表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルクスの瞳  作者: ティネスティ
序章
8/8

【第7話】

 ここは街の外れ、小さな丘の上に古い家が建っている。その家は、決して大きいとは言えない。しかし、1人で住むには少し持て余すだろうか。所々、壁に枯れた蔦が貼り付いていた。


 庭には、様々な種類の植物が育てられているのが分かる。しかし、そのどれもが野菜ではない。知識のある者が見れば、それらが薬草であると気づくはずだ。


 この家に住むのは、魔法使いだ。彼女の名は、グレースという。この街に住む人なら、誰もが彼女の名を知っている。というのも彼女は、この街の領主でもある子爵家のお抱えの魔法使いでもあった。


 しかし、最近は歳のせいもあり、子爵邸ではなくこちらの家に居ることが多い。今は代わりに、弟子が仕事をしてくれている。よほどの事が起きない限り、呼ばれる事はないだろう。それこそ、昨日の事件のような事が起きない限りは。


 最近では、薬草だけでなく、趣味として野菜や花を育ててみようと思っていた。仕事は後任に任せて、自分はそんなことを趣味にして老後を過ごそうと考えていた。


 とは言え、今まで魔法以外には、薬草を栽培する事しかしてこなかった。その為、結局仕事の延長線のようになってしまったのは不可抗力であろう。そんなふうに、老後をゆっくり過ごそうと、そう思った矢先の事である。


「まさかこの歳になって、子供を育てることになるとはねぇ」


 事件で母親を失った子供を引き取ってくれと言われて、断ることなど出来ようはずもなく。そんなレイモンドの言葉を前に、首を縦に振ること以外に選択肢などなかった。


 しかし、この事態を彼女は少し歓迎していた。と言うのも、事件の際、この少女は魔法を使ったと言うのだ。それも、初めての魔法で、外傷を悟らせない程に高度な治癒魔法を使ったと言うのだから。魔法使いである彼女の興味を引かないはずがなかった。


 そもそも、治癒魔法というのは非常に難しい魔法なのだ。止血をするだけなら、自分でもできるだろう。しかし、傷跡を全く残さずに治癒するなど、世間で大魔法使いと言われる人間にも難しいのではないか。


 傷跡を全く残さないというのは、時間を巻き戻す事と同じなのだ。それはもはや歴史の改変ともいえよう。


 そんな事を考えているのは、彼女が起きる事を憂いているためか。逃避にも似た思考であった。母親が死んでしまった事を伝えるのは、流石に荷が重い。どう伝えれば、少女のショックが小さく済むのか。最善の会話を、頭の中でシュミレーションを繰り返す。




―――――――


「ここは、どこ、だろう……」


 可愛らしく、小さい声が部屋に響く。しかし、そこには確かな悲しみが含まれていた。


「ようやく起きたかい」


 知らない手触りのシーツ。知らない部屋で、知らない声に話掛けられた。お婆さんの声だ。起きたばかりで、状況の整理が追いつかない。


「あの、誰ですか」

「アタシはグレース、編み物が趣味の老人さ。」


 その声は、少し嗄れていたが、活力に溢れているように感じた。


 壁際の椅子に腰掛け、拙いながらも、少しずつ糸が編まれていく。質問に答えながらも、その指が止まる事はない。


 だんだんと思考がはっきりしてきた。そのお婆さんは、優しそうな雰囲気の声だったが、隙がないように感じたのは何故だろう。少なくとも、ただのお婆さんではない事は、直感的に理解した。


 そんなふうに考えていると、段々と思い出してくる。


――パン...強盗...猫......お母さん...


「あの、お母さんは、どこに居ますか。」


 その声が震えているように聞こえたのは、気のせいではないだろう。


「アンタの母親は、言わなくても分かるだろう。」


 その言葉の意味は、訊かなくても分かった。ただ、どうしても気になったことがあった。


「私の魔法は、失敗したんですか。」

「いいや、これ以上ないほどに精巧な魔法だったはずさ。」

「なら、なんでお母さんは、、」

「アンタは傷を治す事を目的に魔法を使ったんじゃないのかい?でも、失った血までは戻らなかったんだろうね。」


 祝詞も知らずに発動したこと事態、驚きだがね、そう言って、お婆さんは編み物を続ける。


「じゃあ、お母さんは私のせいで――」

「それは違う。治癒魔法が発動したなら、その時まだ生きてたんだろう。そして、傷が治ったなら、痛みはなかったはず。娘に抱かれて、安らかに逝っただろうさ。」


 お婆さんは、先ほどと変わって、少し力強い声で答えた。それだけでも、心配してくれている気持ちが伝わった。


「でも私が、目的がしっかりした魔法を使っていれば、、」

「事件の状況を聞く限り、背中から太い血管を貫いて、肝臓まで達していたんだろう。それを完璧に修復して、失った血と血流を回復させるのは、不可能に近いだろうさ。それこそ、物語の勇者でもなければね。」


 だから、気にし過ぎなくても大丈夫、そう言った。


 それからは、ひたすらに泣いた。その間は、お婆さんが近くに居てくれた。どれほど経ったか、もう夕食の匂いがしている。多分、窓の外は暗くなっているんだろう。


 夕食はスープとパンだった。パンがどんな色かは分からなかった。ただ、少し固かった。お婆さんが言うには、昨日買ってから時間が経って、固くなったらしい。1人暮らしだとあまり外に出ないから、いつも何日分か買うらしい。だから大抵パンは固いって。


 どこで買ったかは訊かなかった。お婆さんも敢えて言わなかったのかな。でも、どこか懐かしい味がしたのは、気のせいかな――。





 そして私は、お母さんを失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