10 ログイン
さて、続きです。
社員の方々はみんな驚きとともに喜んでいた。だが森脇さんは憂鬱な顔をしていた。みんな聡くんのことを一時的に忘れてしまっているような感じだった。
「森脇さん、見つけた時の状況を現場で再現して下さい」
「あ……え……刑事さん、お騒がせしました。それにもかかわらず、大変申し訳ありませんが、これでお引取りいただけませんか」
係長が言って応接室から出ようとした時、予想外な言葉が森脇さんから飛び出した。
「え、どういうことでしょうか?」
私は素で訊き返した。
「森脇さん、まだ聡くんと田中さんの行方がわかっていません」
「社長、刑事さんに協力していただかないと……」
杉田さんが苦しそうに上申した。
「まだ解決してないのにー、帰るわけにはいかないですよー」
京子の言葉に山根さんは無意識に頷いているようだった。
その場の空気は森脇さんを自発的に寝室へと向かわせるくらいに重かった。
木下さんも含めた全員が書斎を通って森脇さんの寝室へと集まった。森脇さんは机の上に置かれた本や書類の上に、監査報告書が置かれていたと説明した。
「社長、お言葉ですが、私もここは確認しましたが、監査報告書はありませんでした」
山根さんが不思議そうに言った。
「私も同じ意見だよ、山根くん」
みんな、狐につままれたようだった。また、みんな、なぜなのかについて考えてもいた。
「あの、差し出がましいかもしれませんが、聡坊っちゃんと田中さんは、このお屋敷のどこかに隠れていらっしゃるのではないでしょうか」
木下さんが恐る恐る言った。
「それしか考えられないですね」
杉田さんが言った。
「そうだとしたら、一体どこに……。家中あらゆる所を探したのに……」
山根さんが眉間にしわを寄せながら言った。
「私たちみんなが今、このお部屋に集まっている間に、別のお部屋に隠れているとか……」
木下さんが言うと、山根さんがゆっくりと隣の書斎へ向かった。その後を若い社員三人がついて行った。
「おう、そんなことあるのか?」
「そうですね。そんなことで隠れ続けられるのでしょうか。いくら広い家だといっても……」
私も係長も半信半疑だった。夏子はスマホを見てからポケットにしまった。
「あっ、お姉ちゃん、もう30分経ったんじゃない? パソコン、行ってみよ」
私と夏子と京子と係長は、パソコンをログインするために聡くんの部屋へ向かった。
私は聡くんの勉強机に座った。
「さてと、どうしましょうか、係長」
「おう、数字でダメだったからな。じゃ、名前でいくか」
「はい、試してみます。S、A、T、O、S、I、っと」
「おう、“し” は、SHIだぞ」
「あっ、うっかりしてました」
私はうっかりして綴りを間違えただけでなく、うっかりしてエンターキーをも押してしまった。ところが、画面状のロード中の文字がくるくると回転し始めた。数秒すると、ログインした状態になっていた。
「あ、い、う、うっかりミスが……」
「さすがは私の親友ねー、小春ー」
「おう、ログイン成功したな、でかしたぞ」
「さすがお姉ちゃん、失敗で大物釣り上げちゃったね」
私の凡ミスのおかげでパソコンのログインに成功してしまったのだった。
「えーっと、メールをしていたと聞きましたので、これか、メールソフト」
メールソフトを開けて、中のメールを読んでいった。聡くんは特定の人物と頻繁にやり取りをしていた。相手のハンドルネームは “ハム” 。
「ハム……アマチュア無線か」
「村田さん、それ何ですか?」
「夏子ちゃん、アマチュア無線、知らない?」
「はい、知りません」
「じゃあ、今度教えてあげよっか。知り合いがやってるんだよ」
「係長ー、仕事中のナンパはー、セクハラですよー」
「……おう……」
係長は残念そうな顔をしていた。
「何ですかね、これ? 『秘密の入り口、あった?』『ろうかのつきあたりのへやのおくのへや?』」
「おう、ダイレクトメールとかが混在してて見にくいな」
「お姉ちゃん、メール、消去されてるんじゃない?」
「うーん、たぶん、そうね。消去し忘れたのが、いくつか残ってるみたいな感じね」
次に、日記を付けていると聞いていたので、それらしいアプリを開いてみた。
「おう、日記だな」
「んーと、三日前のは『ひみつのへやをみつけた』。また “秘密の” って出てきましたね。『かくれんぼする』、うーん」
「おう、秘密の隠し部屋があって、そこに美女が囚われていて、俺が助けて、ヒーローになる、ってか」
「係長ー、黙っててもらえますかー」
「さっきの、廊下の突き当りの部屋の奥の部屋って、社長さんの寝室ですよね」
夏子が言った。
「おう、そうだな」
「行ってみましょう」
私たちはまた森脇さんの寝室へ行くことにした。
奇跡的にログインに成功しましたね。




