【第6話】魔法
どれほど時間が経っただろうか。長い間、激痛に苛まれていたような気がする。目の奥を刺すような鋭い痛みが、心臓の拍動と呼応して、彼女の心を蝕む。
「お母さん…ごめんね……」
そう言いながら、暗黒の世界の中で、彼女はお母さんを探す。地面を這って、手で回りを確かめながら進む。もう何も見えないけれど、不思議とどこへ向かえばいいのか分かった。それは、血だまりが手を湿らせたこととは無関係に、彼女には把握できた。
お母さんの体に触れる。未だ温かい体温が、まだ、生きていることを教えてくれた。なのに、涙が止まらない。傷口に沁みることも、気にならない。
お母さんの息は弱かった。鼓動すら、もうほとんど感じられなくなっている。あと数分と待たずに逝ってしまうのは、誰の目から見ても明白であった。
「お母さん、私を一人にしないで、」
諦め、諦念か。しかし、最後の覚悟を彼女に求めるのは酷であろう。自分の死すら望んだ。終わりの時はもう近い。
その時、声がした。
「お母さんを助けないのかい?」
どこかやさしさを内包した、柔らかな声が耳朶を打つ。その瞬間、世界が止まった。いや、文字通り時間が止まったのかもしれない。世界の気配がどこか希薄になった気がした。
「君にはその力がある。今ならまだ助かるかも知れないよ。」
そう言われて顔を上げる。目が見えないのに、視線を向けようとするのは、過去への未練か。しかし、何も見えないはずの視界にそれは映る。
「猫、なの?それに、なんでそんなことが分かるの?」
少し掠れた声で言葉を返す。そこには、毛の白い猫がいた。幻覚か、現実と乖離した状況に混乱した。暗黒の視界の中で、その毛色はひどく目に焼き付いた。
「君にはその豊富な魔力がある。それに、今も自分で魔力を出していたじゃないか。気づいていなかったのかい?」
「魔力があれば助けられるの?でも、私は魔法なんて使えない、」
「君はただ、成したいことを念じればいい。それが魔法となるはずだよ。」
その時、世界の気配が近づいてくる。猫の姿が朧げになる。
「もう時間だ。」
君ならできる、そう言って猫は消えていった。また、暗黒の中で1人ぼっちになった。一瞬であった様にも、長い時間だった様にも感じた。
――成したいこと
そんなことは、彼女の中で既に決まっていた。初めから渇望していた。お母さんの傷を治すことを。そうすれば、また一緒に――
―――――――
光が周囲を照らす。しかし、彼女には見えない。
自分の体から何かが抜けていくような感覚がした。彼女は安堵した。魔法が使えたんだ、お母さんの傷が治った、これでお母さんが助かる。しかし彼女は気づいていなかった。魔法は万能ではないことを。