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オルクスの瞳  作者: ティネスティ
序章
4/8

【第3話】

―チリン


 お店の扉が開いた音だ。お客さんが来たのだろう。彼女はキッチンから少し急いでお店側に移動する。


「今日はこの胡桃のパンを4ついただけるかしら」


 恰幅のいい女性がやってきた。優しそうな雰囲気の人で、パンを選ぶ仕草一つでも、彼女の人柄の良さを伝えてくる。近所に住んでいる彼女は、週に5日は来てくれるほどの常連だ。


「毎度あり、いま袋に詰めるから少し待って」

「それにしても、今日はほんとにいい天気でしたわね。まだ朝は寒いけれど、春までそう遠くなさそうだわ。」

「ええ、朝が寒いのは堪えるけれど。そういえば、春からエマを学校に通わせることになったのよ。それもあって、春が待ち遠しいわ。」

「それはめでたいことだわ。もうエマちゃんには伝えたの?」

「それがまだなのよ、」


 少し困った顔をしながら答えた。最近のエマの様子を思うと、どうしても切り出せなくなってしまう。


「最近よくお店の準備を手伝ってくれるんだけどね、それがあまりに楽しそうだから。」

「確かに、学校に通うならお店の手伝いは出来ないわね。でも早く伝えてあげた方がいいと思うわよ。」

「ええ、今夜にでも伝えるわ。はい、胡桃のパン4つよ。」

「ありがとう、エマちゃんにもよろしく伝えといて。」


 そう言って、彼女はお店の扉を開けて出ていった。そして、チリンと音を立てて扉が閉まる。


 今日はもうお店を閉める時間だろう。もう陽は傾いており、あと数時間も経たずに暗くなるはずだ。それにパンを焼いてから時間がたっているために、少し硬くなり始めている頃だろう。硬くなったパンを売るのは、お店の評判に響きかねない。そう考えて、閉店を知らせる看板をとりに行く。


 キッチンへの入り口のすぐ脇のところが看板を置く定位置だ。壁に立てかけて置いているだけで、すぐに持って来られる。彼女は看板を取ろうと少し屈んで、―チリンと音がする。


 すいません、今日はもう終わりなんですよ――そう言いながら振り返る。


 このお店に来る人は、そのほとんどが近所に住む、顔見知りである。というより、わざわざ遠くから街の小さなパン屋に足を運ぶ人が居れば、それはよほどの変人であろう。たまに来るような顔見知り以外の人は、この街に越してきた人で、それもすぐに常連の仲間入りとなるのが日常であった。


 彼女は二の句を告げずにいた。いや、そうしなければならないと直感したせいか。店に入ってきた人物は二人、どちらもフードを深く被り、顔がよく見えない。黒っぽい服は、少し汚れているのか、斑に模様が入っている。1人は少し背の高い痩せ型の男で、もう1人は平均的な身長でありながら服の下で筋肉が主張しているのが見て取れる。


 店に充満していたパンの匂いも、今は埃っぽいような、そんな臭いと混じりあっている。商品が残っていなければ、パン屋だとは分からないかも知れない。そう思ってしまう程に、匂いも雰囲気も、すべてが変質してしまった。


「ど、どちら様でしょうか。」


 ようやく絞り出した言葉は、少しの時間をおいて、彼らの一人から言葉を引き出させた。


「お金、あるんでしょう?」


 背の高い方の男がそう答えた。見た目に依らず、少し丁寧な返答が一層不気味さを引き立たせる。彼女は動揺を隠すのに全神経を集中させる。しかし、彼らがナイフを取り出した時点で、その努力は無駄になった。


 どう見ても強盗だろう。どの時代にもありふれた犯罪だ。この街でも珍しいことではない。数年前も、近所の本屋が強盗にあったと、そうお客さんが話していた。たまたま今日、自分が標的になった、それだけなのだろう。


 そんな無駄な思考が、いつもよりも高速に行われていると、


「聞いていますよ。この街で何十年もやってる老舗だと。パン屋とは、そこまで儲かる仕事なのですか?」

「おい、無駄話してる時間なんかねぇだろ!さっさと殺して金奪って逃げようぜ。」


 筋肉質の男がそう言って近づいてくる。手には、刃渡り30㎝はあろうかというナイフを持っている。ここで死ぬのだろう。しかし、絶体絶命の状況で、彼女の思考は娘のことでいっぱいだった。最悪、自分が死ぬのは構わない、でも娘だけは――


 キッチンへ行こうと振り返り、そして走り出す。


 エマ、逃げて――そう声を出そうとしたが、後ろから口を塞がれる。背中に激痛が走った。後ろから押し倒され、身動きが取れない。叫ぼうとしても、くぐもった音が少し漏れるだけだ。口を塞がれ息が苦しい。それに、背中の痛みが邪魔をして、息をしようとするだけで激痛が走る。だんだん意識が朦朧としてきた。


「おい、早く金を取れ、どうせカウンターの裏にあるだろ!」


 男はそう言いながら、彼女からナイフを引き抜いた。周りには黒い血だまりが広がっている。既に彼女は動かなくなっていた。


「殺す必要はあったのですか?それと、そのナイフは早々に処分してください。」

「分かったよ。それより金は?」

「金貨3枚ですか。まあいいでしょう。それでは引き上げましょうか。」


 彼らは目的を達し、そこから逃げようと裏口を目指す。しかし、すぐに彼らは足を止めた。


「お母さん、、なんで、、、」


「おい、ガキがいるなんて聞いてねえぞ。悪いが、目撃者は生かしておけねえ。」


男はそう言って子供に近づく。


「さすがに子供を殺すのは反対です。リスクが大きすぎます。」

「じゃあどうすんだよ!このまま逃げたらまずいのは俺でも分かるぜ。」


 彼らは足止めされて少し苛立っているのか、傍から見れば言い合ってるように見えた。


「目です。」

「あ?」

「目をつぶしましょう。そうすれば、仮に容疑者として捕まった時、私たちが犯人だと確定する証拠を彼女から得られなくなります。大まかな見た目を伝えられるのはリスクになるでしょうが、殺すよりはマシです。」

「目を治されたら意味ねえだろ。あいつらは魔法が使えるんだからよ。」

「子爵家程度が、視力を回復させられるほどの魔法使いを抱えているとは思えません。これが最善でしょう。」

「難しいことはわかんねえが、それでいいんだな。」


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