこっち来たばっかりのころからの顔なじみやから、ウチが悪さするヤツやないって知ってるんよ」得意げに言ったミスズは、なぜか言い訳するように続けた。「言うても、顔知ってるだけで、名前も知らんのやけどな」

「それでも、顔を覚えて貰えるくらいの人が居たし、ミスズさんが完全に孤独だったわけじゃなかったと分かってほっとしたよ」

「さ、さよか。…んはは」照れ笑いしていたミスズは、急に何かに引っかかったような顔になって、独り言のように呟いた。「…そう言うたら、あの人けっこう歳いってきたなぁ」

「…そうか」

 他の答えを思いつかなかったので、軽く答えて流した。

「ああ、荷物下ろしたいさかい、行きしに互助会寄ってくな。…互助会いうても、星の貸し借りとかはしてへんで? んはは」

「そ、そうか」

 ミスズの互助会ジョークが分からなかったので、軽く答えて流した。

 門を入ってすぐの広場は、野球場の内野ほどの広さがあり、多種多様な出店が立ち並んでいた。広場の先には右左中央と、三本の道が続いており、広場が仮設の屋台なのに対し、奥の道は常設の店舗が並んでいる。

「今日は祭りなのか?」

「うんにゃ。ここはいっつもこんな感じやで?」

「いつもこんな感じなのか…」

 恐らく、有事の際はここにバリケードなどを組んで防衛するために、常設の店は置かないのだろう。

「おっちゃん、なにブツブツ言うてんの? こっちやで」

 キョロキョロしていた俺を諌めたミスズは、広場を突っ切り、中央の道に向かっていく。

その途中で、急に何かを思い出したように立ち止まった。周囲には、非常に食欲をそそる、嗅ぎ覚えのある匂いが流れている。

「あ、朝まだやったな。おっちゃん、ウチのオススメ食べていこ!」

 近くの屋台に飛び込んだミスズは、小麦粉かなにかを水に溶き、刻んだキャベツ風のものを入れて、型にはめて丸く焼き、スパイシーなソース的なものを塗り、魚粉や海草の粉に似たものをかけた食品を四個買ってきた。

 そのうちひとつにかぶりつき、もう三個を俺に渡した。

「おっちゃんは三個くらい食べんと、腹張らんやろ?」

「…これは、タコヤキ…?」

「せやろ? 似てるやろ? これがな、味も似てんねん!」

 それは味も見た目も似ていた。しかし、タコヤキと呼ぶには大きすぎた。一個がソフトボールほどの大きさであった。

「…どうやって焼いたんだこれ?」

 中までアツアツの小麦粉玉を、アフアフ言いながら齧る。心配していた通り、中には野球ボール大のタコっぽいモノが入っていた。

「…これ絶対おかしいだろ。なんでこんなに大きく作る必要が…そもそもこのタコみたいなの、なんだ?」

 きっと、普通は食べないようなモノなんだろうな。

「なにブツブツ言うてんの? うまいやろ?」

「うまいが!」

「なに怒ってんの?」

「い、いや怒ってなどいないが…」

 食べ終わった俺たちは、ぶらぶら歩いて互助会の建物に着いた。

「ミスズさん、互助会というのはなんだ? 字面そのものでは、互いに助ける会だが」

「互いに助ける会か。うん、それで合うてるで。街の人から頼みごとを集めて、それを会員にやらせたり、会員が取ってきた薬草やら魚の開きを、街のお店に売ってくれたりするんや。もちろん手数料取られるけど、自分で売り口探すよかずっと楽やし、足元見られんから頼もしいで。…ああ、街の外の畑を護ったりもしてるみたいやな。さっき武器持ったんがおったやろ?」

 言うと、互助会の建物に入っていった。


「こんちわー」

 ホールには数人の男がいて、応接セットで会話したり、掲示物に目を走らせたりしている。ミスズが挨拶しながら入っても、誰も視線を向けなかったので、ミスズも周囲には眼もくれず、カウンターに直行した。

 このときミスズは日本語で挨拶をしたが、ここの言葉が分かるミスズが、日本語を使ったのは、事情があるような気がした。

要するに、一応挨拶だけはしておくが、ここの人間と関係を持つ気はないという意思表示なのだろう。ミスズの挨拶が妙に気のないものだったのも、それを裏付けている気がする。

 しかし、恐らくこの日は違ったのだ。

ミスズに続いて、珍妙な服を着た大男。つまり黒いスーツを着た俺が、背を屈めながら入ったからである。大男と、それを引き連れたミスズに視線が集まり、周囲がざわめいた。

 後から知ったことだが、この世界の人間男性の平均身長より、俺は頭ひとつ分大きいようだ。

「おっちゃん、ここに中身を出してや」

「お、おお」

 物珍しさにキョロキョロしながら、風呂敷をカウンターに載せる。俺が周囲を物珍しそうに見ているとき、俺もまた周囲から物珍しそうに見られているのだ。

 ミスズと話しながら、受付の若い娘が手際よく風呂敷の中身を仕分けていく。一通り終わったあと、娘は算盤のようなものをミスズに提示した。

 それを見たミスズが“ダメ”といったポーズを取ると、娘は苦笑いしながら算盤的なものを弾き、再びミスズに見せた。このやり取りを数回繰り返した後、ミスズが頷くと、すぐに代金らしきものが乗ったトレーが出てきた。

