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幸せはそこらじゅうにある

【不意の別れ】

 出会いがあれば別れがある、というけれど、どちらともそれは不意に訪れる。ヒナギクさんの家のチャイムが鳴る。

「はーい」

ヒナギクさんはドアを開ける。

「あれ?今日は来る日でしたか?」

「ごめんなさいね。直接顔を見て伝えたかったの。」

「とりあえず中に入ってください。」

ヒナギクさんは紅茶を用意する。

「お茶を入れるので座っていてください。」

「ありがとう。」

ヒナギクさんは用意したあと、いつもの来客の向かい合うように座る。

「お待たせしました。どうしました?」

「私ね、退職することになったわ。」

「え・・・」

「主人が病気になってね、誰かが付いていないといけなくなってね、ヒナギクさんには申し訳ないと思っているの。」

「そうでしたか。」

「でも、安心してちょうだい。私の代わりの人が今まで通り来てくれるわ。今度私と一緒に来るわ。良い人よ。だから、安心してね。」

そう言っていつもの来客は帰って行った。ヒナギクさんは席に座ったまま動かなかった。まるで僕やシッカリさんのように。僕もやっと見慣れてきたところなのに。

(悲しいなぁ・・・)

(ソラや、何を悲しんでおる。)

(ニュートンさん。おはようございます。実は、ヒナギクさんの来客がもう来なくなってしまうみたいなんです。)

(そうじゃったか。出会いと別れは突然じゃからのう。わしもいつかお前さんと別れる日が来るんじゃから。)

(え・・・ニュートンさんもどこかに行ってしまうんですか?)

(そうじゃよ。)

(でも、ニュートンさん動けないじゃないですか。)

(ソラや。別れには死というものがあるんじゃ。)

(し・・・?)

(死ねば永遠に会うことはない。)

(えいえん・・・)

(もしかしたら、空の上で会えるかもしれんがのう。)

(じゃあ、そんなに悲しまなくていいですね。)

(そうじゃな。命あるものの宿命じゃ。悲しむより会えた喜びを思い出したほうがいい。)

(僕はニュートンさんに会えて良かったです。色々教えてもらいました。それに、日向ぼっこも。)

(またいつかやりたいのう。)

出会いがあれば別れがある、ということは、別れがあれば出会いがある、ということだ。新しい出会いがヒナギクさんにとって良くなるように、と僕は願った。

【二人目の来客】

 椅子に座るヒナギクさんの向かいに二人の来客が座っている。いつもの来客と対照的に痩せた眼鏡をかけた人が眼鏡を上げて言う。

「ご紹介して頂きました通り、ゴショガワラヒナギク様のカウンセラーを務めさせて頂く、ザイゼンと申します。今日は引継ということなので、前任のハセガワの仕事を見学したいと思います。よろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「じゃあ、いつも通り始めるわね。まずは、体調の変化の確認から。夜はよく眠れてますか?」

「はい。」

一通りの業務を終えて、ヒナギクさんはいつものように紅茶を用意する。

「いつもありがとうね。」

「いえいえ。お世話になっていますから。もう会えなくなるのが寂しいです。」

「私も寂しいわ。そうだ。ヒナギクさんに渡したいものがあるの。」

ハセガワさんは、紙袋から包みを取り出してヒナギクさんに渡す。ヒナギクさんはそれを受け取って言う。

「わあ。開けていいですか?」

「開けてちょうだい。」

ヒナギクさんが包みを開けると、中から一体のロボットが出てくる。

「わあ。かっこいい。」

「ごめんなさいねえ。うちは子供が男の子だったから、こういうものをあげたくなっちゃうの。」

「私は物が動くのを想像するのが好きなんです。それぞれに名前を呼び合って生きていたらいいな、と思って名前を付けるんです。」

「それは良かったわ。この子はぜんまい式だから巻くと動くのよ。」

「じゃあ、この子は“ゼンマイ”と名付けます。」

「いいわねえ。ザイゼンさんもそう思うでしょ?」

「そうですね。」

その時、僕の脳裏に声が聞こえる。

(・・・ここは、どこだ?)

(あなたは、僕が見えますか?)

(・・・だれだ!?)

