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第四話 呪文を唱えてドーン

「ギフト、とか言っていたのはなんだ? 神から与えられた才能とか?」

「おっちゃん知ってるん? あっちでも神様出てきたん?」

 身を乗り出しぎみで、ただでさえ大きな眼を丸くするミスズ。

「いや、魔法のような大それたモノじゃないが、世の中には、神から与えられたとしか思えないような才能があるのだとさ。自分の子供に特別な才能があると思いたい、親の戯言かと思っているのだが…」

勿論、実際に眼にしたものではなく、ネットニュースかウィスパーで囁かれているのを見ただけだ。

「おっちゃん、意外とえげつないこと言いよんな」

「とにかく、あっちで言うギフトは、なんか他の人とちょっと違う程度の、足が速いとか、勉強できるとか、絵が上手いとか。“はいはい凄いね”という感じのもので、結局は普通の才能の地続きだし、大概が気のせいみたいなものだからな。気にしなくていい」

 向こうの世界のギフト話は心底どうでもよかったので、俺は手を横に振って打ち切りを表明した。

「せやったらまぁええけど、こっちの世界のギフトは、おっちゃんの言い方でいうたら、“なんやそれ!”って腰抜かすくらいのヤツや。なにしろホンマの神様に、凄い力貰えるんやからな」

 言葉を切ったミスズは、骨に残った魚の肉をきれいに浚えて、骨を焚き火に投げ込んだ。

「ウチがダンプに撥ねられたとき、金色の光に包まれてこっち来た言うたけど、ビューンて飛んでる間に神様が出てきて、お前は可哀想やから、“宵越”の能力やるわって言わはったんよ」

 両手の人差し指を使って、神様とのランデブーを表現するミスズ。

「せやから、金色の光のことも覚えてたんや」

 金色の光を帯びて飛んでいるミスズに併走しながら、神様が仰々しく話しかけるのを想像すると、ちょっと笑いたくなった。

「“宵越”というのは、“宵越しの金は持たねえ”の、宵越か?」

「その宵越やね。どういうのんかは後で説明したるけど、最初は意味が分からんで困ったわ。神様も説明してくれへんし」

 神様不親切すぎる。言葉の意味自体、子供には難しかっただろうに。

「俺は神様を見ていないし、ギフトとやらも貰っていないな。ただ女の声が聞こえただけ…」

 言いかけて動きを止めた俺に、ミスズは気付いた。

「…おっちゃん? どないしてん?」

「いや、その女がなんと言ったのか、分かったような気がしたが、気のせいだったようだ」

「なんやそれ? わけが分からんな」

 そう言ってミスズは、ねじ切れそうなほど首を傾げた。

まぁ、俺にも分からないのだから、ミスズに分からないのは当然だ。一瞬思い出しそうになったのに、すっと消えていったような、そんな気持ちの悪さを感じた。

「話の腰を折ったな、すまん。なんだったか、…ああ、“宵越”の話だったな。それはどういう力なんだ?」

「順番に話してくな。魔法力は、もちろん魔法を使う力のことやね。ほんでから魔法力ってな、例えるなら財布の中のゼニみたいなもんやねん」

「…んん? どういうことだ?」

「財布の中にゼニがポコポコ湧いてくるみたいに、魔法力が増えてくるってこっちゃ」

 俺のインターネットの説明も大概だが、この子はこの子で、例えが下手なようだ。

「財布の中の金は、勝手に増えやしないが…」

「細かいことはエエねん。ここに増えてくるんや」コンコンとコメカミあたりを突付くミスズ。「ドタマん中に!」

「ああ、頭の中にな」

「財布の中にゼニがようさん入っとったら、高いモン買えるやろ? それと同じで、魔法力が多いと、でっかい魔法使えるんや」

 両手で“大きい”を表す。

「魔法はどうやって覚えるんだ? 俺にも使えるのか?」

「覚える?」わかりやすく考え込む。「覚えたりは…せーへんな」

 これはどうも、俺が持っている魔法の概念とは異なるようだ。

「覚えない? よくは知らんが、魔法というのは、本などを読んで覚えて、呪文を唱えてドーン。…というヤツではないのか?」

「ウチ、本なんか持ってへんし、呪文も唱えんで?」手を広げて、手ぶらを強調する。「食堂でご飯食べるとき、作り方とか知らんでも注文できるやん? そういう感じなんやって」

「食堂って…」

 そんな言葉、久しぶりに聞いたぞと言いかけたが、話の腰を折りそうなのでやめた。

「ウチがやってるのは、財布持って食堂に行って、注文するみたいに魔法を買って、それをぶっ放してるだけなんよ。魔法の店行ったら、買える魔法が出てくるから、“じゃ、コレにしよ”って選んで、何倍の強さにするか選んで、飛ばす方向選んで、お金払って“行けっ!”てするだけなんや。財布の中身より安いモンなら買えるし、高いモンは買えん。簡単な話や」

 そう言ってミスズは、両手を広げた。

「確かに、話としては至極簡単だが…」

 簡単で済めば、それこそ簡単なのである。俺が抱いていた“魔法”のイメージとの乖離に、頭を掻くしかなかった。

「けどなぁ、魔法屋行って注文してゼニ払ってる間、全然周りが見えんくなるさかい、誰かに護ってもらわんとあかん」

「それが俺か」

「そゆことや。それとな、財布の大きさには限界っちゅーのがあって、財布の大きさよりゼニは増えんくなるねん。増えんくなったら勿体無いやろ? せやから、財布パンパンになる前に、どしどし使うんや」

