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白い花の心のそこは

作者: 古口 宗

 雨上がり、虹がかかる空。窓の外の景色を見てから、楽しげに衣装の仕上がりを確認に行くお嬢様に、僕は予定を思い返して当日の準備を考えていた。

 その予定とは、数日後に控えた簡易的な交流。場所は向こうの管轄下である「果花園」だ。此方の事は視察のついで、というのは気に入らないが、お嬢様が嬉しそうなので良しとする。


「ねぇ、どれが良いと思う?」

「はしたないですよ、お嬢様……」


 いつもと違い、かなり丈の短い衣服で、ドレスを当てていく彼女。眩しい陶器のような手足が、僕の心臓に演奏の開始を命じていた。

 意識を逸らし、向こうへの手土産を見繕っていく。交易の多いこの地では、世界中の種子が集まる。庭園が大きいのも、そのためだ。

 向こうの「果花園」もその規模は膨大で環境も素晴らしいが、手に入る種子で言えば此方に及ばなかった記憶がある。贈り物としては申し分ないと思う。


「何を見ているの?」

「種子ですよ。ここでは育てられない物でも、珍しい物は個人的に保管しておりますので……その中から選んだ種類の物を、旦那様にお願いしておりました。」

「贈り物ね。私も何か見繕っておいた方が良いのかしら……」

「公的な物は旦那様が用意なされると思いますし、お嬢様が個人的に贈るとなると、少し……」


 先方との交流は家同士の物が大きく、お嬢様の個人的な知り合いは少ない。そんな状況での「特別に用意した」贈り物は、プロポーズとも受け取れる。

 察してくれたらしい彼女は、軽く頷いてドレス選びに戻っていた。本当に花のお好きな人だ。

 僕は、父の仕事もあって個人的な知り合いがいるので、その雇用主に贈り物をするのはおかしくは無い。印象を良くしておけば、またお嬢様が訪れる機会も出来るだろう。


(その時にも、喜んでくれれば良いなぁ。)


 彼女の感情表現は非常に豊かだ。表情や声音だけで無く、仕草にもそれが現れる。少し子供っぽいとも思うが、それがお嬢様らしいとも思う。

 哀しみや苦しさなんかは、本当に上手い事隠されるのだが。旦那様に心配をかけないように磨いた術なのだろうが、使用人の身からすれば邪魔だとも思う。


「そういえば、お嬢様。先日の課題はこなされたのですか? 確か、明日までだったと記憶しているのですが。」


 振り向いた先に居たのは、動きがぎこちなくなった彼女だ。うん、知ってた。


「あ、安心して。まだ三十七時間もあるもの。」

「お嬢様、明日の深夜では無く、先生がお帰りになるのは夕刻です。」

「……まだ三十一時間もあるもの。」

「おそらく、先生がいらした時に拝聴されるかと。」

「一日もないじゃない!」

「そう申し上げているのですが?」


 今日の予定が決まった。お嬢様のレッスンの付き添いだ。




 先生から温情の合格を貰ったお嬢様と、陸蒸気に揺られること数時間。降り立った地は多湿で暖かく、新緑の輝きが散見される。まだ寒さの残る空気の中に、花の香りが僅かに漂う。


「凄い。道に沿って、ずぅっと花壇がある。」

「お嬢様、転けてしまいます。」


 丘の向こうを覗こうと背伸びをする彼女をハラハラとした心地で眺める。数時間前は見惚れてしまい気を揉む所では無かったが、耐性が着いて来た今は浮かれたお嬢様のそそっかしさが際立つ。

 旦那様は、既に行ってしまわれた。こういう場合、当主は先陣を切らないで欲しい物だが、一刻も早く要件を済ませたいのだろう。塞ぎ込みがちな旦那様にとって、外は危険の巣窟だ。


「馬車の通れる道まで、少し距離があるのです。今足を怪我なされると苦労しますよ。」

「分かってるわよ、心配性ね。」


 それは分かっていない人の言葉だ、という余計な一言を喉奥にねじ込んで、すぐ後ろを歩く事にする。

 しかし、随分と高いヒールが地面を叩く音は途切れる事なく、ほどなくして舗装道が見えてきた。赤土色の、少し柔らかいレンガが敷き詰められた見事な道。


「ここを行くのかしら?」

「えぇ、そうなのですが……旦那様が見当たりませんね。」


 まさか、と思うが。その予想が裏付けられる事に、丘の向こうに沈んでいく馬車が見える。


「行っちゃったわね……」

「行ってしまわれましたね……」


 お嬢様を、会談の場に招きたくなかったのだろうか。ここは「果花園」の敷地内であり、治安は良いのだが……一人娘を置いていかないで欲しい。

 とりあえず、途中での入室は難しいだろうし、ここで待つのが無難だと思う。おそらく、歓待の者が案内してくれる筈だ。


「遅れまして、申し訳ありません。スーリング家のお方でしょうか? 本日は御足労頂き、ありがとうございます。」

「此方こそ、御歓待ありがとう存じます。」


 人が変わったように、綺麗なカーテシーで礼をするお嬢様。それに満足したように笑みを深めた壮年の男性は、傍付きの僕を見て、少し眉根を寄せる。置いてあった荷物をサッと受け取ると、そのまま歩き出しす彼が此方を振り返らずに話す。