(僕は猫のぬいぐるみのソラです。)

(ソファーの上の君か。はじめまして。おらはゼンマイ。)

(よろしくお願いします。)

三人は椅子から立ち上がって、玄関に向かう。

「それじゃあ、ヒナギクさん、元気でね。」

「ハセガワさんもお元気で。お世話になりました。」

「また来るからね。ザイゼンさんが来るから心配ないわ。」

「はい。ザイゼンさんよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いいたします。では失礼します。」

ヒナギクさんは、ゼンマイさんに挨拶する。

「私はヒナギク。よろしくね。」

(なんて、綺麗な人だ・・・)

僕は、新しい出会いを嬉しく思った。

【思わぬ刺客】

 (『自分自身の置かれている状況や自分の価値を知ることを自覚という。』・・・なるほど。この本は勉強になるな。)

ゼンマイさんは辞書という分厚い本を閉じる。

(辞書に夢中になりすぎてしまった。早く所定の位置に戻らないと。)

ゼンマイさんは自分で自分の背中にあるゼンマイを回し、置かれていた箱の中に戻る。

(ふう。間に合った。)

その直後、家の鍵が開く音がする。ヒナギクさんが買い物から帰ってきたのだ。

(危なかった。)

ヒナギクさんはさっきまでゼンマイさんが動いていたことに全く気付くこともなく、買ってきた野菜を仕舞う。

「午後の準備をしましょう。」

(野菜を刻み始めた。しばらくこちらに気づかないだろう。)

ゼンマイさんはゼンマイを外し、磨き出す。

(ゼンマイさん、見つかっちゃいますよ。)

(大丈夫、抜かりはない。)

ゼンマイさんは余裕そうに磨き続ける。今日は来客もあるというのに。僕が不安に思う中、来客が訪れる。

「ヒナギク様、今日もよろしくお願いいたします。」

「はい。」

診察が終わって、ヒナギクさんがもてなす料理を食べる。

「ご馳走様でした。美味しかったです。」

「良かったです。」

「折角用意して頂いたので頂きました。しかし、これは必要のないことですので、今度からは用意して頂かなくて結構です。」

「そうですか。」

「では、時間ですので、失礼いたします。」

ヒナギクさんの寂し気な顔を見て僕も寂しくなる。

(なんだ、彼女の好意を断るなんて、許せない女だ・・・おらは怒った。)

(まあまあ、ゼンマイさん、落ち着いてください。)

(いや、辞書に書いてあった『魚心あれば水心』を守らないとどうなるか見るがいい!)

ゼンマイさんはゼンマイを回して箱の外に出て、クモのオモチャを動かす。

「きゃあ!クモ!」

(どんなもんだい!)

驚いた来客がクモの来た方を見る。その時、箱に戻ろうとするゼンマイさんが見つかる。

(ゲ・・・)

「オモチャが動くなんて、気味が悪い!」

来客が逃げるように家を飛び出る。僕はヒナギクさんが心配だったが、予想とは違って、ゼンマイさんを笑顔で見る。

(なんだ、おらを捨てるのか・・・?)

ヒナギクさんはクモのオモチャを元の位置に戻して、何事もなかったように片づけを始める。

(ヒナギクさんは、僕たちを捨てることはないですよ。)

(そうか・・・)

ゼンマイさんは反省してしばらく自分から動かなくなった。次の週になって、ヒナギクさんはもてなしの用意をしないで待っている。家のチャイムが鳴って、ヒナギクさんが玄関に行く。家の中に入ってきたのは新しい来客だった。来客は辺りを見回している。

「あの、」

「すみません。私は、体調不良になった担当の代理です。まずは、診察ですよね。」

新しい来客はいつもの診察を行う。

「ふむ、異常はないですね。では、来週また来ます。」

「はい。ありがとうございました。」

新しい来客が帰って、ヒナギクさんは虚ろな表情で座っている。僕は疑問を投げかける。

(来週また来るって、おかしいと思いませんか?)

(なんでだよ、毎週来ることになってるだろ)

(いや、来客は毎週ありますけど、あの人は代理なので来週来ることはないかもしれません。まるで、体調不良が決まっているかのようです。)

(じゃあ、何か目的でもあるのか?)