 買い取り価格は最初から決まっていたのではないか? 儀式的な無駄なやり取りだったのではないか? と思ったが、口には出さない。

 トレーに乗って出てきたのは、主に赤とオレンジ色の美しい石である。ミスズの魔法石と違うのは、どれも一センチほどの大きさで、しかも立方体をしていることだ。

 ミスズはそれをざっと数えると、財布らしき皮袋に入れた。娘と礼らしき言葉を交わし、カウンターを離れた。

「きれいな石だな。宝石か?」

「ちゃうで。これはこの世界のゼニや」

 互助会の外に出たミスズは、皮袋からいくつかの石を手のひらに出した。

「ゼニ…これがお金か。ちょっと失礼」

 ミスズの手のひらの、赤いキューブをひとつ摘み上げてみた。硬くて大きさの割りに重い、一センチくらいの立方体だ。形がすべて揃っているということはガラス製だろうか。

陽に透かすと、ミスズの魔法石と同じく、周辺部はきれいに透き通っているが、中心部には曇りのようなものがある。

「この赤いのが一アプリで…」曲げた人差し指を顎に当て、少し考えるミスズ。「なんかの乳が一瓶か、大き目のパンが買えるから、あっちの百円くらいの値打ちやろか?」

「ちょっと待て、アプリ? アプリって、あのアプリか?」

「あのて、どのよ?」眉間に深い皺を入れるミスズ。「アプリは日本の“円”みたいなもんやで?」

「アプリって、通貨の単位なのか!」

「そーそー、そういうやつ。赤は一アプリ、オレンジが十アプリ、黄色が百アブリ…」言葉を切って皮袋の中を探ったミスズは、緑色のキューブをつまみ出した。「んで、これが虎の子の千アプリや!」

 言葉が同じだけの、単なる偶然…ということなのか?

「一アプリ百円だから、日本円で十万円ということか」

「せやな。ウチは持ってないけど、この上には青、藍色、紫があるで」そこで言葉を切ったミスズは、指を折るそぶりをして後を続けた。「ちゅーことは、紫は一個一億円てことになるわけやな。三個盗まれたら三億円事件やで?」

 宝石のように美しいが、実際、宝石並みの値打ちがあるのか。

「虹の七色なら、感覚的に分かりやすいな。赤より下はないのか?」

 最低が百円玉では都合が悪いのではないかと思い、ミスズに問う。

「ないで」きっぱり答えた後、慌てて補足するミスズ。「んあぁ、たまにな、お店同士が“ウチのほうが安いで”って言い合いになったりして、安いほうで買うたら、あめちゃんとかオマケしてくれたりするけど、そんだけや」

 店頭のミカンのような果物を見ると、付いている札に“ミカン二個・赤アプリ一個”という意味らしき絵が描かれている。安い商品はバラ売りをしていないようだ。

「赤以下は、まとめて赤一個にしたり、物々交換したりするわけか…」

 不都合がなさそうでありそうだなと、やはり不自然さを感じた。


「おっちゃんて、剣は使えるん?」

 武器屋に向って歩きながら、俺を見上げてミスズが言った。

「昔、剣道をやっていた。剣、と言うか刀は、俺の一番得意な武器だ」

「ほー、そりゃ頼もしいな。丁度ええわ、そこの武器屋で一本買おか」そう言ってミスズは、剣が描かれた看板を指差して笑った。「心配せんでもお足はミスズさんが持ったるさかいな!」

「はは、もう全部任せるよ」

 店と言ってもほぼ露天で、天井はあるが二面に壁はない。この世界には電灯的なものはないので、四面を囲ってしまうと店内が暗くなってしまうのだろう。衝立で仕切られた店の奥からは、金属を叩く音が聞こえている。

「奥に工場あるみたいやけど、今日はそっちには用はないな」

 ミスズは“工場”と言ったが、工房といったところだろう。

「そうなのか?」

「誂えた服は身体に合うけど高いやろ? それと同じや。そんなんウチの財布じゃ買えんわ」

 頭と手を同時に振って、否定のポーズを取る。

「なるほど、吊るしの背広みたいなもんか」

「ツルシノセビロってなんや?」

「寸法測って作ったヤツじゃない、服屋でハンガーに吊るして売ってるヤツだ。既製服とも言う」

「それやそれ、キセイフク!」

 ビッと、意味がありげで、実際はないであろうポーズで俺を差す。

「俺用に誂えた武器も、一度は持ってみたいもんだな」

「んはは。そんなん、おっちゃん呼びつけたヤツに強請ったら、なんぼでも買うてくれるわ」

「そうかも知れんな」

「ウチのこれな、この棒」

「棒」

 ミスズが取り出したのは、指揮者のタクトの根元が膨れて、底に宝石がついたような棒。例えるなら先の尖っていない、長めのアイスピックという形である。なにか正式な呼び名はあるのだろうが、杖とも言いづらい大きさの、まさに棒だった。

「大丈夫か? そんな細い棒で」

「大丈夫や、問題あらへん」

 物語の魔法使いは、枯れ木のような細腕で、大きなコブつきの長い杖を振り回しているイメージがある。ああいう杖は、必要だからあれほどでかいのではないのか?