「だが、使っても増えて、いつかは元に戻るとは言え、無駄遣いをしたら、いざというときに困るのではないか?」

「うんにゃ。使えば使うほど財布が大きなるから、今度魔法力が増えたときにいっぱい入るようになるし、無駄にはならんで」

「なるほど。身体も使えば強くなる。みたいなものか」

「せやせや」ニコニコしながら頷いたミスズは、俺の目の前に人差し指を突き出した。「ほい。ここでお待ちかねの、ギフトの話や」

「お、おお」話に引き込まれるに従い崩れていった姿勢を正す俺。「よし、続きを頼む」 

「ウチのギフトは“宵越”やって言うたやろ? これな、平たく言うたら魔法力を石にする力やねん。これ使うたら、増えすぎてドタマからこぼれる魔法力を、石にして残すことができるんや。…ちょい見とってな」

 俺の目の前でこぶしを握り、前に突き出すミスズ。眼を閉じて、その手に力を込めると、蛍のような光が集まってきた。

「おお、なんか凄いな」

「驚くんはこっからやで」手を開くと、無色透明の、クリスタルガラスのような石が転がり出た。「…こーいうことが出来んねん」 

「手品、ではないよな。…触ってもいいか?」

「ええで」

 その石は、ちゃんと重みも硬さもあり、きれいにカッティングされた宝石のそれのように煌めいた。完全に透明なわけではなく、光に翳すと、中心部付近には何かの構造が濁りのように透けて見える。

「シャンデリアに付いているガラス球みたいだ。こんな緻密なものを、ミスズさんが作ったのか?」言葉を切って、石をミスズに返した。「魔法を使う力を物質化させる能力か…。凄いものだな、それ自体が魔法のようだ」

 一見何もないところから物質を生み出すなんて、“古き良き”というか、アメコミなんかに出てくる“ザ・魔法”という感じだ。 

「凄いやろ?」得意そうなミスズ。「ドタマにパンパンの財布があるとするやん? それをぎゅーって絞ったろって考えたら、この石がコロンて出てくるんや。もちろん、その分財布の中身が減るんやけどな。逆に、財布がパンパンのときに、この石をデコにパーンて押し込んだら、いっときだけ財布が大きなるわけや。ほんで、普通は買えんような魔法も買えたりすんねん」

「それは、便利というか、面白いシステムだな」

 思わず、胡坐を組んだ膝を打つ。

「んっはは。他にな、こーいうのんもできるで」

 気をよくしたミスズが、先ほどと同じように、ただしかなり短い時間、ほんの一瞬こぶしを握って開いた。今度は色とりどりの、美しくカッティングされた宝石が転がり出た。無色透明のものより、かなりサイズが小さい。

「…これは?」

 透かしてみると、やはり濁りのようなものがある。

「これも魔法石やけど、こっちは魔法力に戻せん代わりに、そのまま魔法になるねん。頭の中の魔法屋行って、魔法選んで“これ包んで”ってしたら、こんな感じの石ができるんよ」

 そう言ってミスズは、赤い石を弾き飛ばした。それは少し離れた所に転がり、炎を上げて燃え始めた。

「なんと、テイクアウトもできるのか…」“年甲斐もなく”と思いながらも、胸の奥のワクワクを抑えられない。「…ああ、もしかしたら、さっきの爆発はこれなのか?」

「ピンポーン。おっちゃん冴えてるやん。この赤いのを爆発せぇって思いながら一個川に放り込むだけで、ドッカーンてなって魚が獲れるんや。そこで燃えてんのは、燃えろって思うたから燃えたんや」

「色による違いはあるのか?」

「モチのロンや。赤はドッカーンて言うたけど、青は水が出たり傷が治ったりするし、黄色は毒を入れたり抜いたりする。緑は風に乗る。茶色はセメントみたいなんが出てきて、すぐに固まる」

「ううむ。制約があるとはいえ、魔法というのは、呆れるくらい便利なものだな」

「言うても、こっちの魔法石は大きいのは作れんのやで?」

「なるほど、大きいのが作れるのなら、俺の存在意義はなくなるな」

「…いやな、それが難しいところなんやけど、大きいの作れたら、おっちゃんが用なしになるかっちゃーと、そうでもないねん。三回分の魔法力も、石にしたら一回分にしかならんねん。だいぶ減ってまうねん。おっちゃんがおったら三回使えるのに、おらんかったら一回になるってことやで? めっちゃ損げやん?」

 ミスズは分数を習っていないようなので、簡単に教えた。

「三回分が一回分になるから三分の一か。よっしゃ、分かったで!」

「理解が早くて助かる」

「こー見えてウチ、向こうじゃ成績は良かってん」親指で自分を指し、得意げなミスズ。「話戻すけど、寝てる間に財布パンパンなったら嫌やから、いっぱい石にしときたいとこやけど、やりすぎたらいざって時にスッテンテンてことになるやん? それが難しいとこやねん」

「そうだな。せっかく作った石を使うのは損だしな」

「お、おっちゃんも分かってきたやん。そやねん。勿体無いねん。けどまぁ、これからはおっちゃんが居るし、バンバン石が作れるな」

「あ、ああ。できる限りのことはする」

「頼りにしてまっせぇ!」

 芝居がかった言い方をして、ミスズは笑った。

 その笑い声を聞きながら、俺はあることに気付き、戦慄した。

 魔法は覚える必要はなく、魔法力があるだけ大きな魔法が使える。そして、魔法力は石にしておいて、必要なときに戻せば、事実上、上限はないも同然だ。つまり、ミスズはすべての魔法が使えるうえ、威力に限界はないということなのだろうか?


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