(うーん、わかりませんけど、良い事ではないような気がするんです。)

それから、一週間経って、あの来客が訪れる。来客はしっかりと僕を見る。

「そのぬいぐるみ、いいですね。」

「私が作ったんです。」

「すごいですね。名前もあったりするんですか?」

「はい。ソラっていいます。」

「へえ。ちょっと触ってもいいですか。」

「どうぞ。」

来客は僕に近づいて来る。僕は何故か恐怖を感じる。僕は持ち上げられる。

「よく出来てますね。」

来客は力を入れて僕の腕を引っ張る。

(いてて。)

「ちょ、ちょっと・・・」

ヒナギクさんが立ち上がった時、ゼンマイが飛んでいって来客の頭にぶつかる。それに伴って、僕は解放される。

「いてて・・・」

来客は頭を擦りながらゼンマイを取る。そして、ゼンマイさんを掴む。

(な、なんだよ、離せ!)

「どうやら間違いなさそうだ。」

「どういうことですか?」

「あなたも気づいている通り、ここのオモチャは自らの意思で動いています。今も私から逃れようとして暴れています。」

(離せよ!)

「あなたは?」

「私はあなたの担当のカウンセラーの方に依頼された探偵マタと申します。ここのオモチャが動くかどうかの調査でした。もし、今日動かなければ気のせいということになっていました。」

「その子をどうするつもりですか?」

「勿論、処分させて頂きます。」

「そんな・・・それはハセガワさんに頂いた大切なものなんです。」

「そうですか。しかし、私も依頼料を頂いているので、引き下がるわけにはいきません。全く同じ物を後日持参します。但し、名前は付けないようにして頂きたい。名前が命を与えている可能性がありますので。」

その後、来客は暴れるゼンマイさんを無理やりケースに入れる。僕はわすれない。暴れるゼンマイさんの声、制止するヒナギクさんの姿を。

(離せー!)

「来週は、担当の方が参ります。では、失礼します。」

バタン。来客が帰ってもしばらくヒナギクさんは玄関から戻ってこなかった。

【失われた幸せ】

 いつもの日常は続いている。その一方で、終わってしまったこともある。ヒナギクさんは、物に名前を付けることはなくなってから寂しそうに感じた。僕もまた寂しかった。それに気づいてかシッカリさんが話しかけてくれた。

(ソラよ。聞いてくれよ。この間よ、夢に鳥が二羽飛んでたんだよ。その二羽がよ、くっついて一羽になったんだよ。その鳥が鶏だよ。)

(・・・)

(面白くなかったか。また話すよ。)

(有難うございます。シッカリさん。)

(お安い御用だ。)

ニュートンさんも僕に話しかけてくれた。

(ソラや。聞いてくれるか。この間、夢に鳥が二羽飛んでたんじゃ。その二羽が、なんと、くっついて一羽になったんじゃ。その鳥がな・・・)

(鶏ですよね。)

(よく分かったのう。)

(シッカリさんの話と全く同じです。)

(この話、わし好きなんじゃ。)

(有難うございます。ニュートンさん。)

みんなのお陰で、僕は元気を取り戻すことが出来た。でも、ヒナギクさんは元気を取り戻すどころか、体調を崩して寝込んでしまった。来客はベッドの側で診察をした。

「調子はいかがでしょうか。」

「・・・すみません、前と変わらないです。」

「そうですか。これは気持ち程度ですので、気が向いたら召し上がってください。では、診察を始めます。」

診察が終わって来客が家を出た。

「お大事になさってください。では、失礼いたします。」

その夜、ヒナギクさんは来客が置いていった果物を剥いた。やはりまだ元気がなさそうだった。その後、一口大に切り分けた果物を静かに食べていた。僕はヒナギクさんを見てきた。物に名前を付けていた頃と比べて今のヒナギクさんは明らかに元気がなかった。生きてはいるけれど、心がなくなってしまっていた。まるで物のように。食べ終えて、皿を静かに洗った。ベッドに戻ろうとした時、電話が鳴った。

「はい。・・・あ、久しぶり。・・・そうかな。ちょっと寝込んでて。・・・えっ、いいよ。」

電話の向こうの声が聞こえないけれど、相手はヒナギクさんにとって親しい人のようだった。

「うん。わかった。待ってる。」

電話の後、ヒナギクさんは、少し元気を取り戻したように見えた気がした。なぜなら、ヒナギクさんは笑みがこぼれていたからだ。やっぱり笑顔が良いと思った。僕にとって、あなたは幸せを運ぶ花なのだから。


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