「これな、里芋刺さった菜箸みたいなミテクレやけど、こう見えて誂えやから、めっちゃエグいで。今まで使うてた、吊るしの背広みたいな…」

「既製品?」

「それや、キセイヒン!」ひとつ手を打って、俺を指差すミスズ。「今まで使うてた、大っきくて重たい既製品からこれに変えたら、二度と元には戻れんなって思うたわ」

「そんなに違うのか」

 大っきくて重たいヤツを既に使っていたとは、杞憂だったようだ。

「んはは。まぁ楽しみにしとき、使うたら仰天するで?」

 ミスズは頬を上気させて言った。


 俺の前に、皮製の鞘に収められた両手剣が置かれた。鞘の長さは百五十センチ、柄の長さは三十センチというところだろうか。

「宝石なしの安いやつやけど、堪忍な」

 拝むようなポーズをとるミスズ。安いやつと言いつつも、支払いは緑のキューブで行われており、俺もそれを見ていた。だから、ミスズがかなり無理をしているであろうこと、俺に期待しているであろうことも容易に想像できた。

「宝石なんて飾りだろう? そんなものは必要ない」

「いやそれがな、そうでもないねんて。どういう按配か知らんのやけど、この宝石をな、使うモンに合うたヤツにしたら、ええ感じに仕事するんや」

 ええ感じの仕事がどのようなものか、俺には想像が付かなかったが、ミスズは至って真剣であった。

「…そうか。それは、不思議なことだな」

 皮製の鞘から剣を抜くと、顔が映るほどに美しい刀身が現れた。刀身は十センチほどの幅で、両側に一センチほどの刃が付いており、ここだけは曇った色をしている。

 ”安いやつ”でも、これほどに美しいものか。

「…ん?」

 剣を鞘に戻した俺は、柄に四角い穴がひとつ空いていることに気付いた。鍔のすぐ下で、剣を握ったときには隠れてしまう位置だ。

「この四角い穴は?」

「よう知らんけど、そこそこ高い武器には開いとるな。ほら、おっちゃんのには一個やけど、ウチのには二個開いてるで!」

 ミスズが突きつけた棒には、確かに里芋部に二個の穴が開いていた。

「高級品ほど穴が多い、のか? …ホテルやレストランの星みたいなものなのだろうか?」

「よう分からんけど、武器屋のおっちゃんが言うには、高い武器はパワーもそれなりに高うて、そういうんは大概ずーっと昔に作られたもんで、そんなんに限ってこの穴が開いてるらしいわ」

 棒をくるりと回したミスズは、里芋の底部の宝石を俺に向けた。

「今の技術より、昔に作られたものの方が性能が高いのか。興味深い」

 いわゆる、現代の技術で作られた包丁より、昔の技術で作られた日本刀の方が攻撃力高い、みたいなヤツだな。

「これも本体は昔のモンで、宝石だけウチに合うたのを入れたんや」

 個人に合ったものを入れるという手法が確立しているということは、宝石には意味があるというのは確定だろうが、四角い穴は分からない。様式なのか、単なる意匠なのか。

刀身や鍔ではなく柄の、しかも握ったら隠れてしまう位置に装飾をする必要があるのか、現時点で判断はつかなかった。

「装飾か…」ふと思い当たり、ミスズの方に手を伸ばす。「ミスズさん、ちょっと赤を一個貸してくれ」

「ん、ああ。…ほい」

 皮袋からつまみ出した赤アプリを、ミスズは俺の手のひらに載せた。

 俺はそれを、ミスズが止める暇もないほどの素早さで、柄の穴に入れた。“あ”ミスズが発し得たのは、その一言だけだった。

「あ、あれ…抜けないぞ?」

 俺は狼狽した。

なにしろ柄の穴は、元々アプリを入れるための穴だったかのように、赤いキューブをするりと受け入れ、振ろうが叩こうが銜え込んで離さなくなったのだ。

「…ミスズさん、すまない。入りそうだったので、つい」

「“つい”て! …あんなぁ、入りそう思うても、普通は入れんで?」呆れたというポーズで首をすくめるミスズ。「おっちゃんて、子供のころ、壁の節穴に一円玉詰めて怒られたクチやろ?」

 なんで分かったんだと、俺は思った。

 まぁ当然か、とも思った。


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