「あちらへ、休憩室をご用意しております。旦那様とスーリング様がお話されている間、お寛ぎください。」

「ご厚意、痛み入ります。」


 こういった場に少し慣れていないのが、言葉の抑揚から覗いてしまう。それに微笑みを浮かべながら、男性はレンガ道を歩いていく。

 丘を一つ超えた所にある温室へ入り、椅子を引いてくださる男性へ、礼をしてお嬢様が腰掛ける。道中の花畑に興奮していた彼女の体力は、既に枯渇しかけている。


「少しでしたが、「果花園」は如何でしたか?」

「素晴らしいものでした。この温室も、見た事の無いお花が多くて。」

「そう言って頂けると、嬉しいですね。」


 お嬢様の感情が出すぎているような笑顔を見て、男性は満足気に頷いた。


「あぁ、そうだ。せっかくですから、お二人にお似合いの花でもお贈りしましょう。其方の方も、どうぞおかけください。」

「え? し、失礼します。」


 予想外過ぎた言葉に、失礼な対応になってしまった。どうにか挽回しなければと思えど、その時には彼は花に向き直って剪定バサミを握っている。

 そして、彼が取ったのは紫の大きな花。遅咲きで数が疎らだが、サフランだ。それを二つとも、お嬢様へ手渡した。


「此方をどうぞ。」

「ありがとうございます。」


 顔を綻ばせるお嬢様は可憐だが、その手にある花は一つで良い筈だ。過度に用意したその意味を思えば、つい敵意が向いてしまう。

 此方に視線が動いた時、片眉が上がった彼の顔を見て、それを悟る。ここで変に取り繕うより、彼女の味方である事が、僕のすべき事だと、そんな気がした。


「僕からも、贈り物があるのですよ。ただ、これが貴方に相応しい物か、悩んでいまして。蔓が長く伸びるもので。」

「ほぅ……これは、これは。どうも、私は思い違いをしていたらしい。」


 僕の渡したのは、ルコウソウの種。夏に咲くその花は、蔓にまつわる花言葉がある。これは、軽い牽制だ。


「すいません、お嬢さん。私が軽率だったようだ、選び直しても?」

「え? えぇ……お願いしますね。」


 なにしたの? と、小声で尋ねてくる彼女には人差し指を立てておいて。彼の指の彷徨う先を見る。


「そうですね、貴女の心に合わせるなら……此方でしょうか。」

「まぁ……!」


 明るい赤のゼラニウム。お嬢様の大好きな花であり、今は亡き奥様との思い出の花。知っていたとは思えないので、ただの偶然なのだろうが。お嬢様がご自身の理想に近づけているようで、喜ばしい。


「ご満足いただけたようで。」


 僕の顔を見ながら口角を上げた彼は、そのまま僕にも一輪の花を差し出した。早咲きだったのか、まだ開ききっていないその花は、星のような広がりを見せる白い綺麗なランだった。


「アングレカムの花。ゼラニウムの答えにはなるのでは無いですか?」

「そう……努めます。」


 花言葉は、どこまでもアナタの傍に。確かに、答えとしては申し分無いのだが。

 早咲きの花。まだ未熟、もしくは焦った者、という事だろう。お嬢様の幸せとなるには、程遠いといった所だろうか……やっぱり、ルコウソウは贈り物に入れておこう。


「それでは、私は失礼いたします。御用がありましたら、奥の倉庫におりますので、お申し付けください。それでは、ごゆっくり。」

「えぇ、ご案内ありがとうございました。素敵なお花も。」


 立ち上がって礼をするお嬢様に、にこやかな顔で温室を後にする男性。彼を見送ったお嬢様が、僕に向き直って頬をふくらませた。


「ねぇ、招待を頂いたのに少し失礼じゃなかった?」

「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました。」

「何か訳があるんだろうし、怒っては無いけど……不機嫌なの、珍しかったから。今度から気をつけてね?」


 きっと、彼女は理由など分かってはいないだろう。それで良い、悪意は僕が受ければ良い。良い……のだが。

 少しだけモヤっとする心を叱責し、顔を上げる。


「せっかくの機会です、少し散策していかれますか?」

「じゃあ、えっと……エスコート、してくれる?」

「えぇ、仰せのままに。」

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