間章 私を認めてくれた
私が甲板に上がった時、姉さまは、今までで見たことがないような泣き顔で、甲板の上をはいつくばっていた。
「嫌だ、見捨てないで、私を捨てないで、嫌ァ、嫌、嫌、嫌、いや……ゆうぎぃ、わたしをみすてないで、おねがい、あなたしかいないの、わたしをうけいれてくれるのは、あなただけなの、おねがい……」
正直、私まで泣きそうになった。
姉さまのこんな姿見たことがない、いつも凛々しくいる姉さまが、這いつくばって泣いている、よく見たら、何かを探しているようだった。
「姉さま?どうされたのですか?」
私が声をかけると、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて言った。
「私、勇儀にひどいこと言っちゃた……勇儀に捨てられちゃった、私を降りるって……」
姉さまの目からまた涙が零れる。
「落ち着いてください……まずは話を聞かせてください、姉さま」
正直、有馬さんの名前を口に出した瞬間、今すぐにでも殺しに行こうかと思ったが、姉さまの話を聞く限り、確かに有馬さんは、別に悪いことはしていなかった。
「あ……さがさなきゃ」
そう言って、大和姉さまは話終わると、また地面を這いつくばって何かを探す。
「何を探しているのですか?」
「有馬の襟章、私の乗員であることを示す印」
私達戦艦の乗員は、全員どこかに、錨に戦艦を象徴する花の紋章が入った印をつけている、私の場合は梅、お姉さまは桜の入った紋章だ。
長官たちなら、襟章としてつけている。
話を聞いた感じ、司令官の襟章は、叩きつけた反動でどこかに跳ね、見当たらなくなったらしい、それを姉さまは探しているみたい。
でも、なぜそんなに有馬さんに執着するのか、私は気になった。
「なぜ、そんなに有馬さんに執着するのですか?ほかの人では、だめなのですか?」
私たちの姿は、ほかの長官も見えるようになっているし、声だって聞こえる、別にそれ以外に、あの人が優れているということもないと思う。
確かに頭は切れるようだが、兵器自体の強さには、それは直接関係ない。
「私を、認めてくれた」
え?
「私の弱みと強さ、どっちも知ったうえで、私の指揮をすることを決めてくれた、私のパートナーであることを選んでくれた」
姉さまは、探す手を止めずに言う。
「最初は、少し変わった人だなって思ってた、でも、一緒にいるうちに、誰かに似てるなって思ったの」
私は首を捻る。
「有馬宋一郎中尉、私の水上特攻について、最後まで長官に反対し続けた人だよ、武蔵」
私ははっと思い出す。
そういえば名字が一緒だ、それにどことなく雰囲気が似ている。
「それに気づいたとき、あの人の言葉を思い出したの」
ふと顔を上げて言う。
「いつか、もう一度お前の主砲を必要としたとき、俺の子孫が撃ちに来るかもしれない、その時は、よろしくな」
姉さまはまた顔を伏せて、探し始める。
「そのことで私は有馬を大事にしようと思った、あの人との約束があったから」
「だからあの人でなくてはだめだと」
姉さまは首を縦に振る。
「それだけじゃない、一番の理由は、別にあるの……」
他にも、理由があるようで、お姉さまは探す手を休めず、話した。
「長官室で聞いたの、私達、ほんとはアメリカに引き渡される予定だったらしいよ」
私は呆気にとられた。
「私達は燃費が悪いでしょ、だから、日本で運用できないということと、『大和』型を持っていると、日本人は調子にのって、またアメリカに戦争を仕掛けるかもしれないとかって理由で、アメリカが購入しようとしていたの」
鬼畜米めが、日本人を語るな……。
確かに、日本人は嫌いだが、一億人全員が嫌いなわけではない。
「そのことを勇儀が聞いたらね、言ってたの
「『大和』型はそんな安いものではないし、日本人はそんなに野蛮ではない、それに、『大和』は日本人にとって誇りのような艦だ、アメリカに渡すなんて、絶対に嫌です」
てね、私、それを聞いて泣きそうになったんだ、私が必要だって、躊躇わず言ってくれたことが、嬉しくて……嬉しくて……」
私が目覚める前に、そんなことが……。
「あ、あった」
そう言って、きらりと光る襟章を拾いあげた。
「これを有馬に渡しに行かなきゃ、渡して謝らなくちゃ」
そう言って、姉さまは甲板を降りた、愛する人を追いかけて。
「ファイトです姉さま、私、応援しています」
そう、大和姉さまの背中に声をかけた。




