【第4話】
その日、レイモンドは執務室で仕事をしていた。朝の時点では終わりの見えなかった机の上の書類の山は、すでにそのほとんどが端に寄せられており、あとは残りの十数枚に目を通すだけであった。さすがに数日溜めた書類は、一朝一夕で片付くものではなかった。そのため、昼食を抜いて、さらにあらゆる予定を蹴ったことで今の状況まで持っていけたのだ。
「あと少しだ、」
夕食の時間が迫っているためか、屋敷には食欲をそそる匂いが微かに漂う。そのせいもあって、レイモンドは何としてでも書類を片付け、すぐにでも食事に行きたかった。しかしそんな願いも、終わりを目前に破綻することとなった。
―コンコンコン
少し急いだようなノックが響く。嫌な予感がしながらも、訪問者に入室を促す声をかける。入ってきたのは子爵家の騎士団長であった。レイモンドの夕食の先延ばしが決定した瞬間である。
「何があった。」
急かす様に問いかける。
「強盗事件が起きました。」
「またか。しかし、それを何故今伝えに来たのだ。なにか重大な問題でも起きたのか。」
「いえ、しかし不可解な点がありましたので、すぐにでもお伝えしようと―」
「不可解だと?」
騎士団長の言葉に被せるように聞き返す。
「ええ、本日16時頃、街の北側では有名なパン屋が強盗に襲われました。」
そこで少し間を置いてから、
「店主の女性は殺され、その娘は両目を抉られています。」
それを聞いてレイモンドは驚く。強盗なら年に何回かあることで、死人が出ることも珍しくない。しかし、両目を抉るという猟奇的な犯行は、ここ十数年起きたことはなかった。ある意味この街は平和であったために、レイモンドだけでなく、この事件を聞いた住民は慄いた。
「痛ましい事件ではあるが、どこが不可解なのだ。」
「殺された店主である母親ですが、死因は失血死だったそうです。しかし、外傷はありませんでした。」
「なに?出血していたのだろう。」
「はい、周りは血の海で、母親に縋り付いていた子供の服も血に染まっていたそうです。」
「出血した後に傷がふさがった、そんなことが起きなければありえないだろう。」
「その後、魔法使いに確認を取ったところ、」
さらに間を置いてから騎士団長が答える。
「魔法使用による、残留した魔力反応があったそうです。」